オラリオのスタンド使い   作:猫見あずさ

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お待たせしました。


頓挫

朝食を終えたマオたちは改めてダンジョンへ赴くための最終準備をして集合場所である広場へ集まる。

 

「みんな揃ったね。 忘れ物はないかい? ……それじゃあ行こうか」

 

フィンは一同を見回しながら声をかける。

 

【ロキ・ファミリア】幹部有志によるダンジョン自由探索。そのメンバーはフィン、リヴェリア、マオ、アイズ、ティオネ、ティオナ、レフィーヤの7人。マオとレフィーヤはサポーターとして参加しているため、それぞれ大きなリュックと円筒型のバッグを背にしている。

 

マオは背負っている大きなサポーター用リュックのため、いつもは腰の背部にX字に留めている双剣を左右の腰に佩いている。レフィーヤは愛用の杖を手に持って歩いている。

 

一団の先頭を歩くはアイズとティオナ。今回のダンジョン探索の主目的である金策が急課題となっている2人だ。

 

「いやー、ちょうどアイズとみんなを誘ってダンジョン行こうと思ってたんだ」

 

褐色の肌と黒い首の辺りで切りそろえられた短い髪の少女、ティオナが今にも踊り出しそうなほど軽い足取りでクルクルと回りながら先頭を歩く。手には中央に柄があり、両端が両刃になった大きな剣、大双刃(ウルガ)。下層の鉱石アダマンタイトをふんだんに使ったそれは軽々しく扱える重さではない。それを重力を感じさせないで振り回す様子は、アマゾネスらしいと言えるのかもしれない。

 

その横で無表情に黙ってコクコクと同意を示す頷きをしているのが、肩甲骨の辺りまで真っ直ぐに伸びた金髪の少女アイズだ。

 

見た目だけなら可憐で非力そうな少女だが、その実力はオラリオ指折りの上級冒険者。【大切断(アマゾン)】、【剣姫(けんき)】と聞いて知らない冒険者はモグリ扱いされるであろう。

 

神ロキの美女、美少女好きは有名だ。【ロキ・ファミリア】の女性となれば、確かめずともキレイどころに違いないというのが下種(ゲス)の言い分だ。

 

何より【剣姫】アイズはつい先月、恋の1000人斬りを達成したとして酒場の話題に上がりっぱなしであり、【大切断】ティオナもまた話題を提供したばかりでもある。

 

「それにしてもマオは槍を置いてきて良かったの? 使い慣れた武器が無いのはいざって時に困るわよ」

 

「えぇ、槍は一番最初に持つようになりましたが、店先に並ぶような武器は一通り使えるようになっています」

 

マオはアマゾネス双子の姉、【怒蛇(ヨルムガンド)】ティオネの質問に【タケミカヅチ・ファミリア】の名を出し指導を受けていることを説明に付け加えた。

 

今のマオは無手だからと油断してはいけない。たかが2年、されど2年。武神タケミカヅチからありとあらゆる武術の手ほどきを受けていた。

 

技術こそ【タケミカヅチ・ファミリア】の団員たち――兄弟子たち――に劣るが、Lv.4からの実力は単純な力技や敏捷さを使った鍛錬ではマオが指導役や敵役を引き受ける事で【ステイタス】を大いに伸ばし、財力で傾いている【タケミカヅチ・ファミリア】をお裾分けの名目で支えていたのだ。

 

「今回のマオはサポーター役を買って出てくれているんだ。 武器など出す事が無いよう、我々で守ってやれば良いじゃないか」

 

やり取りを聞いていたリヴェリアがティオネにそう諭す。フィンがその言葉を肯定するように微笑を浮かべてティオネを見てやれば、反論する気など元々ないものが更に霧散していくようであった。

 

「よし、じゃあ今日の宿代は僕が出そう。 しっかりと英気を養って下層へ向かおうじゃないか」

 

大双刃を振り上げて喜ぶティオナはアイズの手を引き、足早に18階層へと向かおうと意気込んでいる。ティオナは大きく溜め息を吐きながら、レフィーヤは慌てながら今にも見えなくなりそうな先頭の2人を追いかけていった。

