オラリオのスタンド使い   作:猫見あずさ

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元凶

容疑者はローブを目深にかぶった容姿(スタイル)のものすごく良い女性。

 

そのことを改めて聞き出した一行は、手掛かりがない以上は虱潰(しらみつぶ)しにするしかないとリヴィラの街を封鎖し、広場に冒険者を集めることにした。

 

数少ない街の出入り口をボールズの部下とアイズ、レフィーヤ、ティオネ、ティオナの4人が2手に分かれて封鎖している。そして中心となる広場にはフィン、リヴェリア、マオの3人がおり、続々と集められる冒険者を2人が眺めていた。

 

あと1人は膝の上に頭を預けぐったりしていた。先ほど(顔の皮)の感触がぬぐい切れず、微熱を発するまでに体調を崩してしまい、リヴェリアに介抱されている。ハッハッと短い呼吸で苦しそうにしているマオをリヴェリアは心から心配する気になれず、若干死んだ目で周囲とマオを交互に見、そして時折忌々(いまいま)しそうに自分のすぐ脇に置かれたハンカチと立札を睨むのであった。

 

――1分100ヴァリス

 

チャリンといつの間に用意されたのか立札の裏に置かれた小箱が鳴る。そうするとニヤニヤと笑みを浮かべた男どもがリヴェリアの脇、ハンカチの置かれたスペースへと腰かける。「大丈夫?」「しんどくない?」などと声をかけてくるのだ。何度繰り返されたかわからないやり取りに心を殺し、「ああ」「大丈夫だ」「問題ない」と機械的に返す。

 

箱が鳴るたびに苦しそうな呼吸を繰り返す口の端がニヤリと持ち上がるような気がする。もうこの子のすることは何も言えない。言う気が起きない。そんな自分が慣らされている気がして自己嫌悪に陥りそうになるが、「なぜ私が落ち込む必要があるのだ!」と思考をめぐらす度にマオが原因で自分はそれに巻き込まれているだけと気づく。今回も苦しんでいるはずなのに(したた)かなマオに感心してしまっている。

 

この子の悪戯はロキ同様、ファミリア内では許容されることが多い。事実、リヴェリアだけでなくフィンも溜息1つで今の事態を許容している。いや、むしろ動けなくなった今を商機に変えている分、やはり感心してしまっている。

 

リヴェリアの視線が「換われ!」と訴えかけて来ているのをさらりと無視して集まる冒険者の方に顔を向ける。エルフの男性を中心にヴァリスを手に列をなしている。すでに座ったのであろう男たちは妄想に忙しそうだ。何故か女性も座っているが、きっと憧れかなにかだろう。あまり気にしても仕方がない。

 

 

アイズたちが冒険者の誘導が終わり、封鎖をボールズの部下たちに任せて広場へと戻ってきた。

 

 

「大体みんな集まったよー!」

 

「こっちも誘導完了しました。 ってリヴェリア様何をっ!!……これは、マオちゃん」

 

ティオナとレフィーヤが同じタイミングで戻って報告をする。マオと同室のレフィーヤは、マオのすることに動じなくなってきている。1つ大きく息を吐くと次の行動に向けて気持ちを切り替えている。

 

「みんなご苦労様。 ボールズ、そういうことだから次の段階に行こうか」

 

「おう! だが、野郎どもは目撃情報があればいいが、女どもはしっかり身体検査(ボディーチェック)しねぇとなぁ!!」

 

手をワキワキさせながら大きな声で言い放つ。男からは雄たけびが、女からは罵声が上がる。

 

「馬鹿者! 我々でやるぞ」

 

リヴェリアがマオをフィンに預け、立ち上がる。さりげなく敷いてあるハンカチの横に座らせることに成功したリヴェリアはいつもは見せない悪い笑みを一瞬だけ浮かべる。フィンはマオを受けとることに意識が行っていたようで、そんなリヴェリアの思惑に気付かないままハンカチの横に腰を下ろしてしまう。そのままマオの頭に手をやった時に周囲の並みならぬ雰囲気に気付き、ハッと顔を上げた。

 

チャリンと小箱が鳴り響くと同時に、横には見覚えのない女性がニコニコと笑みを浮かべて座っていた。

 

 

「さぁ! 座りたくば我らの身体検査を受けろ! 横入りは認めぬぞ!」

 

