オラリオのスタンド使い   作:猫見あずさ

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7000字弱。ちょっと長いです。


場外乱闘

円形闘技場を見上げるまでに近づいた時、何やら慌しい雰囲気であることに気付く。

 

「ん……なんや?」

 

「【ガネーシャ・ファミリア】の人が闘技場から……離れていく?」

 

「何か、あったみたい」

 

「マオ、武器の準備しとき。 ちょっと話聞いてみよか」

 

マオは鞄から槍のパーツを取り出して準備をしながらロキに付いていく。アイズも腰に佩いた細剣(レイピア)を一度抜き放ち、確認して納刀する。

 

先ほどまでは可愛い格好をした少女が、物々しい武器を腰につけているというミスマッチさが目に付いていたが、今はもう服装は気にならない。手練(てだれ)の冒険者という雰囲気がアイズ自身から放たれていた。

 

一方、マオはそのような雰囲気の切り替わりが起こることもなく、のほほんとしたまま鼻歌まじりに槍をくみ上げていた。その様子はおもちゃの槍を持って冒険者気分を味わうお嬢様だった。

 

「エイナさーん!」

 

「あ、マオちゃ……んと、アイズ・ヴァレンシュタイン氏、それに神ロキまで!」

 

「フィリア祭やから観に来たんやけど、何かあったっぽいな。 手伝おかー?」

 

ロキの申し出にエイナは渡りに船とばかりに話そうとするが、ギルド職員のミィシャに止められる。

 

「ちょっとエイナ! 勝手に他所のファミリアに助けを求めたら面倒なことになるって!!」

 

「面子より住民の安全が先決でしょ! 幸いこの2人は第一級冒険者なんだし、きっと力になってくれるって」

 

「エイナさんの頼みとあらば、ロキさまとファミリアのお願いごとの次に優先度上げて聞きますよ?」

 

「なんやマオ、こっちのエルフ……いや、ハーフエルフか。 このネーチャン知り合いか?」

 

「私のアドバイザーをやってもらっていましたし、リヴェリアさんとも(ゆかり)のある人ですよ」

 

「ほう」という顔でエイナの顔をまじまじと見るロキとアイズ。2人ともリヴェリアと浅からぬ親交があるが、リヴェリア自身の知人を見たことが無く、物珍しく眺めてしまっていた。

 

エヘンとわざとらしくエイナが咳払いをして、場の空気を引き締める。

 

「【ガネーシャ・ファミリア】が捕獲していたモンスターが逃げ出しました。 討伐を依頼したいのですが、引き受けてくださいますか?」

 

「ええで、具体的に何が逃げたか教えてくれるか?」

 

「えぇ、逃げ出したのは全部で9匹で――――」

 

ミィシャも強く制止するつもりはなく、エイナに説明を任せて必要な処置を取りに奔走する。エイナもロキたちに説明し終えると同様に走り回っていく。

 

「アイズ、とりあえず逃げたやつ見付だそか。 上から見てくれるか?」

 

「わかった」

 

「ちょっと待ってください。 私の《スタンド》も連れて行ってください」

 

マオは近くの水道から手のひらサイズの人魚を作り出すと、アイズの肩に乗せた。遠征の帰りにもやったマオの目の代わりだ。

 

「壊れたところは後できっちり直します。 今は人命を優先してください」

 

「うん。 【目覚めよ(テンペスト)】」

 

アイズは風を纏い、そのまま一気に――

 

風よ(エアリエル)

 

闘技場の一番高いところまで飛び上がり、そのままそこで周囲の索敵を行った。

 

「ロキー! マオー!」

 

アイズが飛び上がったのと入れ違いに、ティオネ、ティオナ、レフィーヤの先に円形闘技場(アンフィテアトルム)に来ていた3人が現れる。どうやら異常を察知しての行動のようだ。

 

「じゃあ私たち5人でやれば、9匹なんてあっという間だよね」

 

「馬鹿ね、こういうのは探し出すのが面倒なのよ」

 

「でも、騒ぎの中心にモンスターがいるので、叫び声の上がる方に向かっていけばいいのでは?」

 

「レフィーヤ賢い! それで行こう!! ティオネ、行くよー!!」

 

言うが早いか、楽観的な考えでレフィーヤの意見を採用したティオナは人家の屋根へと飛び上がる。やれやれと言った表情の姉のティオネだが、あながち間違いではないとの考えから同様に屋根へと飛び上がる。Lv.5の身体能力ならば、この程度の跳躍などお手の物である。

 

レフィーヤも危なげなく……とは言い難いものの、何とか屋根へと飛び乗ることに成功する。マオもそれに続くように屋根へと上がる。

 

「……見つけた」

 

