オラリオのスタンド使い   作:猫見あずさ

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打ち上げ

夕刻、もう太陽そのものは市壁の向こう側へ隠れており、その日差しももう間もなく届かなくなるという時間。西のメインストリートを騒がす一団が居た。

 

【ロキ・ファミリア】、迷宮都市オラリオにおける探索系ファミリア屈指の実力を誇るファミリアだ。その主神、赤髪の女神ロキが先頭に立ち、眷属たちを引き連れて一軒の飲み屋に向かっている。

 

『豊穣の女主人』、西のメインストリート沿いに店を構えるそこはミアという女ドワーフが切り盛りする酒場だ。そして特徴的なのは料理の量と値段が多く高いこと。それと従業員が全員女性かつその容姿のレベルが非常に高いことだ。

 

当然、ロキはその味と従業員を気に入り、遠征の打ち上げはいつもここと決めていた。そして今日も、昨日遠征から全員無事に帰って来たことを(ねぎら)うために席を予約していた。

 

「ミア母ちゃん来たでー」

 

ドアを押し開けロキが大きな声で来店を告げると、エルフの従業員がやってくる。

 

「【ロキ・ファミリア】の皆さんですね、お待ちしておりました。 あいにく席は内と外の2つに分かれていただく必要がありますが、よろしかったでしょうか?」

 

「ええよー。 ほなフィン、任せるで」

 

ロキはフィンに任せて店の中の席に向かう。フィンは後続の後ろ半分に指示し、外のテラス席に着かせる。いつもの慣れた指示のやり取りなだけに、フィンも最後まで見ないで早々に店内へと足を運ぶ。

 

「団長、こちらにどうぞ!」

 

ティオネが自身の左側を空けて待っていた。マオはラウルの隣、ベートと挟まれた席に着いていた。

 

(えーっと……確かカウンターに……あ、いたいた!)

 

マオは店主のミアとヒューマンの従業員シルが共に不思議なものを見たような表情で()()を見下ろしているのを見つけた。

 

しかし、マオは見つけただけで特別この場で何かをするつもりはなく、後でダンジョンから出てきた彼のキズを治そうと思っていた程度だった。

 

「よっしぁ、みんな遠征お疲れさん! 今日はウチのおごりや! 一杯飲んで、一杯食べてやー! かんぱーい!!」

 

『かんぱーい!!』

 

ジョッキやグラスが行き渡ったのを確認したロキは乾杯の音頭を取り、宴会が始まる。

 

「ささ、団長もう一杯どうぞ」

 

「ティオネは僕を酔わせてどうするつもりだい?」

 

「このパスタ、ピリ辛でめっちゃ美味いっす」

 

「どれどれ……辛っ!! ピリ辛どころか激辛じゃない!」

 

「アイズさん、こちらのサラダ美味しいですよ。 お取りしましょうか?」

 

「大丈夫だよ、レフィーヤ。 今、食べてる」

 

「アイズもレフィーヤも、もっとお肉食べなきゃー。 はい!」

 

「くくくっ、一番胸に肉付いとらんくせに!」

 

「ベートさん、お酒飲み始めたのって何歳の時ですか?」

 

「……お前はまだ飲むな」

 

みんな好き好きに食事とお酒を楽しむ中で、たまたま隣に座ったベートの飲みっぷりに興味を抱いたマオが何気なく質問する。

 

「マオにはまだ早い。 果実水にしておけ」

 

「いやいや、飲みたいと思った時が飲み時じゃろう」

 

「じゃあ僕のこれ、味見してみるかい?」

 

「団長のお酒の味見でしたらこの私が!」

 

リヴェリアとガレスがそれぞれ反対、賛成の意見を出す中、フィンは明らかに酔い始めていた。

 

「まぁ良いわ。 それよりラウルよ、どうじゃ久々に飲み比べせんか?」

 

「いいっすねー! 乗った!!」

 

「おい! 俺も混ぜろよ!」

 

「お、なんや面白そうやんけ。 勝った奴にはリヴェリアのおっぱい揉み放題券や!」

 

「じゃあ俺も!!」

 

「俺も!」

 

「あ、じゃあ僕も」

 

「団長ぉーーーっ!!」

 

「リ、 リヴェリア様……」

 

「言わせておけ」

 

ロキの褒美に目がくらんだ男性団員たちがこぞって飲み比べに参加する中、王族(ハイ・エルフ)であるリヴェリアを守ろうとレフィーヤだけでなく他のエルフたちも抗議するも酔っ払いどもには効かなかった。

 

