オラリオのスタンド使い   作:猫見あずさ

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新味

メインストリートに両端にずらりと並んだ出店に、普段からある店舗。どちらも大きな声で客を呼び込んでおり、時おり見える大道芸を披露している一角では拍手が起こっていた。

 

祭りの熱気にあてられた3人は楽しそうな笑みがこぼれる。露店では何があるのか、甘い匂いやソースの匂いなど胃を刺激する香りに朝食を取ったばかりのマオたちもグッと唾を飲み込む。

 

アイズは露店の剣をじっと眺めている。普段から武器屋を見ると、並んでいる商品を見ずには居られない。露店であってもそれは変わらないようだ。

 

「ほらほら、アイズたん行くで。 ちょっと先に行っておきたいとこあるんや」

 

「行きましょう、アイズさん」

 

「う、うん」

 

少し名残惜しそうにするアイズの手をマオが取り、引っ張っていく。それに気付いたロキが「ウチも! ウチも手ぇ繋ぐ! 真ん中やーーっ!」と叫んでいた。

 

ロキに手を引かれてやってきたのは一軒の喫茶店。ロキはテーブルと客の間を器用にすり抜けて、たどり着いた階段を上がる。2階にも客がそこそこ入っているが1階の客と比べて様子がおかしい。妙に静まり返っていたのである。

 

そんな客たちはある1点に視線を注いでいた。奥まった窓際のテーブル。フードによって頭をすっぽりと覆われ、肌の露出を抑えた人、いや、服の上からでも女性と判る曲線を持った人物がいた。

 

ロキはその女性の向かいに座る。マオとアイズはすぐ後ろに立った。素性の知れない人物に、平然と同席するほど無警戒ではないとのアピールである。

 

「すまん、待たせたか?」

 

「そうね、珈琲の香りを楽しむくらいにはって言っておこうかしら。 飲み干すほどじゃないだけマシよ」

 

フードを取り、露わになったその顔は美を司る女神、フレイヤのものであった。

 

「それなりに待たせて悪いけど、ウチ朝食まだなんや。 ここで食ってええか?」

 

「ええ、構わないわ。 それより、そちらの2人を紹介してくれないかしら? 一応初対面なのだけれど……」

 

「……まぁええわ、アイズ、マオ。 挨拶しとき。 あんま目ぇ見たらあかんで」

 

じっとフレイヤの目を見つめていたロキが軽い溜め息と共に2人に挨拶を促す。

 

「アイズ・ヴァレンシュタイン、ですっ」

 

「マオ・ナーゴです。 以後、お見知りおきを」

 

挨拶の際、いつも通りに目を合わせてしまう2人。その吸い込まれそうなほど透き通った瞳に自我が溶かされ、吸い込まれていきそうな錯覚に陥り、慌てて視線を外しては頭を振るアイズ。

 

しかし、マオは視線を外すことなく挨拶を粛々とこなした。フレイヤの性質(みりょう)を知るロキとフレイヤ自身にとって、それは有りえない事のように思えた。

 

「フレイヤよ、よろしくね……そう、貴方たちが【剣姫(けんき)】と【水鈴嫁(アプサラス)】ね」

 

余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)といった表情のフレイヤであったが、視線を避けるアイズではなく、今もなお視線を交わすマオに驚愕の表情を見せる。

 

「あら、この子……魅了が効かないわ」

 

「なんや……マオ、なんかしたんか!?」

 

慌てる2人に対して、マオは頬を膨らませて抗議する。

 

「もう、私の《スキル》忘れたんですか? コレですよ、コレ」

 

マオは眼を青から紫に変える。これは《スキル》【魅了の鈴(チャームベル)】のスキルが発動している時の変化だ。

 

ロキはマオの瞳の色が紫に変わったのを見て、その効果を思い出した。――耐魅了効果だ――そして、それをフレイヤの前で言わせてしまった落ち度に気付いた。

 

ひねっていた身体を戻し、こっそりとフレイヤの表情を窺う。先ほどの社交辞令のような笑みではなく、子供が宝物を見つけたように眩しいくらいキラキラと輝く笑みがそこにあった。

 

ロキが手で顔を覆うも意味は無く、フレイヤは嬉々として質問をぶつける。

 

「ねぇロキ、この子面白いわね。そっちの【剣姫】も十分可愛いし綺麗になると思ったけど、【水鈴嫁】は別ね。 まさか《魅了》を使えるとは思わなかったわ……ねぇ私に譲ってくれないかしら」

 

「……はぁ。 やる訳無いやろ、ドあほう。 それに、ウチが聞きたいんも正にそれや。 どこぞの冒険者を狙っとるや? 誰や、言うてみぃ」

 

ロキの言葉にフレイヤは、浮かしていた腰を下ろし、冷めてしまった珈琲を口に運ぶ。苦味だけが舌に残る嫌な感じに整った眉をひそめつつ、思い浮かべるよういポツリと言葉を紡ぐ。

 

「そうね、強くは無いわ。 まだ新米冒険者ね。 でも、とっても輝いていて、目が離せなくなっちゃったの。 あの時もこんな感じで……」

 

