遊戯王ARC-V 崩壊都市の少女   作:豆柴あずき

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高速の疾走者

 アカデミアの拠点と化したハートランドのデュエルスクール四校のひとつ・ダイヤ校。

 

 侵略時も意図的に損傷を抑え、無事に制圧を完了した臨時の拠点。その保健室に、一人の少年がいた。現在室内には彼しかおらず、実質的な貸し切り状態になっている。

 

「クソがっ!」

 

 服と同じ青色をした、尖った髪の毛の少年。

 彼は怒りとともにそう吐き捨てると、思い切り保健室の側壁に拳を叩きつけた。すっかり怪我も治っていたが、彼はこの部屋から一歩も出ようとはしないでいた。

 

「ふざけんじゃねぇぞ、あの女……人のディスクを奪いやがって!」

 

 再び怒号を吐き捨てると、少年はベッドのほうへと視線を移す。ここ数日の彼の寝床の隣。そこにある棚の上には、真新しいデュエルディスクが置かれていた。一昨日、同学年の少年二人が置いていったものである。

 優等生デッキを任されるほどの実力者であるその二人から、少年はディスクを奪われた事を詰られ、アカデミアの面汚しとまで罵倒を受けていたのである。

 その事は、プライドの高い彼の心に激しい傷を残していた……それこそ、実際負けた時以上に。

 

「おやおや、随分荒れてるじゃないか……真殿リュウガ君」

 

 ちょうどそれと同時。空気が抜ける音とともに扉が開き、スーツ姿の男性が室内へと入ってくる。典型的な優男であり、その顔は穏やかな表情を浮かべていた。

 

「うるせぇ! 神宮寺なんかに、俺の気持ちがわかるってのかよ!?」

 

 部屋に入ってきた神宮寺と呼ばれる男。その顔を見ると、リュウガと呼ばれた少年はさらに態度を激化させ叫び始だす。

 

 そんなリュウガとは対照的に、あくまで穏やかな顔のままの神宮寺。彼は少年の話が途切れたタイミングを狙い、語り始めた。

 

「わかるさ。僕も君と同じく、あの女――綾香・アートゥラにやられたんだからね」 

「神宮寺まで、だと……!」

 

 今度の言葉には、流石のリュウガも唖然とせざるを得なかった。

 神宮寺までやられたことももちろんそうだが、同じ敵と戦ってきたこと。そしてなにより、奴の名前を知っていること。

 

 どれをとっても、リュウガにとっては驚愕の真実だったのである。

 

「あぁ。あの子、スパイ時代の教え子なんだけど……。あんなカードは、持っていなかった」

 

 淡々と告げられた事実を、ことのほかリュウガは動揺もせずに聞いていた。

 

 というのも融合次元――しかもエリートコース所属だったリュウガは、エクシーズに敗北するということ自体が異常と認識していた。

 そのため最初から、あのナンバーズとかいうのがマトモな代物だとは考えていなかったのである。

 

「プロフェッサーへの報告の結果、僕たちへのお咎めは無しということになった。流石にあんなのを初見で対処しろなんて、まず不可能に近いからね。そこで……」

「なんだよ、早く言えよッ!」

 

 リュウガは言葉尻を濁し、溜めはじめた神宮寺に対して声を荒げる。元々彼は短気なうえ、焦らされるのが苦手ときている。そこに引き摺り続けている怒りも加わって、その声は凄まじいまでの威圧感がこもっていた。

 

 そんなリュウガに対し、やはり神宮寺はポーカーフェイスのまま続けた。

 

「真殿リュウガ。君は綾香君を始末するために、特別行動権(ライセンス)をプロフェッサーから与えられた。僕がここに来たのも、それを伝えるのが目的のひとつでね」

「……ってことは!」

「ああ。自前のデッキ使用も許可される」

 

 一気に明るくなったリュウガに対し、神宮寺は彼の望む答えを口にした。

 

 単独行動権(ライセンス)

 

 それは一部のデュエル戦士にしか与えられないライセンスであり、これを持つ者は支給品である「古代の機械」以外の使用も許可されるようになる。

 神宮寺(スパイ)のように独自かつ重要性の高い任務にあたる人物。もしくは各部署の司令官等の上級戦力にのみ与えられるものであった。

 

「なら……!」

「使うんだろう? 僕のゼミにいたころ君が最も得意としていた……こいつを」

 

 リュウガの言葉を遮った神宮寺は、スーツのポケットからひとつのデッキを取り出すと、リュウガの眼の前へと差し出す。

 

