遊戯王ARC-V 崩壊都市の少女 作:豆柴あずき
閉じていた目を見開くと、そこは見知らぬ空間だった。
今のハートランドよりも暗く、そして何もない場所に、私は何時の間にかやって来ていた。
「何なのよ……」
思わず、弱音が口から漏れ出る。
掠れ震えた自分の声はいやに反響し、心細さを煽る結果となってしまった。
「それにしても……どこなんだろ、ここ?」
寂しさと心細さを堪えきれず、またも無意識のうちに呟いてしまう。
「ひょっとして……カードの中?」
そんな、おぞましい案も浮かんでは来たものの……必死にかぶりを振る。
だってまだライフは残っていたはずだし、サレンダーなんてした記憶もないんだから。カードにされたなんてありえない。
そんな事を思いながら、視線を前に向ける。
すると、そこにあったのは――。
「なに、これ……!?」
大きな門が、私の目の前にはあった。
扉は既に壊れ、右側のそれは完全に外れてしまって仰向けに倒れていた。残った左側の扉は閉じてはいたものの、装飾の悪魔めいた顔が嫌な感じに不気味さを漂わせている。表面にいくつもキズが残っているのも、気色の悪さに拍車をかける。
恐らくはかつて、この扉を縛るために使われていたのだろう。極太の鎖がいくつも千切れ、地面に散乱していた。
とても現実的ではない光景に、全身が鳥肌立っていくのが感じられた――その時だった。
『この扉をくぐれば、お前は力を手に入れる』
「ちか、ら……?」
突如扉の方から気配がしたかと思うと、言葉が聞こえてくる。
戸惑う私をよそに、扉は話を続ける。
『だがその代償として、お前は大事なものを失う』
「何が……一番大事なものだッ!」
扉の淡々とした物言いに腹を立てた私は、気づけばそう叫んでいた。
大事なものだって!? そんなモノはもう、とっくに失っている!
アカネも、デュエルも、この街も……全部幻だったかのようになくなってしまったのに!
『ならば去れ』
涙を溜めつつ言われた通りにしようと、乱暴に扉とは正反対の方向を向く。
だがそこにあったのは、先細りする道が一本だけだった。果てしなく続く道の先は暗くなっていて見えないが、どうせ何もないと直感が告げている。どう考えても、こんな場所を歩いていくのは危険極まりない。
『このまま死を選ぶか? 友の仇も討てずに?』
「――ッ!」
続く扉の声に、絶句する。
そうだ。私にはまだやらなければならないことがある。アカネをこんな目に遭わせたあの男、それを絶対に倒さなければならない。
いや、アカネだけじゃない。ダイヤ校の皆も、抵抗できずにカードにされた人達も――ハートランド住民全員が、あいつの仲間達によって地獄としか言いようのない境遇へと叩き落された。
憎い、憎くてたまらない。一人残らず殲滅してやりたい!
そのためには力が必要だ。たとえ1対10でも負けないような、圧倒的な力が!
