イメージを文章にするのはやっぱり難しいですね。
『さぁさぁ! 始めようかサイラオーグバアルゥッ!! 拳が得意なんだろ? だったら俺とは楽しく殺し合えると思うぜ! なんせ俺様の武器は拳だからな!!』
俺の目の前には巨大な肉体を持つ怪物が居る。黒い鱗、銀色の双眸、その肉体は人間や悪魔の身長を優に超えており同等の大きさを誇る爪と牙の一撃は受けずとも致命傷レベルになると判断できる。しかしキマリス領にて影龍王殿や光龍妃殿と戦っているとは報告で聞いてはいたが……ここまでとはな! 立ち姿はドラゴンというよりも巨人と表現出来るものだが俺の目の前に居るのはまさしくドラゴンだ。影龍王殿、兵藤一誠と拳を交えた俺だからこそ相対した瞬間に理解してしまう――この者は強いと!
傍らにはレグルスが控え、残った者達は周囲に出現した魔法使いがドラゴンへと突如変異したためにそちらを応戦している。俺と目の前に居るドラゴン、グレンデルが戦おうとしている場所以外でもD×D最強を誇る者達がそれぞれの覚悟を持って邪龍や悪魔と対峙……ハハ、なんという状況だ! どこか一つでも敗北するならば後ろにいる者達が危うくなるどころか俺達の戦いに巻き込まれる恐れがある! しかし……そんな状況下であってもお前達は後ろで戦い、俺達が目の前の敵との戦いに集中できるようにしてくれるのだな。感謝する……お前達の覚悟は受け取った! バアル眷属の
「なるほど。見た目通り、ということか。ならば相手にとって不足は無い! 俺はバアルの滅びを受け継いでいない身だ。誇れるものと言えば鍛え上げたこの拳のみ! それをご所望というのであれば全力で行かせてもらおう!」
『グハハハハハハハハハハハ!! 良いねぇ! 良いぜおい!! なんだよなんだよ……クソ雑魚なベオウルフよりも楽しめそうじゃねぇか! その目、その拳!! 俺様好みだ!! そんじゃあよぉ!!』
周囲に響き渡るほどの声量で高らかに叫んだグレンデルの肉体が深緑のオーラに包まれる。何をするつもりだと警戒した俺の目に前には――男が立っていた。2mを超えているで身長に深緑色が混じった髪をオールバックにし、力自慢だと主張するような肉体を持っている。ふむ、人間界で放送されている映画の中に今のグレンデルのような姿の者も居ると聞く、確か不良……だったか? 凶児ゼファードルとは違う印象だ。なるほど……ドラゴンの中には人型になれる者も居るとは聞いてはいたがこうして目にするのは初めてかもしれん。しかし何故だ……何故、人型になった? 俺との対格差は歴然、拳の大きさすら違い過ぎるほどだった。仮にだ、仮に先ほどまでの姿で戦うとなれば巨人故の力と拳の大きさによって俺が不利になったはずだ。だというのに何故人型へと変化したのだ……?
「――こっちで殺り合おうやぁ!!」
男の声は先ほどまで聞こえていたグレンデルのもの。しかし向かい合っているだけで分かる……! 人型になったからと言って弱くなったわけではない! むしろ――
「――失礼を承知で尋ねよう。グレンデル、その姿は俺を敵として認めてくれたからか?」
「あったりまえだろうが!! おいおい脳みそまで筋肉で出来てんじゃねぇのか? 俺の武器は拳、テメェも拳! だというのにあんなデカイ図体で殴り合うなんざバカのする事だ! 殴り合いってのはなぁ……遠慮なんざ捨て去ってひたすら拳を叩き込むもんだ!! グハハハハハハハハハハ!! まぁ、疑う気持ちは分かるがよぉ」
グレンデルは頬をかき、呆れた表情をする。見ただけであれば隙だらけに見えるが残念な事に隙なんてものは見当たらない。チャンスと思い前へ出れば瞬時に反応され、沈められるだろう。レグルスも理解しているからこそ冷静にグレンデルを見つめ、何時でも対応できるように警戒している。
「なんせ俺は邪龍だからな。それもとびっきり頭のおかしいドラゴンよ! ムカつくから殺して、気に入らねぇから殺して、楽しんでいると思わせてやっぱり飽きたから殺してってのを普通にやってきた。おう、だから気になったんだろ? 自分を弱者だって思ったのかってな! グハハハハハハハ! んなわけねぇだろうが!! 逆だ逆! テメェを前にした俺はこの姿で殴り合いたくなった! スゲェぜ、スゲェスゲェ!! こんな気分になるのはクロムやユニアだけかと思ったら違うじゃねぇか! つえぇな、お前!」
