オラリオのスタンド使い   作:猫見あずさ

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いや、当日の朝の一幕もあるんですが、一応サブタイトルは前夜に。


怪物祭前夜

リヴェリア、アイズと分かれ、マオは二日酔いのロキを伴って食堂に来ていた。

 

「ところで、ロキさま。 夕食はとりましたか?」

 

「昨日から飲んではいるけど、ほとんど何も食べてないなぁ」

 

「ちゃんと食べないとダメですよー。 お腹に優しいもので作りますか」

 

「頼むわー」とテーブルに突っ伏しながら情けない姿勢で調理場に向かうマオを見送るロキ。マオは土鍋を用意し、米を洗う。――お粥だ。

 

シンプルな白粥。それと飽きが来ないように梅干とタクアンをスプーンで掬いやすい形に切り添える。どちらも【タケミカヅチ・ファミリア】から分けて貰った自家製だ。

 

マオも味噌や漬物は魂が欲する味(ソウルフード)なので、積極的に仕入れている。【タケミカヅチ・ファミリア】で製作可能な発酵食品などは、マオが率先して原材料を仕入れて持ち込んでいるほどだ。

 

マオは懐かしい味を堪能するためにお金を出し、タケミカヅチたちは故郷の味を堪能するために技術を出す。まさにwin-winの関係であり、問題に成り得るものと言えばせいぜい【ロキ・ファミリア】でプチ極東食ブームが起こったくらいだろうか。

 

もっとも、文献や伝聞から極東の食材について質問し、【タケミカヅチ・ファミリア】に再現を求めるマオなのだが、出汁の取り方や味噌の使い方など()()()()かのように使いこなす様は堂に入ったものであり、【タケミカヅチ・ファミリア】の大半の者は「無知な振りを(わざ)としている」と判断した上で口にはしていなかった。極一部は「さすがLv.6は何でもできる!」と思っているらしい。

 

「あぁー……薄味の粥に、この漬物合うわー。 スプーンが止まらへん」

 

「ゆっくり食べてくださいね。 お漬物は【タケミカヅチ・ファミリア】の自家製を分けてもらったものです」

 

「マジかっ!? アイツ……漬物屋やった方がもうかるんちゃうか……」

 

漬物の完成度の高さに目を見張りながら、ロキは食べ進める。それを向かいからお漬物を摘みながらお茶を飲むマオ。ロキがお粥を食べきり、マオが湯のみ以外の食器を下げてしまおうと身を乗り出した時、やはり事件は起きた。

 

「グェェェェェェェェェェップッ!!」

 

ロキの口から発せられた下品な音は食堂中に響き渡り、マオを直撃する。食器が乗ったトレイを持ったまま硬直するマオにロキが詫びる。

 

「アルコール抜けるってゲップやったんやな。 マオ、大丈夫か? 臭かったか?」

 

そう、マオはロキの体内に残ったアルコールを排出するために《スタンド》医食同源(パールジャム)を使い、お粥を作っていた。

 

つまり、あのゲップは胃に入った空気が出たのではなく、純粋なアルコール分だけが気体となって出たのだ。それをマオは吸ってしまっていた。

 

「あ、マオ居た! ……ロキも?」

 

「ん? レフィーヤか! 丁度ええ、手伝ってくれ!」

 

マオと相部屋のレフィーヤ。いっこうに帰ってくる気配の無いルームメイトが気になり、探しに出ようか迷っていたところ、食堂から時間帯に似つかわしくない良い匂いがしたのでやって来た。

 

確かにマオは居た。だが、どうにも様子がおかしい。マオはテーブルのトレイを持ったまま微動だにせず、対面にいるロキは慌てふためいて助力を求めてきている。

 

「……マオ? キャッ!!」

 

レフィーヤがそっとマオの背に手を乗せ、顔を覗き込んだ。――マオは白目を剥き、乗せられたレフィーヤの手がきっかけとなって机にベシャリと崩れ落ちた。

 

慌ててマオを抱き上げ、長椅子に仰向けで寝かせる。ロキもテーブルの反対側から駆けつけ、マオの様子を確認する。

 

マオは白目を剥き、ピクリとも動かない。ロキが手を口元に持って行き――

 

「……息しとらん!! あかんでマオ!! しっかりせぇ!!」

 