 間髪入れずにリュウガはひったくるようにして受け取ると、素早くデッキ内容をひと通り目に通し始めた。

 どうやら中身には何の問題もないらしく、そのままデッキはベッド横に置かれた真新しいディスクへとデッキを差し込む。

 

 一連の行動を実行している最中の、リュウガの表情。それは邪悪そのものであり、絶対に自分を辱めた相手を屠るという強い意志が滲み出ていた。

 

「へへ……流石先生やってるだけあるな、神宮寺」

「お褒めに預かり光栄……ってことにしておこうかな」

 

 振り向きもせずに神宮寺は口にすると、そのまま保健室から出て行く。

 こうして室内には本来のデッキと新しいディスクを手に入れた、獰猛な侵略者が一人だけとなった。

 

「待ってやがれ、あの糞女……ナンバーズだか何だか知らねぇが、今度こそぶっ潰してカードにしてやる!」

 

 口角を邪悪なまでに吊り上げると、リュウガは腹の底からの大声で宣誓を始める。

 そんな彼の視線は、ディスクに突き刺したばかりのデッキへと向けられていた……。

 

―――

 

 レジスタンスの皆と別れてから、半日が過ぎた今。私は荒廃しつくした道をひたすらに歩いていた。

 

 目指す場所はアカデミアの前線基地にして私の母校――ダイヤ校。

 

 旅立ったスペード校からはだいたい十五キロ近くのそこへとたどり着くのは、中々に困難を極めていた。

 

 瓦礫や放置された車、それに倒壊したビルに塞がれている道もあるし、アカデミアの巡回だってある。それらをかいくぐりながら、ひたすらに母校へと向かわなければならないのだから。

 

「っはぁ……少し、休まなきゃ」

 

 ディスクのセンサーで周りに敵がいないことを確認してから、ガードレールにたれかかって座り込む。流石に徹夜で気を張りながら歩き続けたせいか、ちょっと限界だった。

 

「だいたいここで、半分くらいね……」 

 

 周囲を見渡しながらつぶやく。ここはハートランドでも有数のショッピングストリートで、私とアカネはよくここで放課後買い物に行っていたりもした。

 

 攻撃を免れ原型を留めているビル群。その中にはかつて行きつけだったお店もあった。

 まだ平和だったほんの少し前。それを否が応にでも想起させられてしまい、胸が酷く痛むのを感じる。いっそ更地にでもなってたほうがマシだったのかもしれない。

 

「もう少し先まで、歩いた方がよかったかな……」

 

 ほんのちょっぴりだけ、流れた涙。

 

 それを拭ってから呟き、続けて背負っていたバッグからボトルを取り出そうとした――その時だった。

 

「光ってる……?」

 

 ふと下のほうが明るいのに気づき見下ろすと、なんと左腰に着けていたエクストラデッキのホルダーから眩い光が放たれていた。いったい、何があったの……?

 

 慌てて腰から取り外し、蓋を開けて確認してみる。

 

「なに、これ……」

 

 開けてすぐに、光の発生源はさらに細かく突き止められた。

 

 ケースの前方に配置していたナンバーズと、仕切りの間。そこから光が漏れ出ていたのである。

 だけど、私がそれを見た途端――光は、消えてしまった。

 

「何なのよ、一体……ッ!」

 

 流石に切り札たちに何かあっても遅い。そう思って、愚痴を零しつつ中身を全部取り出したが……すぐに、絶句する羽目になってしまった。

 なにせ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 プライムフォトンと仕切りの間に何時の間にか2枚増えていて、それらは当然のように見たこともないカードだった。

 

 《No.14 強欲のサラメーヤ》と《No.17 リバイス・ドラゴン》。

 さっと確認した限りだと、どちらも強力なカードだ。しかもランク的にも私のデッキで使えるエクシーズときている。戦力が増えること自体は喜ばしいんだけど……。 

 

「こんなの見せられたら……ほんとに、やばい力だって思えちゃうなぁ」

 

 自嘲気味に笑いながら、そんなことをつぶやく。

 流石に何もないときにいきなり光って、増えるなんて予想してなかっただけにそう思う。

 

 だがまぁ、これ位やばい力のほうがいいってものかもしれない。

 

 なにせ一番大事なものとやらを代償に差し出すんだから、それに見合ったものでなければ割に合わない。

 

 それに強ければ強いほど……確実にアカデミアを葬れるんだから。

 

「お~い! そこの姉ちゃん!」

「でも、なんで2枚なんだろう……」

 

