翌日、午前中はフィンたちと遠征関連の処理を手伝い、午後にヴェルフのもとを訪れたマオは
「――!?」
「あ、アイズさん。……ダンジョンですか?」
「うん……感触に、慣れておこうと思って」
アイズの手が腰に佩いた
「もしかして、マオも?」
細剣から視線をマオに向けたアイズはマオの防具がキラキラとその真新しさをアピールするように輝いているのに気付いた。
「はい。 防具を新調したので感触を確かめに。 良かったら一緒に行きませんか?」
「うん。 いいよ」
アイズと同行すると決まったマオは用意していた鞄を1つ大きいサイズに変える。効率が上がる分、持ち帰られる量も増えるだろうからと。
ダンジョンまでトコトコ歩く2人。早朝とあって外にいる人の数は少ない。そんな中、日の光を受けて頭髪を金に輝かせるアイズと銀に輝かせるマオの2人は目立っていた。
一晩中飲んで朝帰りとなった冒険者や神などは、彼女たちに神々しさすら感じたと主張するも酔っ払いの言葉に耳を貸すものなど誰ひとり居なかった。
「ところで、アイズさん。 今日は誰かにダンジョンに行くことを伝えていますか?」
「……ない」
いつも黙ってダンジョンへ行ってしまうアイズ。後でロキやリヴェリアからお小言を貰っている姿を見かけていただけに、マオの予感は的中する。
「じゃあ、私がアイズさんを誘ったということにしておきましょう」
マオがヴェルフと専属契約を結んだ日の夜。ロキはガネーシャ主催の『神の宴』に参加した。しかし、その後は
「……ありがとう」
「どういたしまして」
「ガァァァッ!!」
――ガシィンン!
「……ふっ!」
ダンジョンに入った2人。上層の敵の攻撃をマオは
今もマオはゴブリンの攻撃を胸のプレートで受けて具合を確かめている。ゴブリンは槍の一突きで魔石を砕かれ灰になっていく。
「どう?」
「いいですね、初めての自分専用というのは。 これだけ動いてもズレませんから」
防御面はまだLv.1だ。今度一緒に中層あたりでリリも誘ってレベル上げしようとマオは心の中で決意する。
「アイズさんはー……もうちょっと手ごたえが無いと確かめられそうもないですね。 下層行きますか」
「うん」
中層を目指して足を速める2人。上層のモンスターは襲ってくるものだけを倒す。魔石を破壊し、ドロップアイテムだけを回収していく。それも
アイズの突進力に合わせてマオは
結局、18階層にたどり着いた時にはもう鞄は一杯になっていた。休憩がてらリヴィラの町を訪れる2人。マオの行き先はリヴィラの町を取り仕切っているボールズの所だ。
「こんにちはー、換金お願いします!」
「いらっしゃ……なんだガキかよ。 こっちは忙しいんだ
「こん、にちは?」
カウンターの奥に居た片目を眼帯で覆ったヒューマンの男、ボールズは声の主を見て換金アイテムを想像した。せいぜいLv.2で17階層までのドロップアイテムの換金だろう。きっと大した量でもないのだろうと高を括り、買取拒否を言い渡そうとしたその時、隣にいる金髪の美少女――いや、最初の声の主も相当な美幼女だが――の存在に気付いた。
「《剣姫》がいるってことは、こっちのちっこいのも……」
「ん、【ロキ・ファミリア】だよ。 マオ、マオ・ナーゴ」
「初めまして、マオ・ナーゴです。 2つ名は【水鈴姫《アプサラス》】のLv.6です。 以後、お見知りおきを」
「あ、あぁ……丁寧にすまねぇな。 俺はこのリヴィラの町を仕切っているボールズってもんだ」
「ボールズさんのことはフィン団長から教えてもらいました。 良ければ換金をお願いしたいのですが」
「そ、そうだったな。 ちょっと待っててくれな」
マオは鞄をカウンターに乗せ、口を開いて中が見えるようにして話を切り出す。ボールズも鞄一杯に詰まった魔石やドロップアイテムの多さに驚きつつも何とか平静を装って鑑定に入る。
マオは鑑定に入ったボールズとその部下の動きを目で追いかけながらアイズに耳打ちする。
「ここまでの分を次への布石に使っても良いですか?」
