オラリオのスタンド使い   作:猫見あずさ

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換金 後編

「【ロキ・ファミリア】の遠征の品が持ち込まれたって聞いたけど、どう?ってあら♪」

 

燃えるような赤い髪と右の目を隠す様に右半面を覆う皮の眼帯が特徴的な女性神。【ヘファイストス・ファミリア】の主神ヘファイストスだ。

 

ヘファイストスは部屋の隅で並べられた鉱石やモンスターのドロップアイテム、机を挟んで交渉している人々と順に目をやると、その端に眠りこける子猫(マオ)を発見した。

 

「あらあらあらあら」

 

ツカツカとマオのもとに歩み寄ったヘファイストスはスリスリとマオの頭を撫で回す。それでも一向に起きだす気配がないと分かると抱き上げ、眷属が座るソファーに座り、マオの頭を膝に乗せて髪を梳き、頭を撫でるという動作に繰り返した。

 

部屋の中が無音――いや、ヘファイストスの手の動きに合わせてシュッシュッと髪の音が響きわたる。誰もが声を発することなく只々ヘファイストスの動きを凝視してしまっていた。

 

「あらやだ、ごめんなさいね。 噂の【眠り姫】を生で見ちゃったものだから、欲望に忠実になっちゃったわ」

 

「いや、別にいいっすけど……その、【眠り姫】って何っすか?」

 

マオの2つ名は【水鈴嫁(アプサラス)】。あだ名は別に【(リン)ちゃん】があるが、【眠り姫】なる言葉にラウルを含め【ロキ・ファミリア】の団員たちは誰も聞いたことが無かった。

 

「ロキの呑み友神(ともだち)の中だけで、この【水鈴嫁(アプサラス)】をそう呼んでいるのよ」

 

「あー……どういう話されているのか、なんとなくわかったっす」

 

ウンウンと首を縦に振る他の団員たち。マオはとにかく寝ることにまつわる話が多いのだ。美少女の失敗談だ。きっとロキは萌え萌え言いながら神たちに酒の肴とばかりに語ったのだろう。ヘファイストスもそんな話を聞いた友神(ゆうじん)の1人だったわけだ。

 

「私も交渉の様子を見に来ただけのつもりだったんだけどね。 この子で我を忘れてしまったわ」

 

眷属の鑑定人からリストの予備を受け取り、目を通していくヘファイストス。その片方の手はマオの頭から離れることは無さそうだ。

 

ラウルたちも気を取り直して交渉を再開する。ヘファイストスは特に口出しすることも無く、終始笑顔でマオを撫でていた。

 

 

……そして、もうすぐ正午になろうという頃、ようやく話がまとまった。

 

「では、こちらの金額でよろしいでしょうか?」

 

「はい、これでお願いしますっす」

 

鑑定人がちらりとヘファイストスの方を見ると、ヘファイストスも頷き返す。この金額で大丈夫と主神から了解を得た形だ。鑑定人はヘファイストスを残し、鉱石の回収と代金の準備を控えていた団員に指示を飛ばす。

 

フゥーと大きく息を吐きながらソファーの背にもたれ掛かるラウル。アキたち他の団員も大きな仕事を終えて態度が緩んでいる。

 

「アキ、どうっすか? 悪くない金額だと思うんっすけど」

 

「まぁこれならフィン団長たちも納得してくれると思うよ」

 

怒られもしなければ、喜ばれもしない。アキはそう判断した。

 

事実、ラウルは今後も武具製造と鉱石買取でお世話になる【ヘファイストス・ファミリア】に譲ることも譲られることも無い妥当な金額交渉に努めたからである。

 

アキもそこがわかっているため、「納得」という言葉で評価した。

 

他愛も無い会話を交わしていると、【ヘファイストス・ファミリア】の団員たちがテーブルの上にヴァリスの入った袋を積み上げていく。

 

普段見ることのない量に、誰かがゴクリと喉を鳴らす。

 

「な、中を確かめさせてもらうっすよ」

 

ラウルたちが手分けして袋に入ったヴァリス硬貨の数を確かめていく。恐る恐るといった手つきで金貨を積み上げていくのはまだ大金に慣れていない団員だ。先ほど喉を鳴らしたのも彼だろう。

 

1人がぎこちない動きで数えていく。ラウルたち残りの5人は慣れた手つきで数えていく。そしてマオはスゥスゥと神ヘファイストスの膝の上で寝息を立てていた。

 

「……金額どおりの数っすね。 ありがとうございますっす」

 

「いえいえ、こちらこそ……またのご利用お待ちしております」

 