 顎に手を当てて、考える。

 

 ヴォルカザウルスにせよ、ビッグ・アイにせよ、プライムフォトンにせよ。今までは1枚ずつ増えてきたっていうのに、今回はなぜか一気に2枚も増殖した。

 

 何かしらの法則性みたいなのがあったりするのだろうかと思っていたけれど、実はないのかもしれない……。

 

「聞こえてねぇのかよ、ったく……お~い!」

「まぁ、いい……強くなれる分には」

 

 さっきも思っていた結論。それを、念押しと言わんばかりに口にしたその時。

 

「おいってば!」

「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 いきなり耳元で大きな声がしたため、思わず絶叫して後ずさってしまう。一瞬だけど、マジで心臓が止まると思った……。

 

「驚きすぎだろ、アンタ……」

 

 呆れ気味の言葉が飛んできた辺りで、落ち着きを取り戻した私は声のした方を向く。

 

 するとやや離れた位置。陶磁器のように真っ白なバイクに跨った、一人の少年の姿があった。

 彼自身のライダースーツやメットも白で、この崩壊した街の瓦礫の中ではひどく目立っている。

 

 なんというか……アカデミアもハートランドも関係ない、全く別の場所からやって来たのではないか。

 そんな印象を受けてしまうほどに、目の前の白い少年の雰囲気は場違いさを醸し出していた。

 

「あんた、何者よ!?」

 

 いっそ不審者と呼んでもいいくらいの少年に対し、強めの口調で問いかける。

 敵ならセンサーに反応するはずなのに、目の前の彼には何の反応もなかった。今ディスクを見てみても、この場に表示されるのは私のアイコンだけ。

 

 となるとアカデミアでもないのかもしれないけど……じゃあどこの誰なんだろう? そして目的は?

 

 正直に言って、何ひとつとして見当がつかなかった。

 

「俺か? 俺はユーゴ」

「ゆう、ごう?」

「ユーゴーじゃねぇ! ユーゴだ!」

 

 悩む私の耳に聞こえてきたのは、仇敵のような響き。

 

 ついつい呆然と呟いてしまうと、目の前の少年――ユーゴは怒りながら訂正してくる。流石に名前を間違えるのは失礼よね、そりゃあ……。

 

 少し反省の色で染まっていく私をよそに、まだ怒り気味のユーゴはヘルメットを勢いよく脱ぎ始める。

 

 すると、そこにあったのは――。

 

「え……!? その顔、ユー……ト?」

 

 そう、私の友人であり別れたばかりの少年――ユートにそっくりの顔だった。

 

 目つきや口元もひどく似ていたが、何よりもその雰囲気。もはや彼らがたんだん別人には思えないほどに瓜二つだった。

 

「何だお前、ひとの顔見てまた間違えやがって……俺はユーゴだっつってんだろ!」

「え、あ……その、ごめんなさい。知り合いによく似ていて」

 

 慌ててかぶりを振りつつ、頭を下げる。

 さっきのやり取りから、目の前のユーゴって少年が名前を間違えられると烈火のごとく怒るのは知っていたのに……。

 

「変なとこに迷い込むし、誰もいねぇし、おまけに名前を二度も間違えられるし……今日は厄日かよ!」

 

 私が懺悔していた、その時。

 

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「ねぇ、今変なとこって言った?」

 

 目の前の、明らかな異邦人に対してそう詰問する。

 何も知らないなら確かに、こんな廃墟になった街なんか変なところ以外の何物でもないのかもしれない。理屈では分かる。

 だけど……ここは私の大好きな故郷だったんだ。それを貶されるのは、感情がどうしたって許せなかった。

 

「訂正して!」

「あぁ? なんでだよ。先に喧嘩売ってきたのはそっちだろうが!」

 

 一度こじれると、物事って中々元には戻らない。ユーゴはバイクのほうへと早歩きで向かっていくと、再び荒い言葉で続ける。

 

「ったく……こうなったら、デュエルで決着つけてやる! 一発殴ってやらねぇと気が済まねぇ!」

「ええ、こっちも!」

 

 ユーゴの言葉を受け、すぐさまディスクのプレートを展開。向こうがディスクを取り出し装着するのを待つ。

 

 だけど、いつまで経っても彼がディスクをはめる様子は見られなくて――。

 

『デュエルモード。オートパイロット、スタンバイ』

 

 代わりにこんな電子音声と、バイクの前面からプレートと思しき四枚の板状の黒いパーツが展開されていった。

 

 そこだけ見ると、まるでバイクがデュエルディスクのようだけど……まさか、ね。 

 

「デュエル!」

 戸惑いつつも宣言し、ディスクには私が後行の表示が出てくるが……まだ、ユーゴが降りてくる気配はない。

 まさかマジで――!?

