オラリオのスタンド使い   作:猫見あずさ

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急転直下

自身の背よりも2倍近い長さの槍をブンブンと両手を使い左右に円を描くように振っては牽制(けんせい)し続けて見せるマオ。ジリジリと近づいていたはずの足が、マオが槍を1振りするごとに遠ざかるように動いてしまっていることに白装束の集団は気づいていない。

 

「こ、この野郎っ!!」

 

それでも彼らなりの勇気を振り絞って飛び掛かろうと駆けだす白装束の1人。彼の自爆が成功していたならば、次に続く者がいただろう。

 

「はい、残念」

 

笑みと言うには背筋が冷える。薄ら笑いを浮かべたマオの右の(ひとみ)金色(こんじき)に輝いていた。

 

(あつ)っ!?」

 

まだ起爆のための紐は引いていないはず。なのに彼は自身に巻き付けた『火炎石(かえんせき)』が今にも弾けそうなほど熱を持っていた。否、彼の意識はそこまでしかなかった。

 

飛び出したのが幸いだったのか、引火することなく彼の肢体は爆発四散し、辛うじて残ったところも炭と化していてう有機物(いきもの)であったことを辛うじて残しているだけだ。

 

「あれれ~? おっかしいなぁ~。 勝手に爆発しちゃったゾ~? もしかして不良品でも混じっているんですかねぇ~?」

 

ニヤニヤと笑みを浮かべるマオの姿は拙い煽りだ。背後に控える【ヘルメス・ファミリア】の面々はその様子から呆れつつも冷静な思考を取り戻す。しかし、対面する白装束の集団は戦慄する。煽りに含めるには拙すぎる表情と言葉遣いだが、されたことが何なのか分からない。自然と1歩後ろに下がってしまう自分に誰も気づけていない。

 

「ふむ、他にも不良品をそれこそ文字通り抱えてしまっているかも知れませんよね。 それこそ……彼とか?」

 

「ヒイィィ!!」

 

「ウオォォッ!?」

 

「ばっ!ガァッ!!」

 

槍の穂先をスイッと適当な1人に向ける。向けられた方は悲鳴を上げ、爆発する。今度は集団の中にいた1人だ。爆発に巻き込まれ複数人の『火炎石』が誘爆を引き起こす。Lv.6の身体能力でも魔法でもない彼女が持つスキルに手段が翻弄(ほんろう)される。その圧倒的な戦力差に取り囲んでいたはずの円はどんどんと広く(まば)らになっていく。そんな様子を滑稽(こっけい)だとクスクス笑うマオ。白装束からは悪魔に見えても不思議ではないだろう。

 

「おや、本当に不良品だったようですね。 みなさんのも点検した方がいいのでは?」

 

「う、うるせぇ! お前が何かしたんだろう【水鈴嫁(アプサラス)】!」

 

「だーいせーいかーい。 でも私の仕業だと分かったところで防ぎようがないでしょうけどね」

 

左手を目の高さにまで上げて見せつけるようにパチンと指を鳴らす。白装束の1人がまた自らに巻き付けた『火炎石』で弾け飛ぶ。白装束の方も次は誰が標的にされるかわからない分、一歩また一歩とジリジリと下がり(せば)まった包囲の円はマオが駆け付けたときよりも倍は広がっていた。

 

意地悪くニヤニヤと笑って見せるマオ。ここに【ロキ・ファミリア】のメンバーがいれば「あ、コレ起こってるわー」と分かるのだが、ベートはモンスターの骨を被った主導者と思しき人物とやりやっている。レフィーヤはフィルヴィスと共に植物型モンスターの相手とケガ人の護送にかかりきりでマオの様子を見ている余裕などない。マオもたまりにたまった鬱憤(うっぷん)を吐き出してしまおうと気持ちの制御を放り投げている。

 

そして、マオの槍の穂先が再び白装束の方へ向こうとした。

 

「マオ? マオじゃないですか!!」

 

白装束の集団の後ろの方からかき分けるようにして1人が前に出てくる。そして頭巾を取って顔を見せる。銀髪に青い瞳、そして猫人(キャットピープル)特有の頭上で動く耳。18階層での逢瀬以来ご無沙汰だった愛しの人、アシュレイ・セドニーがそこにいた。

 

「……アシュレイ」

 

「マオ、やめるんです。 真の悪はあなたの後ろにいる【ヘルメス・ファミリア】です。 えぇ、我々の恰好こそ怪しいのはわかります。 ですが、この事態を引き起こしているのはそちらに居る【万能者(ペルセウス)】です!」