 

「いいんですか、リヴィラは何でも割高、ボッタクリ価格ですよ?」

 

「大丈夫だよ。 さすがに遠征のような大人数は無理だけど、この人数で数泊分をまかなう余裕はまだまだあるよ」

 

片目をつぶり、フィンの真意を見抜こうとするリヴェリアの行動を見てマオは代わりに質問をぶつける。たまの贅沢、ほんの気まぐれ……そんな答えだと言う事が分かる。

 

先頭集団と大きく離れてしまったため、少しだけ速度を上げて下階層へのルートを3人とも進む。

 

なんら問題もなく安全階層(セーフティポイント)である18階層へとたどりつく。天井部分に見える白と青の水晶が明るく発光しており、今が『昼』であることを示していた。

 

17階層からの入り口は18階層の南端にある。そのまま真っ直ぐ北上して中央付近に行けば、19階層への入り口がある。

 

まずは今回の拠点とすべく、18階層にあるリヴィラの街へと向かう。

 

リヴィラの街は18階層の西側に広がる湖畔に浮かぶ大きな島にある。島の東側は湖畔に面した高さ200Mはある断崖となっており、入り口は島の西側に掛けられた木製の橋だけになっている。

 

そのため、17、19階層から迷い込んできたモンスターたちの襲撃程度ならば、その橋だけを守っていれば村の安全は確保できていた。

 

「換金して荷物を軽くして起きたいけど、先に宿だけでも取っておこうか」

 

「そうだな。 別れてもいいが……何やら不穏な空気があちこちからする。 まとまって行動した方が良さそうだ」

 

利用するたびに目にする喧騒とは違った空気が流れているのをリヴェリアはいち早く察知し、皆にも周囲の警戒を緩めないように注意する。

 

「これで騒ぎの原因が宿屋で、その解決を私たちでやって、宿代浮いたー!ってならないかなぁ」

 

「そんな都合のいい話になる訳な――」

 

「なりそうだね……」

 

徐々に多くなる人の波を掻き分けて目的の宿屋の方へと足を進める。道中でマオが冗談を言い、ティオネがそれにツッコミを入れようとしてフィンに(さえぎ)られた。マオの冗談が本当になり、宿屋の1つが問題の中心であった。

 

洞窟を利用した宿屋『ヴィリーの宿』と書かれた看板がその入り口に立てかけられていた。

 

中に人が入らないようにと入り口で立ち番をしていた人間をまぁまぁと押しのけてゾロゾロと入り込む。周囲の人間もフィンやリヴェリア、アイズたちの姿を認めると口々に【ロキ・ファミリア】の名前を口にしては一歩距離を取る。

 

中に入っても受付であろうカウンターには誰もおらず、静まりかえっていた。奥へと足を進めると、人の気配がする部屋があった。

 

扉代わりにと垂らされている布を無造作に捲くり上げて入る。隻眼の男、ここリヴィラの街を取り仕切る男の人間(ヒューマン)、ボールス・エルダーと宿の主人の獣人ヴィリーがしゃがみこんで居る。

 

 

 

 

 

部屋の中は赤く、血にまみれていた。

 

 

 

 

 

「見ちゃダメ」

 

「ヒッ!」

 

ピシャリとレフィーヤの目を手で覆うアイズ。 急に視界をふさがれたことと、その勢いが思いの(ほか)強く、痛みで声が出てしまう。 そんなレフィーヤの声を皆がこの部屋の状況に脅えたのだと思い込んでいた。

 

ちなみにマオ

 

急に騒がしくなった背後を振り返り、ものすごく嫌そうな顔つきになるボールズ。ニコニコと笑みを浮かべるフィンの顔を見てさらに苦虫を数匹噛んだような表情になる。

 

「チッ……【ロキ・ファミリア】か。 邪魔だ、入り口の見張りはどうした?」

 

