1話
「……いっつ!?」
「我慢してください。もぅ、
「……なにそのもういい加減にしてくれませんかオーラは? 言っておくが俺は悪くない。今回も前回も前々回も
「それに付き合う貴方も貴方です。はい、手当ては終わりましたよ」
深夜、真面目な人物ならば既に就寝しているであろう時間帯に俺は自分の部屋でとある女性と一緒にいた。時間帯のせいで怪しい感じはするがそんな関係では全くと言って良いほどない……と言ってしまえば悲しいものだが本当にそうとしか言えない。数時間前まで夜空と殺し合いをしていて負った傷を隣に座っている茶髪の女性――
「いつもごめんな」
「別にいいですよ。だって私――貴方の
救急箱を片付けながら微笑む彼女はその言葉通り、俺の眷属の一人の僧侶の位にいる人物だ。
でもよく考えてみたら俺が眷属を持てるのは奇跡に近いと思う。なんせ眷属を持てる上級悪魔の殆どは純血、つまり人間の血が入っていない純粋な悪魔の血が流れている人が多い。無論大半がそれなだけで少数だが転生悪魔、つまりは上級悪魔が他種族を悪魔に転生させた人達もいる。ただしこれは非常に難しく最低条件が冥界に最大限の貢献、そしてその先にある中級や上級になるための試験を突破しなければならない。そんな中で混血悪魔でありながら眷属を持てる上級悪魔――
『ゼハハハハ! それだけこの俺様が宿る宿主様を他に渡したくなかったんだろうなぁ』
「ナチュラルに心を読むな」
右手の甲に紋様が描かれ、その部分から声が聞こえる。
この声の主こそ俺の身体に宿る
『否定することもないだろう? なにせ俺様、地双龍と呼ばれるほどの存在だからなぁ。ゼハハハハ! クロウの野郎よりも有名になるとは気分が良いわ!』
「有名もなにも相棒が封印される前に筆頭格が滅んでただけじゃねぇか」
『……まぁそういう事にしておいてやろう。俺様、邪龍の中でも空気が読めると定評がある』
「嘘つけ」
コイツが空気を読んでいる所なんて今まで見たことがないんだが……まぁいいや。でも確かに冥界上層部が相棒を悪魔側の勢力に引き入れたかったのは本当の話だ。二天龍、ドラゴンの中でも別格の存在で相棒と同じく神器に封印された二体のドラゴンの対極の存在、それが地双龍。血縁関係や生まれも違うが神を殺せるほどの力を持った存在という事でそう呼ばれるようになったらしい。もっとも邪龍の筆頭格がまだ生きていたら呼ばれることもない異名だろうけども。
そんな奴が他勢力に回ると厄介な存在になりかねないので混血悪魔だが特例として王と認めるとか上から目線で言ってきたおかげでこうして眷属を持てるようになったわけだが……正直な所、良い所があるのかどうかが分からない。なんせ戦車を与えた奴は毎日樽一つ分の酒を飲む合法ロリ、騎士を与えた奴は引きこもりが大好きで将来は布団と結婚したいとか本気で言っているダメ妖怪、唯一の救いが目の前にいる水無瀬なわけなんだが……これはこれで厄介なんだよ。
「あ、あの? 私の顔に何かついていますか?」
「いや……単に今日はどんな不幸を味わったんだろうなぁ、と」
「……学園に向かって歩いている途中で道路に水を撒いている人からバシャァと水を間違えて掛けられました……学園では十回は転ぶしお弁当のおかずを一個は落とすし……なんでなんですかぁ!」
「ごめん。それは俺も分からない」
『一度神社でお祓いをしてもらった方が良いと思う。割とマジで』
「神社でお祓いなんてしたら私が消えちゃうじゃないですかぁぁぁ!」
俺の僧侶、水無瀬恵は非常に、ひっじょ~うに運が悪い。街に買い物に行けばナンパをされ、電車に乗れば痴漢被害にあい、雨が降った後は必ずトラックにより水たまりの水を浴びる。転ぶことなんてほぼ毎日で一体全体どうしてこうなっているんだと疑問にすら思うほどの不幸っぷり……そして性格が非常に悪いと定評がある我が相棒ですら同情してしまうほどだ。邪龍に同情される転生悪魔って多分水無瀬ぐらいじゃねぇかなぁ。
「とりあえず……明日はきっと良い事あるって。だからもう今日は寝ろ、寝ろ」
「うぅ~はい……そうしますぅ~……あっ! 明日は登校日ですからちゃんと起きてくださいね! 遅刻とかは許しません」