だが私は所詮はプロ志望のアマチュアなうえ、カイトや黒咲に比べても一段劣る実力しかもっていない。そんな事は現実的には不可能だ。
――ならば、
結論付けると、私は再び扉に向き直る。
「いいわ、くれてやる。命でもなんでも。だから――その力ってのを、私に寄越せッ!」
『ほぅ……思った以上に強い、カオスの力を持つ娘だ。それでこそ、我の力を使うに相応しいというものよ』
もはや、迷っている暇などなかった。
何か言っているのを耳に挟みつつ、激しい叫び声をあげ。全力で扉を駆け抜けるかたちで潜り抜ける。
『よかろう。これよりこの力――ナンバーズはお前のものとなる』
不思議と扉をくぐった瞬間。そんな声がするとともに私は意識を失っていく。
それと同時に、それまで半信半疑だったものが確信に変わっていった。
そんな気がした。
―――
そしてカードを引こうと、右手を壊れかけのデュエルディスクへと伸ばしていく――現実感のない、身体のままで。
「……ドロー」
引き込んだカード。それは侵略前の最後のデュエルで、私が引いたカードとそっくりそのまま同じものだった。
「私は魔法カード、《死者蘇生》を発動」
「死者蘇生、だと……!?」
「私が特殊召喚するのは、《ガガガマジシャン》」
墓地からゆっくりと、1体のモンスターが魔法陣を介してその姿を現していく。
するとついさっき《古代の機械参頭猟犬》によって撃破された、黒衣の魔法使いが再びフィールド上に舞い戻ってくる。
無事《ガガガマジシャン》が特殊召喚されたことを確認すると、私は次なる手を打つ。
「さらに手札から《アステル・ドローン》を召喚する」
残った一枚の手札を《ガガガマジシャン》の隣に置くと、こっちのフィールド上には新たなモンスターが現出する。ファンシーな見た目をした魔法使いは杖でもって星を描くと、そのまま《ガガガマジシャン》のすぐ隣で待機する。
「これでレベル4のモンスターが2体……やる気か!?」
「……《ガガガマジシャン》の、効果発動」
敵の言葉を無視して発動宣言を行うと、ガガガマジシャンの身体が発光し始める。
「こいつは1~8までの数字を選択し、エンドフェイズまでそれと同じレベルになる。私が選択するのは……5」
レベル宣言を終えた途端、五つのレベルを現す星が出現。それらはガガガマジシャンに吸い込まれていき、直後そのレベルが5となる。
これで場のモンスターのレベルは乱れ、ランク4のエクシーズを行う事は出来なくなった。
「何をやってやがる! 折角揃えたモンスターのレベルをばらけさせやがって!」
こっちの行動の意図が読めないのか、声を荒げる敵。確かに一見するならば、「私」のやっていることはエクシーズのできる状況をどぶに捨てているも同然だった。
だが、これでいい。
だって「私」は、ランク4など出す気はないのだから。
「《アステル・ドローン》はエクシーズ召喚に使用する際、そのレベルを5として扱う事ができる」
やはり敵を無視して、効果の説明。こいつはレベル4でありながらランク5の素材に出来るという、変わった効果をしたモンスターだった。
現在《アステル・ドローン》は出てきたときと同様、虚空に星を再び描き出し。ランク5の素材にならんとアクションを開始していた。
こうして、私が勝手に動く身体のままでお膳立てを終えたとき――頭の中に、激痛が走った。
「――ッ!?」
それとともに見えてきたのは、禍々しい化物のビジョン。
まるで自分を出せと言わんとしているかのように、そいつは幻覚の中で咆哮をあげる。
そして――。
「私は《ガガガマジシャン》と《アステル・ドローン》で、オーバーレイ!」
激痛が走る頭を無視しつつの宣言を、始める。
それとともに二体のモンスターは光となると、直後に目の前へと現出した渦に吸い込まれていった。
何百回と見慣れた光景であるにも関わらず、この日のは妙に禍々しい。そう感じられた。
「2体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築ッ!」
そして左腰にあるエクストラデッキから1枚の、光を放つカードを迷いなく取り出す。
