遊戯王ARC-V 崩壊都市の少女   作:豆柴あずき

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第1章 アカデミア侵攻
地獄が始まった日


 残り手札1枚。ライフは300。

 それでいて相手の場には全身から物凄いスパークを放出している、凄く強そうな外見のドラゴンが1体。ライフもまだ1500も残っている。

 

 どう考えても、よろしくはない状況だった。

 

「俺はこれでターンエンド! さぁ、俺の《サンダーエンド・ドラゴン》は破れるかな?」

「私の、ターン!」

 

 目を瞑りながら、逆転できますようにとお願いしつつデッキの上からカードをドロー。

 おそるおそる薄目でドローカードを確認してみると、そこにあったのは……望み通りの、一枚だった!

 

「私は手札から魔法カード《死者蘇生》を発動!」

 

 さっそく引き込んだばかりのカードをデュエルディスクに差し込み発動。直後、スタジアムの床には大きな魔法陣が描かれる。

 

「言わなくても分かってるとは思うけど、こいつは自分・相手の墓地からモンスター1体を蘇生させ、特殊召喚するカード。私が選択するのは――もちろんこいつだぁ!」

 

 私がそう言っている間に、デュエルディスクは自動的に墓地から一枚のカードを排出。それを拾い上げると、モンスターゾーンへと勢いよく移動させた。

 

「蘇れ! 《発条機攻ゼンマイオー》っ!」

 

 直後、魔法陣の中心からはゼンマイ仕掛けのロボットが出現。右腕のドリルを相手に突き出すようなポーズを決めると、私のすぐ目の前で待機する。

 

「だが、そいつの攻撃力は2600……攻撃力3000のサンダーエンドの前には無力だ!」

「ふっふっふ……これ、なーんだ?」

 

 あくどい笑みを意識して浮かべつつ、これから発動するつもりの最後の一枚。それを、相手に見えるようにする。

 それは石の円盤が描かれたカードであり、死者蘇生同様に多くのデュエリストが知っているカードだった。

 

「《巨大化》だと!?」

「そ。コイツを発動し、ゼンマイオーに装備する!」

 

 その途端ゼンマイオーはカード名の通りに巨大化し、一回り大きくなっていく。それに伴って攻撃力はぐんぐんと上昇していき、最終的には5200まで上昇する。

 ライフが相手よりも少ない場合、《巨大化》は装備したモンスターの攻撃力を2倍にするという、シンプルかつ強力な効果を持っているのだ。

 

「バトル! 《発条機攻ゼンマイオー》で、サンダーエンドを攻撃だぁ!」

 

 私の声とともに、すぐ手前にいた機械の戦士は相手へと真っすぐに突撃していき、その右手に装備されたゼンマイ仕掛けのドリルで稲妻の竜を一突き。直後サンダーエンドは破壊され消滅し、大きな衝撃波が発生する。

 それを浴びた相手のライフはみるみるうちに減少し、数値は0を指し示した。

 

『勝者、綾香(アヤカ)・アートゥラ!』

「やったぁ、これで決勝リーグに進出決定だっ!」

 

 私の名前がアナウンスされ、ソリッドビジョンが消えていく中で、喜びの声とともにガッツポーズ。結構危ない戦いだっただけに、勝利の悦びもひとしおだ。

 大接戦だったために観客も興奮していて、割れんばかりの拍手もイイ感じに気分を盛り上げてくれる。

 そのまま鼻歌交じりに気分よく試合会場を出て、廊下を歩いていたら……。

 

「おめでと綾香」

 

 後ろから声がするとともに背中を叩かれた。

 振り返ってみると、そこには私の親友である、赤いショートカットが特徴的な女の子の姿があった。

 

 私の幼馴染にして一番の親友、最上(モガミ)アカネだ。

 

「ありがと、アカネ」

「でもさ、もう少し慎重にデュエルした方がよかったんじゃない? だってさっきも残りライフ、たったの300だったじゃん」

 

 まーた始まった。私が勝った時も負けた時も、直ぐ反省会みたいなムードを押し付けてくるのはこの子の悪い癖だと思う。もう少し余韻に浸らせてくれたっていいじゃん。

 

「まったく……せっかく逆転勝利して気分がいいってのに、ケチつけないでよね~。ア・カ・ネ・ちゃん」

「もう。そんなのだと本当に、また負けると思うよ……前の大会、忘れたわけじゃないんでしょ?」

 

 調子に乗って茶化した返事をしていると、痛い記憶を掘り返されてしまう。

 半年前の四校合同の決勝リーグで、私はクローバー校代表のカイトとスペード校代表の黒咲にボロ負けという醜態をさらしていたのだった。

 なんとかハート校の子には勝って三位だったのはよかったけれど……まぁ、あまりいい成績でなかったのは間違いない。

 

