オラリオのスタンド使い   作:猫見あずさ

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一方その頃

(耳鳴り?)

 

そうアイズが首をひねると同時に四方八方からモンスターの気配が一斉に立ち込める。それは3人のすぐ近くでも割鐘のような低い絶叫があちらこちらから鳴り響いたことで残りの2人もすぐに異常事態であることに気づく。

 

「なに!? 何なのこれぇ!!」

 

「これは……怪物祭(モンスターフィリア)の時の……」

 

現れたのは植物型のモンスター。根のような足を器用に動かして迫ってきている。花弁の中心には鋭い歯の生えた口が大きく開かれており、そこから鳴き叫んでいるようだ。手のように葉を振り回す様は、人間のようにも思えた。1体、2体程度ならばアイズ1人でも今回で2回目の会敵だ。どうにでも対処ができる自信があった。しかし、その数は10を越え、音の鳴り響き方からもここだけでなくリヴィラの街全体を囲むようにあちこちから急に現れているようだった。

 

動揺を露わにするルルネとレフィーヤのお陰で、アイズは2人より先んじて冷静になれた。モンスターが生まれない18階層とはいえ、上下の階層から迷い込むモンスターがいる以上、()()()安全と呼べるだけでダンジョンの中であることには違いはないのだから。

 

「レフィーヤ、まずは広場にいるフィンたちと合流しよう」

 

「はい! 広場まで行けば皆いますから、ここより安全でしょう」

 

アイズの言葉にレフィーヤはさっと気持ちを切り替える。ルルネもそんな探索系ファミリアの2人の切り替えの速さに驚きながらも自身の武器を手に、襲い掛かってくるモンスターくらいはどうにか対処してみようと決意する。

 

 

 

アイズは自身の武器、デスペレードを構えリヴィラの街の中心である双子水晶の広場へと駆けだそうとした。

 

 

 

 

 

 

 

「見つけたぞ」

 

 

 

 

 

 

 

緩やかな坂道を下るアイズたちを押し留めるかのように登ってくる1人の人間。全身を黒い甲冑で身を固め、背には大剣が掛けられている。兜の隙間からは包帯と(おぼ)しき白い布が顔を隠すように巻かれているのが見えた。

 

「周りの状況がわからないんですか!? 危険ですから広場へ行きましょう」

 

人付き合いが上手ではないアイズに代わり、さっと前に出て説得にあたるレフィーヤ。近づいて見ても、その装備や雰囲気、先ほどの声に覚えはない。だが、今の異常事態に整然としていられるには何か理由があるのかも知れないし、ただ愚鈍なだけなのかも知れない。それでも命あってこそだ。そうレフィーヤは考え、共に広場へと向かうように促そうとした。

 

 

「がっ!!」

 

駆け寄ってきたレフィーヤの咽喉(のど)を掴み片手で持ち上げる。バタバタと暴れる足が地面から離されていることを示している。黒い鎧の人間は暴れるレフィーヤをものともせず、もう一方の手で乱暴にバックパックの底を引き破り、中の物を外へと引っ張り出した。油紙に包まれた保存食、落ちてガラス片をまき散らす試験管だった物とその中身、中層で取れるやや小ぶりな大きさの魔石。雑多な物の中に目当ての物――皮の包みに覆われた球体――があった。

 

口の端を釣り上げたのも一瞬、用済みとばかりにレフィーヤを掴んでいる手に力を込めていく。呼吸がままならなず、徐々に抵抗する動きが小さく鈍くなっていくレフィーヤ。命の灯が消えるのもあと(わず)か……そう思えた。

 

――兜に覆われていない顔の部分に風が当たるのを感じた。

 

目の前には金色の髪を躍らせた少女が今まさにレフィーヤを掴む腕めがけて剣を振り下ろそうとしていた。咄嗟(とっさ)に手を放し剣線から逃れる。一歩下がって体勢を整えた頃にはアイズはレフィーヤを抱えてルルネの元へと飛び退()いていた。

 

「剣姫! 回復薬(ポーション)だ」

 

「レフィーヤ、飲んで」

 

ルルネは素早く取り出した高等回復薬(ハイ・ポーション)をアイズに手渡す。抱きかかえるレフィーヤの僅かに開いた口の隙間から優しく回復薬を注ぎ込む。意識が残っていたレフィーヤは何とか詰まらせることなく飲み干す。締め付けられていた感覚がまだ残っているのだろう。咽喉をさすり、けほっけほっと軽く咳込んでいる。

 

アイズはレフィーヤをルルネに預け、剣を構え、正面にいる黒い鎧の人間を見つめる。相手は悠然とレフィーヤの荷物の中から緑の球が入った皮袋を手にしようと屈みこもうとしていた。

 

(いけない!)

