それでも時間にして30分ほどの出来事で、このまま昼食を兼ねた休憩を取る分には問題がなかった。
丸1日ダンジョンに居る予定の2人だから、携行食も当然用意してある。18階層の果実を少し取れば、十分な昼食となった。
「アイズさん、24階層まで行っても良いですか?」
「いいけど、どうして?」
「【ミアハ・ファミリア】から個人的に
「ん、いいよ」
「帰りもありますし、一気に24階層まで行って魔石とアイテム収集といきますか」
休憩も十分とばかりに立ち上がり、お尻についた汚れをパンパンと叩き落とす。
床に開いた穴があればショートカットとばかりに飛び込む2人。Lv.6とLv.5が中層のモンスターに手こずる訳も無く、あっという間に24階層に到達する。
24階層からは壁も樹皮のようなもので覆われ、森林を思わせるようなつくりになっている。モンスターも昆虫や熊、キノコのような地上の森にいる動植物に似通った形状のものが多い。
マオたちは一番近くにある東の
「
いつの間にか取り付けられた髪、首、尻尾の鈴。槍が独りでに動いているところを見るに、
クルクルと回り、飛び跳ねてはモンスターを切り倒し、追随してくる白銀の槍を縦に横に鉄棒のように手足を引っ掛けては勢いをつけて飛んでいく。剣の舞と呼ぶにはアクロバットなそれは、剣のサーカスと呼ぶほうが相応しいのかもしれない。
自分より先に突撃されるとは思ってもいなかったアイズは、その眼前に広がる一方的な戦闘を眺めてしまっていたことに気付き、慌てて周囲を見回す。
マオの《挑発》の効果と鈴の音、そしてダイナミックな動きの全てが
自身に敵意が向いていないことがわかったアイズは改めてマオを注視する。ブラウンベアの一撃を二刀を揃えていなし、的確に腱や急所に一撃を入れる。ファンガスの毒胞子も剣圧で風を起こし、別のモンスターに浴びせている。
てっきり剣の性能と力に任せて振るっていると思っていたマオの剣筋だが、アイズはその考えを改める。襲い掛かってくるモンスターとの間合いを見極め、効果的な一撃を加えていくその動きは洗練された所作のなせる技だ。
遠征でしか一緒にダンジョンに来たことが無かったアイズには、マオがどこでこれだけの剣技を身につけたのかわからなかった。
(もしかしたら、私より上かも知れない。)
結局、アイズが倒したモンスターは元々中に居たモンスターより外から食事にやってきた運の悪いモンスターの方が圧倒的に多かった。
時間は丁度良いどころか、急いで帰っても日は完全に落ちきっている頃合になってしまっていた。急がない2人は真夜中、日付が変わる前には帰られると思って24階層を後にする。
「マオは、どこで剣を覚えたの?」
「槍こそ最初はフィンさんですが、今はその殆どをタケミカヅチ様から教わっていますね」
「……タケミカヅチ、さま?」
アイズは聞きなれない響きの名前に覚えがなく、どのような人物なのか思い描けずに居た。
「ほら、1年とちょっと前だったかな? 遠征の前に大量のジャガ丸くん買い込んだじゃないですか。 あそこで揚げていた極東風の衣装を着た男性ですよ」
「……1年とちょっと、前。 あ、あの時の!!」
「そうそう!! 各味20個ずつ頼むから……死に物狂いで揚げていた人です」
「……どれも、美味しかった……よ???」
塩、塩胡椒、コンソメ、ソース、ケチャップ、マヨネーズ、バター、ホイップクリーム、サワークリーム、小豆クリームの10種、計200個を何の前触れ無く一気に注文したアイズ。
事件の発端はジャガ丸くんの味に感動したアイズと、出店を小馬鹿にしたベートだ。
「こんなチンケな店の
「ジャガ丸くんは、とっても美味しいです」
そう行ってふいっとホームを出て行ったアイズを追いかけたマオが見たのは、必死の形相でジャガ丸くんを揚げる神タケミカヅチとそれをホクホク顔で待つアイズだった。
ホームに戻ったアイズはテーブルの上ににジャガ丸くんを広げ、ベートが「とっても美味しいです」というまで延々と食べさせ続けた。もちろん、消化不良と胃もたれを起こしたベートをマオが治療した。
残ったジャガ丸くんはアイズ他、居合わせた人たちで一口大に切り分けて試食会として消化した。順当に塩、塩胡椒、バター等が人気でアイズの小豆クリーム推しに同意する人は少なかった。
「覚えていないのなら仕方ないですが、簡単に説明しますと、2年前に極東から来た武の神様です。 私はそのタケミカヅチ様から無手の護身術を中心に色々と習っているんです」
「習う……」
「良かったら、今度見てみますか? こういうの、聞いてくる人って頭打ちしてて悩んでいることが多いんですよね。 見るだけでも得るものが有るかも知れませんよ」
「見るだけ……」
「迷っているのでしたら、帰ったら誰かに相談してみては?」
「相談……相談、する」
ウンウンと首を縦に振り、とりあえずの答えを出したアイズの姿に、マオもニッコリと笑みを浮かべる。
18階層を素通りし、ダンジョンの出入り口となる1階層の大階段前まで帰ってくると、物々しい喧騒に包まれていた。
『鍵は2重で確認してあるか? 外で逃がすなんて絶対に起こすなよ!!』
『格子に手をかけるな! 取っ手を使え、食いちぎられるぞー!!』