「しばらく金策にここ(18階層)を使いたいんだよ。 それで、事件の解決に一役買いたいと思ってね」

 

「押し売りだろ……これだから大手ファミリアは」

 

頭を振りながら溜息をつくボールズに今度は苦笑いで答えるフィン。 できれば自分たちだけで犯人を吊るし上げたいが、それが自分より強かったり厄介なファミリアだった場合、【ロキ・ファミリア】がいい盾になると考え、しぶしぶ協力を受けることにした。 もっとも、背の低い2人(フィンとマオ)を視界に入れた時から断ることをあきらめているボールズではあったが。

 

ボールズは横たわっている遺体のそばを【ロキ・ファミリア】に譲り、滑り込むようにフィンとマオがすぐ脇にしゃがみ込む。そんなマオをリヴェリアが襟首を掴み後方へ下がらせ自身がフィンの横に並ぶ。

 

うーむと遺体の様子をつぶさに見て回った後、部屋の様子を確かめる。宿屋の主人ヴィリーにも部屋に手を入れたところが無いかを確認し、自身の考えを口にする。

 

どうやら殺された男はここで同行してきた女性と情事に及ぼうとして油断したところ、首を絞められそのまま骨まで折られて絶命したようだ。鞄が荒らされた様子が余りないことから物取りの線はあまり考えられず、顔を潰されていることからも恨みによる犯行の可能性が強いと思われた。

 

「さて、顔が分からないことには誰なのか聞いて回ることもできそうにないね」

 

伸びをするように立ち上がったフィンがそう告げるとボールズが策があり、部下を使いに出しているところだと答える。その笑みの浮かべ方から真っ当な策ではないことだけが(うかが)い知れた。

 

フィンはちらりと後方に控えさせられた子猫を見る。本人も暇そうに周囲を見渡していたため、そんなフィンとパチリと目が合う。コクリと頷くと喜々として遺体の方へ近寄ってきた。

 

「さぁて、やってみますか! あ、入り口周辺は危ないので離れていてくださいね」

 

部屋の入口、通路、宿の入口周辺に飛来物があるかも知れないと注意を促す。

 

「《不壊金剛(クレイジー・ダイヤモンド)》!!」

 

右目を黄金色に染めながらスキルを放つ。高らかに宣言するその姿からボールズとヴィリーは肩を跳ね上げて飛びずさる。【ロキ・ファミリア】の泰然自若(たいぜんじじゃく)とした様子から大した技ではないと安心し、声を出そうとした瞬間! 何かが飛んできた。

 

「お、ギャ!」

 

驚かせやがって、そう口にしたかったボールズは赤ん坊の泣き始めのような情けない声を出すことになってしまった。そんな彼の恥ずかしい姿をあえて見ないようにフィンはマオに飛んできたものを確認する。マオもこれ以上は飛んでこないことを感覚から掴んだようで、右目がいつもの青に戻る。

 

「これは……皮だけのようだね。 マオ、中はダメそうかい?」

 

「ダメっぽいですね。 もう燃やされたか溶かされたのか……完全に別物になっているようで、戻すにはちょっと遠すぎるようです」

 

「これ、中から膨らませられないかな?」

 

皮を指さしマオに向くフィン。何をどうすればいいのか分かっているだけに、マオはものすごく嫌そうにしながらもスキル(スタンド)を発動させる。

 

「《人魚之首飾(アクアネックレス)》」

 

手近にあった水差しから水を操り飛んできた皮の中に水を満たし、顔だったそれ()を膨らませ、生前のイメージになるように下あごと重ねる。ブヨブヨとした皮の感触、顎に残った舌や歯の感触や血の匂い。そういった情報が《スタンド》を通じてマオに流れ込む。

 

脂汗を流し、嗚咽をこらえながらなんとか維持しているマオを少しでも早く楽にさせるためにフィンはその顔に見覚えが無いか、ボールズやリヴェリアと共に覗き込む。

 

しかし、誰もピンとこず。いたずらにマオの精神をすり減らしただけに終わってしまう。こうなってはボールズの策というものを待ってみようということになる。

 