「太古にありて、陸を支配せし灼熱の凶獣。時を超えて今こそ蘇れ!」
大きな、上下がやけに尖った火山岩は天から降り立ち、私の目の前で静止。そして口上とともに変形していき、その真の姿を徐々に現していく。
膝に大きな突起を持った脚が、まるでランスのような棘を持った手が、そして威圧的な眼光を光らせる顔が徐々に出現していき――。
「エクシーズ召喚! 怒炎振り撒き降臨せよ、ランク5! 《No.61 ヴォルカザウルス》ッッッ!」
左胸の突起に「61」という番号が刻まれた、マグマを纏う恐竜が降臨した。
「攻撃力、2500……だと!?」
「素材となった《アステル・ドローン》の効果。こいつがオーバーレイ・ユニットとなった時、デッキからカードを1枚ドローする」
半透明になった《アステル・ドローン》は最後の仕事だと言わんだかりに私のディスクめがけて光のシャワーを放つと消滅。これによって1枚ドローの権利を得た私はデッキから新たな手札を引き抜く。
新たに引き込んだそれは、かなり凶悪な一枚だった。これなら、まず間違いなく勝てるといっていい。
そんな事をひとり思っていると、私の口は勝手に続きを紡ぎ出す。
「《ヴォルカザウルス》の、効果発動!」
発動宣言が行われると同時に、ヴォルカザウルスは周囲を袈裟状に浮遊する球体――オーバーレイ・ユニットを喰らう。
これで効果を発動する条件は整った。
「1ターンに1度、オーバーレイユニットをひとつ使うことで相手モンスター1体を葬ることができる。私が宣言するのは《古代の機械参頭猟犬》! 喰らえ、マグマックスッ!」
標的を指示した途端にヴォルカザウルスはその口に溜めていた炎を吐き出し、灼熱の奔流が襲い掛かる。
機械猟犬の技と同じ、火炎放射ではあるものの。その熱量は比較にならない。
そんなものをまともに浴びた機械仕掛けのケルベロスは、勿論タダで済むはずもない。装甲表面をドロドロに溶かし、最終的には爆発四散。
地面には原型を留めていない、溶解した歯車がいくつも飛び散った。
「――そして、破壊したモンスターの攻撃力と同値のダメージを、アンタに与える」
「何!? クッ……ぐぁぁぁっ!」
これまで一撃も与えられなかった相手への反撃。それは1800ものダメージを含んだ超高熱の熱線。
《古代の参頭機械猟犬》を喰らってなお喰い足らんと相手に迫った炎は相手の身体へと直撃。あまりの衝撃に敵は膝をついた。
だが、タダでやられるほど甘くはなかった。
「チッ……よくもやってくれたな、だがまだ終わりじゃねぇんだよ! 罠カード《
男の
「こいつは自分の《古代の機械》が破壊された時、それを素材に含む融合モンスター1体をエクストラデッキから融合召喚扱いで特殊召喚する!」
男の説明とともに、全身の装甲に傷の入った《機械の参頭猟犬》が一瞬出現すると、すぐにそれは渦の中へと飲み込まれていく。
そしてしばらくすると、新たなケルベロスが姿を現した。
「現れろ、《
より鋭角的な頭部や何本も触手めいて生えている尻尾等、化け物じみたデザインをした機械の猟犬。攻撃力は2800と、ヴォルカザウルスのそれすら上回っている。
究極猟犬は出現してすぐ、今までの犬達同様に咆哮を放つ。だが、なんと今回は十分な威力のある衝撃波までついてきていた。
ふとディスクを見てみると、残りライフは350にまで何時の間にか減っている。
「こいつの効果だ! 融合召喚に成功した時、お前のライフを半分にすることができるのさ! そして《古代の機械究極猟犬》はモンスター、プレイヤーの区別なく三回攻撃が可能! つまり次のターンで、お前は確実に終わ……」
「お前に――次などない!」
怒気を含んだ声で「私」は敵の戯言を遮ると、手札に残った最後の一枚を相手に見えるようにする。
それは現状では、さながら死刑宣告に等しい意味合いを持ったカードだった。
「《巨大化》だと!? この状況で引き当てるなんて、そんな馬鹿な!?」
「こいつをヴォルカザウルスに装備する!」
発動と同時にヴォルカザウルスはカード名の通りに巨大化。二倍の大きさになったそれはおぞましいまでの迫力を誇っていた。