 

「先行は俺が貰った!」

「な、ホントにバイクに乗ったままやる気じゃ……うわっ!」

 

 先行取得の叫びとともに、ユーゴはバイクを走らせると同時に機体ごと高く跳躍し始める。それに対し、慌てて横に跳んで回避しようと試みる。

 ちょっとこれは……普通に危ない!

 

「こいつは自分フィールド上にモンスターが存在しない場合、手札から特殊召喚できる。来い、 《SR(スピードロイド)ベイゴマックス》!」

 

 そんな私の感想をよそにユーゴはバイクに乗ったまま、前面に配置されたディスクのプレートに勢いよくカードを設置。

 

 刹那、連なったベイゴマ型のモンスターが出現し、ユーゴのバイクに追いつくと併走を開始する。

 

 デュエリストがバイクに乗って動き回ってるってのも変だけど。モンスターもせわしなく動いてるってのも相当おかしく見える。

 

 アカデミアに融合。扉にナンバーズ……。

 この一週間の間で何度も度肝を抜く事態を経験していたけど――それでも、唖然としてしまう。

 それほどに目の前の光景は現実離れしていた。

 

「ベイゴマックスの効果で、デッキからスピードロイド1体を手札に加える。そしてそのまま、チューナーモンスター《SR三つ目のダイス》を召喚ッ!」

 

 ユーゴの宣言とともに、一体のサイコロ状のモンスターが出現。

 

 そいつは背面にあったブースターから勢いよくブースターを噴かせ、ベイゴマックス同様ユーゴの左隣を併走し始めていくが――問題なのはそんな事じゃなかった。

 

「チューナー……?」

 

 召喚した際、モンスターの名前の前に宣言された「チューナーモンスター」という謎の文言。

 それはいままで一度も聞いたことのない言葉で、まるで初めて融合を見たときのような感覚に陥ってしまう。そしてそれと同時に、嫌な予感も心を占めていく。いったい、ユーゴはこれから何をするつもりなんだろうか。

 少なくともランク3を出すような気配は感じられないけれど……。

 

「俺はレベル3のベイゴマックスに、同じくレベル3の三つ目のダイスをチューニング!」

 

 注意して、開けた場所をぐるぐると回るユーゴを注視。そうしていると彼は、やはり聞いたこともないフレーズを口にし始める。

 

 チューニングとは、一体どんな行為なんだろうか。融合でもエクシーズでもないのは確かだけれども……。

 

 戸惑う私の視界には次の瞬間、とんでもない光景が映りはじめる。

 

「な……!?」

 

 まず三つ目のダイス(チューナーモンスター)は身体を消失させ、3つの光だけが代わりに残る。

 

 次の瞬間に光は規則正しく縦に列をなすと、素早くその場で回転。光の軌跡にはなにやらよくわからない、SFチックな緑色のリングが3つ出現した。

 

「十文字の姿持つ魔剣よ。その力で全ての敵を切り裂け!」

 

 そしてそこにもう一体のモンスターが突入すると、ベイゴマックスはその身体を輪郭線だけになってやはり消滅。

 直後3つの光が出現すると、こっちも規則正しく一列に並んでいく。

 

 最後に光を貫くように一筋の光が差し込むと、リングごとすべてが消滅し……。

 

「シンクロ召喚ッ!」

 

 ――新たなモンスターが、その姿を現した。

 

「現れろ、レベル6! 《HSR(ハイスピードロイド)魔剣ダーマ》!」

 

 強烈な光が切り裂かれるようにして晴れていくと、そこにいたのは一体の青い剣の形をしたモンスター。

 

 そいつは切先でもって光を横薙ぎにし、凄まじい速さでもってユーゴのバイクに追いつく。

 攻撃力は2200。ひどく高いわけではないが、それを補って余りあるインパクトがそこにはあった。

 

 シンクロ召喚という未知の召喚法。

 それとの戦いが、今まさに幕を開けたのだった。




四戦目のみまとめて、ではなくばらばらに投稿したいと思います。

はい、という訳で綾香にとって最初の原作キャラとの戦いはユーゴ相手でした。シンクロ書けて満足したぜ……。
儀式も書いてるから、あとはペンデュラムで全召喚コンプリートですね。

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