「はいはい。平家にも言っておくよ」
水無瀬が部屋から出ていくのを確認してから飲み物を飲むためにリビングに向かう。さて明かりがついていて尚且つこの匂い……やはり起きて飲んでいたか。
「うぃ~およよ? のわーるじゃないかぁ~めぐみんのおせっきょぉ~はおわったのかぃ~?」
「終わったよ。てか酒くせぇぞ……いい加減自重って言葉を覚えろ」
「むりむりぃ~んむぅ……ぶはぁ~さいこぉ~おいちぃ~」
一般家庭では絶対に見ないであろう樽を片手で持ち上げてラッパ飲みしているのは俺の戦車――
というより酒臭いまま俺のベッドに入ってくるのだけはやめろ。朝から酒臭くて吐きそうになる。
そんなことは知らないこいつはお酒美味しぃとか言いながらラッパ飲みをしているわけで……まぁ言っても無駄か。半ば諦めつつ冷蔵庫からお茶を取り出してコップに注いで一口、うん美味い。
「ねぇねぇ~のわーるってばこうりゅうひとヤリあったんでしょぉ~いいなぁ~ねぇヤろうよぉ~いまならさーびすしちゃうよぉ~?」
「お前のサービスはサービス(物理)だろうが。というよりすり寄ってくるな酒臭い」
「いいじゃぁ~ん、ほれほれぇ~みせいちょうおっぱいだぞぉ~きしょうだぞぉ~ヤらせてくれるならもんでもいいよぉ?」
「生憎お前とまで殺し合いをする気力は持ち合わせていない。てかさっさと飲んで寝ろ」
「いけずぅ~」
言わせてもらうと絵的に拙いんだよ。先ほどまで風呂に入っていたのか桜色の長髪が地味に濡れていて酒のせいで顔が赤い、そして見た目9歳児が17の俺の足に抱き着いてスリスリと……何度も言おうか。絵的に拙い。本当にいい加減にしてくれねぇかなぁこの合法ロリ……! 毎日毎日セクハラしてきやがって……一回ガチで殺し合った方が良いのかねぇ。上下関係を分からせる的な意味で。
「いいもんいいもぉ~ん。わたしぃにはぁ~おっさっけぇがあるもんねぇ~」
「ダメだなコイツ。誰だよこいつを眷属にしたの」
『宿主様だが、しかしあれは同意があったかと言えば疑問に思わざるを得んが気にしても仕方ないだろう。俺様、宿主様がロリコンになったとしても親代わりを止める気は無し。流石俺様心が広い』
「……ツッコミどころが多すぎてもう疲れた。四季音、寝る時はちゃんと電気消せよ? もしつけっぱなしで寝てたら一日だけ酒を禁止にするからな」
「わかってるよぉ~うぃ、ひっひ、おっさっけおさけぇ~」
あれはきっとダメだな。一分後にはすぐに忘れていると見える……まぁいいや。隣町で契約取ってるから資金にはまだ余裕あるし次に言って駄目なら殺し合おう。上下関係を分からせるには拳しかないと相棒が言ってたし間違ってはいないだろう。
四季音に別れを告げて自室へと戻る。ベッドに横になると軽く睡魔が襲ってきた……あいつほどじゃないが確かに布団、ベッドは強敵であり友である。もう全世界の人間や神や悪魔や魔王や天使や堕天使もがベッドの中にいれば戦争とかする気にもならねぇだろう。そういえば明日は学園だからあいつを起こして登校させねぇと……出席日数が足りずに留年とか洒落にもならん。
だがその前に――
「――相棒」
『なんだ宿主様』
「俺は……強くなれているか?」
『ゼハハハハ! 当然だ。宿主様ほどこの俺様を信用し力を合わせようとするやつは過去の奴らであっても存在はせん。誇ってよいぞ? 宿主様は歴代最強の影龍王として君臨するだろう』
「夜空には勝ててはいないけどな……負けてもいないけど」
『あれは例外だ。今の宿主様ならば同年代の者には負けんだろう。昔のように襲い掛かってきても再起不能にできるほどの実力を持っている。俺様は空気が読めて性格も良いが嘘は言わん。信じろ』
「空気が読めなくて性格が最悪の間違いじゃないか? 言われなくても信じてるよ」
俺は悪魔と人間の混血悪魔、対して夜空は生粋の人間。その差は大きいはずなのにどういうわけか決着がつかずに引き分けになる。あいつと戦っているとただの人間にも勝てないほど弱いのかと思わざるを得ないが……相棒が認めてくれるなら今は、大丈夫なんだろう。
