7話
「――なんか違和感あるっすね」
「そうだな」
堕天使襲撃事件、いや襲撃されたのは向こうの方だがそんな事件から約一カ月ほど経った。月日が経つのは非常に早いと思うが悪魔としての感覚でなら一瞬のような出来事だ。
そんな日の昼休み、俺と犬月と客人一人はいつものように保健室――ではなく自分のクラスで昼飯を食べていた。何が起きた、とうとう追い出されたかと言われかねないがそんな事ではなく単に水無瀬が職員会議やらなにやらで保健室に入るの禁止と言ってきたためだ。だから仕方なく、非常に仕方ないが自分の教室で机を並べて食べているというわけなんだが……別に水無瀬がいなくても保健室に入っても良くないかと思わなくもない。というより保健室が使えないことを本日、登校している平家がかなり文句を言ってた。
「確か犬月も黒井はいつも保健室で食ってんだろ? 確かに珍しいな……って俺ってもしかして邪魔か?」
「自分から来たくせに何言ってんだ?」
「そっそ。だからげんちぃは気にせず食えばいっしょ」
「お、おう!」
そう、客人と言うのは生徒会長のソーナ・シトリーが率いる眷属の兵士、匙元士郎。通称元ちゃんやらげんちぃやらと言われている同じクラスの男子生徒。犬月とは同じ兵士でクラスが一緒という事から結構仲が良いみたいで放課後にカラオケやら何やらで遊んでるらしい……パシリの癖にコミュ力高くねぇか?
「それよりあのひき、じゃねぇや。平家っちは大丈夫かねぇ」
「何かあったらメールが飛んでくるだろ」
「それもそっか。にしても話が変わるけど――アーシア・アルジェントさん可愛くね」
「同意。マジ可愛い、すげぇかわいい、もう護りたくなるくらいかわいい」
なにやら兵士二人がとある女子生徒の事で盛り上がり始めた。確かにそれは同意しよう……あれは可愛い。
アーシア・アルジェント。例の堕天使事件で駒王町にやってきたシスターであり赤龍帝、兵藤一誠やグレモリー先輩の手により堕天使から救出された女の子。人間や天使、悪魔と言った存在すら癒す事が出来る神器を宿していたため堕天使に騙されたようだが今ではグレモリー先輩の眷属、僧侶の位になっている。その事を俺と生徒会長に紹介してこの学園に通う事になったわけだが――その日から犬月は壊れた。
両親を悪魔祓いに殺されたため天界勢力や堕天使勢力に敵意を持っていた
「マジでいっちぃ羨ましすぎんだろ……! 俺なんて……俺なんてあの引きこもりや酒飲みからパシリ扱いだってのに何であんないい子がいっちぃの傍にいるんだよ……!」
「分かる、分かるぞ犬月……! 俺だって金髪の外国人、しかもかわいいアルジェントさんと仲良くしたい……! 黒井もそう思うだろ!!」
「うえ? ま、まぁ男としては仲良くはしたいな」
「だよな!! いやぁやっぱりお前も俺達と同じなんだな!」
「黒井が俺達と同じと聞いて」
「幻のお姫様と付き合ってるのは気に入らんが俺達と同じすけべぇならば仲間入りを許してやらんことも無い」
何故か知らないが名前も知らないクラスメートが絡んできた件について。犬月や匙君に交じり可愛い女子生徒談義をし始めたが……離れて良いか? いや離れるわ。なんというか俺は此処までオープンにはなれない。精々むっつりが良い所だ。
くだらない談義を耳に入れつつ弁当を食べていると携帯にメールが届く。送り主は自分のクラスにいる平家からで……あぁ、ギブアップね。
「あれ? どっか行くんすか?」
「あぁ。犬月、次の授業はサボるから適当な言い訳よろしく」
「はぁ? あ、あぁ~了解」
弁当を袋に入れて教室を出る。向かう先は一学年下、つまりは平家がいるクラスだ。全くあいつは……キツイなら休めばいいものを出席日数が足りなくなるとか言って無理に登校するからこうなるんだよ。あいつが自分の能力を抑えるためにここに通ってるのも分かるが無理して倒れかけたら元も子もないだろう。
そんな事を思いながら平家がいるクラスに到着、俺の方が先輩だから臆する必要もなく中に入る。流石に上級生が入ってきたからか変な目で見られたが気にしない……うげっマジで死にかけてやがる。
「おい、生きてるか?」
「……ムリ」
その声は弱弱しく、机に頭を置いていかにも体調が悪そうな様子。大方周りにいる奴らの心の声を聞き過ぎて気持ち悪くなったんだろう……赤龍帝のクラスにあのシスターちゃんが転校してきてから男子生徒が騒ぎ出したから余計にキモイ心の声を感じ取ってる事だろう。
「死んではいないな。たくっ、無理なら休んでも罰は当たらねぇぞ」
「……出席日数、足りなくなる」
「はいはいそーですかそーですか。しょうがねぇな」
椅子に座り、机に突っ伏している状態の平家を抱きかかえる。所謂お姫様抱っこと言うものだが運ぶならこれ以上のものは無い――その何をするんだという視線止めろ。ついでに周りからのきゃ~やらおぉっやらの声や視線がウザい。これは確かに耐えられねぇわ。
「保健室まで運んでやるから荷物は自分で抱えてろ」
「……此処まで許した覚えはない」
「生憎許されなくてもやるのが俺だ」
「……知ってる」
平家を抱き抱えたまま保健室まで歩く。あまりにも目立っているからか少しだけ平家の顔が赤いがそれは俺も同じだろう。歩く事数分、ようやく目的地に到着したので扉を開けようとすると――開かなかった。そりゃそうだ、中に水無瀬がいないんだもん。だけど残念な事にここに秘密アイテムと言う名の合鍵があるから俺は何時でも中に入れるんだよね。
というわけでオープンセサミ、またの名を開けゴマ。
「犯罪だよ」
「だったら黙っててくれ」
「五千円分課金させてくれたら黙っててあげる」
「案外安い、いや安くもねぇな」
邪魔が入らない様に扉と鍵を閉めてから平家をベッドまで運ぶ。横になったこいつは何かを言いたそうな視線で俺を見てくるが……もしかして座れと? 膝枕しろと?
