マオが目を覚ますと自分のベッドの上だった。
(えーっと……確か『豊穣の女主人』で打ち上げしてて……アイタタタ!)
何があったか思い出そうとして激しい頭痛にのたうち回る。
(み、水ぅ~……)
マオは幽鬼のようにフラフラと部屋を出て行く。楽しい宴席だったのだろう、レフィーヤはそんなマオに気付くことなく小気味良い寝息を立てていた。
階段を降りるのも億劫に感じられたマオは廊下の窓を開け、そのまま中庭へ飛び降りる。1階にある食堂へのショートカットコースだが、誰かに見つかったら怒られることは間違いない。しかし、それを気にかける余裕など今のマオにはなく、ただ1秒でも早くこの二日酔いを治してしまいたかった。
幸いなことに今は夜明け前で東の空がわずかに明るくなってきた程度。起きているとしたら、一晩中酒を飲んでいるような輩か門番、それと日課になった素振りを行うアイズくらいなものだろう。
そして、そのアイズが中庭には居た。――
突然の飛来物。それがマオだと気付くのに若干の時間がかかった。
何よりマオは足から着地せずにゴロゴロと受身を取るように転がり落ちてきた。その姿にアイズは敵襲かと緊張をみなぎらせたが、マオの「うえっぷ……気持ち悪い……」と呻く声にそうでは無いと結論付け、マオの元に近寄った。
「……大丈夫?」
「だいっ、じょばっ、ない! ……うぅ、水ぅ……」
「水……飲み水?」
アイズは中庭にある噴水を見ながら念のためと言わんばかりに確認をとる。
「食堂で、飲み水、治します……」
マオがゆらりと立ち上がり、フラフラと歩きながらアイズに説明する。アイズもようやくマオがスキルを使って二日酔いを治すことに合点がいき、マオを抱えて一気に食堂へ駆ける。
(――!! ダメッ!! 出る出る出る出る!!)
そのスピードと揺れ具合にマオはアイズにしがみつくより口元を押さえることで精一杯だった。
運が良かった、そう表現するしかないのだろう。中庭も食堂も共に1階にあり、上下移動が無かったこと。そして、比較的近くに位置していたことからマオは
「あ、危なっングッ……(しゃべったら出る!!)」
マオは呼吸を整えながら、魔冷庫から冷えた水を取り出し
ジーッと見つめるアイズの視線を意に介さず――気にする余裕が無いまま――ひと息で水を飲み干す。
タンッ!と勢いよくテーブルにグラスを置いたマオはアイズに少し離れるように言うや否や、全身から汗が噴き出す。
ブワッと噴き出る汗はテーブルの向かいに腰掛けていたアイズに飛びかかりかねない程で、その通常ではありえない汗の出方にアイズは目を見開いて驚きを露わにする。
「うわぁ……びしょびしょだ」
そう言いながらも今度は
その様子にアイズはタオル要らずで楽だなと何となく見とれていた。
「ふぅ、ようやくスッキリしました。 ご迷惑をおかけしました」
「……どういたしまして?」
ペコリと頭を下げるマオにアイズも頭を下げて返事をする。何と言えば良いのかわからず、疑問形になってしまう辺りにコミュニケーション不足が伺い知れる。
「さ て と、今日は珍しく素振りしていませんでしたね。 何か……調子でも悪いのですか?」
さらに水を2杯ほど飲み干して
しかし、アイズは
(剣なら振って調子を合わせているでしょうから、有ったとすれば打ち上げの方か……なら、なんだっけ? あーもうっ! ベル君を見損ねるし良いことがない。 ん? ベル君?)
「……アイズさん。 もしかして白髪の男の子と何かありました?」
「!? 知ってるの?」
ポリポリと頬を掻きながら言いにくそうにアイズに説明する。
「あ゛ー……店に入った時にミアさんが何とも言えない顔していたので、気になって見ていたら、
「……居るの知らなくて、ベートさんが笑いものにしちゃって……あの子、飛び出して行っちゃった」
(あのシーンか。 生で見たかったなぁ……)
「あちゃー、私が酔いつぶれていなければ止められたなー」
額に手を当てて天を
「……よしっ! じゃあ会いに行きますか?」
「でも……」
アイズは白髪の少年に会って何をすればよいのか、何を言うべきなのか、はっきりとした答えを持っていなかった。
「ふむ、何やら気持ちが整理できていないようですね。 こっちで勝手に調べておくので、会いたくなったらまた言って下さい」
「ありがとう、マオ」
「いえいえ、酔った私を介抱してくれた御礼です。 あとはちょっとした興味ですね」
「……興味?」
「えぇ、だってその子……ミアさんのところで
『豊穣の女主人』の主人ミア。
店員からはミア母さんと呼ばれるドワーフの彼女は元冒険者だけあって、解決方法は冒険者の
あっ!と声こそ上がらなかったがアイズの表情は目と口で3つの
「ま、その辺も含めて探せばすぐ見つけられそうです。 アイズさんも気持ちの整理してみてくださいね」
「うん、わかった」
アイズは少年に対して自身がどのような感情を抱いているのか、そして仮に会ったとして何を言いたいのか、自問を繰り返す1日を過ごした。
マオは午前は二日酔い
彼の名前はベル・クラネル。15歳でオラリオを訪れ冒険者になったのはつい4日ほど前のことらしい。所属するファミリアは【ヘスティア・ファミリア】。主神ヘスティアは女神で彼が初の眷属で、今は廃教会をホームにしているらしい。
「担当がエイナさんで良かった。 こんなにアッサリ情報引き出せるとは思ってもいなかった……」
夜、マオはレフィーヤがまだ戻っていない私室でメモを眺めながら独り言を呟く。自分の存在でズレが出ているのではないかと不安に思うこともあったが、そんな気配は全く無く、おぼろげな記憶の中の世界をトレースしていると思えた。
「ま、後はアイズさん次第ですね。 私も色んなことに縛られていますし、どこまでお節介できるかなー……できれば物語のメインはしっかり見て行きたいなー」
ベッドに仰向けに寝転びながらマオはぼんやりと今後のことを思っている中で意識を手放していくのであった。