オラリオのスタンド使い   作:猫見あずさ

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目が逢う瞬間

頬にかかる男性にしては長めの銀髪、月を思わせる灰がかった青い瞳。一見して優男という肉付きと爽やかな笑みを浮かべた顔に敵意を抱くのは女性に縁のない一部の男性くらいであろう。そして、ダンジョンでは異装ともいえるフロックコートを羽織った執事服に白い手袋。きっちり一番上のボタンまで留めてタイを絞めている姿は街中では無くもないが、ダンジョン内ともなれば少々どころではない浮きようだ。

 

「濡れたままではお身体を冷やしてしまいます。 どうぞ遠慮なくお使いください」

 

「え? あ、どうも、ありがとうございます」

 

混乱の極致の18階層でも落ち着いて対処していたマオであったが、この出来事に戸惑う。ここはダンジョンで、彼はどう見ても執事。そして自分はその執事からタオルを受け取ってしまったわけだ。何をどうすればいいのか判らず動作が鈍る。いや、動くよりも()()ことを優先した。

 

(……噂に聞く()の人でしょうか?)

 

心当たりは1人。【ディアンケヒト・ファミリア】の男性猫人(キャットピープル)。柔らかい物腰と笑みで女性をメロメロにさせてしまうと話題が時々マオの耳にも届いていた。マオ自身は《調合》のスキルを持つため、自家製回復薬を用意してしまう。その遠慮もあって【ディアンケヒト・ファミリア】には顔を出さないように(つと)めていた。

 

人魚之首飾(アクアネックレス)》を使いマオは身体と髪だけでなく服にも染み込んだ水分すらも全て吸出し、湖へと還す。当然、受け取ったタオルも一滴も吸わせることなくフカフカのまま返す。

 

「ありがとうございます。 ですが、私は濡れてもこうしてすぐに乾かすことができるのです」

 

「水が抜けて……あぁ、貴女が【ロキ・ファミリア】様の噂の秘蔵っ子、【水鈴嫁(アプサラス)】様ですね」

 

「そう言う貴方は【ディアンケヒト・ファミリア】の名物売り子、【月影の執事(シャドー・ムーン)】では?」

 

マオは小首を(かし)げながらも目は「当たってるでしょ?」と自信に満ちている。そんな視線を受けて男性はフフッと短く笑うと深々と腰を折ってお辞儀をする。

 

「改めまして、私は【ディアンケヒト・ファミリア】所属の猫人、名をアシュレイ・セドニー。2つ名をご存知の通り【月影の執事(シャドー・ムーン)】です。調合材の調達、販売を担当しております。 以後お見知りおきを」

 

目には目を。そんな訳では無いが、マオの基本的な接し方は相手の態度に合わせる。仰々しいほどの丁寧なあいさつにはマオも同じように返す。スカートの摘み上げお辞儀を返す。

 

「ご丁寧な挨拶、痛み入ります。【ロキ・ファミリア】所属、マオ・ナーゴ。2つ名は【水鈴嫁(アプサラス)】でレベルは6です。どうぞマオとお呼びください」

 

お互い柔らかな笑みを浮かべて見つめあう。その時間は第3者が見ればどう考えても長すぎるものであった。しかし、それを指摘する存在は無く、2人はそうと気づかず、心ゆくまで見つめあい続けていた。

 

どれほどの時間が経っただろうか、挨拶を交わした2人は18階層の状況を確認する。アシュレイは21階層から上がってきたばかりで状況を全く把握していなかった。マオ自身も18階層以外の階層の情報が欲しく、お互いにその場で見聞きしてきた事を教えあう。

 

そこで分かったことはこの異変は想像通り18階層のみで、すぐ下の19階層や20階層ではアシュレイの見る限りではいつも通りであった。そのため、話をするのはマオの方が多く、アシュレイは相槌や時おり質問を交えながら聞きに回っていた。そんな2人きりの時間は会話に至る前に時間を使いすぎたためか、ようやく現れた第3者によって打ち破られてしまう。

 

「やっと見つけた! マオ、何やってるの。 いい加減戻ってきなさいよって……あんたはディアンケヒトのとこの……」

 

