遊戯王ARC-V 崩壊都市の少女 作:豆柴あずき
梨花に連れられ、移動する事二十分。
私たちはある、大きなビルへとやって来ていた。
どうやらここでデュエルをするらしく、梨花は受付のカウンターで申し込みをしている真っ最中だった。
「ここがLDSってとこ、か……」
ロビーのソファに座りながら、ぼんやりと呟く。
この世界にはプロデュエリスト養成校はない代わりに、デュエル塾という施設が数多く存在している。
プロ志望のデュエリストはそこで勉強し、デュエルの腕を磨いているそうだ。
そして梨花の通うここ、レオ・デュエル・スクール―ー通称・LDSは業界最大手で、現チャンピオンもここ出身らしい。
コースは総合、融合、シンクロ、エクシーズの四つが存在。梨花を含む多くの生徒は、すべてを満遍なく学習する総合コースを選択しているそうだ。
なんて、バスでの移動中に梨花から聞いた情報を復習していると。
「おっ待たせー! 第四ブースが開いたから、今すぐ使えるって!」
ポニーテールをひょこひょこ揺らしながら、梨花が戻って来た。その手にはよくわからない券みたいなものが握られている。
それにしても……ほんとに、こんな凄いところでデュエルしていいんだろうか。今更不安になってきた。
「使えるって……私ここの塾生じゃないんだけど。いいの?」
「へっへっへ……そこでこの、アリーナ利用チケットの出番ってワケですよ」
梨花はそう言って、手にしたチケットをひらひらと見せびらかしてくる。表面には確かに「アリーナ利用券」と書かれており、どうやらこれを使えば部外者でも使えるみたいだが……。
「いいの? 貴重なもんじゃないの、それ」
「別にいいって。入塾時に1枚タダで貰えたんだけど……ぶっちゃけ公式戦の時は使わなくても借りられるし、今まで使う機会なかったんだよね」
「まぁ……そっちがいいって言うなら、有難く使わせてもら――って、いない?」
俯きながら話していたので顔を上げると、隣にいたはずの梨花の姿がないことに気づく。あの子、一体どこに行ったんだ――と、思っていたら。
「何やってんの綾香。早く早く!」
声が突然したので発生源を見てみると、奥のほうのエレベーターホールで梨花がぴょんぴょん跳ねている姿があった。
まったく、どんだけ落ち着きのない子なんだか……。
「……まるで、昔の私みたい」
よくこうやって落ち着きなく急かして、アカネに怒られたっけ。
そんな昔のことを思い返しながら、私は梨花のもとへと歩いていった。
少しだけ自分の頬が緩んだのを、自覚しながら。
―――
エレベーターを降りてすぐのところに、大きな部屋があった。
どうやらそこが第四ブースらしいので、中に入ってみたが……。
「すっごい広い……」
思わず語彙の足りない感想を漏らしてしまうくらい、そこは単純に広かった。
ただデュエルするだけだってのに、こんな広さが本当に必要なんだろうか……と、疑問に思っていると。
「……まぁ、アクションデュエルするなら、これでも狭い方なんだけどね」
梨花の口からは、よくわからない言葉が飛び出してきた。
なんなんだアクションデュエルって、普通のデュエルじゃないのか……?
「アクション……デュエル?」
「あ、もしかして綾香って、普通のデュエルしか知らない?」
「むしろそれ以外に、どんなデュエルがあるってのよ」
脳内に浮かぶ「バイクに乗ったままデュエル」という、正真正銘の異次元光景を無視しつつ。梨花に対してツッコミを入れる。
あのアカデミアですら、デュエルのルールは私達同様だったのに……。どうやらここの世界では、ちょっと違うルールが採用されているようだ。
どんなルールなんだろうか……。
いきなり神経衰弱を取り入れるとか、そんなのだったら勘弁願いたいところだけど……。
「とはいっても、ほとんど普通のデュエルと一緒だよ。ちょっと一点だけ、違うところがあるだけで」
「そ、そうなの?」
「まぁ、そこら辺はやってみてのお楽しみってコトで! それじゃ、フィールド魔法発動、《荒野の決闘タウン》!」
「いきなり、フィールド魔法?」
梨花が宣言して、同時に指を鳴らすと。
巨大な黒い、ソリッドビジョン発生装置と思しき機械。そこから幾つも光が漏れ出て、瞬く間に周囲の景色を一変させていく。
そうして現れたのは、いかにも西部劇の舞台になりそうな荒野の街だった。
これからデュエルではなく早撃ちをやると言われても、極端な話信じてしまいそうではある。
「そっかぁ。知らない人にとっちゃ新鮮な光景だよね、ここら辺も。でもまぁ、驚くのはまだ早いッ!」
「えっ……?」
「上を見てみて」
戸惑っている私にさらに梨花は告げてきたので、言われた通りに視線を上に向けると――そこでは何枚ものカードが、球体状の膜に覆われている光景があった。
カードは球の中で不規則に移動しているうえ、表面が光り輝いている。そのため、どんなのが入っているのか確認することは不可能だった。
なんなんだ、あれは……?