 

取られてはいけない!アイズは剣を振り上げ一気に距離を詰める。皮袋に手が届いていたものの、アイズによって行動が阻害され手を滑らしてしまう。緩くなった袋の口から緑の球が滑るように外へと出てくる。

 

緑の球を挟む形でアイズたちは対面し、お互い構えを取る。

 

「あなたは、誰?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

双子水晶の広場では体調が回復したマオも身体検査(ボディーチェック)を手伝っていた。ようやく強制飯事(かぞくごっこ)から解放されたフィンは思わず伸びをしてしまう。リヴェリアと2人でいそいそと貯まったヴァリスを鞄に詰め込むマオに冷ややかな視線を送ってみたものの、一向に突き刺さる気配がないことに嘆息した。

 

それでもマオが復帰してからの身体検査は早かった。

 

マオは自身の手だけでなくスキル《幽波紋(スタンド)》を使い、《不壊金剛(クレイジー・ダイヤモンド)》の見えない2本の手でも手早く鞄やポケット、体をチェックしていく。単純な手数による早さは倍だが、《不壊金剛(クレイジー・ダイヤモンド)》は物体を透過させることも出来るため、ティオネたちの倍以上の速さで待機列が消化されていく。

 

『わっ!』

 

『ひゃん!』

 

『あんっ!』

 

見えない手が肌を滑る度、女性冒険者の口からは驚きの声、(なま)めかしい声が漏れる。それを耳聡(みみざ)く聞きつけた男性冒険者たちがジリジリとマオの近くに鼻の下を伸ばしながら寄っては耳を(そばだ)ててくる。

 

 

 

 

――ピィィィー!!

 

 

 

口笛のような音を聞いたのはそんな助平野郎どもの1人だった。

 

(なんだ?)

 

声に出す前に周囲の状況が一変する。リヴィラの街を取り囲むようにそこら中から植物型のモンスターが一斉に現れ、街の中へと襲ってきた。

 

これほどの数のモンスターに何の兆候もないまま襲われることなど、例え300を超える壊滅と再生を繰り返してきた街とは言え初めてのことであり、街を取り仕切るボールズ以下街の住民たちは思考停止に陥っていた。

 

『何故だ?』

 

『こんなこと……あるわけが無い……』

 

『嘘だろ? なぁ嘘だろ!?」

 

口から出る声の大小に違いはあれど内容は皆同じようなもので、どこかでこの街は安全だと思い込んでしまっていたのだろう。そのツケを自身の命で清算されるなど思ってもいなかった。

 

ただ、彼らは運が良かった。ちょっとした事件のため、ほとんどの冒険者が一か所に集まっているため的確な指示さえ出れば、所属が違えど冒険者である彼らならば、組織だった動きが可能であった。

 

 

 

――そう、探索系ファミリアの最上級の団長とその幹部がそこには居たのだから。

 

 

 

「ティオネ、ティオナ、マオ! それぞれ街の出入口に向かってくれ。 まずはこれ以上入れさせないよう、近くの冒険者にも指示を出して封鎖を継続。 リヴェリアは街に入ってきているモンスターを頼むよ」

 

「はい!」

 

落ち着きのある、よく通る声がファミリアの団員たちに指示を出していく。慌てふためく中で明確な意思を持った声に周囲の人間も、この声に従えばと落ち着きを手に入れる。

 

可憐な少女たちの力強い返事は折られた心が支えられていくような頼もしさがあった。いや、年若い少女たちに守られてなるものかとレベル差を自覚しながらも自身を奮い立たせる男性冒険者も少なからずいた。

 

「ボールズ、街の顔の君はここの冒険者たちをまとめて欲しい。 1組5人ほどのパーティーで、1体に当たるように指示を出してもらえるかな?」

 

「お、おうっ! それくらいっつーか、それは俺の役割だ! お前から一々指図は受けねぇよ!!」

 

先ほどまでポカンとだらしなく口を開いていたボールズだったが、フィンの声によって我に返りいつもの勢いを取り戻そうと空威張りをフィンにもまき散らす。

 

飛び出して行ったはずの影が1つ、勢いよく戻ってきてはフィンの前で急制動をかける。猫耳をピコピコと(せわ)しなく動かすその影の正体はマオだった。

 

「ん? どうしたんだい、マオ?」

 

「あのモンスター、怪物祭(モンスターフィリア)の時に現れた植物型と同じです。 おそらく打撃はダメージが通らず、魔力に反応します。 ではではー!」

 

手をブンブンと振りながらマオは急いで自分の持ち場へと駆けて行く。その速さはLv.6らしく一陣の風となってあっという間に見えなくなった。




本文中で「一方その頃」と入れたかったのですが、納まりが悪かったので、サブタイトルにしてしまいました。

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