オラリオのスタンド使い   作:猫見あずさ

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換金 前編

翌朝、遠征の疲れもあって熟睡できたマオだったが、一抹の不安を抱いたために早くに目が覚めた。時計を見ると5時を回ったところ。日がまだ昇りきっておらず、空がうっすらと赤みを射して来ている程度だ。

 

それでもマオは同室のレフィーヤを起こさないようにこっそりと着替えて部屋を出る。ティオネとティオナの部屋の前で《不壊金剛(クレイジー・ダイヤモンド)》を発動し、扉をすり抜けさせて中の様子を(うかが)う。

 

ティオネとティオナの2人がすやすやと寝息をたてていた。ティオネは毛布の半分を蹴り飛ばしており、ティオナは毛布を全てベッドから蹴落としていた。マオは2人の毛布をやさしくかけなおしてあげると、部屋の前から立ち去り、各塔をこっそりと歩いて回っていた。

 

ふと何気なく廊下の窓から中庭を見下ろす。いつも、この時間ならアイズが中庭で剣を振っているのを見ることができる。しかし、今日は居ないようだ。

 

マオはその後も探索を続け、一通り見回った後、調理場へと向かう。

 

 

朝食の準備には若干早く、まだ誰も居ない調理場。

 

マオが遠征で居ない間にこびり付いた汚れを落としていく。同時に掃除が終わったコンロでゆで卵を作っていく。普段は時間と量を考えて、ゆで卵を作ることは滅多にない。

 

わずかな掃除を終え、マオは本格的に朝食作りに取り掛かる。小麦粉をこね、パンを作る。発酵とオーブンで焼き上げる手の離れる時間でハムやソーセージ、野菜をカットしていく。

 

野菜中心になってしまったため、鶏肉でテリーヌも作る。小柄なマオが調理場狭しと駆け巡って下ごしらえをテキパキこなしていく様は圧巻だ。

 

朝食担当の団員たちはカウンター越しにマオのLv.6の敏捷と器用をフルに使った動きに息を潜めて見守るばかりだった。

 

「おはようございます。 勝手ながら朝食の準備をさせてもらっています」

 

そんなコソコソと眺める団員たちにマオはさらりと挨拶する。半ば隠れていただけに団員たちはばつが悪そうだ。

 

「おはよう、マオ。 もうちょっとマオの早技を見て居たかったけど、見つかったなら仕方が無い、何を作っているんだい? 手伝うよ」

 

マオは11歳とダントツの最年少だ。次点は15歳のレフィーヤになる。例えマオがLv.6で幹部に名を連ねているからと敬語で話しかける団員はまずいない。マオ自身がタメ口で良いと言っているのもあるが、ホーム内ではまず皆がタメ口だ。

 

それに対してマオは殆ど敬語を崩さない。理由は前世の口調(かんさいべん)が出てしまうからだ。忘年会ではロキと漫才をし、その流暢なロキ言葉(かんさいべん)に皆が驚き、大盛り上がりした。

 

ロキ曰く、「ウチより上手い……」だそうだ。

 

そのため、マオは普段は丁寧な言葉遣いや敬語を崩さないよう意識している。

 

「サンドウィッチと野菜とソーセージのスープ、それと鶏肉のテリーヌですね。 パンはサンドウィッチ用とバゲットを今オーブンに入れています」

 

「……後はサンドウィッチ用のパンを切って挟んでいくくらいだと思うけど、他に何かあるかい?」

 

「味見と物足りないなら追加をお願いします」

 

普段はもっと肉や魚を焼いたものに、パン屋で買ってきたパン。それとサラダとスープくらいなので、マオの作っているものはいつもより手が込んでいると言えた。

 

「朝食だし、こんなものでいいんじゃない?」

 

「そうね。 今日はみんなダンジョンに行くわけでもないし、軽めでも問題ないでしょう」

 

団員たちが量と内容から問題なしと太鼓判を押す。

 

「では、挟み込みの手伝いお願いします」

 

「あいよー!!」

 

分担作業で次々と料理を完成させ、食堂のテーブルへ並べていく。

 

朝食の時間が近づき、続々と集まる団員たちが驚嘆の声をあげる。

 

