オラリオのスタンド使い   作:猫見あずさ

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特訓

展開の早さに若干押され気味のヴェルフだったが、時間が経つにつれていつもの調子を取り戻す――ことが出来ずに呆気に取られたままだった。

 

(……これがLv.6の実力)

 

ヴェルフの前ではマオが露払いと称した乱獲が行われていた。ヴェルフの目的である【ランクアップ】のために、一気に10階層まで来てしまおうとマオが先頭に立って出会うモンスターを片っ端から倒しては《人魚之首飾(アクアネックレス)》が魔石とドロップアイテムを回収していく。

 

(俺、要らないんじゃねぇか……いや、元より要らない階層だな。 つくづく上級冒険者ってのは化物だが、アイツの戦い方は綺麗だな)

 

自身の身長の1.5倍もの長さの白銀に輝く長槍を振り、モンスターを倒す。足運びは小気味良いテンポを刻み、髪飾り、首輪、尻尾につけられた鈴を鳴らす。倒されるモンスターはどこか誘われるようにマオの正面で斬り払われていく。

 

単にマオがLv.6だからではなく、マオの日々の努力――タケミカヅチのもとで基本を軽んじる事無く武芸に励んだ――の賜物だ。それゆえに手の延長のように武器を己の一部のように使いこなすマオにヴェルフは見とれていた。

 

「さ、この辺でいいですかね」

 

マオの戦いぶりに見とれ、ただその後を付いて行くだけだったヴェルフが気づくとそこは10階層の南の端にある『食料庫(パントリー)』だった。つまり、マオのお気に入りの(ひと目につかない)場所だ。

 

「お、おい! まさか……」

 

「えぇ、そのまさかです。 『虎穴に入らずんば虎子を得ず』と言ったり言わなかったりしますが、要は楽に【ランクアップ】できるわけがないって意味ですよ」

 

モンスターが食事のために集まってくる場所、それが食料庫(パントリー)。マオはそこにヴェルフを連れ、放り込もうとしていた。ヴェルフもその意図を理解するものの、どうしても尻込みしてしまう。そんなヴェルフの気持ちを読んだマオは気楽にいけと励ます。

 

「大丈夫ですよ、即死でなければ私が治しますから」

 

「それ、励ましになってねぇよ!!」

 

「じゃあ倒しやすい奴だけ狙っていってください。 それ以外は私が払いますから、限界を目指してください」

 

「それ以外できねぇよ!!」

 

無茶ばかりを平然と言い放つ子猫(マオ)にツッコミを入れる以外に口を開く余裕が無くなっていくヴェルフ。正面から襲い掛かってくるモンスターを倒すので精一杯だ。

 

それでも捌ききれない分や、空中から、遠距離から攻撃を仕掛けてくるモンスターはマオが無限に存在する武器、石つぶてで対応し、左右後方は槍が縦横無尽に閃いていく。

 

そんな隙間を縫って魔石やドロップアイテムが一箇所に集まって行く。モンスターの猛襲を(さば)ききって振り返ったヴェルフの、何とも言え無い顔がそこにはあった。

 

それでも何とか眼前のモンスターを駆逐し終えたヴェルフは膝に手を付き、肩で息をするほどに疲れきっていた。マオはそんなヴェルフを一瞥(いちべつ)すると、今日はこんなものだろうと寄せていた魔石とドロップアイテムを鞄に詰め込んだ。

 

「さ、次の階層に行きますか」

 

マオがそう提案すると、息も絶え絶えだったヴェルフの顔がさらに暗くなる。

 

「お、おう。 そうだな、でも今日はこの辺でいいんじゃないか。 流石に疲れたぜ」

 

「いやいや。 まだ時間もありますし、どの程度出来るのか知っておきたいですし」

 

マオの淡々と下へ向かおうとする様子に、戦闘が止んだわずかの間に元気を取り戻し始めたヴェルフの顔からサッと血の気が失せて行く。2、3呼吸分ほどの静寂を挟み、ヴェルフが重たくなった口を開く。

 

「1つ聞くが、お前さんはこの10階層でのせん滅戦は(今ので)どのくらい本気だったんだ?」

 

「んー……2割?……もあったかな?」

 