「カードが浮いてる……けど」
「そ、あれがアクションデュエルの最大の特徴だよ。何が起こるかはお楽しみっ! それじゃ、始めるよっ!」
相変わらず、肝心なところは説明しないまま。
梨花は私から距離をとると、再び口を開き始めた。
「戦いの殿堂に集いし決闘者達が、モンスターとともに地を蹴り宙を舞う! 見よ、これがデュエルの最強進化形! アクショーン――」
まるでシンクロや融合、エクシーズをするときのように。長い文章を紡ぎあげていくと、最後に「アクション」と言うあたりで言葉を溜めだす。
そしてそれと同時に、私に対して梨花は「分かってるよね?」と言わんばかりにアイコンタクトを送ってくる。
大丈夫、ここから先は私でも分かるから。
だって。
『デュエルッ!』
結局はデュエルなんだから。
これを言わないと始まらないって常識は、流石に健在だった。
同時に言い終えると、上空にあった球体は音を立てて破裂。中に入っていたカードは地面めがけて一気に降り注いだ。
あれが何を意味しているのかは、今のところ皆目見当がつかないけれど――とにかく、今回は私の先行なんだ。さっさと布陣を整えてから動いた方が絶対に安全に決まっている。
そう思い、まずは五枚の手札を確認。どうも良くも悪くもない普通の手札で、やることも大して奇抜な真似はできないような形となっている。
なら、ここは。
「私のターン。手札から《チョコ・マジシャン・ガール》を召喚し、効果発動。1ターンに1度、手札の魔法使い族モンスター1体を捨てて1枚ドローできる」
水色の髪の毛をした美少女モンスターを召喚し、その効果でもって手札の交換を行う。
いくら命がかかってないとはいえ、この世界で初のデュエル。手を抜くわけにもいかなかった。
「そしてカードを1枚伏せ、ターンエンド。さぁ、あんたのターンよ」
「私のターン、ドロー! まずは《
「……は?」
梨花の最初のターンの、最初の行動。それは奇行としか言いようのないものだった。
なにせいきなり攻撃力1400の通常モンスターを召喚し、魔法の1枚も使わずに殴りかかってきたのだから。
《チョコ・マジシャン・ガール》の効果を知らないのは仕方がないにしても、すでに攻撃力が1600ある事は公開情報として開示されている。
それならバトルフェイズ中に速攻魔法で迎撃するつもりなのかと、最初は思った。
だが、すぐにその考えも捨てざるを得ない光景を目にしてしまう。
「よっと!」
なにせ梨花は《磁石の戦士α》が突進を開始した瞬間。わき目もふらずに移動を開始。すぐ隣にあった樽を足場にして、建物の屋上へとジャンプしだしたのだから。
何を、考えているんだ……?
あまりにもあんまりな光景に、全くもって訳が分からないでいたら。
「な、カードを拾った!?」
「アクション
梨花は屋根に至ると、着地地点からすぐのところに
すると《磁石の戦士α》は黄色のオーラに包まれ、攻撃力を一気に
やっぱり訳が分からないけれど……!
とにかく、今はやれることをやるッ!