いつもはカウンターでトレイに盛られた朝食を受け取っていたが、今日は既にテーブルに置かれていること。そして、華やかであること。

 

しかし、マオを姿を調理場に見つけた人間から順番に納得していくのであった。

 

 

「この美味さは葡萄酒(ワイン)が飲みたなるなー。 赤か、いや白か……どっちもいくか……」

 

「朝っぱらから飲もうとするな!」

 

ロキが葡萄酒(ワイン)を取ろうと席を立つのをリヴェリアが制する。【ロキ・ファミリア】ホームでよく見られるいつもの光景に、皆が帰って来たことを実感し直す瞬間でもあった。

 

 

 

朝食をすませた【ロキ・ファミリア】の団員たちの内、遠征組はカーゴに積まれたドロップアイテムを持って中央公園(セントラルパーク)へ向かっていた。わざわざ集まり直した理由は単に示威(じい)行為だ。特に深層のドロップアイテムを持ち帰られるファミリアは数えるほどだ。そんな有象無象の冒険者たちに対して【ロキ・ファミリア】の力を見せつけている。

 

とはいえ、盗まれては一大事だ。噴水の縁に立つフィンとその両脇にリヴェリアとガレス、そしてアイテムを囲むように団員たちが立ち並んでいる。盗まれでもしたら一大事だ。

 

「それじゃ別れて換金といこうか。 僕とリヴェリア、ガレスで魔石の換金に行く。 アイズたちは【ディアンケヒト・ファミリア】に冒険者依頼(クエスト)の報酬の受け取りを含めて換金してきてくれ。 ティオネ、頼めるかな?」

 

「もちろんです!!」

 

目をキラキラと輝かせて返事をするティオネ。その直後から後背からオーラが立ち上っているようにも見える。実に恐ろしき恋する乙女。フィンは笑顔で頷くと続きを話し始める。

 

「ラウルたちは鉱石の換金を頼むよ。 前みたいにヴァリスをちょろまかしたりできないように、マオを付けるよ。 交渉役じゃなくてお目付け役兼護衛役ね」

 

「あれは本当に魔が差しただけっす! もうしないっすよーっ!」

 

お目付け役に指名されたマオは若干驚きつつもフィンに頷き返事をする。アキなどの付き合いの長い連中はラウルを囃し立てて遊んでいる。

 

一番人数を多く割いたのがフィンたち魔石班だろう。魔石はとにかく量が多い。次いでラウルたち鉱石班。こちらはその大きさだけでなく重さが特筆されるだろう。どちらの班もカーゴを押して移動だ。アイズたちの班が一番量も大きさも重さも無い。しかし、クエスト報酬は非常に高額なために持ち帰ってくる金額は馬鹿にならない。

 

「よし、じゃあ解散! 寄り道してもいいけど、ロキからも言われたとおり、夕食には遅れないように!!」

 

フィンが解散を告げると各班それぞれ、目的の場所へ向かい始める。ロキが言ったのは遠征の打ち上げだ。今回もいつもどおり『豊穣の女主人』で行われる。それまでじっくり交渉しても良いが、恐らくほとんどの者は午前中で終わり、午後をのんびり過ごすことだろう。

 

「さ、いくっすよー!!」

 

マオは今、ラウル他6人の団員と一緒に【ヘファイストス・ファミリア】の本店に向かっている。支店はオラリオの各所にあるが、鉱石などの換金は本店だけが行っている。

 

マオの現在の格好は白地に青の縁取りの線が入ったセーラー服と同じ柄のプリーツスカート、服と同じく白地に青いリボンの付いた水平帽だ。左肩から右脇へ斜めに掛けた茶色いポーチがアクセントとなっており、お嬢様といった雰囲気だ。一緒に歩くいかにも冒険者といった格好をしたラウルたちは、まるで護衛役のように見えてしまう。

 

そんなマオはラウルと手を繋いで歩く。その後ろに続くアキが口に手を当てて首をひねっている。

 

「なんというか……ラウルから犯罪臭がしてきそう」

 

「な、何言ってんすか!?」

 

「つまり、私がラウルさんの手を掴んで、いやー!放してーっ!!って叫べば良いんですね。 わかりました」

 