「……そうか。疑った事、謝罪しよう。しかしグレンデル、お前は俺を強いと言ったが残念だがまだ弱い。D×Dには俺よりもはるか高みに居る者達が何人もいるからこそ俺はまだ弱いのだ! だからこそ自らの口で強いとは言わぬ。だがもしも……貴殿ほどの強者と戦い、生き延びたなら俺は今よりも強くなれるだろう!」
「グハハハハハハハハッ!! 良いねぇ、良いぜおい!! 最高だ!! んじゃ、殺るか!!」
「了解した。レグルス!!!」
『はい!! この身、この力の全てはサイラオーグ様と共にあります!』
「良い返事だ!! では行くぞ!! 我が獅子よ! ネメアの王よ! 獅子王と呼ばれた汝よ! 我が猛りに応じて、衣と化せぇぇぇぇっ!!!!」
滅びを持たず、拳だけの男を強者と認識してくれたグレンデル殿と戦うべく、
「禁手化ゥゥゥゥゥゥゥッ!!!!!!」
『禁手化!!!!』
我が半身とも言える存在、レグルスが鎧となり俺の身体を覆う。既に枷は外している……禁手化による衝撃で周囲がかるく吹き飛んでしまったが背後で戦っている者達は気にもしていないらしい。なんという頼もしさだ! まさかとは思うがこのような状況が日常茶飯事だとでも言うのか? そんな事を思いたくなるほど慣れている反応をしている様に見える! 負けてはいられんな!
「それがテメェの鎧か? 最高にカッコいいじゃねぇか!! なるほどだから獅子王ってか! その闘気、見掛け倒しってわけじゃねぇよなぁ?」
「当然だ。この身を苛め抜いた末に会得したもの……その威力は殴り合いの中で確かめるが良い」
「そうさせてもらうぜ!! さてと……喧嘩の前に名乗りといこうじゃねぇか!! 俺様の名はグレンデル!!さぁ――」
「サイラオーグ・バアル! レグルス!! いざ――」
「行くぜぇぇぇ!!!」
「参る!!!」
俺達は同時に前に出る。速度は互角、構えすら同じ。分かっている……殴り合いと称したのであればこれが望みだろう!!
拳を強く握り、闘志を纏わせた一撃を放つ。それは目の前に居る男も同じだった……拳と拳、互いの一撃がぶつかり合うと衝撃によって周囲が吹き飛ぶがそれ以上に俺は驚いた。グレンデル殿が放った一撃によってわずかであるが俺が後ろに押されてしまった……そして拳から感じるこの感触! なんという硬度だ……影龍王殿に匹敵する防御力! ハハハ……なんという、なんという運命! まさかこれほどの防御力を持った相手と二度戦えるとは思っても居なかった! 一撃を放った拳が微かに痺れるとは……まだまだ未熟というべきか。
「なんという……なんという硬さか!」
「おうよ!! 俺の鱗は邪龍の中でも最高の硬度を誇ってるのさ!! まっ、クロムのアホの影より上だが障壁込のラードゥンには負けるがよ。ありゃかてぇ、硬すぎんだよ! グハハハハハハ!!! サイラオーグつったか? 良い拳だ、最高に心に響いたぜ! だがまだ弱いんだよ!!」
「あぁ、まだ弱い!! だからと言って引かぬぞグレンデル!!!」
「そうしてもらわねぇと困るんだよ!!」
ぶつけていた拳を同時に引き、今度は胴体に一撃を叩き込む。グレンデルの拳は獅子の鎧を優に砕くも俺の拳は皮膚、いや龍の鱗すら砕くことは出来なかった。人型だからといって皮膚はドラゴンと同じものか……この防御力は驚異的だろう。仮に俺以外のD×Dメンバーが戦うならば兵藤一誠や影龍王殿レベルでなければ傷一つすら付けられず、戦いにすらならないか。あの面々以外だとリアスの滅びならばダメージを与えれるかもしれんが決定打になるかと言われたら――無理だ。今の攻防で理解した! 鈍足かと思いきや俺と同等の速度の上に強固な鱗を武器として使うグレンデルならば後衛にいるリアスの下へ一瞬で向かい、沈めるだろう。
グレンデルの拳を受け、足に衝撃が走る。倒れろと、楽になるぞと言っているようだ……残念だが無理だ! 簡単には沈まんぞ!