ポツリと呟いたアイズは纏った風の力で一直線に飛んでいく。黄金に輝く風は着地と同時に、その場に居たモンスターを一刀のもと斬り捨てた。

 

屋根伝いにアイズの後を追う4人だったが、アイズの殲滅速度に諦めムードが漂う。

 

「5体目撃破……6体目も……あ、7体目撃破です」

 

人魚の目を通してアイズの討伐状況を実況するマオ。すごいと目をキラキラさせるレフィーヤとは対称的に不満げな表情になっていくヒリュテ姉妹。

 

「せっかくやる気出てたのにー! 私も倒したーーい!!」

 

「治安維持と人命優先だとこんなものですよ。 それでもいつも一生懸命やってくれる【ガネーシャ・ファミリア】のみなさんには頭が下がる思いですね」

 

「うへー……こんな気持ち何度も味わいたくないよぉ」

 

「私も同感ね。 でもまぁダンジョンじゃないんだし、仕方ないわね」

 

ティオナがどんどん不機嫌になっていくが、ティオネは割り切って見せる。元より戦闘にならなくて済んでホッとしているレフィーヤもいる。

 

そもそもこの3人、怪物際(モンスターフィリア)を見て回るため、武器はおろか防具などの戦闘アイテムなど一切を所持していない。

 

逃げ出したモンスターの殆どが上層のLv.1相当であり、中層のLv.2ないしLv.3相当は既にアイズによって切り払われている。残っているのはシルバーバックとソードスタッグだが、既にソードスタッグは過去形に成り果てた。

 

アイズは耳をすまし、残りの1匹を探す。……悲鳴の上がった先、ダイタロス通りだ!

 

風を纏い、飛び上がろうとしたその時――地面が揺れる。

 

近くの広場の中央、噴水を壊しながら地面から現れた大きな蛇のようなモンスター。マオは逃げ出したモンスターではないどころか、今まで見たことのない新種であると見抜く。

 

「ティオネさん、ティオナさん! あっちお願いします。 レフィーヤは2人の援護を。 私は市民の誘導と護衛に回ります」

 

「わかったわ!」

 

「よぉっし! いっくよーー!!」

 

「えぇっと、りょ、了解!」

 

マオを先頭に屋根の上を駆け出す第一級冒険者。敏捷で劣るLv.3のレフィーヤは、行動に移すのにワンテンポ遅れたせいだけではない差が開いていた。

 

暴れまわる蛇に向かってタイミングを合わせて蹴りをお見舞いする3人。頭と胴にキレイに蹴りとパンチが入る。

 

「「「かっったーーーーーいっ!!」」」

 

足や手をプラプラと振り、痛みを分散させようとする。パンチをお見舞いしたティオナとティオネの手の甲の皮は一部が剥けてしまっていた。

 

「アイズさんもこっちに来てくれそうです。 とりあえずティオネさん、これを!」

 

マオは人魚を先導役にしてアイズを呼び寄せる。アイズ自身も振動と音で何かあったのかだけはわかっているようで、駆けつけようとしてくれている。

 

マオは持っていた槍をティオネに渡し、自身は市民の誘導に務めようとしていた。

 

――ズズンッ!!

 

再び地面が揺れる。嫌な予感だと思った時には既に遅かった。

 

舗装された地面を突き破って異形の蛇のようなモンスターがさらに2匹、新たに現れた。

 

逃げ惑う市民を襲い掛かろうとするのを身体を張って押しとどめる3人。3匹が行動を阻害する邪魔な存在に気付く。先ずは邪魔な存在の除去からと言わんばかりにマオたち3人に襲い掛かってくる。

 

だが、どうにも様子がおかしい。

 

3匹ともがマオを優先的に狙ってきているのだ。

 

確かにマオには《挑発》という発展アビリティが存在するが、正面でタイマン状態を作っているティオナたちを無視してまで襲い掛かってくることなど今まで無かった。

 

「硬かろうと武器さえあれば、お前たちなんて敵じゃねーんだよぉぉ!!」

 

槍を手にしたティオネが、槍を回転させて対面していた一匹を力にものを言わせて輪切りにしていく。首の根元からどんどん切り落とされて、最後は10数もの部分(パーツ)に切り分けられていた。

 

(何か引き寄せる原因がある?)

 

マオはアマゾネスであるヒリュテ姉妹との違いを考える。露出度、匂い、年齢、性別、レベル、スキル……

 

(スキル……魔法……魔力! 《スタンド》で魔力を使っている。 これに反応しているの? だったら危ない!!)