「私は《チョコ・マジシャン・ガール》の効果、発動! 墓地から《ガガガマジシャン》を特殊召喚し、攻撃対象をそっちに移し替える!」
「え、うっそ!?」
磁石の戦士の手にした剣が襲い掛かろうとした、刹那。
水色髪の美少女は大きくバックステップをして回避。さっきまでいた場所には代わりに魔法陣が展開し、その中からは黒衣の魔法使いが姿を現していく。
「で、でも! そいつの攻撃力だって、私の《磁石の戦士α》には及ばな――」
梨花の言葉を遮るように、《ガガガマジシャン》の鉄拳が襲撃者を粉砕。粒子となってモンスターが砕け散る音が、西部劇めいた街の中に響き渡っていった。
「悪いけど、この効果での戦闘を行う際、相手モンスターの攻撃力は半分になる」
「マジで!? なら、私はカードを2枚伏せてターンエンドっ!」
場をがら空きで寄越すのが論外と言うのは、どこの次元でも共通しているらしい。梨花は防衛手段を伏せると、私にターンを回してきたが……その前に。
「さっきのあれ、なんだったの」
私には聞かなければならないことが、一つだけあった。
「なにって、アクション魔法の事? 見たまんまだよ」
やだなぁと顔に書かれているのがもろ分かりな表情で、梨花はそんな事を言ってくる。
「見たまんま、か……」
つまりそれって、拾ったカードをすぐさま使えるってコトでいいのかな?
もしそうだとしたら敵の場や手札、墓地に防衛手段がなかったとしても。極端な話カードを拾いまくれば凌ぐのだって可能だという事になる。
つまり攻撃側は最後まで気を抜くことはできず、防御側もライフが0になるまで諦めずに足掻けるルールってことか。なるほど……。
「……どうなんだろう、これ」
ひと通り理解はできた。要は即席のドローカードがあるってだけだ、そこまで難しい話でもない。
だが、納得できるかと言われるとまた別の問題だった。
まさかここまで根幹部分のルールが弄られているとは思いもしていなかったし、極論を言ってしまえば「別物」と断じることだってできるかもしれない。
梨花は「一点を除き普通のデュエル」と言ったが、別次元人の私からしたら「その一点でもう大違い」としか感じられなかった。
だがまぁ、まだお互いに最初のターンを終えたばかりだ。これが良いか悪いかなんて断じられる訳もない。
とりあえず、今はターンを進めるしかないか。
「私のターン。まずは手札から《ゼンマイドッグ》を召喚し、効果発動。このターンの終了時までレベルを2つ上げ、攻撃力を600ポイントアップ。さらに《ガガガマジシャン》の効果で、自身のレベルを5に変更する」
「攻撃力は分かるけど……レベルを上げて揃えた? いや、まさかね……北斗じゃあるまいし」
私がゼンマイ仕掛けの犬を召喚し、さらに2体のレベルを上級モンスターのそれに変更した途端。梨花は顎に手を当てながら何やらブツブツと口にし始めるが――まぁ、私は私のやるべきことをやるだけだ。
「私は《ガガガマジシャン》と《ゼンマイドッグ》で、オーバーレイッ!」
自分の場のモンスタ―2体を光の球にしてから、この世界に来てから初めてのオーバーレイ・ネットワークを構築。激しい光の渦が、西部劇の舞台を煌々と照らし出す。
「巻けよ発条、極限まで! 世界を貫く螺旋携え、今こそ現れろ! エクシーズ召喚!」
アカデミアとの戦いでは結局一度も言わなかった口上を発し終えると、地面が激しく罅割れる。
そして――。
「現れろ、巻かれし者達の王! 《発条機攻 ゼンマイオー》ッ!」
まだナンバーズを手に入れる前のエースモンスターが、久しぶりに私のフィールド上へと召喚されていく。
思えばダイヤ校の校内予選のトドメもこいつで刺したんだったっけか……なんて、随分前の事を思い出していると。不思議と懐かしさがこみ上げてきた――その時だった。
「マジで綾香……エクシーズ使いだ!?」
口をあんぐり開けて眺めていた梨花だったが、エクシーズを終えた直後に甲高い声で驚愕を現す。
そんなにこの世界では、エクシーズが珍しいんだろうか……?
「別に、これくらい普通でしょ」
「そんな事ないよ!?」
「……そうなの?」
「だって最近になってようやくLDSが教え始めたんだよ、エクシーズって!」
それは……確かに、この世界ではエクシーズの使い手は珍しいと言っていい。そんなに出回ってないのなら、碌に交戦する機会もないんだろう。
しかし、こうなってくると、だ。エクシーズを使ってるだけでイヤでも目立つという事になる。
今後どうすればいいのかは、少し考えなければならないかもしれない――が、どの道出してしまったものは仕方がない。今はデュエルに集中しなきゃ!
まずは……!