「分かってるなら早くやって」
「……我儘すぎるだろ」
「それが私――もうヤダ男子の心の声なんて聞きたくない。あのシスターはちょろそうとか強気で言えばヤレそうとか兵藤でもいけるなら俺達でもいけるいけるとかもう気持ち悪い……弱り始めた私を見てフラグ立てチャンスとかペロペロしたいとかヤリてぇまじヤリてぇとかもう無理……これならドロドロした女子の心の声の方がまだマシ」
俺をベッドに座らせて膝を枕に横になった平家が今までの鬱憤を晴らすかのように捲し立てる。どうやら想像通り同学年の男子の心の声を聞いてダウン寸前だったようだ。確かに先輩に可愛い美少女が転校、それが変態三人衆と一緒に居たら自分でもチャンスがなどと考えてもおかしくはない。高校生なんて恋愛=あれの事しか考えてねぇからなぁ。中身はともかく見た目美少女のこいつもかなり苦労するだろう……最もこの状態でも一般人相手なら余裕で撃退できるだろうが。
「出来るけどめんどくさい。運んでくれてありがとう、もういいから帰っていいよ」
「生憎次の授業はサボるって決めててな。嫌だろうが此処に居させろ」
「……寝てる所を襲われても撃退できる」
「だろうな。だが王としての命令だ、我慢しろ」
「……ありがと」
自分の表情が見えない様にそっぽを向いてるがきっと赤いんだろう。マジ可愛いまじかわい、はいはい言わねぇから抓るな。その元気があるなら最後の授業ぐらいは出れるだろ? だったらそれまではマジで寝とけ。お前昨日結構遅くまで起きてたから寝不足でもあるんだろ……徹夜でゲームしてんじゃねぇよこの引きこもり。
「やらねばならないことがあった。だから仕方がない」
「その結果がこれじゃねぇか。はぁ……弁当食いかけだから食っても良いだろ?」
「大丈夫だ問題ない――ところでノワール」
「あん?」
「例の件どうするの?」
食いかけの弁当を開くと平家が尋ねる様に聞いてきた。あの件……あぁ、あれね。マジでどうしようかと絶賛悩み中だよ。なんだって混血悪魔の俺が純血悪魔の結婚式のパーティーに出席しないといけねぇんだよ。場違いだろ、文句言われるだろ、断りてぇよ。でも断れねぇよこんちくしょう!
「フェニックス家の双子姫からのお誘いだもんね。断ったらそれこそ他から文句言われるよ」
「だからどうすっかなぁと悩んでるんだろうが。たくっ、高校三年だからって成人の男と女子高生を結婚させようとすんなよ。これだから純血主義ってのは嫌なんだ……ぶち殺したくなる」
「……ノワール、そういう恋愛って嫌いだもんね」
「あぁ。大っ嫌いでぶっ壊したくなるぐらい嫌悪感バリバリだよ」
本来恋愛ってのは好きな者同士でやるようなものだ。それを親が決めたからってあの人と結婚しなさいそうしなさいと言われて納得できる奴がいるか? 少なくとも半分以上は納得できねぇだろう。俺もその内の一人だ。
今の冥界は完全な純血主義、俺みたいな混血悪魔や転生悪魔は表立って差別されるようなことはないが裏では陰口だのなんだのと嫌われている。それは元七十二柱の血が入っていようと変わることは無い。純血悪魔の親は口を揃えて悪魔社会の繁栄のために純血を絶やさない事こそ意味がある、なんて意味分からん事を言っているがそもそも純血だろうと混血だろうと悪魔は悪魔だろうが。なんて柄にもないような事を思っているが親父と母さんを見てたらそんな事を思いたくもなる――だから今の純血主義は気に入らねぇ。
純血悪魔の父と普通の人間の結婚、そして生まれてきた俺と言う混血悪魔。純血主義の上級悪魔からしたら怒り狂いたくもなるような現実だろう。実際親父もかなり反対されたらしい……確か許嫁がいたけど母さんと結婚するために断ったんだけ? それを親父の古くからの親友かつ女王から聞かされた時はカッコいいと思ったもんだ。ただバカですねとは言ってたけど……良いじゃん、カッコいいよ。他の上級悪魔の王なんかよりもずっとな。絶対に面と向かって言わないけど! 言わないけど!!
