遊戯王ARC-V 崩壊都市の少女 作:豆柴あずき
新たな次元、新たな出会い
中学の頃までいた施設で一緒だった、一つ上の男の子が言っていた。
夢でもう会えない人に会うのは嬉しく、そして辛い事だって。
私は生まれた時から親の顔を知らないでいたから、その時はまだ「本当の意味では」分からなかったのかもしれない。
だけど、今ならあの時の彼の言っていた事が完全に理解できる。
だって――。
「綾香」
アカネがいる。
たったそれだけで、これが夢だってのが分かるのはつらい事だったが――同時に、親友の顔が見れることは何よりも嬉しい事でもあった。
「アカネ。私、仇取れなかった」
目の前に現れた、親友の幻影に漏らしたのは、たった一つの弱音。
そう、仇を取れなかった。絶対に、それこそ自分が壊れてでも取ってやるって決めたのに。
なのに現実はどうだ。よく分からない悪魔の誘惑に乗って力を手にしたら、おかしな渦に呑み込まれてハートランドを強制退去させられた。
「私、どうすればいいんだろ……?」
涙が頬を濡らす中、弱音を吐く。
するとアカネは口を開き――
「決まってるよ。そんなの」
まるで、まだアカデミアの侵略戦争が始まる前のように。
「綾香が心の底からしたい事を、やればいいんだよ」
アカネはそれだけ言うと光り輝く、奥のほうへと消えていった。
「アカ、ネ……」
そしてそれと同時に、私の視界は白く染まっていって――。
―――
目を覚ますと、どこか懐かしい匂いがした。
「ここは……?」
ぼやけた目を擦りつつ、上半身を起こして周囲を確認する。
畳敷きの小さな和室の、窓際に設置されたベッド。その上に私は寝かされていたのが、まず最初に分かったことだった。
次にディスクはどこか探索してみたが、割とすぐに見つかった。ベッド脇にある机の上に、デッキを抜かれた状態で置かれていた――が、すでに液晶は洒落にならないレベルで罅割れている。もうデュエルに使用するのは不可能だった。
「ざまぁみろ」
スクラップになってしまったアカデミアのディスクを見て、真っ先に口をついて出てきた感想はこれだった。
だってこれは元々、アカネをカードにした憎き凶器なんだもの。
神宮寺との戦いから最後のユーリとの戦闘まで、ずっと使い続けてきたとはいえ愛着なんて沸くはずもない。むしろ壊れてくれて清々したってもんだ。
「まぁ、カードは無事で良かったよ……」
ディスクのすぐ隣に置かれたデッキとエクストラデッキのケースを見て、思わず微笑を零してしまう。ナンバーズなんか他人の手に渡ったら、誰がどう悪用するのか分かったものじゃない。
それに――デッキのほうには、
と、思っていた時。
「あ、目……覚ましたんだ」
部屋の扉が、音を立てて開いた。
急に声が聞こえたので視線を入口の方へと向けると。そこには――。
「大丈夫? ここに運ばれる前の事とか、思い出せ――」
「アカ、ネ……?」
クリッとした目。そして透き通る声……。
髪形こそ茶髪のポニーテールと、記憶の中の姿とはこれっぽっちも合っていなかった。
けど――それ以外は、カードにされたはずの私の親友・最上アカネそのものであった。
「……え?」
目と鼻の先の距離になった直後、私は戸惑っている彼女の肩を掴む。
カード化から元に戻る方法があったの、とか。
なんで急にイメチェンしてんの、とか。
これからどうしよう、とか。
聞きたいことは沢山あったけども。それよりも今は――。
「アカネ! アカネェッ!」
ただ、もう一度大好きな親友に会えた。
それだけがたまらなく、嬉しい!