「――!?……どういうこと?」
「分かりやすく言うと、
「ん、マオに任せる」
「ありがとうございます」
マオは失敗しない訳ではないが、私欲による迷惑をかけることが極端に少ない。自身のことは誰にも気付かれずにいつの間にか済ませていることが多い。アイズがダンジョンに勝手に行ってしまうことと合わせてリヴェリアから愚痴られたことをアイズは覚えていた。
だからこそ、マオが
「おう、待たせたな。 ここで買い取れる金額はこんなもんだぜ」
ボールズから羊皮紙に書かれた金額をマオはじっと見つめる。アイズもマオの横から羊皮紙を覗き込む。予想されるギルドが買い取る最低金額より数字が半分ほど。その上、0が1つ少ない。マオは金額を確かめた後、じっとボールズの顔を見つめる。初めはしれっとした顔で流していたボールズだったが、じーっという音がどこからか聞こえて来そうなほどに瞬き1つせずに見つめ続けられるとは思っておらず、次第に挙動が怪しくなってくる。
「そ、そんなに見つめたってビタ一文負けられねぇからな! 嫌なら他所行きな!!」
「あ、いえいえ、この後の手続きの仕方を知らなかったので、教えてもらえないかなって……」
「そ、そういうことは早く言えよ……」
えへへと頬を掻くマオとはぁーと深い溜め息をつくボールズ。このやり取りだけでも、ボールズはマオを
「この後はこの証文に名前とエンブレムのサインだ」
「なるほど、これを持って上のファミリアで正式に換金となる訳ですね」
「そうだ、だから無くすなよ。 証文が無いやつには1ヴァリスだって渡せねぇからな。 じゃあここにサインをしてくれ」
カウンターに差し出された羊皮紙とペン。マオは羊皮紙を手で押さえてボールズの目を見る。
「お、おい! なんだよ、さっさとしろよ」
「この証文、
「お、おい! さっきから何を考えているんだよ!」
おい!おい!と繰り返すボールズが明らかにマオの雰囲気に飲まれていた。マオは愛想よく見せるつもりで満面の笑みを浮かべる。しかし、ボールズにしてみればクモの巣にかかった獲物を見る女郎蜘蛛の笑みのようにしか感じられなかった。それはアイズも同様で、
「【ロキ・ファミリア】がリヴィラでもしも面倒や問題を起こした時の詫び代を先に納めておこうかなーって思いましてね、足りない分はまた持ってきますから
「……何を言ってやがる?」
先ほどまで気圧さ気味だったボールズの目がキッと険しくなる。
「査定額を上げろとか、商品の代金を負けろとかそういうことじゃないんです。 せいぜい愛想を良くして欲しいくらいですね。 あとはさっきも言いました、問題が起こった時ですね。
「……そういうことは普通、団長か幹部の人間がやるんじゃねーのか? なんでお前がするんだ?」
Lv.6とは言え小娘の言うまま「はいそうですか」と話を通す訳にもいかないボールズは、右ひじをカウンターに押し出すようにして身体を斜めにする。右肩を押し出すことで防壁代わりにした。マオはそんなボールズの態度を気にする素振りを全く見せずに自身を指差す。アイズも一緒になってマオを指差している。ボールズには何のことだか意味がわからなかったが……
「マオも、幹部」
「【ロキ・ファミリア】4人目のLv.6ということで、団員での順位は4番目です。 最年少ですよ、私」
「……でも、1番計算早くて正確、ってきいた」
あんぐりと口を大きく開けたままボールズは、マオとアイズのやり取りをカウンター越しに呆然と眺めていた。割と朝早くから現れた、うら若き乙女と表現するにもまだまだ幼い第一級冒険者2人。ただの換金かと思いきや
「んー……今回のコレは、挨拶料ってとこでどうでしょうか?」
「な、何故、今なんだ? 【ロキ・ファミリア】ならもっと早くからどうこうできただろ?」
「今回の件は、私の独断によるものだから、というのが1つ。 もう1つは
「不運って何があった?」
「遠征の帰りに17階層でミノタウロスの集団に襲われたんですけどね、やり返したら逃げられたんです……5階層まで」