バシンッ!と一発マオの頬にロキの右平手打ち(ビンタ)が飛ぶ。さらに一発……さらに……。

 

「――ッガヒュッ!! ゲホッ! ゴホゴホッ!!」

 

マオが息を吹き返すまで続けられた平手打ちは、Lv.6の耐久にぶつかっていった恩恵の無い人間同様の耐久しかない神ロキの右手をボロボロにしていた。皮の一部はめくり上がり、指先は叩き付けた衝撃で毛細血管が破裂したのだろう、紫色にうっ血していた。

 

それでも、ロキはマオを生かすべく奮闘したのである。レフィーヤも状況を聞きたがったが、先ずはロキの治療、それとマオの経過を見守ることを優先した。

 

ロキは回復薬(ポーション)を染み込ませたガーゼと包帯で右手を治療してもらい、寝息を立てているマオの顔を眺めながらレフィーヤに経緯を説明する。

 

「――まぁなんや、マオがアルコール吸ってもうたみたいでな」

 

「原因はいつもロキじゃないですか!!」

 

「ウチかて、こないな事になんて思っても見んかったわ……でも、レフィーヤが居てくれて助かったわ」

 

「私は何も……」

 

「いや、居てくれたから多少は冷静になれたし、対処もできた。 来てくれんかったらもっと放ってて取り返しつかんかったかも知れん。 そしたらウチは眷属()殺しやで……みんなに顔向けできんくなるとこやった」

 

右手一本で済んで良かったと笑い飛ばす主神(ロキ)の見たことのない一面にレフィーヤはドキリとする。どこか団員ですら賭け事のチップのように暇つぶしの1つとして手放してしまうんじゃないかとすら思っていたが、ロキなりに掛け替えの無い存在として大切に思っていたのだと実感できた。

 

そんな雰囲気が恥ずかしくなったのか、ロキはレフィーヤにマオを任せてさっさと私室へと逃げるように食堂から去っていく。

 

レフィーヤはそんなロキの去っていった方を眺めながらクスリと笑い、マオを抱きかかえて2人の部屋へと帰る。マオは頬を若干赤く腫らしているが、朝には治っているだろうと濡れ布巾を軽くあてた後、それぞれのベッドで眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ほっぺた痛い」

 

「あ、マオおはよう。 調子はどう?」

 

「レフィーヤ、おはよう……うん、食堂からの記憶が無いのと頬っぺた痛い……」

 

ドレッサーの前で髪を()いていたレフィーヤが、ベッドで上体を起こして頬をさすっているマオを気遣う。

 

「んー……リヴェリア様か、リーネさんに治してもらう?」

 

「いえ、コレくらいなら……」

 

マオはベッドから下りて、机の上段の倍以上の深さのある最下段の引き出しを開ける。そこには2列に並べられた試験管立てに、色のついた液体が納められた試験管が4本ずつ、8本入っていた。

 

その中の1本を取り出すと、マオは色、匂い、そして味を確かめるようにして飲み干していく。

 

「そろそろ効果が切れそうですね。 もって1週間と言った所かな」

 

「そういえば作り置きしてたんだったね。 それで、もう大丈夫なの?」

 

「うん! 心配してくれてありがとう、レフィーヤ。 で、教えて欲しいんだけど……なんで私、記憶無いの?」

 

「それは――――」

 

レフィーヤが昨晩の食堂での出来事を話すと、マオは頭を抱える。

 

「ぐぬぬ……またしても酒か!……ぐぬぬ……」

 

「あはは……相性悪いんだね」

 

力なく笑うレフィーヤだが、何とか気持ちを切り替えたマオと一緒に朝食を取ろうと食堂に向かう。

 

食堂には既にアイズが朝食を取っており、横に座るティオネと何か話をしているようだった。

 

「えー!! そんなぁ」

 

「ごめんね、ティオナ」

 

「んー……まぁロキの命令なら仕方が無いか。 向こうで会えたら一緒に見ようね!!」

 

「うん、わかった」

 

そこへ、トレイを持ったマオとレフィーヤが合流する。

 

「おはようございます」

 

と挨拶を切り出すと、周囲のみんなも口々に「おはよう」と返してくる。

 

「それで、何の話だったんです?」

 