どうせ誰も覚えちゃいないし、実行する度胸もないだろう。リヴェリアはいつものようにすまし顔で食事を楽しんでいた。そんな姿に他のエルフたちは益々尊敬の念を抱いていった。

 

「うっぷ、もう飲めないっす。 店員さーん、お水くださーいっす」

 

「なんじゃ情けないのぉ……」

 

「はーいニャ」

 

「あ、店員さん。 ついでに――」

 

ラウルがギブアップと共に水を頼むと、アキがその店員――猫人(キャットピープル)のアーニャ――に耳打ちし、何かを注文する。アーニャは右手の握りこぶしから親指だけを立て、いかにも悪戯(いたずら)しますという顔で注文を(うけたまわ)る。

 

「このパスタ、1口分残ったままなの邪魔ですね。 片付けちゃいますよー」

 

マオはとりあえず声に出しながら大皿に残ったパスタ1口分をソースと共にスプーンに乗せて口へ運ぶ。

 

「マオちゃん、そのソース辛いっすよ」

 

え?という表情をしたままパクッとパスタを口の中に入れる。次の瞬間、顔を真っ赤にして飲み物を探すマオ。自分のグラスは空っぽだ。周りのグラスやジョッキはお酒が入っており、飲むわけには行かない。焦っていると救いの神が舞い降りた。

 

「お待ちどうさま、水ニャ」

 

「マオちゃん、これ飲むっす!」

 

「あ、ダメッ!!」

 

「あ……」

 

ラウルの前に置かれた水。それを奪うように取っては一気にゴクゴクとソースがたっぷり絡んだパスタを流し込む。

 

「はぁはぁ……ラウルさん、これ、水じゃ、なくて……お酒ですぅ~……」

 

目を白黒させていたマオは透明な液体が水ではなく、酒であったと告げると目を回して机に突っ伏して意識を失ってしまった。

 

一切アルコールを摂取していないのはリヴェリアとアイズの2人のみ。そして、直前のマオが慌てふためく様はこの2人にバッチリ見られていた。つまり、どうなるかと言うと――

 

「ラウル、お前は何を飲ませた!」

 

「マオ、大丈夫?」

 

「あれ? 俺、水を頼んだはずなんっすけど……まさか、アキ?」

 

「いや、その……こんなことになるなんて思っても見なくて、ちょっと度数の高いお酒をね……あははは」

 

アキがアーニャに耳打ちしていたのは注文のすり替え。ラウルの水を透明で度数の高い酒に変えるよう言っていたのだ。そうとは気づかないままラウルは水と思い込んでマオに手渡してしまったのだ。

 

アイズがマオの席に近寄り様子を窺うが、普段介抱などしたことの無いアイズではどうしてやれば良いかわからずオロオロするだけであった。そんな様子をすぐ隣で見ていたベートは意に介さず話しかける。

 

「放っておけって、どうせ明日にはいつも通りになるだろうよ。 それよりもアイズ! あの話をしてやれよ!」

 

「あの、話?」

 

「ほら、17階層で逃げたミノタウロスの集団だよ!」

 

ベートが言うミノタウロスの集団、それは遠征の岐路で起こった事件のことだろう。だが、なぜアイズの口から言わせようとしているのか、よくわからなかった。

 

「何を思ったかアイツらドンドン上へと逃げて行きやがって……結局、5階層まで逃げやがってよー」

 

「アレはビックリしたよねー。 ちょっと遊んであげたら逃げ出しちゃうんだもんねー。 それで? 何かあったっけ?」

 

ティオナが首を傾げる。珍しいモンスターの一斉逃亡。それ以外に何かあったのかと尋ねる。その声にベートはより口角を吊り上げ、あからさまな笑みを浮かべて語りだす。

 

「あったんだよ! 最後の1匹追いかけてたらよぉ! いかにもってな感じのひょろくせぇ新米冒険者(ガキ)がよっ!!」

 

「まさか、やられたりしてないだろうね? そんな報告無かったはずだけど……」

 

フィンが万が一を想定してベートへ投げかけるが、ベートは手を左右に振って「そんなことにはなっていない」と否定して話を続ける。

 

皆の顔と耳がベートへ集中する中ただ1人、金髪の少女だけがうつむき、堪えるように膝に乗せられた両手をぎゅっと握りしめている。

 

「逃げてきたミノタウロスに襲われやがってよ、そのまま壁際に追いやられてやんの! ピーピー泣いてて情けねぇ格好でよぉ!!」

 

「ほんで? ベートが格好良く助けてやったんか?」

 

展開が読めて来たと言わんばかりにロキが頬杖をついて面白くなさそうに続きを予想する。しかし、これもまたベートは首を左右に振って否定し、いいから語らせろと言わんばかりの雰囲気を醸し出す。