「まだだ! まだ足りねぇぞ!! おうおうどうしたぁ!! その程度かよぉ獅子王の拳ってのは!!」
「いや、この程度なわけがないだろう!!!」
震える足に力を入れ、グレンデルの胴体に二撃目を叩き込む。俺の意地、俺の覚悟、俺の誇り、目の前に居る強者との戦いに応えるように全力の拳をぶつける。その甲斐あってか先ほどは傷すらつけれなかった鱗を砕き、数センチほど後退させることが出来た。俺の拳は……あの程度で終わらんぞグレンデル!!
「ふぅ、グレンデル殿。今ので沈んだりはしないだろうな?」
「……沈むわけねぇだろうがぁ!! なんだよなんだよ!! やればできるじゃねぇか!! 誇れよ、テメェは現ルシファーのパシリになったベオウルフより上だぜ!」
「光栄だ。自慢では無いが影龍王殿の防御を突破するべく鍛え続けたからな」
これは嘘ではない。影龍王殿とのゲームで思い知った……俺の拳が通じぬほどの防御力と挫けぬ精神力を持つ者と対峙すれば戦いにすらならないとな。だからこそ鍛えた、鍛え続けた。何物も砕けるように、貫けるように、この拳が母上の誇りになってもらえるように地獄のような修行を続けたのだ。もっともD×Dメンバーを見ていたらあの程度、地獄とは呼べんがな。今の俺の目標は影龍王殿の圧倒的なまでの防御力を砕くこと! おれほどの防御を突破できたなら俺の拳は――さらなる高みに至れるはずだ!
「まぁ、俺ほどじゃねぇがクロムの宿主はかてぇしな。だったらよぉ、こんなもんで終わらねぇよなぁ?」
「当然だ。今の一撃が最後では無いぞ! 次は骨を砕かせてもらおう!」
「やってみやがれ!!!」
足腰に力を入れ、グレンデルへと走る。纏う闘気などにより周囲がまた吹き飛んでいくがもはや気にせん! この程度の状況など影龍王殿達にとっては普通だろう……現時点で俺以外の面々が派手に戦っているから周囲の至る所が影や光、砲撃や炎で包まれている。こんな状況下でもなお邪龍に変異した者達と戦っている者達の覚悟は頼もしいと言えるだろう! 微かに聞こえてくる声は楽しんでいるようだな……むぅ、さらに負けてはいられんな!
高速で移動したはずが既にグレンデルは拳を放つ体勢に入っていた。やはりまだ遅いか……それとも反応速度が桁違いなだけか? いや……俺が遅いのだろう。まだまだだな、今以上の速度でなければドラゴンを相手にするのは難しいか! 俺とグレンデルは先ほどと同じように同時に拳を放つ。その衝撃によって俺が纏う鎧の籠手にヒビが入り、グレンデルの拳の皮膚からは血が流れる。パワーが自慢の俺ですら痺れるほどの威力に負けず、二撃、三撃と拳を放つ。影龍王殿と行ったラッシュの速さ比べというべき行為を何度も、何度も、何度も行う。籠手が砕け生身の拳が露出する……構わん。衝撃によって押し負けそうになる……ならば押し返す。引かぬ、引かぬ! 俺よりも強者が居ることは知っている!! いまさらその事実に直面したからと言って怯む俺ではない!!
特異な能力も無く、俺もグレンデルは近距離で殴り合いを続ける。腕が痺れる……骨が軋む……体中が悲鳴を上げている……だというのに俺は笑っていた。世界には俺よりもはるかに強い者達が居る。
「テメェみたいな奴が居るとはな! なんだよ、もうちっと早く生まれて来いや!! そのせいで一回滅んじまっただろうがよぉ!!!」
「それは、すまぬ!」
「おう! だからこれでも喰らっとけ!!!」
俺が放った拳をなんとグレンデルは拳ではなく胴体で受け止める。加減などしていないため鱗を砕き、衝撃によって息が口から洩れたが男の表情は笑っていた。知っている……知っているとも! 自らが傷つこうと関係無いのだろう!