フレイヤは何気なく窓の外を見下ろす。窓際に立っていたアイズも釣られて窓の外を見る。

 

そこには人々を掻き分け走り抜けていくあの白髪の少年の姿があった。

 

「……ごめんなさい、急用が出来たわ。 またね、ロキ」

 

「あ、ちょっと待ちっ!!……何なんや。 ん? アイズたん何かあったか?」

 

「……ううん。 なんでもない」

 

「ほな、フレイヤもどっか行ってもうたし、朝食頼んでしもうてるし、こっち来て座りー」

 

空いたフレイヤの席とロキの隣をそれぞれ指し示し、座るよう促してくる。アイズは何の躊躇(ためら)いもなくロキの向かいの席に座るので、マオは苦笑いを浮かべながらロキの隣に座る。

 

タイミングを見計らったかのように運ばれてきた朝食を受け取り、マオとアイズに飲み物を注文するロキ。そして怪物際(モンスターフィリア)でどこを見て回るのかなどを話して喫茶店を出る。

 

喫茶店を出た3人は露店を見て回る。マオが大道芸の人だかりに2人を引っ張ったと思ったら、ロキが香ばしい匂いを漂わせている鉄板焼き屋に向かってフラフラと歩いていく。そんな2人を間をアイズは行ったり来たり、引っ張ったり引っ張られたりとしていた。

 

しかし、いつもの嗅ぎ慣れた香りが鼻腔を支配するやアイズは素早く2人を引き寄せ注文する。

 

「おじさん、ジャガ丸くん小豆クリーム味3つ!」

 

「いえ、1つは塩バターでお願いします!!」

 

「うちも! うちもプレーンに変更や!!」

 

「あいよ! 小豆クリームに塩バターにプレーンね! 3つで110ヴァリスだ」

 

屋台のおっちゃんは手早く各味のジャガ丸くんを揚げていく。

 

初めにプレーンを受け取ったロキが代金を支払う。次々に揚げられる香ばしい油とジャガイモの香りが辺りに漂うと、あっという間に行列が出来上がる。

 

出来立ての熱々をほお張る。唇や舌、上あごが火傷(ヤケド)しそうになるのをハフハフ、ホフホフと空気を送り込み、口の中で転がすようにして冷ましながら食べる。

 

一心不乱にジャガ丸くんを食べるアイズの姿はどこかリスやハムスターを思い起こさせた。そんなアイズをマオは見つめていると、アイズも視線に気付き首をかしげる。

 

「小豆クリーム味。 ひと口くれませんか? 塩バターとひと口交換で」

 

「……いいよ」

 

じっと手元のジャガ丸くんを見つめたアイズは、小豆クリーム好きを増えるきっかけになればと断腸の思いでマオに差し出す。マオも自身の塩バター味を差し出し、お互いにひと口ずつ(かじ)る。

 

「あー……小豆クリーム味って、デザート感が強いですね」

 

「マオの、塩バターはスナック感が、あるよ?」

 

ジャガ丸くんはスナック感覚で食べる屋台料理だろうにと、周囲で聞き耳を立てていた衆人は内心でツッコミを入れる。マオとアイズの美少女2人が食べあいっこをしている姿は倒錯的耽美な空間を醸し出さんとしていた。

 

そんな画になる2人を眺めていたロキは、ハッと正気に戻ると2人に飛び掛り、それぞれのジャガ丸くんを一気に齧る。

 

ふち(ウチ)も! ふち(ウチ)ふぁふぇふぁいんふ(食べたいんや)ぁー!!」

 

2人が齧った後をキレイに齧りとったロキはご満悦といった表情で頬に溜め込んだジャガ丸くんをゆっくりと咀嚼(そしゃく)して味わう。

 

「小豆クリームの甘みを塩バターの塩ッ気と濃厚なバターの味がキレと奥行きを作り出してて……アレ? 美味い?」

 

ロキのグルメレポートを聞いた2人は顔を見合わせ、それぞれのジャガ丸くんを再度差し出し、自身のと合わせて口に入れる。

 

そこにはロキの言うとおり、新たな味が口一杯に広がっていた。

 

「アイズさん、以前の試食会の時には気付きませんでしたが、食べ合わせの可能性について話し合う必要が出てきたと思いませんか?」

 

「うん。 これは、想像以上の味。 もう1個行く?」

 

「行きましょうか!」

 

「あかん! あかんで!! 今日はフィリア祭がメインや。 それにティオナたちが円形闘技場(アンフィテアトルム)で待っとるんやろ? あんまり待たせたらあかんやろ」

 

ロキの言葉にはハッ!とする2人。ジャガ丸くんの新たな味の可能性に夢中になりかけていたと気付き顔を赤らめる。

 

そんな時、円形闘技場(アンフィテアトルム)の方から一際大きな歓声が聞こえてきた。

 

「あかん、始まってもうたみたいや。 急ぐで!」

 

3人は手早く残りのジャガ丸くんを平らげ、包み紙をゴミ箱に捨てて東のメインストリートを市壁に向かって進む。


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