「その時は是非っす。 さて、マオちゃ……」

 

ラウルがマオを起こそうとするのをヘファイストスが手を前に突き出して制する。

 

「このまま! もうちょっとこのままで、ね」

 

「あ、えーと……アキ、どうしたらいいっすか?」

 

「どうもこうも、ヘファイストス様にお願いされたんじゃ断われないでしょ」

 

「そ、そうっすね。 では、ヘファイストス様、後ほど迎えに来ますのでそれまでマオをお願いします」

 

膝にマオを乗せたままのヘファイストスは上目遣いで懇願してきた。ましてや相手は神だ。ラウルたちはあっさりと折れ、夕方には迎えに来ると告げるが……

 

「迎えは要らない、こっちでちゃんと送るわ。 あぁそれと、マオちゃんの代わりの護衛役も2人ほど付かせるわ」

 

交渉に参加しないことも金額を確かめることもしないで女神の膝の上で眠りこけるマオを誰も非難しないということは、そういう役割で来ていないのだろうとヘファイストスは予想した。

 

その上で最適解であろうと護衛役として【ヘファイストス・ファミリア】から護衛役を出すと申し出たのだ。

 

【ロキ・ファミリア】と【ヘファイストス・ファミリア】。探索系と鍛冶系ファミリアの中でも上から数えた方が早い2つのファミリアに同時にケンカを売るような愚か者はまず居ない。

 

マオの実力は折り紙つきだが、容貌がけん制に役立つかと言われればラウルは首を横に振る。そのため、このヘファイストスの私情から出た申し出は好条件としか言いようが無かった。

 

「ア、アキ。 どうしたらいいっすかね?」

 

「そう何度も私に聞かないでよ。 ヘファイストス様、今日は遠征の打ち上げがあるので夕暮れ前には迎えに来ます。 それまででしたらどうぞ、お好きなようにマオで遊んでください」

 

換金額の交渉で力を使い果たしたのか、判断ができなくなったラウルに代わってアキがヘファイストスに答える。ヘファイストスにとって最良の答えを出してくれたアキを満面の笑みで送り出す。

 

 

マオが起きたのは、ラウルたちが交渉部屋を出てから2時間と少し経っていた。

 

「……ん、ここ……どこ?」

 

「あら? 起きたのね。 おはよう、気分はどう?」

 

頭の下から感じる(ぬく)もりと、上から聞こえた聞きなれない声、そしてその声の主を隠すような大きな胸。マオは膝枕されていることにはすぐに気が付いたが、相手が誰なのか判断がつかなかった。

 

頭を起こし、振り返る。その先には眼帯をつけた女神、ヘファイストスがいた。

 

「おはようございます。 お陰さまでいい夢見れた気がします……さっぱり覚えていませんが」

 

「あら、それは良かったわ。 みんなはもう帰ったけど、気持ち良さそうに寝ているから、そのままにしていたの」

 

マオが自身の下半身を見ると、毛布に覆われていた。上半身にもかかっていた分は身体を起こしたことでずり落ちて、腰のところで重なっている。

 

上体を起こしたものの、ボケーッと動かないマオをヘファイストスは不審がって横からマオの顔を覗き込もうとするが、バンッ!と突然ドアが開く音でその動作が止まる。

 

入ってきたのは黒髪の女性。赤い(はかま)と胸を覆うサラシと申し訳程度に肩にかけられた白いシャツ。ハーフドワーフでありながらすらりと伸びた手足と170(セルチ)に届く高身長、左眼を覆う眼帯。

 

端整な顔立ちと眼帯は主神に良く似た印象を与えるが、その立ち居振る舞いの差は歴然であった。

 

「主神様よ、執務室にいないと思ったらこんなところに()ったか。 お、なんぞ子猫でも拾ったのか?」

 

ズンズン歩み寄って来てはマオの頭をガシガシと掻き撫でる。首がもげてしまうのではないかという勢いで頭が動くが、そこはLv.6の【ステイタス】が耐えてくれる。しかし、勢いに流されてしまい、アウアウと目を回しながら振り回される。

 

「椿、やめなさい。 彼女は【ロキ・ファミリア】のマオ・ナーゴ、2つ名は【水鈴嫁(アプサラス)】.