胴体で拳を受け止めたグレンデルは笑みと共に突き出された俺の腕を掴み、強靭な腕を振るい俺の胴体へ拳を叩き込んでくる。鎧の破損を修復することすら惜しかったため生身の部分が露出している箇所にドラゴンの拳だ……意識が飛びかけるほどの衝撃と何かが折れるような音が耳に響いた。口から血を吐きながらも足に力を入れ、倒れるどころか空いている腕でグレンデルの胴体に拳を叩き込む……この程度で倒れるなら俺は影龍王殿と、兵藤一誠と殴り合うなど出来ん!!
『サイラ、オーグ様!!』
「気にするなレグルス!! 俺は倒れん! 自分の意思を保つことのみ考えろ!!」
「怯むどころか一撃叩き込んでくるとはな! さいっこうに熱いじゃねぇの!!」
掴んでいた腕を離し、頭部に拳が叩き込まれたことで俺は勢いよく背後へと吹き飛ばされた……なんという威力だ……先ほどから連続で意識が飛びかける! がはっ……! レグルスのダメージも見た通り、激しいか……! クソ! 今この時だけ俺が純血悪魔であることを恨むしかない!! もし我が身に人間の血が流れているならばここまでレグルスを傷つけることも無かっただろう!! それどころかこのたった僅かな攻防で俺は重症を負い、グレンデルに僅かなダメージしか与えられんとはな……!
――悔しいか。
その時、声がした。俺の声でもない、レグルスの声でもない、眷属達の声でもない誰かの声だ。
――悔しいか。己よりも強く、纏う力を存分に操る者達が憎いか。
これは……男の声か。若くはない、声の印象から年老いた者だろう。その者が俺に語り掛けてくる……なんだこれは? 意識が朦朧としている影響で幻聴でも聞こえ始めたとでもいうのか!
――聞こえているのだろう? 幻聴などではない。私は獅子王の戦斧の所有者だった男だ。
なんと……過去にレグルスを、獅子王の戦斧を使っていた方でしたか! 失礼した……俺はサイラオーグ・バアル、現在レグルスと共に居る男です。しかし何故……? 私は貴方のようにレグルスを宿してはいません。貴方のような存在の声を聞くなど今まで一度も無かったはずです。
――出来なかったからな。既に私達はレグルスとして集約されている。今この瞬間は僅かながらに残った私の意識によるものだ。さて先ほどの問いに答えよ……悔しいか? 憎いか?
そうでしたか……では、答えさせていただく。悔しいかと問われれば悔しいです。この拳、この身体、鍛え続けても周囲の者達は簡単に追い抜いてしまう……ですが憎くはありません。
――ほう。
この身は尊敬する母から授かったもの。確かに先ほどは人間の血が流れているならばと思いました……ですがそれは今思えば影龍王殿に、特にレグルスに失礼だった。こんな殴るしか出来ない俺の下に居てくれる彼を道具扱いするなど一生の不覚です! 歴代殿、お声を聞かせていただき誠にありがとうございます……しかし今は目の前に居る男との戦いの最中、ここで意識を閉ざすわけにはいきません! 立たなければならない、拳を握らねばなりません、勝ちたいのです! この拳でグレンデルに勝ちたいのです!!
――そうか。ならば行け、私達が求めた覇の理はお前には似合わぬ。今でなくて良い、長き時間の中でお前だけの理を見つけるのだ。
その言葉を最後に声は聞こえなくなった。その直後、俺は軽く意識を失っていたのだと認識することになる……まさか夢か? いや、違う。確かに聞こえたのだ……歴代の方の声が! 兵藤一誠や影龍王殿、ヴァーリ・ルシファー殿、光龍妃殿が見つけた己自身の理……今の俺では見つけることは出来ないだろう。だがいつか、いつか必ず見つけよう! 俺の、俺達だけの理を! ですから見ていてください……俺はこのまま終わる男ではありませんから!
「おっ、意識が戻ったか! そうこなくっちゃなぁ!! ほら、立てよ? 立てんだろ? もっと殴り合おうや!! 俺の骨を砕くんだろ? クロムのアホの防御を突破すんだろ? だったらそのまま倒れてるわけにはいかねぇよなぁ!!」
「……とう、ぜんだ!! 俺は、倒れん……!! まだ、この拳は死んではいない!!!」
腹の底から、心の奥底から響かせるように雄たけびを上げながら立ち上がる。足が震える……倒れた方がマシだと身体が囁いてくる。いや、ダメだ! ここで倒れてしまっては魔王になるという夢が潰えるのと同じ事!! どれほどの苦難があろうと、どれだけの痛みがあろうと俺は立ち止まるわけにはいかない!! そうだろう……レグルス!!
