フィンはマオのパーティーメンバーを2、3日中に決めると言っていたが、すでに1週間が経っていた。
マオはその間、訓練場で槍を振り、人目のつかない所で壊れていたものを《
湯気のような細かい液体―霧や雲のような状態―は操れるが、氷や水蒸気は液体の状態から凍らせたり沸騰させて変化させてもダメだった。
液体なら何でも良く、油やポーションも操ることが出来た。氷水は水を操作して氷を動かすことはできたが、氷そのものを操ることはやはり出来なかった。
水中の魚を獲るほどの力も今のところ無く、【ステイタス】の変化でどのようになるのかはマオを含め、誰にもわからなった。
冒険者になる人の多くは15歳を過ぎてから――つまり大人の体になってから――であり、そんな中に7歳は幼すぎた。
ちなみに以前話題に上がっていた、3ヶ月前に入った2人も18歳と17歳の幼馴染男女コンビだ。爆ぜろ!
そんな中、ティオナというアマゾネスの少女が手を挙げてくれたものの、彼女も彼女のパーティーも皆Lv.3であり、マオがお荷物となってしまうことは明白であったため、全員から反対されている。
そんなこんなで1週間も選抜に難航した挙句、結局はフィンやリヴェリアが手の空いている時に一緒にダンジョンに行くことで納まった。
だが、時期が悪く、1ヵ月後には遠征に行くことが決定しており、この時期は遠征資材の準備などで幹部連中はオラリオを走り回っており、マオがダンジョンに行く機会は無く、もっぱら空いた時間にフィンから槍術を、リヴェリアから様々な講義を、ガレスから体力トレーニング受けるに留まり、ロキに遊んでもらってもいたが、圧倒に空いた時間のほとんどは館の共用スペースの掃除や修繕、調理手伝いに注がれ、マオ本人もその中で空いた時間に槍を振るう程度であった。
そんな過ごし方をするマオを見て、心無い団員は《ハウスキーパー》と皮肉をこめて呼んだが、2週間が経ったころ、誰もが笑えない事態になっていた。
磨きぬかれた床、装備が当たり削られていた壁が塗りなおされたよう均一になっていた。また風呂やトイレ、厨房といった水周りも錆やカビ、水垢が無くどこもかしくも新築のような輝きを放っていた。
さらに、壊れて放置されていた倉庫の装備品も全て修復され、きっちりと整頓されて収納されていた。
これらを1人で僅か2週間でやり遂げた少女に驚嘆し、頭に最強と付け《
この頃にはロキがお遊びにと鈴の付いた
なお、各私室も頼むとやってくれるため、マオはお小遣いを稼ぎ、ばれた団員たちはリヴェリアから叱責されるのであった。
そして、3週間ぶりのダンジョンにマオはフィンと来ていた。ティオネ・ヒリュテというLv.4のアマゾネスの少女と共に。
ティオネからフィンに向かってラブラブ光線が出ており、それ以外のモノに向けては『邪魔シタラ殺ス』というオーラが振りまかれていた。
マオはそんな雰囲気を察してか、先頭に立ち、黙々とギルドへ向かう。
ギルドの受付に出ていたエイナさんに挨拶してからダンジョンのあるバベルへ。7歳の私と14、5歳のティオネ。小人族のフィンの3人だと本当に小さい組み合わせだ。パッと見ただけでは
エイナもマオの顔を認めると笑顔を飛ばしたものの、後ろの2人を見て顔を引きつらせていた。
ダンジョン1階層へ階段を降りている途中でフィンが2人に確認をする。
「今日はマオが行けるとこまで行ってみようか。ティオネには最初はサポーター役として鞄持ちをお願いするよ。途中で荷物が多くなってきたら交代しよう。」
「はい、わかりました。」
「はい!