 

「レフィーヤ!! 魔法使っちゃダメーーーっ!!」

 

レフィーヤは《魔導》によって魔方陣を展開し、魔法の詠唱のために魔力を練り上げていた。

 

「えっ?」

 

ティオナが対面していた蛇が鎌首をもたげ、レフィーヤを襲う。詠唱に集中していた分、逃げそこなったレフィーヤは自分が吹き飛ばされ、ダメージを追う姿を想像してしまい、余計に身体が硬直して動けなくなる。

 

レフィーヤに襲い来る蛇の頭。思わず目をつぶりそうになった時、黄金が視界を遮った。

 

レフィーヤの前に立ちふさがるアイズ。レイピアを構え、蛇の体当たりに備える……が、刀身ごしに衝撃を受け、直感的にわかった。

 

――この剣では耐えられない!

 

刀身の背に手を当て、受け止めるか受け流すかしようと思っていたアイズであったが、剣の耐久が体当たりの衝撃に耐えられず、右手のグリップ部分を残して刀身は粉々に砕け散る。

 

受け止めも受け流しも出来なくなったアイズは体当たりをもろに受け、後ろに居たレフィーヤ共々吹き飛ばされ、民家の壁に打ち付けられる。

 

『ギィ、キェェェェェェェ!!!』

 

アイズたちを吹き飛ばした蛇のようなモンスターの頭の部分が突然開く。花弁のように放射状に開き、中心は人でも丸呑みに出来そうなほど大きな穴とその周囲には歯の様な役割をもっていそうな棘がびっしりと生えていた。

 

「変な蛇じゃなくて植物なのね! どっちにしても見たこと無いっけどっ!!」

 

共鳴したように花開いたもう1匹をティオネが感想を述べながら膾切りにして斬り捨てる。

 

「ティオネさんは1匹から魔石を回収、ティオナさんはもう1匹をギルドに見せられるように部品集めておいてください!」

 

吹き飛ばされた時に(したた)かに背中を打ちつけたレフィーヤは呼吸が戻っておらず、苦しそうに咳き込んでいる。アイズも打ち付けられたものの、すぐに立ち上がったはずだが、動きがどうにもおかしい。

 

アイズの視線はすぐ後ろのレフィーヤではなく、斜め後ろの露店のテントの影へと向けられていた。

 

――女の子がいる。

 

頭を抱えてうずくまり、ガタガタと身体を震わしている女の子だ。きっと親とはぐれて逃げるに逃げられなかったのだろう。隠れている女の子にまで気付けなかった自分を内心で叱責しながらマオは噴水から溢れ出る水を集めながらアイズたちの前に立つ。

 

「アイズさんはレフィーヤとそこにいる女の子の護衛をお願いします。 こいつは私が仕留めます」

 

「わかった」

 

アイズは女の子の元に駆け寄るとそっと背に手を回して抱きあげるとそのままレフィーヤの元へいき、介抱を始める。

 

その間もマオは必要以上に魔力を練り上げ、植物型モンスターとなった異形の蛇だったものに水弾を飛ばしてけん制し続ける。

 

アイズが十分な距離を取ったところでマオは水のお立ち台の上に立つ。

 

紳士淑女の皆さん(レディース アンド ジェントルマン)、この怪物際(モンスターフィリア)を盛り上げるには少々無粋な乱入者に対して、どのような処分がお望みでしょうか? 氷づけ? 火あぶり? それとも存在すらなかったかのように潰してしまいましょうか?」

 

仰々しく周囲で怖々見物してる無謀な有象無象に向かって問いかけると、どこからとも無く火あぶりだの氷付けだのと意見が飛び交う。マオが欲しかったのはアイズが保護している少女の一声。

 

「やっちゃえ! おねえちゃん!!」

 

アイズの腕の中で元気一杯に叫ぶ姿に安心し、にこりと少女に向かって微笑んで見せるとマオは周囲を見渡して言葉をつむぐ。

 

「さて、様々な意見が出たようですが、私にできることはせいぜい――」

 

水の檻に閉じ込められ、水弾で行動を阻害されていた植物だったが、突然その水が引く。

 

「火あぶりと――」

 

根元から炎が立ち上り、たちまち植物の外皮を焦がしていく。

 

『ギィエエエェェェェェェェ!!』

 

炎の熱にのたうち回るが、たちまち動きが鈍る。周囲は白い霞がかかったようにも見える。

 

「氷づけと――」

 

ピキピキと凍りついた部分がひび割れる音と、ボキンと割れ落ちる音がこだまする。周囲は突然の静けさに包まれていた。

 

「存在の消滅くらいでございます」

 

大量の水のシャワーがモンスターに降り注いだ。モンスターの姿が見えなくなって影すらも見えなくなったとき、シャワーが止む。そこにはただ水溜りだけが出来ており、あれほど大きかったモンスターの影も形も残っていなかった。

 