――そう、思っていると。
「ちょ、ちょっと!? 私そんな名前じゃないんですけど~!?」
ぐぇぇ、という呻きとともに、目の前の子はへなへなと倒れ込む。
そしてそれと同時、冷静になった私の頭は彼女がアカネではないという事をようやく認識しはじめる。
「あ……」
「ご、ごめんね? まだ混乱してるみたいだし……もうちょっとしてから来るよ!」
数度せき込んでからアカネ似の少女は告げると、足早に部屋の外へと出て行く。
こうして和室の中には、再び私一人だけとなった。
「アカネじゃない、よね……そりゃ」
静寂に包まれた中。暫くしてから一人呟くが……当たり前の話だ。
ここは異世界であるうえ、アカネはカードにされたんだ。こんなところにいる訳がない。
自分で入れたんだから忘れる訳もないのに。
なのに勝手に夢を見て、それで助けてくれた子に迷惑をかけて――。
「最低だな、私って……」
……本当に、自分で自分が嫌になる。
―――
「大丈夫? 落ち着いた?」
それから数時間後。少女は戻って来るなり、そう問いかけてくる。
ハートランドではアカデミアに対し、憎悪や憤怒といった人間の負の感情を数多く浴びてきた。
勿論レジスタンスやユーゴのような戦友たちには向けていなかったものの、それでも戦場で完全に気を休めるわけにもいかない。
その反動なんだと思う。こうして安全な場所で、誰かに心配して貰えているというのはすごく心が落ち着いた。
「……あなたは」
「あ、まだ名乗ってなかったね。私は
「私は綾香・アートゥラ。綾香でいい」
名乗って来た少女――梨花に対して名乗り返すと、すっと差し出された手を握り返しながら彼女を眺めてみる。
あの時は気付かなかったけれど、よく見ればアカネとは似ていない点は結構あった。
髪形は勿論の事、青い瞳をしていたアカネとは違って薄黄色だし、身長もアカネより少なくとも五センチは大きい。
そんな些細な違いを見つけていくたび、私の胸はキリキリと締め付けられていく――理由も、分からないままに。
ダメだ、このまま一人考えていても気分が悪くなるだけだ。そしたらこの子を心配させるし、何より私の身がもたない。
ここは、話題を変えなきゃ……!
「……ここ、何処?」
「ここ? 私の家だけど?」
「そうじゃなくて。えっと、この街」
訂正してからまた問うと、梨花は一瞬だけハッとした顔をすると。
「
と、全く知らない街の名前を、口にした。
未知の地名が梨花の口から飛び出してきた辺り、やはりここは私の世界――エクシーズ次元ではないとは当たりはついたけど……とりあえず、もう少し絞り込む必要はある、か。
そう思い、次なる質問を梨花へと向ける。
「……ハートランドっていう地名に、聞き覚えある?」
聞いてみたのは、私の故郷の名前について。
ここが私のいた次元と同じなら当然知ってるはずだし、勿論侵略者であるアカデミアも認識していなければおかしい名前だった。
だが。
「え~っと……そんな名前の街なんて、聞いたことないなぁ。外国?」
梨花は何も分からないといった感じで、苦笑交じりに返答した。
きょとん、という擬音が聞こえてきそうなくらい。素で分からないといった雰囲気を漂わせている姿からは、とても嘘をついているようには見えなかった。
――なら、次の質問だ。これの返答次第では、どこだか一発でわかるに違いない……が、正直質問内容がアレ過ぎる。
でもまぁ、黙っていても始まらない以上はする以外に選択肢はないのだが……。
「もしかして……バイクに乗ってデュエルしたりする?」
「何言ってるの? 頭大丈夫?」
意を決して質問したものの、梨花はすぐさま呆れ気味に返してくる。その反応から、この世界はユーゴの故郷――シンクロ次元ではないという事は容易に断定できる。
それにしても、すごい即答っぷり。まぁ実際あんなもの、間近で体感しなければ到底分かるものではないけど……。
「ごめん……記憶が、どうも混乱しているみたい」
「それはまぁ、見たらわかるよ。そんな変な質問してくるくらいだし」
あはは、と笑いながら梨花はそんな風に返すと、しばらく考え込んでから再び口を開く。
「逆に、なんだけどさ……なんか覚えてる事ってない? 何でもいいんだけど」
「……それ、は」
ある。あるに決まっている。
だって本当は記憶の混乱なんて、起こってないんだから。
でも、だからと言って話してどうする? 異世界人だのおかしな扉だの、ナンバーズだの次元戦争だの……どれひとつとっても、こんな平和な世界に住む少女に信用して貰えるワケがない。
それこそ、信憑性はさっきのD・ホイールに関してと似たり寄ったりなモンだろう。
かといってさっき「アカネ」と発言した以上、記憶がゼロって言い訳もできはしない。
ならば、ここは……。
「アナタにそっくりな顔をしたアカネって友達がいた事と、デュエルについて。それだけ……しか、思い出せない」