『慌てるな! ゆっくりでいいんだぞ、ゆっくりでー!!』
複数のカーゴとそれを地上へ運び出す冒険者たち。どのカーゴも冒険者も【ガネーシャ・ファミリア】であることをエンブレムが示していた。
誰も触れていないカーゴが時おり揺れたり、
そういえば明日は
夜も深くなった時間帯だったので、2人はそのままバベルに設けられたギルドの換金施設と簡易食堂、それからシャワーを利用し、ホームへと帰る。
ホーム『黄昏の館』に戻った2人は、門番から「いくらなんでも遅すぎる」とリヴェリアが怒っていると聞き、できるだけ音を立てないようにこっそりと館内を歩く。
……が、無駄に終わる。
エントランスの奥、中庭に出る扉の脇に置かれたテーブルとイス。そこからドス黒いオーラが立ち上っているように感じ取れた。殺意ににも似た気配に2人は思わず身構える。
ゆらり、と立ち上がったのは【ロキ・ファミリア】の副団長、リヴェリア・リヨス・アールヴだった。ドス黒く殺意にも似たオーラは怒気。――2人は走馬灯が見えたと声をそろえることになるのは、また後日。
「ずいぶんと遅かったじゃないか。マオの“ちょっと”はずいぶんと余裕があるようだなぁ!」
「ごめんなさい。 色々と試していたら楽しくなって時間を忘れてしまいました」
素直に頭を下げ、謝るマオの無事な姿にリヴェリアも呆れ顔になって溜め息をつく。片目をつぶり、マオとアイズの顔を順番に眺めていく。相手の心情を見抜く時のリヴェリアの癖だ。
「マオは確か……新調した防具の具合を確かめに行くと言っていたな。 ならば、アイズはその剣の具合を確かめるためにダンジョンに行こうとしてマオと一緒になった。 合っているか?」
「うん、合ってる」
「丁度、朝にここでアイズさんと一緒になったので、折角だからと同行を願い出ました」
コツンと手の甲でマオの頭を叩く。
「わざわざ大きい鞄に持ち替えて、か? すぐに帰る気など端から無かっただろう?」
テヘヘと頬を掻いて誤魔化すマオ。2人分だとすぐに一杯になったとしても、そこで引き上げば良いだけで、こんなに遅くまで潜れるように鞄を持ち替えたマオは明らかに稼ぎも視野に入れていたことになる。
時間と鞄だけでマオの意図を見抜いたリヴェリアに、アイズは驚嘆の眼差しで見つめる。自分は怒られていない為に油断してしまっていた。ギロリと双眸がアイズを射抜く。怒られなかったのではない。順番が後だっただけだ。
「アイズも! マオはレベルこそ6だが、所属年数も年齢もアイズの方が上だ。 できればマオの暴走を止めて欲しいのだが……」
「ごめん、なさい。 楽しくて……」
普段のマオからは見えてこない奇想天外でお転婆な姿に、次はどんなことをするのかと好奇心が刺激されてしまっていた。
「それに、行くなら行くで事前に連絡くらいよこせ。 お前の悪い癖だ」
「……でも、言うと止められる」
「1人でどんどん下まで行こうとするからだ! せめてパーティーを組んでいてくれたらそこまで止めはせんっ!」
「まぁまぁ、そんな怒鳴らんでもって言うか、怒鳴らんといて。 頭にめっちゃ響いて痛いんや……イテテテ」
情けない姿と理由でリヴェリアの激昂をなだめにかかったのは、主神ロキだ。
「……飲みすぎだ、馬鹿者」
「しゃーないやん、嫌なことあったんやから……そうや! アイズたん慰めてくれーっ!!ブペラッ!!」
バッと飛び掛るもアイズは肘で払いのける。慌ててマオがロキの腫れ上がる頬を治療しながら身体を支える。
ロキは、マオがヴェルフと専属契約を結んだ日の夜、ガネーシャ主催の『神の宴』に僅かな時間参加し、帰ってくるや自室に篭って酒を浴びるように飲んでは酔いつぶれていた。
さすがに辛くなったロキは、一旦リセットすべく食堂で水でも飲もうと下りてきた時、リヴェリアの怒声を聞きつけてやってきた。
「何しに来たんだ、ロキ」
主神の情けない言動に、リヴェリアの深い溜め息が止まらない。
「酔い覚ましに水でも、と思ったら声が聞こえたからな。 アイズたんがまた1人でダンジョン行ってもうたんかーって思ってたけど、おもしろい組合せで怒られてたみたいやなぁ」
ロキの身体を支えようと脇に立つマオの頭を撫でながらロキはマオと視線を合わせる。マオは恥ずかしくなって笑みを浮かべて誤魔化す。
「とりあえず、アイズたんのダンジョン単独突入癖をどうにかせんとあかんなー……よっしゃ、癪やけど罰や。 黙って1人でダンジョン行ったらウチと1日デートな」
心底呆れ顔のリヴェリアに、流石ロキさま!と賞賛の眼差しを送るマオ。そして、何を言われたのかピンと来ないで困惑顔のアイズと三者三様の反応を示した。
「ちゅー訳で、さっそく明日デートな。 丁度
「いや、人混みは好かない。 遠慮させてもらうから、両手に花を楽しんでくればいい」
呆れ顔で首を横に振っていたリヴェリアだったが、後半は
「そうと決まればさっさと寝て、体調整えんで! マオ、二日酔い治してくれー」
「はーい」
ロキはマオに支えてもらいながら食堂へと消えていく。残されたリヴェリアとアイズも夜遅いということで挨拶を交わしてそれぞれの私室へと向かっていった。
……門番をしていた団員たちは建物の中、背後から迫るプレッシャーが消えたことに安堵した。