そう言えば結構昔に喧嘩を売ってきた他所の純血悪魔は今頃何をしてるんだろうか? 確か俺が混血悪魔で王になれたと聞いていちゃもんを付けに数人がかりで態々キマリス領までやってきてたのは覚えてるが……どうでもいいか。たとえ両手両足の骨が粉になるまで粉砕して体型がちょっと薄くなるぐらいに体の骨もへし折って最終的に心を砕いたとしても悪魔だし生きてるだろう。フェニックス家が作ってる万能薬ことフェニックスの涙もあるしきっと今頃別の新米の王にいちゃもんを付けに行ってるんだろう。この暇人どもめ。
考えても仕方がないから電気を消して就寝する。しばらくは意識があったがそこは世界最強のベッドの魔力だ……いつも間にか眠りについて気が付けば朝だ。この気だるい感じは間違いない……身体の半分が悪魔だから朝は嫌いだ。やる気もなくなるし学園はめんどくさいし……いや自分から通うって言いだしておいてそれは無いか。
「あっ、おはようございます」
「おはよう水無瀬。相変わらず早いな」
「朝食の準備をしないといけないので……えっとあの子がまだ寝ているようで良ければ起こしに行ってもらってもいいですか?」
「あいよ」
自室から出てリビングに向かうとスーツにエプロン装備の水無瀬が朝食を作っていた。別にやれと強制をしたわけではないが俺も四季音もあいつもロクなものを食べないからそれを防ぐためにやってるらしい……なんともありがたい話だ。普段が不幸なだけであって水無瀬は容姿も相まっていいお嫁さんになるだろう。普段の不幸を除けばの話だが。
そんなどうでもいいことは置いておいて顔洗ってさっさとあいつを起こしに行くか。洗面台の前でいつものように顔を洗い、歯を磨く。鏡に映るのは毎日見ている自分の顔。母さん譲りの黒髪に親父譲りのやや鋭い目、そしてこのやる気のない表情。まさしく俺だ……よしいつも通り。そんな馬鹿な事を思いながら来た道を戻って俺の部屋の隣――平家とプレートに書かれている部屋をノックする。しかし数十秒経っても返事なんてないためやはりかと思いつつ扉を開ける。
「おい、今日は登校日だぞ? いい加減起きろ」
「……ヤダ、眠いです、私は此処から出たら死んでしまう」
「似た症状の俺は生きてるから大丈夫だ」
部屋に入ると目の前には掛布団に包まったなにかがいた……コイツの事を布団の妖精と呼称しよう。
「ノワールはドラゴンだから生きていられる。私はただの転生悪魔だから死んでしまう」
「それで通るなら世の転生悪魔の大部分は死んでるぞ。冗談は置いておいてさっさと起きろ。水無瀬が朝食を作ってる」
「……うぅ、ご飯……ノワール、私のおっぱい触っていいから持ってきて。そして学校サボらせて」
「……なんでお前も四季音も平気で自分の身体差しだそうとするんだよ。良いから起きろ――さもないと影人形を使って強引に引きずり出すぞ」
割とマジな声色で言うと観念したのか布団の妖精はその殻を脱いだ。膝下まではある長い髪は寝癖でぼさぼさ、まだ眠いのか半目の状態で何かを言いたそうに俺を見つめている。
余談ではあるが目の前のコイツ――
「変態」
「つい先ほどの自分のセリフを思い出せ」
「自分で言うのは良いんです。他の人が言うと変態なだけ……つまりノワールは変態」
「……なんでお前も――」
「光龍妃のように理不尽な八つ当たりなんてしてません。一緒にしないでください心外です」
「だから心読むな。たくっ、普段は嫌だっていうのに俺のだけは読みやがって……良いから支度をしてリビングまで来い」
「……ワカリマシタ」
「すげえ棒読みだが来なかったら四季音と殺し合いさせるからそのつもりでいろよ」
「虐待、鬼畜、ロリコン、変態」
失礼な言葉の弾丸を浴びながら部屋を出る。俺の心を読んでるなら本気だって事ぐらいは分かってるはずだし大丈夫だろう。
リビングに戻ってしばらく待つと学園の制服に着替えた平家がやってきた。先ほどまで寝癖で酷かった髪は綺麗なストレートになっていて見た目だけならアイドルとして十分やっていけるだろう。中身は引きこもることで頭がいっぱいな残念さではあるが。そんなわけで水無瀬が作った一般的な朝食を食べながらテレビの占い番組を見る。順位は俺が三位、平家が一位、水無瀬が最下位……いつも通りだ。水無瀬に関しては一位であっても不幸だし順位なんて関係ないから困る。
「四季音は?」