背中越しに見てもこうなのだから、真っ正面から睨み据えられている敵にとって恐怖感は並大抵のものではないだろう。
「ひっ……」
「やれ――ヴォルカザウルス! 古代の機械究極猟犬に攻撃!」
悲鳴を漏らす敵に対し攻撃宣言が放たれる。それを受けたヴォルカザウルスは《古代の機械究極猟犬》へと向かっていき、その巨大な脚で踏みつぶした。
もちろん、そんな攻撃を受けてタダで済むわけもない。究極猟犬は真ん中から激しくへし折れ、露出した内部部品を中心にスパーク。直後、凄まじいまの衝撃が辺り一帯を襲っていった。
「ぐっ……ぐぁぁぁぁぁぁぁっ!」
衝撃波は敵にまで届くと、人間の身体をまるでチラシか何かのように軽く吹き飛ばす。敵はさっきまで私とアカネが隠れていた遊具へと背中からぶつかると、うつ伏せになって地面に倒れ伏した。
その衝撃でディスクの接続部は外れ、鈍い音とともにやはり地面へと転がっていく。
ライフポイントもぐんぐんと減っていき、最終的にその数値が0を指し示した途端にソリッドビジョンは解除されていった。
こうして私の初めての「実戦」が終わるとすぐに、身体の支配権が戻って来た。
どうやら無理やり身体を動かしていたらしく、物凄い激痛と疲労感が襲い掛かってくる。
「っはぁ……はぁ……やった、の?」
倒れている敵は起き上がる気配はなく、ソリッドビジョンは完全に消失。つまり誰がどう見ても「終わった」のに、まだ警戒心は抜けない。
ようやく「勝った」と確信を持てるようになったのは、だいたい数十秒かけて敵が起き上がってこないのを確認してからだった。
「ディスクがッ!?」
そしてその途端。私の手に着けていたディスクからは白い煙がいくつも上がり、数回スパークを起こしてブラックアウトする。
この状況で壊れるなんて、とは一瞬思ったものの、あれだけの激戦を最後までやり通してから逝ってくれたんだと思うと責める気にもなれなかった。
だが、この街をディスクなしで生き抜くことなど不可能に近い。となると、残る手立てはひとつだけ……。
「……仕方ない」
痛む身体を引きずり、倒れている敵のすぐ近くへと近寄る。狙いは奴の使っていたディスクだ。乱暴にそれを掴みあげると、できるだけ早く確認してみる。外れた際の衝撃で表面に少しキズはついていたものの、パッと見た感じだと使用には何の問題もなさそうだ。
嫌々ながらも左腕にセットし、敵のデッキを引き抜きポケットにしまう。そうしてから、元のディスクからデッキを引き抜いて新たにセットした。
これで攻め込まれても、とりあえず抵抗はできる。
「あとは……」
そう口にしながら、このディスクの本来の持ち主に対して視線を向ける。未だ目覚める気配はなく、デッキもすでに私が接収した状態。
既に狩るものと狩られるものは完全に逆転しており、はっきり言ってしまえば一方的に嬲ることだって可能だ。
情報を引き出そうが、このままモンスターを実体化させて襲おうが、私の勝手。なんならカードにだって……ッ!
画面に点滅する光を見てみると、私を除いて青が3つ。急いで逃げないといけない以上、悠長に尋問なんてしている暇はない。ここは……!
「許さない……お前も、カードに……ッ!」
敵が私達ハートランド住民に対し光線を向けてきた時の光景を思い出しつつ、その時に押していたボタンを見つけて押してみる。
刹那、光は敵に向かって伸びようとしたが……途中で、それは消えてしまった。
「エラー!? どうして……」
液晶にでかでかと表示されたその文字に対し悪態をつく。
暴発防止なのか、衝撃で内部系統が実は故障していたのかなんて分からない。だがどの道、この上ない絶好のチャンスを逃してしまったことには変わりはなく、非常に腹が立つ。
「クソッ……!」
悪態をつきつつも、痛む身体に鞭打ってこの場を離れる。敵は複数対一での勝負すら平然としてくるような輩だ。こんなコンディションで勝てるとは到底思えない。
満身創痍の身体のまま走り出した私は、アカネと最期の時を過ごした公園を後にしていった。
とりあえずここまでで最初の一幕は終了です。お読み頂きありがとうございます。
感想募集しております。デュエル描写でここをこうしたらいいよ、とかありましたらお気軽にどうぞ。