だけど、(リン)ちゃんの方が有名かしら」

 

「おぉ、こやつがそうであったか! なるほど……して、何故ここに?」

 

「他の眷属()たちと一緒に鉱石の換金に来てたんだけどね、彼女だけ寝ちゃってたのよ。 それがあんまり可愛いから愛でてたの♪」

 

「ほう! 主神様を(とりこ)にするほどか! 確かに可愛いのう」

 

グリグリと頭を撫でていた手をそのまま頬へと移し、プニプニと(つつ)いたりグニグニと摘んで遊ぶ椿と呼ばれた眼帯の女性。

 

マオもようやく意識が覚醒し、一方的にマオの顔で遊ぶ椿の手を押し退ける。

 

「もう、ホッペが痛いです……」

 

「おぉ、すまんすまん」

 

マオは解放された頬を両手で撫でながら、ジト眼でソファーの脇に立つ女性を見上げる。その顔の半分を覆う眼帯に気付くと思わず振り返り、横に座っているヘファイストスの顔をマジマジと見てしまう。

 

そんなマオの表情にヘファイストスは微笑みで返しつつ答える。

 

「彼女は椿・コルブランド。 うちの団長で、唯一のLv.5よ」

 

「マオ・ナーゴです。 よろしくおねがいします」

 

マオは椿の方へ向き直すと靴を脱いでソファーの上で正座し、丁寧に頭を下げる。椿も立ったままではあるが、同じように頭を下げる。

 

「ほう、お辞儀されるとは思わなんだ。 マオはどこでそれを?」

 

「タケミカヅチ様に武術を習っていますので、そこで……ってそうだ! ヘファイストス様、これがお辞儀で、これが土下座です。 頭、頭の位置が違いますからね!」

 

マオは床で正座し直すと、お辞儀と土下座の意味と違いを力説する。突然始まったマオの講義に呆気に取られながらも聞き入る2人。

 

「……それで、その違いを知って意味があるのかしら?」

 

「あー……オラリオの風習ではないので本来なら見聞きすることはないでしょうね」

 

ある!と断言できないものの、近い未来にヘファイストスは経験することだろうとマオは思っていた。したがって、謝ったりお願いしたりする時の泣き落としの一種だと説明するに(とど)めた。

 

そんな話をしていると、ふとヘファイストスが気になったことを椿に尋ねる。

 

「そういえば、椿はどうしてここに?」

 

「うむ、主神様が執務室にいないのでな。 理由など無い、単に気になって探しただけじゃ」

 

カカッと笑う椿の姿に溜め息をつくヘファイストス。しかし、ヘファイストスはマオと椿の2人がいるこの時を好機と話を切り出す。

 

「まぁいいわ。 丁度いいからマオちゃんに聞きたいんだけど、いいかしら?」

 

「はい、なんでしょう?」

 

「貴女、いま使っている武器ゴブニュの所のよね? 防具も?」

 

マオが現在所有している武器は双剣・スピア・ハルバート・ナイフの4つ。そのうちの前3つは【ゴブニュ・ファミリア】製の特殊武装(スペリオルズ)だ。

 

ただ防具に至っては手抜きで、実はアイズのお下がりを修繕して使っている。小人族(パルゥム)用の物でもマオにはしっくり来るものが無く、それならばとあり合わせのお下がりを利用していた。

 

「武器も特注みたいな所がありましたから【ゴブニュ・ファミリア】で作ってもらってましたね。防具はー……今はアイズさんのお下がりです」

 

「それこそゴブニュのところで身体に合うもの作れたでしょ。 まぁいいわ、こっちの商機だと思って売り込みさせてもらうわね。 マオちゃん、私の眷属()と専属契約を結ぶ気はない?」

 

マオとしては自由に買い物ができる環境を維持したかった。しかし、痒い所に手の届く注文通り(オーダーメイド)の品も欲していた。ヘファイストス側からの申し出でに心が揺れる。

 

「せっかくですが、お断りします。今はまだフラフラしていたいのです」

 

「あら、そう……じゃあもう1つお願いしたいのだけれど、いいかしら?」

 

ヘファイストスは誰かに会わせたいようで、その口実に専属契約を使ったようだ。そこから察するに、眷属の1人。それも今ここにいる団長、椿・コルブランドではないことは確かだ。

 

【ヘファイストス・ファミリア】内で片付けられない問題。少々ややこしそうな事情だが、マオにとっては主神(ロキ)神友(しんゆう)だ。自分1人で片付けられるなら問題とは思わない。

 

「私1人で抱えられる程度でしたら何でも」

 

「ありがとうね、マオ。 でも、今日は夜から打ち上げでしょ 込み入った話はまた明日させてもらうわね」

 

胸の所で手を叩き、嬉しそうに笑みを浮かべるヘファイストス。そんな主神を満足そうに眺めながら頷く椿。

 

マオは明日は都合が悪くなるかも知れないから、予定を明後日にしてもらう。そして、椿に送られてマオはホームへと戻った。


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