普段のティオネはしっかりしているのだが、フィンが絡むと
そのためフィンは「僕もこのくらいの子が居てもおかしくない歳なんだよね」とティオネにマオとの3人家族を妄想させ、マオを意識させるように誘導していく。
マオが先頭に立ち、中衛にフィン、ティオネが後衛兼サポーターとして進む。3階層までは前回も来ているという慣れから、マオはコボルトやゴブリンが何体来ても遅れをとること無く進んでいく。
前回は見かけなかったダンジョンリザードも槍のリーチと《
4階層を超え、《基本ステイタス》がオールIのマオではモンスターの数に少しずつ
さすがに6階層から現れる、瞬く間に距離を詰めて来る《
「――いっ!!」
ったーい。と心の中で叫ぶ。
7階層に下りて初めて見るキラーアントにマオは初手を誤り、硬い甲殻を突き通せず痺れるほどの痛みが手から体中に駆け巡る。
「キラーアントは甲殻の隙間を狙うんだ。ティオネ、パープルモスの撃墜頼んだよ。マオ、回復したらパープルモスに止めだ」
動きの止まったマオを救うべくフィンとティオネがすばやく動き出す。フィンは近づくキラーアントを次々と屠る。その奥、キラーアントの向こう側には鱗粉を撒き散らしながら飛んでくる大きな蛾がいた。
ティオネは指示された通り、投げナイフでパープルモスを次々と打ち落としていく。手の痺れが治まり、槍を持ち直したマオが落ちてきた蛾を次々と仕留めていく。そのほとんどが既に死んでおり、マオは念のためと槍を突くだけであった。
パープルモスの毒鱗粉は浴びすぎると《毒》を発症してしまう。《発展アビリティ》の1つ《耐異常》があればその限りではないが、マオは当然もっていないため、鱗粉を浴びないように動く必要がある。
《
キラーアントで練習ということになり、このまま7階層に留まることを決断し、入り口が1ヶ所しかない『ルーム』と呼ばれる方形の部屋へ向けて足を運ぶ。
ルームの敵を一掃した3人は、昼食を取り始める。マオは《
「団長。 マオのこれなんですか?」
ティオネはマオの槍を指差しフィンに尋ねる。そう、マオの背後には槍が独りでに立っているように見えるのである。
「マオのスキルだよ」
「……あと、右眼が」
車座になり、お互いの背後を警戒しあっているのだから、その表情は良く見える。ティオネの左前には右眼を金色に光らせたマオが座って昼食であるサンドイッチを頬張っているのだ。
マオはモグモグと咀嚼しながら答える。
「スキルです。 スキルを発現させている間は右眼の色が変わっちゃうんですよ、ティオネさん」
「あんたねぇ、食べてから言いなさいよ。 それは、この槍のこと?」
「他の人に聞かれると不味いので、ここでは簡単にそうです。 とだけお答えします。 ごめんなさい」
「まぁいいわ。【ステイタス】は他人に教えるものでもないし、そういうものってことで把握しておくわ」
「ありがとうございます。 あぁ、それとフィンさん」
なんだい?とフィンがマオを見る。悪戯を思いついたような顔をしたマオが続ける。
「私のスキル。 団長の《信用に足る人物》になら伝えてもらっても別に構いませんよ」
ギュン!という音が似合いそうな程の勢いでフィンに向くティオネ。苦笑いを浮かべながらフィンは答える。
「誰かに教えられるほどに理解できたとも思えないんだけどね」
フィンですら説明しきれない《スキル》、その事実にマオとフィンを交互に見ていたティオネが溜め息を吐く。
「やっかいなスキルを持った子だから団長たちが面倒を見ている訳ですね。 団長たちは気づいてましたか? 他の団員、特にLv.1、2の人たちが特別扱いしていることに非難の声を上げ始めていることを」
「……知ってるよ。 その上で決めたことさ。 それだけ
フィンはナイフで自分の手を切る。突然のことで私もティオネも止められなかった。それでもティオネの行動は早かった。血が地面に滴るより早く、ティオネは鞄から
そんなティオネをフィンは制止して、マオを呼ぶ。マオは意図に気づくと《
「《
「なっ!!」
そこには血の跡さえも無い綺麗なフィンの手があった。零れ落ちた血はそのままに傷だけが
言葉でも簡単に説明するが「なるほどね、要は人間ポーションね。 そりゃ便利だわ」とロキと同じことを言うに終わった。改めて