そうリヴェリアが叫ぶと女性はザッ!と列を成し、アイズたちの前に並んだ。 そんな横に座った女性を視線だけで射殺さんとする表情のティオネをフィンの一番近くに配置し、フィンに興味がない女性たちをアイズとレフィーヤがさばいていく。男性の方は不満顔なボールズたちに任せてしまえば割と効率よく事が進んでいく。

 

オラリオで有数の大ファミリアの団長、その優しい面は小人族(パルゥム)であっても指折りの人気を誇っている。そのためか、自然と興味のない女性を担当していたアイズとレフィーヤはティオナたちよりも早く手が空いてしまう。

 

手持ち無沙汰になったアイズが何気なく周囲を見渡した時、コソコソと広場から移動していく人影が見えた。横を向くとレフィーヤも気づいていたようで、頷き返してくる。マオの頭を撫でながら死んだ目をしていたフィンに言葉少なく事情を説明して2人は追いかける。

 

 

 

そんな2人の動きを目で追っていた人物が密かに笑みを浮かべていた。

 

 

 

2人は人影を追いかけるようにリヴィラの街、その水晶広場から北西の階段を駆け上がっていく。しかし、相手の足が速いのか、このままでは見失ってしまいかねない。そこで、アイズはLv.5のステイタスで一気に回り込み、挟みこんでしまうことにした。

 

その目論見はものの見事に成功し、相手を捕まえることに成功した。逃げ出していた相手は犬人(シアンスロープ)の少女。逃げ足の速さからLv.は2か3と思われた。広場にいる皆のもとに連れて行こうと周囲を見渡すと水晶の輝きが徐々に失われ、辺りは夜へと変わっていこうとしていた。

 

「とりあえず、皆のところに行こうか」

 

「ダメ! あそこはダメッ! 連れていかれたら今度は私が……」

 

あまりにも必死な様子にアイズもレフィーヤも呆気に取られるが、それでも話の聞き上手、引き出し上手な幹部がいる広場に連れて行きたい。連れて行こうとするアイズたちと、何とかあの場から遠ざかりたい少女との言い合いが幾度か重ねられるが(らち)が明かず、アイズたちが折れる形で話を進めようと決まった。

 

足を止めた先にあるリヴィラの倉庫街、その一角で少女から話を聞くことにした。口下手なアイズに代わり、レフィーヤが話を進めることになった。

 

「ご存じだとは思いまずが、我々は【ロキ・ファミリア】のレフィーヤとアイズ・ヴァレンシュタインさんです。 あなたの所属とお名前を教えてください」

 

「ルルネ……ルルネ・ルーイ。 【ヘルメス・ファミリア】だよ」

 

一息ついたとはいえ、彼女はまだ何かに脅えたように辺りを気にしなが答える。

 

「どうして広場はダメなのでしょうか?」

 

「あの場にいたら……ころっ、殺されると思ったから」

 

どうして彼女は殺されなければならないのか。簡単に考えれば、殺されたハシャーナに関係が有ると白状していることになる。そして彼女は彼を殺した側ではなく、殺される側。ハシャーナと接触はしても、彼を襲った女性については知らないのだろう。だから闇雲に逃げるしかない。

 

「あなたがハシャーナさんの取引相手。 荷物を持っているから?」

 

アイズの鋭い指摘にビクリと肩を揺らすルルネ。この反応では正解ですと言ってしまっているようなものだ。表情を一生懸命整えて誤魔化そうと試みているが、明らかに顔色は悪く、先ほどよりも視線が定まらないまま泳ぎに泳いでいる。

 

「本当のこと、教えて」

 

アイズの真っすぐな視線を受けて、ルルネはしばし(うつむ)き、バッと頭を起こす。その表情は先ほど同様、恐怖に包まれてはいるが、何か決意を感じさせるものがある。

 

「……依頼されたんだ。 酒場にいる全身鎧(フルプレート)の人間から物を受け取り、地上へ持って来いってね」

 

「依頼人は誰?」

 

「わからない。 真っ黒いローブを着ていて顔も何もわからない。 ただ報酬が良くてさ……」

 