 

「いや、やったのはアイズだぜ。 あの牛野郎をコマ切れにしてよ……くくっ、その牛の血を全身に浴びてよぉ! そのガキ、真っ赤なトマトになっちまいやがったんだよ!! なっ、アイズ?」

 

腹を抱えて笑いながらも何とか呼吸を整えてアイズにも同意を得ようと話かける。

 

「……返り血を浴びせるつもりは、なかった」

 

現場を想像すれば、血みどろの惨劇の場だ。何故これほどまでにベートが笑っているのか、皆には共感できそうにもない。その答えをついにベートは口にする。

 

「それに、そのトマト野郎がよぉ……助けてもらったくせに叫びながら走って逃げて行きやがったんだよ!! くくくっ、うちの姫さま助けた相手に逃げられてやんの!!」

 

もう我慢の限界とまでに大笑いするベート。その脇で俯いたまま何も言い返さないアイズ。

 

「アハハ! アイズったら、【戦姫】の方が有名なのかしら」

 

「せやかて、逃げるほど怖いことあらへんやろー」

 

団員たちもベートの語る景色を想像して笑い声を上げる。自分1人(アイズ)だけが別世界に隔離されてしまったかのような錯覚さえ覚える中、ベートが話を止めようとしない。

 

「……それにしても思い出しても胸糞悪い。 マジで無さけねぇ野郎だったぜ。 あんなに泣き喚くなら初めから冒険者になるんじゃねってな。 なぁ、アイズ?」

 

呼びかけられて、俯いていた顔を思わず上げる。周囲はベートの話に盛り上がり、みな笑みを浮かべている。そんな中、片目を瞑ったリヴェリアと視線が交差する。表情に出にくいアイズの感情の機微を読み取ったのだろう、ゆっくりと頷いて見せてくれた。

 

「ベート、もうその辺で終わらせておけ。 そもそも我々がミノタウロスを逃がしたのが原因ではないか。 その冒険者に詫びの1つでも入れるところを笑い話の種にするなぞ……恥を知れ」

 

「はぁ? ガキをガキと言って何が悪い!! それとも何か? お偉いエルフ様のプライドを満足させるために大人しく反省してろと? ガキがガキなのには違いはねぇだろっ!!」

 

「こら2人ともやめぇ、酒が不味くなるやろ」

 

酔いが完全に回っているベートはリヴェリアのいつも以上に優しい静止を無視するどころか噛み付く始末。周囲の空気の温度が下がるのを感じたロキは主神である責務をロキなりに発揮しようとするが、ベートには何ら心動かされるものにはならず、むしろ焚きつける結果になってしまう。

 

リヴェリアを睨んでいたベートはロキの一言にスッと向きを変える。ベートが関心を引きたいのは唯1人。アイズへ向き直る。

 

「なぁ、アイズ。 アイズはどう思うよ? あんなピーピー泣き叫んで逃げ回るような情けない野郎が俺達と同じ冒険者を名乗ってるんだぜ!」

 

アイズは再び俯く。これ以上、触れてくれるなと全身でアピールするが、ベートには全く伝わっていないようだ。

 

「……あの状況じゃあ、仕方なかったと思います」

 

「っだよ、いい子ちゃんぶりやがって……じゃあ、質問を変えるぜ? あのザコと俺、(ツガイ)にするならどっちがいい?」

 

「ガハハ! ツガイときたか!! いい酔いっぷりじゃ!!」

 

「ガレス、乗せちゃダメだよ。 ベート、ちょっと酔いすぎじゃないか?」

 

その強引な問いに同じく酔っている幹部のガレスは大いに笑い、団長のフィンは落ち着かせようとする。酒の席とは言え、少々目に余ってきたのも事実だが、ガレスはこれくらいはまだ序の口と思っているようだ。

 

「うるせぇ!! ほらアイズ、選べよ。 メスのお前はどっちのオスに尻尾を振って、滅茶苦茶にされてぇんだ?」

 

「私は団長となら今すぐにでも滅茶苦茶にしてくれて良いんですよ?」

 

「……ティオネもたいがい酔ってるね?」

 

大きな溜め息をぐっと堪えているフィンが心底疲れた表情を垣間見せたが、飄々とティオネの攻勢をかわす。そんなやり取りを見ていられるほどの余裕はアイズには無かった。

 

アイズはこの時ばかりは心底ベートを嫌いになった。

 

「そんなこと、言うベートさんとだけは、ごめんです」

 

テーブルの周囲だけ無音の空気が流れる。

 

「……無様だな」

 

(うるせ)ぇババア!! じゃあ何か、お前はあのザコに好きだの愛してるだの目の前で抜かされたら、受け入れるってのか?」

 

(……無理だ!)