 

ちらりと【ヘルメス・ファミリア】団長アスフィ・アル・アンドロメダ(ペルセウス)の方を見ると心外だとばかりに首をブンブンと横に振っている。

 

訳が分からないと迷子の子猫のような顔でアシュレイを見れば、自信たっぷりの()()()の優しい笑みを浮かべている。マオは俯いてアシュレイの下へ歩み寄る。その肩は小刻みに震えていた。

 

アシュレイはそんなマオの肩に手を置き、形勢逆転と黒い笑みを浮かべてしまう。

 

「よし、彼女はこっちのものだ。 残りの野郎どもはやってしまえ! ただし、女はできるだけ生かしておけよ!!」

 

アシュレイの号令で気を取り直した白装束の集団。圧倒的戦力を奪われて顔面蒼白となった【ヘルメス・ファミリア】。戦いの趨勢(すうせい)は決したように見えた。

 

「……クックックックッ……アー ハッハッハッ!!」

 

突然大笑いをするマオ。誰もがポカンとその腹を抱えて笑う姿を見ていた。余りにも笑いすぎたのだろう目尻に浮かんだ大粒の涙を(すく)い取っている。

 

「いやぁ、大間抜けな演技に思わず笑ってしまいました。 即興でしたが、そうですか……私の演技も中々イケるようですね」

 

「マ、マオ?」

 

「たった1回だけでは迫り過ぎたし、ダメかと思っていましたが……アシュレイ、『女はできるだけ生かしておけよ』はダメでしょう。 あなたの後ろが見えてしまいます」

 

肩の手を払いのけ、再び【ヘルメス・ファミリア】の前に立つマオ。

 

「簡単に言いましょう。 あなたには人身売買に関わっている疑いがあるんです。 それも見目麗(みめうるわ)しい女性冒険者限定の」

 

「なっ!?」

 

マオの言葉に動揺を見せたのはアシュレイだけでなく、【ヘルメス・ファミリア】のメンバーも同じようだ。構成上男性が多いため、それほど気にしていなかったが言われてみれば女性メンバーの方が傷は圧倒的に浅い。死亡してしまったメンバーも男性ばかりだ。見れば白装束の集団の方でも動揺が見られる。人身売買に関わっている者と知らぬ者が混じっていると見てよさそうだ。

 

「ま、そんな訳で囮捜査(おとりそうさ)をとっさに始めたわけですが、いやぁ怒られに怒られてしまいまして……謹慎という形で捜査打ち切りですよ。 ロキ様と一緒に策を練り直していた所だったんですがね、こんな所に居てくれて助かりましたよ」

 

今度は恋に落ちるフリも見逃す必要も無いですし。と目が()わった笑顔で槍を構えなおすマオ。素顔を晒した上に言質を取られてしまい、もはや【ディアンケヒト・ファミリア】に帰ることも出来なくなってしまったアシュレイ。マオの視線に押されるように一歩、また一歩と後ろへ後ずさる。

 

(とど)めと言わんばかりにマオの不可視の炎が白装束の集団を一気に吹き飛ばす。爆風に押され、岩壁に叩きつけられるアシュレイ。ガハッ!と口から血を吐いているあたり、中々はげしく打ち付けたようだ。

 

――キンッ

 

空気が凍りつく。吐く息が白く、文字通り凍りつき始めているのだと気づく。

 

「さて、先ほどまでは《炎手品師(マジシャンズレッド)》でお相手していましたが、せっかくですので《隼氷術士(ペットショップ・アルバム)》で止めと行きましょうか。 生け捕りの方が詳細が分かって良いですからね」

 

右目を金色に輝かせたままマオがゆっくりとアシュレイに歩み寄る。近づく度に地面が白く凍りつき、ついに倒れ伏すアシュレイの地面に着いた手足が霜が降りたように白く染まり凍りつき始める。

 

「マ、マオ……これは何かの間違いなんだ! 君は勘違いしている! そうだ! 勘違いしているんだよ!」

 

「言いたいことはそれだけですか?」

 

マオの容赦ない言葉に思わずマオの顔を見上げる。マオも()えて見下すように(あご)を突き出し気味にして威圧感を与えるような態度を取り、心を折りにかかる。あとは手足を拘束して口に布でも噛ませて回収しようと更に一歩踏み出そうとした、その瞬間。マオの左側の壁が吹き飛び、飛び出してきた人影がアシュレイの頭を踏みつぶした。

 

 


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