51階層、50階層で出くわした、溶解液を吐く新種のモンスターのことには触れずにリヴィラの町で噂話になっていそうな牛追い祭りの話を切り出す。ボールズも耳にはしていたが、本人たちから語られる詳細に笑いをこらえることができなかった。
「ギャハハハハハ!! モンスターに逃げられるって!! クヒヒッ!……お前ら本当に化物じみた強さだよな! ギャハハハハ!!」
カウンターをバンバンと叩いて大笑いするボールズ。アイズはツンとそっぽを向いて気にしないようにしているが、手は剣にかかっているし唇は突き出しているわで、いかにも「私、拗ねています!」とアピールしている。
「それ以上笑うな」
周囲の温度を下げるような声にアイズは思わず声の主を探す。隣に居た幼い仲間が発したとは、とてもじゃないが思えなかったからだ。だが、先ほどまでずっと笑顔で会話をしていたとは思えないほど怒りに満ちた顔のマオを見て、アイズはやはりマオの声であったと判断した――判断した。そう表現するしかなかった。なぜなら、アイズはこんなマオの声を
さらにアイズは思った。「マオは何か事を起こす気だ」と。マオの右目が黄金色に輝いているのがわかったからだ。
「クククッ! そうは言うがよぉ、こんなおもしれーこと笑わずにはいられねぇぜ! ギャハハハハハ!」
部下の男と共に大笑いし続けるボールズ。彼の寄りかかるカウンターが突然、轟音と共に真っ二つに割れた。
――ドゴォォォン!!
衝撃で店内で尻餅をつくボールズ。音を聞きつけて、何だ何だと集まるリヴィラの住民たち。ボールズは尻餅をついたままマオを指差し非難を始める。
「ここっこ、こんなマネしてタダじゃあ置かねーからな!」
「こんなマネってどんなマネですかねー?」
しれっと
「もー……朝だからってまだ寝ぼけているんですか? イスから転げ落ちて大音立てたからって、私のせいにしないでくださいよー」
マオの言葉に集まってきた野次馬も三々五々と散っていく。納得いかないのはボールズとその部下だ。叩き割られたはずのカウンターを顔を近づけ、手で触って確かめている。
「家族を馬鹿にされて黙っていられるほど、人間出来ていないんです」
マオはそう告げると深々と頭を下げた。つまり、マオは暗にカウンターを壊した事実を認めたのだ。
ボールズもそんなマオに気まずくなって頭を掻く。
「いや、俺のほうこそ笑いすぎた。 だが、どうやったんだ? 壊れたよな、これ?」
「直した」
アイズが詳しい説明もないまま一言で済ます。確かに壊れたし、直っている。だが、ボールズが欲しい答えは事実ではなく真実――過程や内容だろう。
マオはそう顔で語っているボールズを見て堪えきれず笑い声が噴き出す。
「プッ!……それじゃあ説明が抜けてますね。 でも、情報もお金になりますからねー」
チラリとボールズに視線を送ると考え込むような表情に変わっていた。聞くか聞かないか、商機を見出すモノがそこにあればボールズは金を支払ってでも聞くだろう。
「ま、これも挨拶料に込めましょう。 私の能力の1つで
「だろうな! 綺麗に元通りだからな」
クククッ!とマオは笑う。いぶかしむボールズは納得がいかないと言った表情に変わって行く。
「物だけじゃないですよ。 生きてさえいれば人だって
「お前ぇ、水を操るんじゃねぇのかよ……」
「水だけじゃないってことですよ。 で、どうなんです?」
「何がだ?」
ボールズはマオが聞きたいことが何なのか、見当がつかないといった顔だ。
「挨拶料。 受け取ってくれますか?」
「あ、あぁ……そうだったな。 そうだったな……わかった、受け取ってやる」
若干悔しそうにガリガリと頭を掻きながらボールズはマオの申し出を受けいれる。マオは嬉しそうにアイズとハイタッチを交わす。
「だが、この町を取り仕切ってるのは俺だからな! でけぇ
「大丈夫ですよ。 私もアイズさんも小顔が売りの1つですから」
「そういう意味じゃねぇ!!」
キャッキャッとふざけて遊ぶマオとギャアギャア怒鳴るボールズ。近くの店はその