「だって、あれはあの二人が超強いエクシーズを使ってくるからでしょ!? なんなのよサイファードラゴンって、なんなのよアルティメットファルコンって……」

「はいはい」

 

 他校を代表する二人が使う、強力無比なエクシーズの姿と、それになす術もなくやられた半年前の自分の姿を思い出しながらぼやくが、アカネの返事は適当極まりないものだった。

 

 まぁそりゃ、エクシーズの質だけじゃなくデュエルタクティクスだって、お世辞にもあの二人より上だなんて言えないのも分かるけどさぁ……。

 

「ところで、この後どうする? 今日はもう授業もないしさ」

「う~ん……クローバー校の代表決定戦ってこの後だし見に行かない?」

「敵情視察かぁ……悪くないアイディアね」

 

 思った以上に建設的な意見を言ってきたので感心していたのだけど、続く言葉で後悔する事になった。

 

「はぁ? 何言ってんの。カイト様の試合を見に行きたいからにきまってるでしょ」

「まったく、アンタってやつは……」

 

 ため息とともに口にするが、アカネだし仕方ないともちょっぴり思う。

 

 アカネはクローバー校のエースであり、現在プロ志望者の中でも最強クラスに位置しているカイトの大ファンなのだ。

 どれくらいファンなのかというと、半年前にカイトと試合した際にはしれっと私を応援しなかったレベルだったりする。今思い出しても少しムカッとしてきた……なんという友達甲斐のない奴だろう。

 

「まだあの時の事怒ってるの……」

「べっつに」

 

 冷たく返しながらもいっしょに校門を出て、外へ。今日は準決勝と決勝だけだったからまだお昼前で陽も高く、すごくいい気分にさせてくれる。

 そのまま二人で駅に向かい、切符を買っていた時だった。

 

 アカネが右の手に着けていた、赤い宝石のついたブレスレット。ふと、それが目に留まってしまう。

 パッと見はルビーに似ているんだけれど、すぐに違うと判る赤い宝石。

 

 どうしてもそれが、気になって仕方がなかった。

 

「ところでアカネ、そのブレスレットどうしたの? 普段そんなのしてなかったじゃない」

「あぁ……これね。この間お母さんから貰ったんだ。いいでしょ?」

 

 そう言いながらアカネは腕からブレスレットを外し、私に手渡してくれた。近くで見てみると、人を惹きつける摩訶不思議な感覚がより一層鮮明に感じられていった。

 

「へぇ。なんて石か分かる?」

「えっと確か、バリアライトだったっけ……」

「……そんな名前の宝石なんて、聞いたことない」

 

 口にした通り、私は「バリアライト」なんて宝石、聞き覚えなどなかった。記憶に間違いはない。

 その、はずなのに。

 

 なぜかその名前に、憶えがあるような気がして仕方がないのだ。

 まるで遠い昔から、知っていたような……。

 

「謎めいているモノってさ、なんかカッコよくない?」

「そうかなぁ……?」

 

 一人で思考にふけっているとアカネにしては珍しく、突拍子もないことを口にし始めた。なんというか……とてもお気楽な発言だなぁ。そう思わずにはいられない。

 

「そうだよ! 綾香だってさ、切り札が謎のカードだったらかっこいいとか、思ったことあるでしょ!?」

「何よ謎のカードって!?」

 

 いきなり突拍子もないことを口にし始めた親友のせいで、思わず心の中でずっこける。まさか謎の話題から、デュエルに絡め始めるだなんて……正直、予想外だった。

 

「例えばさぁ、誰も知らない召喚方法ッ! とか、この世のものじゃないエクシーズモンスター! とか」

 

 ばっかじゃないの。ガキじゃあるまいし。

 そう思いつつも、アカネの言葉に惹かれている自分がいることにも気づいていた。

 決闘者なら、そりゃあ誰だって「自分だけのカード」に憧れる。

 たとえばカイトの切り札《銀河眼の光波竜(ギャラクシーアイズ・サイファー・ドラゴン)》は彼専用のカードであり、アカネをはじめとしたファンからの人気も高い。

 

 オンリーワンのカードを使って大活躍というのは、それだけでも胸が躍るってものだ。

 だけど……。

 

「まぁ……アンタの言わんとしていることも一理はあるけど……」

「けど?」

「けどそんなものがなくったって、デュエルは楽しい。だからいいんじゃない!」

 

 口にしながら、私は駅前公園の方へと視線を移す。広々としたそこにはデュエル用のスペースが設けられており、様々な人たちがデュエルに興じていた。

 そこには特別なカードだってないけれど、皆楽しそうにデュエルをしている。

 勝った方も負けた方も、みんな笑顔だ。そんな姿を見ていると、こっちまで喜ばしい気分になってくる。

 

 誰もを笑顔にできる、楽しいもの。

 だからこそ、私はデュエルが大好きだ!