「……ノワールって口では殺すとかめんどくさいとかぶち殺すとか言う危険人物だけど中身ってかなり単純だよね」
「喧嘩売ってんのか?」
「誉めてるんだよ……そこまで両親の事を好きでいられるなんて羨ましい。私だったら無理、自分の心を読んでくる親なんか好きになれない」
「……だろうな。なぁ平家、マジでどうしようか?」
「出るしかないんでしょ? キマリス家次期当主、影龍王として両家を祝福しないと双子姫がキレるよ」
「キレるのは片方だけだろうなぁ。たくっ、親父もなんでフェニックス家現当主と友達なんだよ……マジでめんどくせぇ。なんであの時助けたんだろ……放っておけば招待状なんて届かないってのによぉ」
「助けたノワールが悪い」
「返す言葉もねぇよ」
結構前の話になるが親父に連れられてフェニックス家の領地を訪れていた際に巻き込まれた双子の姉妹――レイヴェル・フェニックスとレイチェル・フェニックスの誘拐未遂事件。元七十二柱キマリス家と同じく名門、いや比べるのが失礼なくらい名門中の名門で起こったその事件を俺は解決してしまった……いやあれは解決したと言って良いのか今でも分からない。でも助けてしまったのも事実……あの時ほどイライラしてた時は無かったからなぁ。
妻は人間、息子は混血悪魔で次期当主。いくら
だからだろう……訪れた先でフェニックス家の双子姫を誘拐しようとした上級悪魔を溜まっていたイライラを発散ついでに半殺しにちまったのは。その結果……勝手にやったというのにもの凄く感謝された。ついでに親父同士の仲がさらに高まっちまったよどうすんだよ!?
「知らないよ。でもフェニックス家って強いって聞いてるけどなんで誘拐されそうになったのさ」
「攫おうとした上級悪魔は炎に耐性がある奴みたいでその当時の双子姫が放つ炎程度なら余裕で耐えれたらしい。そんで他も下手に手を出せば双子姫に当たるからと何もできない状態だったと……いくら不死でも娘を攻撃することはできなかったようだぜ」
「なるほどね。でも訪れた先で巻き込まれるなんてノワールも不幸体質だよね」
『ゼハハハハハハ! その当時の宿主様は今よりも一回りほど弱かったがそれでも強かった。それにドラゴンを宿している者は数奇な運命に巻き込まれる。それは必然、どれだけ隠れようとどれだけ逃げようとその運命からは逃れられん。それによかったではないか? 助けた事でこちらから頼めばフェニックスの涙を無料でもらえる可能性があるだろうに』
「んなこと出来るわけないだろ。あれいくらすると思ってんだ? かなりの高級品だぞ……それを無償で手渡すほどあの人達はバカじゃないよ」
「だから――祝福するの?」
「そうするしかないだろう。そもそも他人の家の問題にこっちが関与できるわけがないし大方、赤龍帝が何とかしてくれるさ。頑張ればフェニックス程度は吹き飛ばせるだろ」
『まだ弱いけどなぁ! それをしたいなら宿主様かユニアの宿主、または白龍皇並みの強さがないとやれんぜぇ!』
「あの二人は別格だから比べるな……」
片や規格外、片や銀髪イケメンの天才。比べる方が愚かってもんだよ。
「言えてる。白龍皇は会った事ないけどノワールが強いっていうんだからそいつも規格外っぽいし今の赤龍帝じゃ拳一つで瞬殺だよ――ねぇ、ノワール」
「どうした? 今日はよく俺の名前を呼んでくるな?」
「偶にはこういう日もある。悩んでいるなら添い寝ぐらいはしてあげる。それ以上は要相談」
「……その先ってあれですよね?」
「まぁ、あれ」
「だったら遠慮しとく。変態と呼ばれたくねぇし――まっ、気を使ってくれるのは助かるよ。あんがと」
「……うん」
グレモリー家とフェニックス家の結婚。それは俺や生徒会長ですら対処できないほどの出来事だ……だから文句があるなら赤龍帝、お前が何とかするしかないぞ。
でもまずは――招待状が来ない様に祈るしかないな。祈ったらダメージ来るけど。
「戦闘校舎のフェニックス」編が始まりました。
観覧ありがとうございました!