額に汗をわずかに浮かべながら現れたのはアマゾネスの姉の方、ティオネ。モンスターの襲来が終息したにも関わらず、一向に現れないマオの捜索に方々(ほうぼう)走り回ったのだろう。愛しい人(フィン)の指示とは言え、苦労して見つけたと思ったら呑気にも猫人(キャットピープル)の男とのんびり話をしているではないか。言葉に怒気が込められるのも致し方ないのかも知れない。

 

マオとアシュレイの2人は周囲の索敵を(おろそ)かにしていたため、ティオネの登場にとても驚き、ものすごい勢いと険しい表情でティオネを見る。見知った相手から険しい顔を向けられるとは露ほども思っていたなかったティオネはたじろいでしまう。

 

「な、何よ!」

 

「ッ!! あ、いえ……すみません呆けていました」

 

「え、えぇ……私も周囲をよく見ていなかったものでして、申し訳ありません」

 

ティオネの抗議口調にハッとした2人は申し訳なさそうな表情を浮かべ首を垂れる。恐縮する2人の姿にティオネはあきれ、深いため息をつく。

 

「まぁいいわ。 それより帰るわよ」

 

「そうですね、ロキ様に報告しておきたいですね」

 

50階層と18階層、モンスターが生まれない安全階層(セーフティーポイント)での襲撃事件。それも大型のモンスターと植物型のモンスターが絡んでいるとなると怪物祭(モンスターフィリア)の事件とも関連があるとしか思えなくなる。一度地上に戻り、ロキとも情報を共有しあっていた方が良いというフィンの判断はマオも大いに同意できる。

 

チラリとアシュレイの方を向けば、ニコニコと笑みを浮かべ話が落ち着くのを待っていた。他所のファミリアの事情など無視をして予定通り、さっさと地上に戻れば良いのに彼は彼女たちの去就を窺っていた。

 

「良ければ(わたくし)もご一緒させていただいてもよろしいでしょうか?」

 

「いいわよ。 というか、リヴィラの街の住人全員も引き上げるから。 私たちはその護衛も兼ねるってとこよ」

 

ティオネがアシュレイの申し出をあっさりと受け入れる。理由は会話にもあるように他にも有象無象を抱え込むからだ。もちろん打算もある。探索系ファミリアの【ロキ・ファミリア】にとって支援系ファミリアである【ディアンケヒト・ファミリア】や【ヘファイストス・ファミリア】などとは友好的であるべきだからだ。対立などして粗雑なアイテムばかりを回されては助かる命も助からない。非売などと門前払いなど受けようものならファミリアとして立ち往生しかねない。先頭を突き進むティオネ(第一級冒険者)だからこそ万全に動ける重要性を心得ている。

 

マオとアシュレイの2人に背を向けティオネは歩き出す。皆が集まっている場所に連れて行くと、その背中が語っていた。2人も大人しく付いて歩く。

 

(ったく……この子は何やっているのよ)

 

先頭を歩くティオネは内心でやきもきしていた。明らかにマオは横の男、アシュレイに恋をしている。そして、アシュレイもまたマオを好ましく思っているようで、肩を並べて歩く距離が他人、それも初対面とは思えないほど近い。ティオネが居なければ、それこそ誰も見ていなければ、手をつないでしまうのでないかと思えるくらいに近い。

 

 

 

――45(セルチ)以内は恋人の距離と言われるが、彼らの距離はまさにソレであった。

 

 

 

1秒でも早くフィン(団長)に会いたい。そして抱きしめて欲しい、頭を撫でて欲しい、良くやったと褒めて欲しい。頭の中から後ろの2人を追い出しフィン一色に染め上げることで心の平静というか暗黒面への落下を踏みとどまる。頭痛さえしてきそうな中でティオネは無事にフィンが待つ広場へとマオを連れてくることができた。その際、ティオネがいつも以上にグイグイくるのを咎められる者はおらず、皆一様に頭を抱えたのであった。

 

もっとも、地上に戻ってからが阿鼻叫喚の大騒ぎとなってしまったのだが……

 

 




はい、と言う訳で恋人候補(オリキャラ)の登場です。
恋愛下手な私は展開を上手く作れず、一目惚れという形にしてしまいました。
歳はちょうど一回り上の23歳です。

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