そして、マオが一礼して見せたとき、周囲から大きな歓声と拍手が鳴り響いた。

 

事が終わったと同時にギルド職員とロキが現れた。マオは手早くアイズたち4人のケガを治すと指示を飛ばす。

 

「ティオネさんとティオナさんはアイズさんと残りのモンスターの捜索と討伐を、レフィーヤは私と一緒にロキの護衛とここの後片付けを」

 

レフィーヤは呼吸が戻ってくるまでにまだ少し時間がかかりそうだったので、この場から動かさない方が良いだろうとの判断だ。

 

マオは3人がギルド職員から残りはダイタロス通りに逃げ込んだらしいと聞いて駆け出して行くのを見送ると、残ったギルド職員とロキに事情を説明する。

 

簡単な現場検証の後、マオはロキの承認のもと、不壊金剛(クレイジー・ダイヤモンド)を使って壊された噴水や舗装などを復元していく。この時、マオはレフィーヤに《魔導》による魔方陣を展開してもらい、2人の合わせ技のように見せかけていた。

 

ギルド職員が立ち入り制限をしている最中の出来事だけに、誰もがこれほど早く()()されるとは思ってもいなかった。

 

灰にすることなく身体を残しておいたモンスターを回収し、一帯を封鎖しようと指示を飛ばしていたギルド職員――エイナ・チュール――がロキたち3人のもとにやってくる。

 

「神ロキ、それと【ロキ・ファミリア】の皆さん、ご協力に感謝します。 後日、僅かばかりの謝礼の品を送りいたしますので、どうかお受け取りください」

 

一礼し、謝意を述べるエイナをマオはニヤニヤしながら見ていた。

 

「そんな(かしこ)まらなくてもいいのに……それと、ここの封鎖はもう要らないよ」

 

「そうもいかないでしょ。 公私混同はしたくないし、こんなに穴だら……け?」

 

クルリと振り返り、指し示そうと伸ばした指は一点に定まることなく宙を漂う。壊されたはずの噴水も縁から水がこぼれることなく、きれいに水を噴き出している。

 

ギッギッギッと錆付いた音が聞こえても不思議ではないほどぎこちなくゆっくりと身体を戻すエイナ。その視線はマオを射止めていた。

 

「マァーオォー!! なぁにしたのかなぁー?」

 

(オーガ)や、鬼がおった」とはこの時を振り返るロキの感想であるが、ハーフとはいえ同族(エルフ)に付いてのコメントをレフィーヤは差し控えた。もっとも震える姿から察しはついたが……この話をリヴェリアに振ると、懐かしそうに「あいつの母親も怒らせると怖かった」と微笑んでいた。

 

「溢れ出た水も壊れた場所も、全部《スキル》で処理しちゃいました」

 

エイナは、喜色満面といった笑みをたたえて得意そうに報告したマオの両頬をムンズと掴んで引っ張る。

 

「どーしてそういうことを先に言ってくれないかなー!! 昔から事後報告ばかりでどれだけ私が胃を痛めたか知らないでしょー!!」

 

グイグイと上下左右に引っ張られる頬。同僚のミィシャがどんなに仕事のミスをしてもここまで激昂することのないエイナがあのLv.6の【水鈴嫁(アプサラス)】を折檻している様子は有りえない光景であり、エイナがアドバイザーとして【鬼教官】と不名誉な渾名を貰うきっかけでもあった。――もっとも、種族違いの姉妹喧嘩のようにも見えて、ほっこりしているものも少なからずいた。

 

いふぁい(痛い)! いふぁいでふ(痛いです)!」

 

たっぷり10秒ほど折檻を受け、解放されたマオは頬をさすりながら謝る。レフィーヤはうんうんとエイナ同様マオに振り回された記憶を呼び戻しては頷いていた。ロキはマオがなすがままな状態にエイナが只者ではないのでは?とスカウトすべきか悩むという4者4様であった。

 

「ロキー! 戻ったよ。 お、キレイになってんじゃん! さすがマオ」

 

ティオナを先頭にティオネ、アイズの3人が広場に戻ってくる。

 

「最後の1匹は別の冒険者が倒したんだって。 なんだかすごく盛り上がってたから私も見たかったなー」

 

「ほな逃げ出した分はこれで解決やな。 勘定の合わんかったこっちの分の調査やな……ティオナとティオネ、戻って早々で悪いんやけど水路の調査してもろてええか? 職員にも付いてもらうし」

 

「ん、いいよ」

 

二つ返事のティオナに対し、ロキはエイナからギルド職員をつけてもらい、噴水に至る水路を調査してもらうよう指示をだす。

 

ロキはマオを伴ってギルド本部にて改めて調書の作成、アイズはレフィーヤの面倒を見てもらうためにホームへと送らせた。


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