オラリオのスタンド使い   作:猫見あずさ

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合流

「なんだこれ……」

 

「はて? まだ食料庫(パントリー)までは道が続いていたと思ったのですが」

 

異常事態(イレギュラー)による壁と考えて良いのでは?」

 

4人は大壁の前に立っていた。気色悪い緑色をしておりブヨブヨと膨らむその不気味な光沢は、19階層以下の階層の外周や通路を塞ぐ壁とは一線を画す、明らかに別の意思が働いている気色悪さをしていた。

 

余りの気色悪さにレフィーヤは一瞬息をのむが、他の3人は肝が据わっているのか眼前の異常事態に平然と対処しようとしている。

 

「触り……たくはありませんが、仕方ないですね。 少し調べます」

 

マオは18階層で準備しておいた水筒の栓を開ける。コポコポと音を立てて中から上半身が少女、下半身が魚の尾びれのような形をした水が()い出てくる。マオの2つ名【水鈴嫁(アプサラス)】のきっかけとなった《幽波紋(スタンド)》の1つ、《人魚之首飾(アクアネックレス)》だ。

 

【神の恩恵】(ファルナ)の効果により本来(げんさく)の制約である1人につき1体という制約がなくなっただけでなく能力向上も顕著に反映されるようになってしまい、チート能力街道驀進(ばくしん)中の彼女の能力だ。

 

今も彼女生来の《幽波紋(スタンド)》である《不壊金剛(クレイジー・ダイヤモンド)》を使わないのは他者には見えないことと2つ名らしさを出すため。フィルヴィスが居なければ《不壊金剛(クレイジー・ダイヤモンド)》でチャチャっと調べてしまっていただろう。炎手品師(マジシャンズレッド)》のお披露目はいったい何時にできることやら……

 

「トラップなし。 ただの防壁のようですね……あぁ、コレのせいでモンスターが『食料庫(パントリー)』にたどり着けないで引き返し、集中したせいで異常発生と勘違いされたのかも」

 

「……なるほどな。 で、壊せるか?」

 

「レフィーヤ、1発おっきいのお願い」

 

組んでいた腕をほどき、いつでも蹴りかかる準備をしておきながら確認のようにマオに問うベート。マオは魔法の方が手っ取り早く、なおかつ確実と思われたためレフィーヤにその役を振る。若干ベートの尻尾が寂しそうに揺れた気がしたがそんなこと指摘出来る訳もなく、レフィーヤはただ(うなづ)いて詠唱に入る。

 

「【誇り高き戦士よ、森の射手隊よ。押し寄せる略奪者を前に弓を取れ……」

 

集中するように目を閉じ詠唱を始める。足元に魔法円(マジックサークル)が浮かび上がり杖の先端にはめ込まれた魔石と共に眩く輝きだす。周囲を3人が警戒する今、眼前に魔法を打ち出す以外に気にする必要は何もない。魔法円の輝きは通常よりも輝いているようにも見える。

 

「同胞の声に応え、矢を番(つが)えよ。帯びよ炎、森の灯火(ともしび)……」

 

今、初めてレフィーヤの詠唱を見るフィルヴィスはその込められる魔力の大きさに瞠目(どうもく)する。同族(エルフ)にとって魔法を唱えられることは当たり前と言っても良い。唱えられないとなると落ちこぼれの烙印を押され、村に居られないことすらあり得る。それ程に当たり前ではあるが、この少女はトップクラスの魔力を誇っていることにフィルヴィスは驚きを隠せない。

 

「撃ち放て、妖精の火矢。 雨の如く降りそそぎ、蛮族どもを焼き払え】! 【ヒュゼレイド・ファラーリカ】!」

 

カッと目を見開き正面の大壁めがけて杖を向け振りぬく。魔力がほとばしる炎となって視界一杯に広がる。激しい音と光が当たりに響き渡る。目の前にはぽっかりと大穴を開けた緑の大壁があった。

 

「さすがレフィーヤ。 でもこの壁、生きているみたいですね」

 

「え?」

 

マオの指摘に驚いて開いた穴の縁を見るレフィーヤ。そこにはグニグニとグロテスクな緑の肉壁が穴を(ふさ)ごうと盛り上がってきていた。

 

「オラ! 開いたんならさっさと行くぞ!」

 

塞がったとしてもまた開ければいい。それより早く先に進みたいベートの乱暴な言葉ではあるが、反対する理由が無い3人は素直に先を行くベートに続いて穴を通り抜ける。

 

「うわぁ……気持ち悪い」

 

「まさに魔物の体内といった感じだな」

 

大壁を抜けた先もグロテスクなツヤツヤとした緑の肉で天井、壁、床と全てが覆われていた。清貧を好む傾向にあるエルフの2人が真っ先にこの異様な光景に足を踏み入れたことに嫌悪感を露わにする。マオはもちろん、ベートもこんなところは歩きたくはない。この先に目的の人物がいるはずと言い聞かせ、感情を押さえつけているだけだ。

 

――一刻も早く離れたい。

 