(「ここまで言われたのなら、パールジャムも取得して、状態異常回復も出来るように努力しよう」)
と心に誓うのであった。
壁が元に戻り始めているので休憩を終え、モンスター討伐に戻る。2時間も経ったころには休憩を挟んだとはいえ、マオには明らかな疲労の様子が見て取れた。
6層への階段とはちょうど円の反対側まで来てしまっていたので、そのままもう半周する形で帰路へと向かう。
「あ、綺麗な蝶々」
「あら、ブルー・パピリオじゃない! あの翅はレアなのよ」
「2度目のダンジョンでレアモンスターか。 マオは運が良いのかも知れないね」
「リヴェリアさんにも言われましたね。最初のコボルトで爪がドロップしたので」
「せっかくだから、あいつもあんたの【
そういうことなら!と、マオは思いっきり槍をぶん回す。ブルー・パピリオは出現がレアなだけで強いわけではない。あっさりとマオの槍の餌食になる。
マオは真っ二つになって落ちてくるところを《
翅はキレイなまま地面に落ちたブルー・パピリオから魔石を抜き取ると胴体は灰になるが、翅は綺麗なまま残った。
「……あんたの戦い方はエグイわ」
なんて褒めてるのか貶してるのかわかりにくい感想と共にティオネは魔石とブルー・パピリオの翅を拾い上げ、フィンの背負っている鞄に入れる。
「駆け出しの子がくる階層でもなければ、ソロで翅をきれいなまま倒せるモンスターでも無いはずなんだけどね」
とフィンまで苦笑いだ。マオは頬を膨らまし、拗ねながら言い返す。
「早くロキさまをお守りできるだけの力が必要なのです。 何だって倒して見せますよ」
「やだ! この子健気だわ!」
「さ、夕飯に間に合わなくなる。 早く戻ろうか」
「「はーい」」
時折すれ違う冒険者が
その後は何事も無くダンジョンを出る。ちょうどバベルへと用事があったのかエイナが通りがかり、マオと言葉を交わす。
「今日はどこまで行けたの? 4、5層あたり? 2人がいるからってあんまり深くまで潜っちゃダメだよ。 マオちゃんの【ステイタス】だと一発で死んじゃうんだから」
ニコニコと尋ねてくるエイナにつられてマオもニコニコと笑顔で返す。
「7層まで降りてみて、疲れたので戻ってきました。 帰りにブルー・パピリオが居たので、綺麗な翅が取れました」
ピシっ!そんな音が聞こえた気がした。エイナが動かない。1…2…3…4…5…ろ
「はぁーーっ!?」
エイナの絶叫に周りの人が「なんだんだ?」と近寄ってきた。
『レアモンスターをあんな小さい子が?』
『いや、【
『そりゃそうだ。あんな小さい
『それでも生きて帰ってこれたのは偉いじゃないか』
『違いねぇ。 ギャハハハハハ!!』
周りの人だかりを作るきっかけになってしまったエイナは申し訳なさそうにする。フィンはニコニコとティオネは周囲の視線を面倒くさそうに無視を決め込んでいる。
「あ、ごめんね……で、誰が倒したの?」
エイナがマオの方に顔を向けつつ視線を後ろの2人に飛ばす。明らかにマオ独りの成果ではないと言わせたいのだろう。
フィンとティオネがエイナと視線を合わせてゆっくりとうなずく。深い、深い溜め息を1つ吐いたの後でエイナの視線がマオに戻る。
「『冒険者は冒険してはいけない』、これが私の教えられることだから、これからも言うようにするわ。 それがマオちゃんのためになると信じて」
「ありがとうございます。エイナさんに
「無茶する前提でダンジョンには行って欲しくないなぁ」
「それが冒険者の性ですから」
エイナは何一つ納得できなかったが、
マオたちがホームに着いた時刻は夕食まで時間に余裕があったため、先にお風呂に入る。
――ダンジョンという緊張感から解放されたマオはそのあとの夕食で意識を手放すのであった。
マオは半分ほど夕食を食べたあたりで頭が前後にカクンカクンと揺れ始め、周りで夕食を食べていた人たちはクスクス笑っていた。が、マオがお皿にガンッ!と頭を沈めた時はみんな流石に驚き、料理で窒息しないようにと抱き起こした。
ティオネとティオナ、脳内ではティオナなのに入力はティオネという事が多々ありました。
見直しては修正していますが、おかしい点は御指摘していただけますと助かります。
次は、22日0時です。