「ま、待つっすよ!! マオちゃんもふざけないでくださいっす!」

 

ラウルは背筋に冷たくねっとりとした汗が噴き出しているのを感じる。例え冗談でも、もしも正義感に燃える冒険者が居合わせたならば、ラウルはギルドのお世話になってしまうであろう。誤解が解けたとしてもその風聞から冒険者としての信用はガタ落ちとなり、今後の生活に影響を及ぼす。いや、その前にフィンやリヴェリアからの叱責が恐ろしい。

 

「嫌だなー、ラウルさんにそんなことする訳ないじゃないですかー」

 

「マオちゃん!? やけに棒読みっすよ?」

 

マオは今もタケミカヅチの元に通っている。その送迎は主にラウルだ。天然ジゴロの烙印を神々から押されているタケミカヅチの元に女性団員を連れて行かせる訳にはいかないとラウルに指示をし、男性団員を回している。

 

マオもその有り難さは重々理解している。タケミカヅチの所へ通い続けられているのもラウルたちが送迎役を了承してくれているからだと。そんな僅かな往復の間、マオたちはいつも手を繋いだり、時おり肩車したりと仲良く歩いている。その癖が今回の移動時にも出てしまい、団員たちの目に曝してしまった訳だ。

 

慌ててしまったラウルがよい弄られ役になってしまっただけで、割と良く見るいつもの光景でもあった。

 

そうやってワイワイやっている間に【ヘファイストス・ファミリア】本店に到着する。ラウルとアキだけが先に入り、換金依頼を行う。ややあってアキがカーゴ側で待機していたマオたちを呼び、全員がカーゴを押しながら査定のための応接室に入る。鑑定が終わるまでお茶をご馳走になりながら、のんびりと待つ。

 

もっとも、マオ以外の団員たちは念のためと代わる代わる鑑定人のもとへ監視しに行っている。数を誤魔化されると困るからだ。マオは天下の【ヘファイストス・ファミリア】がそんなことやる訳が無いと決め付けている。万が一、そのような素振りが見られたら、ロキに報告して神同士の話し合いで解決してもらおうと思っている。

 

そんな悠長に考えていたため、マオの落ち着きっぷりは他の団員の感心を買っていた。曰く、Lv.6の貫禄があったと。

 

「お待たせしました。 こちらが鑑定リストになります」

 

リストを受け取るラウル。リストには鑑定した鉱石のリストと値段がびっしりと書かれていた。そして鑑定人の後ろではマオたちが持ち込んだ鉱石を床に鑑定リストの順に並べられていた。

 

「じゃあ早速(さっそく)いくっすよ。 いいっすか?」

 

「ええ、どうぞ」

 

「まず、この5番の黒鉄なんですけど、安すぎないっすか?」

 

「そちらは比重が軽かったため、含有率に難有りとなっておりますので安くなってしまっています。 同じことが12番、23番、49番にも言えます。 逆に18番と37番は不純物なしの純金属と鑑定させて頂いておりますので高くつけさせてもらいました」

 

ラウルがリストを見て、鑑定結果に対して質問していく。それに丁寧に鑑定人が答えていく。スラスラと淀みなく質疑応答が交わされる様は台本を読んでいるかのようだ。

 

フィンの一点集中とも言える鋭い指摘から換金額を吊り上げるやり方ではなく、道理に基づいたラウルと堅実な交渉の仕方は根気と経験が必要だとマオは思い、自分には真似できそうにないと感心していた。

 

「次にモンスターのドロップアイテムのリストからなんっすけど――」

 

「そちらは――」

 

ドロップアイテムに関しては鉱石ほどアッサリと片付くこともなく、紛糾する場面がいくつか出てきた。ここからがラウルの腕の見せ所となるのだろう。だが、マオは前半のやり取りで飽きてしまい、早朝から起きて動き回っていたこともあって睡魔に襲われていた。

 

マオは口出しすることもなく黙ってみていたこともあって、あっさりと睡魔に負ける。ラウルやアキたちを頼りにしている裏返しとも言えなくも無いが……

 

そんな交渉の最中、トントンとドアがノックされ1人の女性が入ってくる。

 




中途半端ですが、9000字を越えたので、半分に分割させていただきます。

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