 

「ねぇ……アカネ」

「なに、綾香?」

 

 尋ねてくれた親友の顔も笑顔だった。多分、これから私が言わんとする事を察してくれているんだろう。

 

 さっきは酷いことを思ったけれど。訂正しなくちゃならない。やっぱりアカネは私の一番大事な親友だ。

 

「私、デュエルをやってて本当に良かっ……」

 

 私の言葉は、途中でアカネの耳に届かなくなってしまったに違いない。

 

 なにせ突然周囲を、ありえないほどの大きさの爆発音が襲ったのだから。

 あまりにも激しいその音は私の声をかき消し、続いて周囲に沈黙をもたらした。

 

 爆発音の発生源は駅前公園の反対側にある、街の中心部の方だ。

 

 慌てて振り返ってみると――そこにあったのは、火の手の上がるビル街の姿があった。まるで戦争映画のワンシーンでも見ているかのようで、とても現実感なんて沸くはずもない。

 

 私だけじゃないんだろう。辺りを見渡してみると、みんな唖然とした表情のままでその光景を眺めている。

 

 誰一人として何があったのか、全くわかっていない。そんな状況だった。

 

 しかし、否が応にでも現実を教えさせられる瞬間は、すぐそこにまで迫ってきていた。

 

「嘘、でしょ……?」

 

 さらなる爆発音が聞こえたかと思うと、ハートランドの象徴である塔。そのすぐ近くに見慣れない「何か」が現れる。

 

 青い装甲をした、一つ目の巨人。

 現実離れした姿の化物は右腕を横一文字にひと薙ぎしはじめると、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 こんな怪獣映画めいた真似なんて当然だけど、普通のソリッドビジョンじゃ不可能。

 

 つまりあのロボットは、()()()()()()()

 

 そんな、おぞましい現実を理解した直後。

 さらなる絶望が、私達へと襲い掛かった。

 

「きゃぁぁぁぁ!」

 

 突然、直ぐ近くから悲鳴が聞こえ渡る。今度は、駅前公園のほうからだ。

 急いで振り返る。すると、そこにあったのは――。

 

 不気味な光を浴びて、みるみるうちにその姿を消滅させていく一人の女性の姿だった。

 やがて光が消えるとともに女性の身体も消えていき、彼女がいた痕跡はなに一つ残らない状態になってしまった――かに見えた。

 

「なんだ、あれ……カード?」

 

 私達よりも少し前にいた男の人が、呆然と口にするのを耳にする。その人の言葉通り、確かに女性のいた場所には一枚のカードがひらひらと舞い落ちている光景があった。

 そこからさらに目を凝らし、カードに描かれたものを確認した瞬間――。

 

「――ッ!」

 

 狂っている。

 そうとしか言いようのない現実を、私は知ることになってしまった。

 なにせカードに描かれていたもの。それは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ねぇ綾香。これって……どういう……こと?」

 

 普段からは考えられないほどに大人しくなったアカネは私の手を弱々しく握ると、心底不安そうに言葉を紡ぐ。彼女をなんとか落ち着かせようと、手をこっちからも力強く握り、それと同時に光のした方を見る。

 そこには複数人の少年少女の姿があった。

 

 色とりどりの、どこのものとも知れない制服を着た彼ら。その大半は悪辣な笑みを浮かべており、左手にはデュエルディスクを構えていた。やはり、デュエルディスクも見知らぬタイプのものだ。

 唖然としている私達をよそに、連中は――ディスクから光を、無差別に乱射し始めた。

 これはかなり……まずい!

 

「アカネ!」

 

 より一層強くアカネの手を握り、彼女の手を引いてひと足先に走り出す。この後に起こることなんて分かり切っている。今は助かるためにも、誰よりも早く行動を起こさなければ!

 私たちが動き出した直後。悲鳴と怒声が入り混じり、周囲は大混乱に陥る。人波はこちらにも押し寄せ、私達の身体もみるみる押されていき、そして――。

 

「綾香ぁ!」

「アカネッ!」

 

 繋いでいた手はいとも簡単に解け、みるみるうちにアカネの姿は小さくなっていく。

 今すぐにでも追いかけたいが、人の波とあの集団の脅威。

 それに何より、カードにされるかもという恐怖心がその選択を拒んでしまう。

 

 こうしてひとりぼっちで、この地獄は幕を開けたのだった。




9.05
とんでもないポカを冒頭からやってるのを訂正

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