最低限、現実味はありそうなところで妥協した回答を捏造し、梨花へと伝えてみる。
実際この街――いや、この次元については碌に知っていることなんてないんだ。今後の事を考えたら記憶喪失で通した方がいいに決まっている。
そんな事を、一人判断していると。
「……そうだ! 身体が落ち着いたらデュエル、してみない?」
「は?」
梨花のほうから、そんな提案をされてしまった。
いきなりだったので戸惑っていると、彼女のほうから続きが紡がれる。
「だってデュエリストなら、ずっと使っていたデッキを使えば何か思い出せるかもじゃん!」
「それは……」
確かに、その発想自体は一理あったりはする。
現にハートランドでは記憶喪失のデュエリストに対して梨花の提案通りの事を行い、治療するという方法も確立されているくらいなんだから。
だけど、本当はなにも忘れていない。
それなのに手を煩わせるのはどうなんだろうって思いもある――が、それ以上に得体のしれない恐怖心があった。
なんで、私は梨花という少女とのデュエルに何を恐れているんだろう……。
正直、昔みたいにやってみたいって気持ちもあるのに。
別に、負けたところで命を取られるわけでもないってのに――と、そんな事を思っていた時だった。
「それに私、デュエルが大好きなの! あなたとも、やってみたいかなーって」
「――ッ!」
梨花から何気なく発せられた、楽しげな発言。
それを聞いて、即座に気づかされる。
「あぁ、そっか……」
私の恐れている事は――楽しいデュエルをする。そのこと自体だったって。
戦場で命の取り合いをしてきた、汚れたこの手で。アカネと同じ顔をした女の子とデュエルなんてやってもいいのか。
私は殺し合いではない決闘のやり方を、ちゃんと覚えているのか。
まだ、戦争の手段以外のデュエルをやる資格なんてあるのか。
そんな事ばかり考えてしまうと、あのドームでユート達と約束して本当にしてよかったのか――なんて、今更ながらに後悔までしてしまう。
だから、梨花の提案に頷く事は出来なくて。
「そうは言うけど、あんな状態のディスクが動くと思う?」
なんとも歯切れの悪い言い訳を、口にしてしまった。
だが実際ディスクがなければ、ソリッドビジョンありのデュエルなんてできはしないのもまた事実だった。
咄嗟の言い訳にしてはそれなりだと、勝手に納得していたら。
「あっ……でも大丈夫。私、予備のディスクあるから。貸したげるっ!」
梨花は勢いよく和室を後にすると、数分してからディスクを抱えて戻って来る。彼女が手にしていたそれは小ぶりで、擦り傷の目立つピンク色のモデルだった。
アカデミアの侵略より以前に私が使っていたものに似ており、否が応にも平和だった頃を想起してしまう。
「中学卒業まで使ってたやつなんだけど……故障はしてないはずだし、いいよね?」
梨花の言葉を聞きつつ受け取り、とりあえず装着してデッキをセット。ひと通りデュエルまでのシークエンスをチェックしてみたが……確かに、滞りなく展開できた。
こいつがあれば、問題なくデュエルはできる。
それによく考えたら倒れる前、私は梨花とその友達と思しき子の決闘に乱入していた。
その事を出汁にされてしまえば、今度こそ逃げ場なんてない。
もう……腹を括るしかない、か。
「分かった。一回、やってあげる」
「おっけ! そう来なくっちゃだよ……って、もう動けるの!?」
立ち上がろうとすると、梨花が驚愕交じりにこっちを見てくる。
あれからどれだけ経ったのかは分からないが、ついさっきまで目を覚まさなかった相手がいきなり立ち上がろうとしていたんだ。そりゃ無理もない反応かもしれない。
「うん。もう元気だから。じゃ、早速やりに行きましょ」
「ひぇぇ……強いデュエリストの回復力は並外れてるって聞くけど、まさか綾香ってめっちゃ強いの?」
「……さぁ、どうだったかしら。覚えて、ないから」
ぼかしつつ、壁際に置かれていた上着を羽織る。
強いかなんて質問、されても困る。
私なんかより強いデュエリストはハートランドにはいくらでもいたし、アカデミアにだってナンバーズがなきゃ対抗できないような小娘だ。
だけど、ナンバーズは並外れて強いわけだし――と、そんな事を考えていると。
正直、自分でも自分の実力なんて分からなくなっていた。
「あ、でも勝つのは私だから! LDS総合コース所属の力、思い知らせてあげるっ!」
そんな歯切れの悪い私とは対照的に、梨花は心の底から楽しそうに笑って返しだす。
まるで昔の、私のように――。
いよいよスタンダード編開始します。あぁ、ここまで長かった…。原作開始まであと少しってところまで来ましたね。
今回はデュエル開始前までで一旦投稿することにしました。次回は本作初のアクションデュエルとなります。お楽しみいただけると幸いです。