4人はお互いの思いを確かめることなくそれぞれが同じ思いを感じていると確信する。誰の合図も無しにほぼ同じタイミングだ駆けだす。

 

「む、モンスターの残骸が新しいですね。 これはいよいよ近いかも知れませんね」

 

足を止めることなく襲い来るモンスターを倒して進むなか、魔石を回収し損ねたのか放置されたままのモンスターの死骸を見つけ、肉壁に飲まれるモンスターの残骸の状態を素早く確認する。ダンジョンの床や壁に飲まれる死骸はほとんど飲まれていたのに対し、こちらはまだ1割も飲まれていない。倒された時間が最近であることを示している。

 

先を走るベート、それに続くマオの耳がピクピクと忙しなく動き出す。その動きは前方の音を拾おうとしているようであった。

 

「おい……」

 

「えぇ、もう着きますね。 レフィーヤ、フィルヴィスさん。 どうやら目的地に到着のようですが、渦中(かちゅう)に突入することになりそうです。 ご覚悟を」

 

マオが後ろの2人に注意を促す。すぐにレフィーヤたちの耳にも怒声た爆発音が聞こえてくる。タイミングとしては間に合ったと言うことだろう。願わくばことが始まる前に合流したかったが、終わっていない今ならまだ何とかなるかも知れない。

 

愛しい人(アイズ)に危機が迫っているかも知れない状況に自然と速くなる足。後ろ3人のことなど気にせず1人駆けていく。マオも続くべく2人に断りを入れ加速する。視線の先にぽっかりと開けた穴がその先の空間が広いことを示している。きっとそこでやり合っているのだろう。その中にアイズがいるはずと各々速力を上げる。Lv.6と5のマオとベートの足にLv.3のレフィーヤとフィルヴィスでは追いつかない。あっという間に小さい背がいっそう小さくなっていく。

 

レフィーヤのことは気になるけれど、今はフィルヴィスが護衛役と言わんばかりにピッタリと寄り添ってくれている。モンスター相手であれば遅れを取ることは無いだろうと思い、マオは前方に意識を向ける。

 

広場に出てみればまさに混沌(カオス)といった状況であった。

 

冒険者らしい装束を身にまとった10人を超える程度の集団とそれを囲う白装束の集団と植物型モンスター。その奥でモンスターの頭骨を仮面にした男とベートが戦っている。どうやらここが目的地の『食料庫(パントリー)』なのだろうが、様相は大きく変わっていて今や植物型モンスターの苗床と化している。

 

白装束が冒険者に襲い掛かり、自爆していく。この爆発音が先ほどから聞こえていた音の正体なのだろう。じわりじわりと冒険者のつくる円が小さくなっていく。だが、目当ての人物(アイズ)の姿はこの広場のどこにも見当たらない。

 

――アイズさんの姿はなし。 だったら事情を知っていそうな方に聞くまで!――

 

冒険者の集団に向かって駆けだすマオ。《人魚之首飾(アクアネックレス)》を先行させ、今まさに自爆特攻を仕掛けようと飛び掛かっていた白装束の足を掴み、白装束集団の方へと投げ返す。

 

「はえ? あっ、ぷぎゃ!!」

 

突然水の塊に足を掴まれ仲間の方へと放り戻され、その拍子に爆弾石の起爆装置の紐を引いてしまい、仲間もろとも爆発に巻き込まれ死んでしまう。その隙にマオは冒険者集団のもとへたどり着く。新たな人物の登場に冒険者、白装束どちらも動きを止める。

 

「さて、近づいて見れば【ヘルメス・ファミリア】の【万能者(ペルセウス)】さんじゃないですか。 アイズさんは一緒でないのですか?」

 

冒険者集団の指揮を執っている人物を見てみれば水色(アクアブルー)の髪に碧眼、そして銀縁の眼鏡の女性。【ヘルメス・ファミリア】の団長アスフィ・アル・アンドロメダだ。彼女を指揮に乱れなく動くこの一団は寄せ集めではなく、【ヘルメス・ファミリア】なのだろう。急に現れた猫人の少女(マオ)に驚くもその容姿が誰なのかわかると落ち着きを取り戻す。

 

「【ロキ・ファミリア】の次期団長と噂高い【水鈴嫁(アプサラス)】ですか、【剣姫(けんき)】を追ってですか?」

 

「はい。 でも()ずはじっくり話できる環境を作りましょうか」

 

マオは手にしていた槍を構え直す。先ほど現れてそのまま奥で戦う【狂狼(ベート)】とこちらを守るように前に立つ【水鈴嫁(マオ)】の姿に心折れ、瓦解しそうだった【ヘルメス・ファミリア】の団員たちに目に希望の光が灯る。既に結構な数がやられたのだろうことが傷の具合だけでなくその心の状態からも読み取れた。

 

ブゥンとマオが槍を一振りすると、白装束の集団は明らかに警戒し、足を止める。先ほどの不意打ちが尾を引いているのか尻込みしている。そんな面々を前にマオは不敵に笑う。

 

「さぁ、ここからは【ロキ・ファミリア】マオ・ナーゴがお相手いたしましょう」


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