マオがティオナに尋ねると、不満そうに答えてくれた。

 

「今日の怪物祭(モンスターフィリア)一緒に行こって誘ったんだけど、アイズはロキと先約あってさー」

 

「昨日、遅くまでダンジョン行ってたのがバレた罰なんですよ」

 

「なにそれ! 行くなら誘ってよー……あ、大双刃(ウルガ)ないや」

 

同席していた姉のティオネに武器を喪失したことを忘れていたことを馬鹿にされて、益々むくれるティオナ。マオが目的がそれぞれの装備のチェックと説明しつつなだめすかす。

 

「じゃ、また後でねー」

 

何とか機嫌を直したティオナが食器を片付けて、アイズたちに先んじて東のメインストリート市壁近くにある円形闘技場(アンフィテアトルム)に向かう。ティオナに同行するのは姉のティオネとレフィーヤのようだ。

 

マオとアイズも一旦私室に戻り、出発の準備をする。マオは両サイドの髪を三つ編みにし、後方へ流して後ろ髪と一緒にまとめる。服は濃い緑のブレザーと膝上丈で同色を基調としたチェック柄のプリーツスカート、白い靴下と革靴、ブレザーと同色の濃い緑のベレー帽をかぶる。

 

さらに、明るい茶色の皮製のリュックに不壊属性(デュランダル)の槍を分解した状態のまま入れる。他にも使用期限間近になった自家製回復薬(ポーション)と財布を入れる。

 

部屋の隅に置かれた姿見の前でクルリと1回転して不備が無いかチェックをし、うん!と大きく頷いてエントランスへと向かう。

 

アイズは既にエントランスで待っていた。アイズの格好は、花を象った刺繍の入った白い袖無服(ノースリーブ)にレースが縁取られたミニスカート。シンプルな組み合わせだが、アイズにはとても良く似合っている。

 

ただ、その腰には剣が佩かれていて、到底街娘には見えない。それでもアイズの魅力を損なうことにはなっていないのが不思議だった。

 

 

 

「お待たせしました。 ロキさまはー……まだのようですね」

 

「私も来たばか――」

 

「いやー、すまんすまん。 うぉっ、めっちゃ可愛い格好してるやん!」

 

大きな声でアイズの声をさえぎり、悠々と片手を挙げて現れたロキだったが、マオとアイズの姿を見るや駆け出し、アイズ目掛けて抱きつかんと飛び掛る。

 

が、第一級冒険者であるアイズには遅すぎる動きだ。即座に判断し、容赦ない平手(ビンタ)でロキを叩き落す。

 

「ヌグァァァァァァ!!」と叫びながらマオとアイズの足元を痛みのせいか、のたうち転がりまわるロキ。痛みが治まったのか、マオの足元でピタリと止まった。

 

「アイズたんはお(ニュー)のスパッツか、デートらしくてええなぁ。 せやけどマオ、なんやねんその()ブベラァァッ!!」

 

パンパンと埃を払いながら立ち上がったロキは、2人の下着について意見する。アイズの真新しい白いスパッツにデートに初々しさを感じて興奮していたが、マオの下着に見えたものについて言及しようとした時、ロキの左頬をアイズの右ストレートが打ち抜いた。

 

ロキはそのまま壁にぶつかるまで飛ばされ、ベシャリと床に倒れ伏している。マオが慌てて駆け寄り治療を施す。

 

「アイタタタ……つい嬉しくなって声に出してもうた。 いや、マオのが意味不明すぎたんや! 何やアレ?」

 

「コレですか?」

 

マオは恥ずかしげも無くスカートをめくり上げ、下着を露わにする。お尻側に「見たな」と書かれていた。

 

「どこでそんなん仕入れてくるんや……」

 

「良いじゃないですか。 見られても困らないように、2重にしているんです。 いわゆる見せパンってやつです」

 

街着でスカートを多用するマオは見られても良いように対策をしており、その内(見せパン)の数枚はこういった見た側が何とも言えない気分になるような仕掛けを施していた。

 

「せやかて……せやかてやなぁ……」

 

ブツブツと文句をたれるロキの手を引き3人は怪物祭(モンスターフィリア)へと繰り出した。




いつもの事ながら、マオには隠れ属性:酒難が付いているのではないかと思う今日この頃。

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