 

ベートへの嫌悪で一杯だった思考に冷水をかけられた様な感覚に陥る。アイズは彼に弱かった自分を重ねて見ていた。そんな過去の自分を汚されまいと反抗していたが、今の自分はより高みへと、強くならなければならないという思いが強い。弱さと同居する余裕などどこにも無い。

 

「……そんなこと出来るわけ無ぇよな! 自分より弱くて、軟弱で、救えない、気持ちだけが空回りしてるガキに、お前の隣に立つ資格なんてねぇ! いや、他ならない()()()()()()()()()() ……ガキ、雑魚じゃあ、アイズ・ヴァレンシュタインに似合わねぇ!」」

 

(見抜かれた!)

 

「ベルさん!?」

 

アイズが愕然としている中、店の奥のカウンターの辺りから声が上がる。思わず顔を上げた視界の中を影が通り過ぎて行く。

 

白い髪の少年が店員の少女の制止を無視して店外へと飛び出して行った。アイズの目に少年の顔がはっきりと見て取れた。あの時の少年だ!

 

思わずアイズは立ち上がり店の入り口へと足を向ける。店のすぐ外には先ほどの店員が巨塔(バベル)の方を向いて立っている。少年はバベル――その地下のダンジョン――に向かったようだ。

 

 

追いかけるべきか、それとも――

 

店員の少女と共に立ちすくんでいると、ガバッと背後からアイズに抱きつく人物が現れる。

 

「なんや、さっきの食い逃げ犯はアイズたんの知り合いやったんか?」

 

「……ううん。 ちょっと知ってる子だけど……」

 

主神ロキが酔った勢いも利用して抱き付いてきたのだ。そのままアイズのあちらこちらを撫で回すが、腰から下に手が伸びようというところで引き離されてしまう。

 

「なあー、アイズたんも一緒に騒ごうや。 ベートはきっちり縛り上げておくからぁー」

 

さっきまで囲んでいたテーブルの方を見ると、ヒリュテ姉妹の手によってベートが簀巻きにされて逆さまに吊られようとしていた。

 

少しだけ、ほんの少しだけ溜飲を下げたアイズだが、そのままテーブルを囲む気分になれずにいた。それでもロキに手を引かれて先ほどの席に戻されようとしていた。

 

(あっ……)

 

長椅子に寝転がる子猫(マオ)を見つける。その顔は苦痛に歪んでおり、この場に相応しくなかった。

 

そして、それはアイズの心の思いでもあった。

 

「……マオ」

 

「ん? マオがどないしたん?」

 

ロキが振り返り、酔いつぶれたマオを見下ろす。ロキにとっては酔いつぶれて苦しそうにしている人間(神・眷属)など特別珍しくも無い。強いて言えば幼いくらいだが、オラリオでは無い話でもない。

 

「うん。 先に連れて帰ろうかなって……」

 

「……それ、アイズたんがやらなアカン?」

 

ほろ酔いで楽しい事を優先したくて仕方の無いロキは、マオを他の眷属()に任せてアイズと酒の両方を楽しみたくて仕方が無い。考えなしに口から言葉がこぼれて行く。

 

『酔っ払いの言うことなど、まともに聞くだけ無駄だ。 本音と思って聞く者もいるが、たいていはその時かぎりの戯言だ。 気になる事でも頭の片隅にでも置いておけ、どうせ言った方は覚えておらんだろうからな』

 

以前、リヴェリアから酒の場での考え方を師事された時に教えられたことを思い出す。まさに今のベートとロキの状態のことなのだろうとアイズは判断する。

 

「うん、面倒を、見て上げたい……ダメ?」

 

「グハァッ!! ええよ、ええもん見せてもろたからな。 気ぃつけて帰りや」

 

首を横にコテンと傾けてロキに話す。その仕草(しぐさ)にロキは鼻を押さえながら、もう片方の手でグッと親指を立てて応える。

 

座が白けないようにすばやくマオを背負おうとすると、リヴェリアがそっと手伝いに立ち。アイズはマオを背負い、リヴェリアと3人でホームへと帰る。

 

ロキとフィンが3人――とベート――が抜けた場を白けきらないようにと盛り上げなおす。どうやらまだまだ宴会は終わりとはいかないようだ。

 

 

先に帰ったアイズたちもマオをベッドに寝かした後、それぞれの部屋で早々に休んでいく。

 

 

オラリオの夜はこれからのようだ。

 

 


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