金が全て。冒険者ならあり得ない話どころか、どこにでも転がっている話だ。そうなってくると彼女の実力が気になってくる。殺されたハシャーナはLv.4。彼女が1人で行動しているということはそれくらいの実力のある者なのだろうが、他所(よそ)のファミリアに詳しくない2人には彼女のことがわからない。

 

「見たところ単独で行動されているようですが、Lv.はいくつですか?」

 

Lv.(レベル)は……Lv.は2だよ」

 

「本当に?」

 

Lv.2。アイズには彼女の申告が疑わしかった。18階層にLv.2が居ないわけではない。半数とは言わないがそれに近い数はLv.2だ。だが、それもパーティーを組んで行動した場合に限る。単独行動で18階層まで降りて来られるLv.2という存在をアイズは聞いたことが無かった。

 

「ッ……本当はLv.3。 ギルドにはまだ申告してないんだ。 だから黙っていてほしい」

 

Lv.の虚偽申告。ギルドにばれたらペナルティが課せられる。自分のファミリアのことでもないし、今は()()()()()どうでもいい。頷いてやり、彼女を落ち着かせ、話を聞き出すことこそ肝要だ。

 

「それで、何を受け取ったの?」

 

いつの間にかアイズがぐいぐいと聞き出そうとしている。レフィーヤは自分の役割も忘れてそんなアイズを凛々しく思えて見とれている。

 

「そ、それは……」

 

ルルネは荷物を見せるべきかどうか躊躇(ためら)う。用意周到なやり取り。気前のよすぎる報酬。依頼主はよほどの存在の可能性がある。その上、死人まで出るような大事に発展している。このまま素直に地上の依頼人に渡すべきか、それとも【ロキ・ファミリア】に押し付けて逃げ出すべきか。命は惜しいが、お金も欲しい。

 

グルグルと回る思考と視界にルルネが陥っているのを察した2人は話を聞くことを止め、()()することにした。

 

「引きずってでも団長とリヴェリア様のところに連れて行きましょうか? その方がやはり、話も早そうですね」

 

「そう、だね。 穏便に済ませたかったけど、仕方がない」

 

スラリとサーベル(デスペレート)を抜き放つアイズに手を顔の前でバタバタと振るルルネ。

 

「ふっ、普通そこは縄か何か縛る物を出すだろ!! 何でいきなり剣を抜くんだよ!!」

 

「え、そういう趣味なの?」

 

「違うっ!!」

 

キョトンとした顔で聞いてくるアイズに、叫ぶようにツッコミを入れるルルネ。もう話の主導権をルルネが手にすることはなさそうだ。

 

ルルネは死ぬよりかはマシと何度も声に出して呟きながら、(カバン)の底に隠していた依頼の荷物を取り出す。口を固く結ばれた皮の袋に入れられていたのは緑色した球だった。

 

アイズは何気なく受け取り、まじまじと観察する。緑の玉は液体が中に入っているようでチャプチャプと動く感触が手に伝わってきた。そして、胎児のような人型がその中心にいた。胎児のように四肢を折り曲げているものの、頭には女性であることを強調するような毛髪のようなものがあり、目は人のそれよりはるかに大きかった。

 

 

 

――目が合った。

 

 

 

胎児の目が開き、アイズと目が合った。その瞬間、アイズの全身を悪寒が駆け巡り、視界は強く殴られたかのようにユラユラと揺れる。あまりのことに呼吸がままならず、膝をつき球を落としてしまう。

 

「アイズさん! 大丈夫ですか?」

 

そんなアイズの異常事態にレフィーヤはとっさに球を回収し、アイズからは見えないように身体で隠しながら気遣う。ハァハァと荒いままの呼吸をどうにか落ち着けようとアイズも出来るだけ早く呼吸が戻るよう、ゆっくりと深い呼吸を繰り返す。5分と経たずにアイズは顔色はまだ青みが残っているものの、いつもの調子に戻っていた。

 

「も、もう大丈夫か?」

 

「うん。 大丈夫……だと、思う」

 

「コレは私から団長にお渡ししますね」

 

レフィーヤの言葉にルルネは(あきら)めきれない表情をするが、それをさらりと無視する。レフィーヤの鞄の中に納められていくのを見て、ガックリと項垂(うなだ)れるルルネ。3人が水晶広場に戻ろうと倉庫街から抜けた時、空気が変わった。

 

何かが鳴り響いたようにアイズには感じ取れた。


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