『……はい! まだ、戦えます! 私の戦意は無くなってなどいません!!』
心強い限りだ。レグルスよ、感謝するぞ……お前が居たからこそ今の俺がいる。拳だけの悪魔だったがお前が居たから俺はここまで強くなれた……だから頼む。目の前に居る男を倒すために力を貸してほしい!
『サイラオーグ様……違います。私は、私は……力を貸すのではなく合わせたいのです! 貴方と共にこれからも前に進み続けたい!!』
「……そう、だったな。力は合わせるもの……ハハ、すまんなレグルス。そんな簡単な事すら見落としていた。あぁ、だったらもう一度言わせてくれ……! レグルス! 俺と共に、グレンデルを倒してくれるか!」
『はい!! サイラオーグ様――
「……! レグルス!! しかし……あれはまだ俺達が操れる代物ではない!! 未熟な身で発動するのは戦っている相手を侮辱するようなものだ!」
『大丈夫です……今はまだ覇の理に囚われているかもしれません! ですが今のサイラオーグ様ならきっと覇獣すら自らの力に出来ます! これは勝てないから言っているのではありません……貴方と力を合わせたいから言っているのです! 貴方の命が削られることも重々承知の上です! ですがどうか……どうか!!』
レグルス……! 獣を封印した神器が扱う最上級の解放こそが覇獣。その力は神をも超えるとされているが代償は大きい……命は削られ、下手をすれば周りの者達を巻き込みかねない禁忌の代物。あの兵藤一誠ですら操る事が出来なかったほどの力を俺が扱うなど出来るのだろうか。いや、違うな……レグルスは勝てないから言ってきたのではない――俺と力を合わせて戦いたいからこそ提案してきたのだ! ハハ、これが影龍王殿ならば命が削られる? だからなんだと高笑いするところだろう! ならば同じ男である俺が怖がってどうするというのだ!!
「――グレンデル殿!」
「んぉ? どうした!」
「今より俺達が持つ最大の力を貴殿にぶつけようと思う! それは覇の理に囚われた代物……兵藤一誠達に比べるとあまりにも小さく、醜いものだが許してほしい」
「グハハハハハハハハハハ!!!! それは覇獣って奴か? 良いぜ良いぜ!! 獣の力がどれほどなのか俺に見せてくれよ!! 軽蔑なんざしねぇ! 醜くなんかねぇ! んなもんは俺達には関係ねぇだろうが!! 殺し合ってる俺達が楽しかったらそれで良いんだからな!! 」
「……感謝する。貴殿と戦えたことを誇りに思う! グレンデル殿……今より俺は暴力を纏う!!」
滅びの魔力を持たず、肉体だけの男がたかが命程度を削られる恐怖に怯えてどうする! レグルス……行くぞ! 俺とお前は一心同体! 二人で一人の男だ!
「――此の身、此の魂魄が幾千と千尋に堕ちようとも!!」
俺の叫びに鎧が呼応するように強く輝きだす。
『我と我が主は、此の身、此の魂魄が尽きるまで幾万と王道を駆け上がる!』
レグルスの叫びに俺の肉体が呼応するように悲鳴を上げる。
「唸れ、誇れ、屠れ、そして輝け!!」
身体の奥底から湧き上がる力の奔流に意識を持っていかれそうになる。だが、今となってはその程度だ! 俺にはレグルスが居る……後ろで戦っている眷属達が居る! 俺は一人ではない――仲間が居る!!
『此の身が摩なる獣であれど!』
「我が拳に宿れ、光輝の王威よ!」
お前の強く、気高い魂は俺も見習いたいものだ。分かっているとも……合わせるぞ! 俺とお前の力を!
「舞え!」
『舞え!!』
「『咲き乱れろ!!』」
花が開く。俺の身体から漏れ出す闘気が背に集まり、紫色の花を咲かす。今より我が身は俺だけのものではない……レグルス! お前の物でもある! 共に行くぞ! 滅びが宿らぬ拳ならば神をも砕く拳となればいい! 我が名はサイラオーグ・バアル! 魔王となる男にして拳の悪魔なり!!!