左手で右ひじを支え、右手の人差し指で顎を押さえながら曖昧に答える。マオ本人は1割も本気を出してはいない。『食料庫(パントリー)』に入ってからは、スキル《幽波紋(スタンド)》の《不壊金剛(クレイジー・ダイヤモンド)》で魔石とドロップアイテムの収集とヴェルフの治療を行っていた。その自身と幽波紋(スタンド)の同時操作がどの程度負担になったか、という所が悩みどころだった。

 

幽波紋(スタンド)操作における魔力消費と同時操作を負担として本気度に組み込んだ場合、どの程度になるのか。マオにとっては深層で続けた行動だけに、上層のモンスター相手に負担とは思っていない。良く言って2割と表現しただけであった。

 

しかし、十分に余力を残しているという意味の返事をもらうことが出来たヴェルフは、11階層に対しても安心(?)して臨めるということが分かった。

 

「りょーかい。 じっくり見てくれよ。 次も同じ感じでやるのか?」

 

「ええ、そうです。 こういうのは数をこなすのが一番早く、確実ですからね。 あとはほんのちょっとの背伸びです」

 

「背伸び?」

 

「ええ、【ランクアップ】は単に経験値の蓄積の延長にあるのではなく、神の賞賛を受けるに値した偉業の経

 

験の蓄積になります。 簡単に言うと、弱い敵では【ランクアップ】できません」

 

「……わかりやすい説明、感謝する」

 

なぜ1人でなく、パーティーを組むように主神ヘファイストスが言うのか、ようやくヴェルフは理解した。1人では危険度が増すだけでなく、1人で偉業を達成しなくてはならない。それでは命がいくつあっても足りない。だから偉業の値が分散されるが、数をこなす事が可能となるパーティーを皆が勧める。

 

――ただ、クロッゾとパーティーを組みたがる人間がいなかった。

 

鍛冶師として、発展アビリティである【鍛冶】。武具の性能を押し上げるだけでなく、魔剣のように武具に魔法効果を付与することが出来るようになる能力(アビリティ)だ。

 

魔剣血統(クロッゾ・ブラッド)》。クロッゾの血がLv.1のヴェルフに魔剣を打つ力を与えた。その魔剣はどの魔剣鍛冶師が打った物よりも強力だった。

 

嫉妬が、ヴェルフを孤独にした。同じ女神の元に集った仲間たちの嫉妬心は居心地が悪く、益々(ますます)ヴェルフを独りにしていった。これでは【ランクアップ】を果たすことなど出来ようもない。

 

(これが最後のチャンスかもな)

 

ヴェルフの中にパーティーを組めるチャンスはこれが最後、マオという存在がなくなれば自分が【ランクアップ】することはこの先の将来訪れることはなくなるだろうという考えが生まれた。

 

決意を新たにマオに急かされるようにしてヴェルフは11階層へと向かう。

 

マオとヴェルフは結局、11階層だけでなく12階層の食料庫(パントリー)まで行き、モンスター達をせん滅して回った。

 

如何に強敵であったとしても所詮は上層のモンスター。例え下の階層から迷い込んで来たとしてもそれでも中層の強さだ。深層のモンスターを相手にしているマオの敵では無い。ヴェルフも正面の敵だけに集中できる環境を提供されているとあって、強くなる敵に対して疲労のたまった身体をよく動かし倒して行く。食料庫の中はモンスターだった物(灰と魔石)とドロップアイテムが小山を築いていた。

 

マオがせっせと鞄に詰め込み終えると休憩は終わりと2人は食料庫を後にする。

 

本格的な休憩は12階層と11階層をつなぐ階段の近くで取る予定だったからだ。重く感じられる大剣と身体に活を入れて歩くヴェルフ。小気味良いステップを刻む。大きく膨らんだマオの身長の倍ほどもある大きな背嚢(リュック)の重みなど微塵も感じさせていない様子を見る度にヴェルフの口からは乾いた笑いがこぼれていた。

 

少し遅めの昼食と休憩を取り、オラリオへと戻ろうと2人が移動を始め、11階層の中ほどまで戻ってきた時だった。

 

「こいつらでいい!」

 

「おい! 2人じゃあ大した時間にならねぇよ!!」

 

「良いから行くぞ!!」

 

「赤髪の(あん)ちゃん頑張って~!」

 

後方から大声で話ながら2人組がヴェルフたちの脇を走り抜けていった。マオは背中の物のせいで見えていなかったようだ。




あれ?話が終わらない……改定前は1話だったヴェルフ編が……

皆様、良いお年を。

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