「ゼンマイオーのオーバーレイユニットを一つ使い、効果発動! 相手フィールド上にセットされたカードを2枚選択して、破壊するッ!」
光球を身体に取り込んだゼンマイオーは右手のドリルを超高速回転。そうして発生させた竜巻を、梨花のフィールドに伏せられたカードへと向けて発射するが……。
「ならばそれに対して《強欲な甕》2枚発動!」
破壊される寸前に聞こえてきた宣言によって、勢いよく伏せカードは展開。梨花はデッキから2枚のカードをドローした。
《強欲な甕》は有名な罠の1枚で、効果は単純明快。デッキからカードを1枚引くというだけだが、いつでも発動できる事からブラフとしての活用法がメインの使用法だ。
これじゃあ破壊した意味はほとんどない……が、私の場のモンスターの合計攻撃力は4000をオーバーしているし、場ががら空きなのは間違いない。
ならば!
「バトル! 私は《チョコ・マジシャン・ガール》でダイレクトアタ――!」
「おっと、そうはさせないよ……っと!」
しかし、攻撃をしようとした瞬間。またも梨花はアクロバティックな動きでゼンマイオーの攻撃を回避。
そしてそのまま、今度は建物の手すりの上からカードをピックアップすると。
「アクションマジック《大脱出》! バトルフェイズを終了させるよっ!」
ライフが0になるかならないかの瀬戸際からあっさりと、文字通りの大脱出を果たしてしまった。
アクションカードはタダで使えるカードだから、ある程度効果も抑え気味なのばかりに違いない。そう勘違いしてたけど……まさか、あそこまで強いのが落ちているとは。
ちょっと、認識を変えなきゃいけないみたいね……。
「私はこれでターンエンド」
そんな事を思いながら、梨花へとターンを回すが。
「はっと! よし、アクションカードゲット! それじゃ、私のターン、ドロー!」
梨花はいきなりドローはせず、今度は柱にくっついていたアクションマジックを取得。そうしてから、ようやく二度目のターンを開始した。
一体、今度はどんなカードを拾ったんだ……!?
と、警戒していると。
「ふっふっふ……アクションカードにはねぇ、こういう使い方もあるんだよっ! 私はこいつを捨てて手札から《ライトニング・ボルテックス》発動ぅ!」
梨花は拾ったカードを墓地へと捨てると、稲妻の描かれたカードを発動。一瞬のうちに、上空が一気に不穏な曇り空に変貌すると――。
「この魔法は手札1枚を捨てることで、相手フィールド上の表側表示モンスターを全部まとめて破壊しちゃうカード! さぁて、雷鳴よ降り注げっ!」
梨花の説明の直後、強烈なまでの雷鳴が私の場へと降り注いだ!
このままだと、全部破壊されて一気に形勢逆転されてしまうが……そうは、行くかッ!
「私はアクション魔法《ミラーバリア》を発動し、ゼンマイオーの破壊を無効にする!」
ついさっき、梨花が喋っている間に。ゼンマイオーがひび割れさせた地面のすぐ近くから拾得したアクション魔法。
それを素早くディスクに差し込むと、ゼンマイオーの周囲には球体状の半透明な防護フィールドが出現。上空から轟いた雷の矢を難なく回避する。
今回は梨花が発動した魔法――《ライトニング・ボルテックス》が知っているカードだったからこそ。私も説明を無視して拾いに行くことができた。もしこれが、未知のカードを発動された場合だったらどうしようもなかっただろう。
自分の妙な運の良さに感謝していると、梨花は。
「あははは! まさかこのタイミングで使われるなんて思ってなかったよ!」
と、実に楽しげに笑い始める。
思いっきり見えた位置に一枚あったのをスルーしていたくせに……よく言う。
「ふふっ……まぁ、でもお陰で使い方はわかった。ありがとうね、梨花」
「そっか。なら、こっからは本気で行かせてもらうよッ!」
「……今までは手を抜いていたの?」
「ひっどい!? ここまでは綾香向けのチュートリアルだよっ!」
ポニーテールを激しく揺らしながら抗議する梨花を見て、思わずまた笑いが零れる。
さっきの放置されてた《ミラーバリア》はともかく、一部のやり口がちょっと本気っぽかった気もしないでもないけれど……まぁ、梨花がそう言うんならそうなんだろう。
「じゃあ、こっからはガチの真剣勝負ってコトでいいの?」
「もち! それじゃ、私のターンを続けるね!」
私からの最後の問いかけを、梨花は笑顔で返すと。
いよいよ、全力でのアクションデュエルの幕が上がっていくのだった。
次回から、綾香も本格的にアクションカードを拾ってデュエルします。とりあえずまだ手探りの段階ですね、アクションデュエルに関しては。今回はたくさんお互いに取りに行かせる方向性で。