「『――
地面が抉れ、風が舞う。黄金と紫色の鎧を纏った俺を恐れるように静寂が包み込む。一度、覇獣の存在を知り発動を試みた事があった。その結果は最悪なものだ……力の一つすら従えられずに全ての体力を使い切り、命を削った。思えばあの時は一人で戦うと思っていたからだろうな……今は違う。俺は一人ではない! 力を合わせてくれる仲間が、友が居る!! それがある限り――俺は戦えるのだから!!
「待たせた」
「あぁ、待ったぜ」
「すまない」
「別に良いさ――楽しかったら問題ねぇからな!!!」
この鎧――
俺とグレンデルは言葉を話すのをやめ、至近距離での殴り合いを開始する。先ほどまでとは比べ程にならない力をグレンデルは全身を鱗で纏い――受け止める。何かを砕いた音が響く、何かが奥を走った音がした。覇獣を発動した俺の拳はグレンデルの鱗を砕き、骨をも砕いた……なるほど、奥を走ったのは俺が放った拳の衝撃破か! だがこれでもグレンデルの骨が折れただけ! 身体に穴が開いたわけでも無い……折れただけというのが驚きだ!
「グハハハハハハハハハハハハ!!!! 良いねぇ、良いぞ!! さいっこうに響いて来たぜサイラオーグバアルゥゥッ!!」
「宣言したはずだ! 骨を砕くとな!! まだ、まだ終わらんぞ!!」
「それはこっちのセリフだ!! こんなに楽しい殴り合いは初めてだ!」
グレンデルの拳が俺の胴体に叩き込まれるが気にせずグレンデルを殴る。殴っては殴られ、殴られては殴る。俺もグレンデルも嬉々として互いを殴り続ける。まだだ……まだだ……諦めぬ! 諦めてなるものか! 勝つ、勝ちたい、この男に……目の前のドラゴンに勝ちたい! 届かぬなら届くまで拳を放つまで! 倒れそうなら意地で持ち直すまで! 諦めなければ、必ず……勝てるのだから!!!
――サイラオーグ。魔王になるなら倒れてはダメ、勝ちなさい。貴方は私の自慢の息子なんだから出来るでしょう?
「――うううううおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!!!!」
体中の骨が折れているというのに嬉々とした表情のグレンデルの拳を胴体で受ける。聞こえました……聞こえましたよ母上!!
「んなっ!?」
「ぬうううおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!!!!」
突き出された腕を掴み、もう片方の拳に全ての力を籠め、グレンデルの胴体を殴る。周囲の光景を遮るほどの砂煙が宙を舞う……そしてそれが晴れた時、俺は自然と笑みを浮かべていた。全身全霊、全ての力を持って放った一撃はグレンデルの胴体に大きな穴を開けていたのだ……これを見て嬉しく思わない者は居ないだろう。俺の拳は、今までの辛い鍛錬は決して無駄ではなかった!!
今のグレンデルを見れば俺の勝ちだと思う者も居るだろう……だが違うはずだ。少なくとも俺の近くに居た邪龍はこの程度で倒れるわけがない! まだ終わってはいない――そうだな!!
「――ぁあ、良い一撃だ。まさか俺の身体に穴が開くとは思わなかったぜ」
「……やはり、生きているか……!」
「あったりまえだろうが! この程度で死ねるんなら邪龍とは呼ばれねぇんだよ!!」
先ほどのお返しとばかりに顔面を殴られる。体はボロボロ、足は今にも崩れそうだ。今の一撃で倒せぬなら無理だと何かが囁いてくる……だが知らぬ! 倒れぬなら倒れるまで、俺の拳を叩き込むだけだ!!
意地と意地、拳と拳のぶつかり合い。殴ったら殴り返す、子供の喧嘩のようなことを俺達は何度も繰り返す。母上の声が聞こえたのだ……なら俺がすることは一つ! 倒れぬことだ!!
「グレンデルゥゥッ!!」
「サイラオーグゥゥッ!!」
同時に互いの体に拳が叩き込まれ背後へと吹き飛ばされる。地面に倒れこんでしまうがそのままでいるわけにはいかん……立たねば、立たねばならん!!
既にレグルスは限界を超えてしまったのか鎧としての姿を保てずに人型の姿となって地面に倒れこんでしまっている。分かっているさ……お前がどれだけ辛いかは俺が一番分かっている! 戦いたいのだな……まだ戦いのだろう! 軟弱な己を恥じているのだろう! それは違うぞ……お前は決して弱くはない! 俺の背を預けられる男が弱いわけないだろう!! お前の意思、お前の心は俺と共にある……さぁ、行くぞレグルス!