「お待たせしやした!」

 

それほど長く待つことなくボールズの部下が小瓶を大事そうに抱えながら駆け込んでくる。

 

「それは、開錠薬(ステイタス・シーフ)!!」

 

リヴェリアが小瓶の中身を認め思わず咎めるように声を荒げてしまう。開錠薬(ステイタス・シーフ)は冒険者にとって忌々しい薬の1つだ。なにせその背に刻んだ恩恵を露わにしてしまう薬なのだから。

 

もっとも、その効果を発揮するにはややこしい手順を踏まねばならず。薬を持っているからと容易く使いこなせるものでもなく、また薬の成分に神の血(イコル)が使われていると言われ、それを裏付けるかのように流通量は少ない。存在を知らずに過ごしている冒険者など山ほどいるだろう。

 

「へっへっへ、どこの誰だかはっきりさせるにはコレが一番なんだよ。 さぁ、さっさとやれ!」

 

ボールズは必要悪だと開き直って部下に遺体のステイタスを公開させる。ほどなくして背中に恩恵が浮かび上がってくる。

 

「さぁーて、お前さんは誰なんだってイケねぇ! 【神聖文字(ヒエログリフ)】読めねぇんだった」

 

額をピシャリと叩いてうっかりしていたとボールズはぼやきながらも部下に読める者を探して来いと指示を出す。

 

「待て、【神聖文字(ヒエログリフ)】なら私が読める」

 

今にも駆けて行きそうな部下をリヴェリアの声が止める。私もとアイズとマオ、レフィーヤも手を挙げる。が、マオとレフィーヤは押しとどめられ、リヴェリアとアイズがずいっと前に出る。そしてそのまま遺体の【神聖文字(ヒエログリフ)】へと視線を落とす。

 

「名前は、ハシャーナ・ドルリア」

 

「所属は…【ガネーシャ・ファミリア】」

 

Lv.(レベル)は4」

 

リヴェリアとアイズは交互に読み上げていく。想像以上の大ファミリア、しかもLv.4ともなればそう容易く殺されるような存在ではない。案の定、ボールズは肩を震わせ驚いている。

 

「は、ハシャーナだと!? あの、【剛拳闘士(ハシャーナ)】だと!?」

 

部下の方も驚いている。口々に「面をつけてるから素顔に見覚え無いわけだ」とか「Lv.4を()れる奴なんてどんな奴だよ」、「なんでも女と一緒に来て宿を借り切ったんだとよ。 一発やれると思ったら()られてやがる」と、その声がボールズたちの耳にも入っていく。

 

「そ、そうだ! Lv.4をこう容易くやれるのはLv.5以上でしかも女……まさかお前たちの中に犯人がいるんじゃないだろうな!!」

慌てふためきながらボールズは【ロキ・ファミリア】の女性の面々を指さす。呆れながらもフィンは抗弁する。

 

「僕たちは今朝ついたばかりさ。 それに、この子たちがそんな事(色仕掛け)できると思うのかい?」

 

プライドの塊で肌を重ねることを極端に嫌うエルフ、自身より強い者にしか(なび)かないアマゾネス、感情の起伏の乏しい【戦姫】と揶揄(やゆ)される少女(ヒューマン)(よわい)10を越えたばかりの子猫(キャットピープル)。 そのボリュームだけなら幾人かは当てはまりそうだが、容疑者にするにはとてもとても色々問題があるように思えた。

 

「……そうだな。 ちょっと錯乱していたようだ」

 

「わかってもらえて嬉しいよ。 うちの子たちはみんな卑怯な真似をするような子じゃないからね」

 

うんうんと腕を組みながらフィンはボールズが落ち着いたことに安心した。

 

本当は毎夜アマゾネスの姉がフィンの寝室に突撃してこようとしているのを何とか逃げている毎日なのはあえて触れる必要もなく、ここで口にすることでもない。




書き溜めはありませんので、ゆっくりになります。

申し訳ありません。

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