「部屋で熟睡中です」
「いつもの事。ノワール、醤油取って。代わりにこれあげる」
「ソースありがとう。ほれ醤油」
「あっ、今日はちょっと帰るのが遅くなりそうですので夕飯の時間が遅れます。間食のし過ぎには注意してくださいね」
「りょーかい」
「養護教師も大変。不幸でさらに大変。そして遅れる婚期でさらに倍」
『不幸すぎて良い相手が居ねぇもんなぁ。俺様、同情するぜぇ』
「い、良いんです! こ、恋人はそのぉ……と、とにかく! 不幸もいつか治りますから!! 絶対に治りますから!!!」
「やっぱり不幸には勝てなかったよ。というオチになると思う」
「否定できないなそれ」
これ以上言うと水無瀬がガチ泣きしかねないからこの話題はこの辺で終了。朝食を食べ終えた後は家を出る時間が早い水無瀬は先に学園に出勤、それ以外の俺達は家を出る時間までまったりとする。俺はソファーに座って面白くもない朝のニュースを見ているが平家は俺の膝を枕にスマホでアプリゲームをしている。普段はPCだがこういう時間はアプリの方がいいらしい……俺はよく分からん。
結局最後まで四季音が起きてこなかったので書置きだけして家を出る。学園への通学は基本自転車だ……別に遠くないから歩いても問題ない距離だが辛い、特にこの引きこもりを連れて歩くのは結構辛い。理由なんてこの引きこもりが歩きたくないからだよ。だから平家が荷台に乗って俺が自転車を押して歩く。最初は慣れなかったが今では慣れたものだ。学園にいる奴らからは付き合ってるぅ? みたいな視線と心の声が聞こえると平家が言ってたがどうでもいい。他人の認識をいちいち気にしていたら生きてはいけないしな。
「ねぇ、ノワール」
「なんだ? あと学園が近くなったら偽名で呼べ」
「じゃあ黒井先輩……ダメ、違和感ある。ノワール、前々から聞きたかったんだけどなんで駒王学園に通ってるの? あそこって別の上級悪魔二人のテリトリーだよね」
「まぁな。なんだ? 何か言われたか?」
「うぅん。心の声でノワールに本格的にコンタクトを取りたがってたのが聞こえただけ。だから気になった」
何でと聞かれたらどう答えればいいのだろうか……ほら、偶に何かにひかれるとかあるだろ? そんな感じだよ。心読んでるんだから言葉にしなくても良いだろ?
「うん。でも何にひかれた――二天龍?」
「そういう事。最初は分からなかったがある奴に出会ったら答えが出たんだよ……俺はあいつの中にいる存在にひかれたんだってな。多分、相棒を宿していることが原因なんだろうなぁ」
『ゼハハハハハ、その仮説は間違ってはおらんぞ。今代の赤龍帝は何かを引きつける事だけは歴代の中でもトップクラスかもしれん。もっともまだ目覚めてはいないようだがなぁ! あの赤蜥蜴はよぉ!』
「生憎喧嘩を売るつもりはないから放置だな」
「それが賢明。紅の髪の方の上級悪魔がその子を狙ってるし関わらない方が良い」
「今すぐ眷属増やしたいというわけでもないしな。というわけだ、そろそろ学園が近いから相棒は黙れ。そして平家は偽名で呼べ」
離れた所に見えるのは俺と平家、そして水無瀬の職場である駒王学園。元女子高で現在は共学に変わったが男子の数は女子よりも少ない。理由としては名門らしいからその辺りが絡んでいるんだろう。そしてその場所はただの学校ではなく俺達のような悪魔が裏で支配している場所でもある……悪い事はしていないから安心と言えば安心だ。
そう言えば俺が此処に通うと決めた時に親父がこの地域を治めている家に挨拶に行ったのを覚えているが……正直、片方は顔を合わせたら軽く挨拶する程度、もう片方は同好会絡みの報告などで会う程度だから本当に挨拶必要だったのか今でも疑問に思う。まっ、悪い事してるわけじゃないし契約だってこの地域じゃなくて離れた場所でやってるし問題ないだろう。
「――帰りたい。声が五月蠅い」
「頑張れ……と言いたいが無理そうだったら保健室行けよ。お前は
「そうする」
こうして今日も退屈な一日が始まった。
・王 :混血悪魔
・女王:無し
・戦車:セクハラ大魔神合法ロリ
・騎士:引きこもり(枠1)
・僧侶:不幸体質常識人(枠1)
・兵士:無し
以上が現キマリス眷属です。