「……まだ、立ち上がるか!!」
「とう、ぜんだ……立たねば、男では、ない!!」
「そうだな……そうだよなぁぁ!! 生き返ってよかった! 邪龍で良かった! テメェと出会えたのが最高に幸せだ!! まだやれんだろ?」
「ふっ……見て、分からぬか……?」
「分かるぜ! その目、その闘志! 全然負けてねぇって言ってやがるからな! じゃぁ、続きを――」
満面の笑みを浮かべたグレンデルが一歩前に出ようとした時、俺達の近くに数十のドラゴンが降りてきた。それは後ろの方で皆が戦っているドラゴンと全く同じ姿……つまり邪龍だ。くっ……援軍という事か!
俺が現れた邪龍に意識を取られた瞬間――目の前に居る存在からとてつもないほどの怒号とオーラが放たれた。深緑の色合いをしたドラゴンのオーラは強烈な殺意を持って邪龍達に向けられる。
「――ざけんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
人型の姿から巨人の姿へと変わったグレンデルは怒り狂いながら邪龍を踏みつぶし、叩き潰し、暴れ始める。既に俺のことなど眼中になく、あるのは戦いを邪魔した敵を殺すという意思だけだ……これがドラゴンの怒りか。たとえ同胞であったとしても自らの邪魔をするなら敵と判断して殺すとはな……なるほど単純なものだ。少しばかり邪龍というものを理解できた気がする。子供のような純粋さを持っているのが邪龍なのか……多くの物に興味を示し、これでもかというほど極めようとする。ハハ、強いわけだ。
「あぁクソがぁぁ!! あんのクソ野郎が!! 俺の、俺達の戦いの邪魔しやがって!!!! ぶち殺すぶち殺すブチ殺してやらぁぁ!!!! はぁはぁ……おう、悪いな。奴らは邪龍じゃねぇからよ、流儀ってのを分かってねぇんだ。本当に悪かった」
「……いや、気にしてはいない」
「そうかよ。でだ、悪いが続きは次に取っておくぜ。今回はテメェの勝ちだ、次は邪魔が入らねぇ場所でやろうや。そんでよぉ……その滅び、ちゃんと鍛えておけよ? そっちの方がさらに楽しめるからなぁ!!」
「……すまぬが無理だ。俺はバアルの滅びは――」
「馬鹿が! あるって言ってんだろうが!! テメェに殴られるとな……魂が削られんじゃねぇかってぐらい心に響くんだよ! サイラオーグよぉ、テメェはちゃんと受け継いでるぜ? その拳とその闘気にバアルの滅びってのが宿ってんじゃねぇか!! いうなれば滅びの闘気ってか? グハハハハハハハハハハ!! こりゃ傑作だ! 持ってねぇと思い込んでたらちゃんと持ってたんだからなぁ!! だからよ――頼む。次は誰にも邪魔させねぇから俺とお前の喧嘩をさせてくれ。初めてなんだよ……ここまで殴り合いが楽しめるのはな!」
俺の拳と闘気に滅びが宿っている……信じて、良いのか……俺は、ちゃんと……バアルの滅びを受け継いでいると言って良いのか……!!
「――こちらこそお願い、したい。しかし俺の勝ちというのは間違いだ……引き分けという事にしてほしい。このような勝利は俺は望んではいない」
「そうかよ……まぁ、勝手にしろやぁ。サイラオーグ・バアル、覚えたぜ。あぁ、心の奥底に刻み付けぐらい覚えたぜ! あばよ。邪魔が入らなかったら一番良かったが……楽しかったぜ」
その言葉を残しグレンデルは俺の目の前から消えた。魔法陣が描かれたという事はどこか別の場所に行ったという事だろうな……それを見届けた俺は体中の力が抜け、その場に倒れこんでしまう。既に周りに居た邪龍達は怒り狂ったグレンデルに酔って倒されたとはいえあまりにも無防備だろう……しかし残念ながら立ち上がる力すら残ってはいないらしい。あぁ、まだ鍛錬が足りぬか……!
「……レグルス」
『はい……』
「共に、今よりも強くなろう」
『――はい……!』
心が躍る戦いが出来たこと、感謝しよう……グレンデル殿。
観覧ありがとうござました!