オラリオのスタンド使い   作:猫見あずさ

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リリルカ・アーデと出会う前のお話。


閑話 『銀の腕』

北西のメインストリートから奥まったところにあるお店『青の薬舗』。

 

【ミアハ・ファミリア】のホーム兼店舗だ。

 

店番は女犬人(シアンスロープ)がカウンターで眠そうに頭を乗せているだけだ。

 

マオが店内に足を踏み入れると、頭を起こしはしたものの眠たげな声で「いらっしゃいませ」と言うだけであった。

 

「あ、あのー」

 

マオがおずおずと店員に声をかける。店員はマオをじっと見つめ、「何でしょう?」と冷たく返す。

 

「こ、これをそこで貰ってしまいまして、本人は受け取ってもらえなかったので、こちらでお支払いさせて頂こうかと思って」

 

マオは鞄から1本の試験管を取り出し、店員に見せる。店員はその内容物に気がつくとパッ!と商売人の顔に変わる。

 

「これはこれは、わざわざありがとうございます。主神のミアハ様は誰にでもそうやって回復薬(ポーション)をタダで配ってしまわれるので困っているのです……それで、本当にお支払いで?」

 

頭を下げたかと思うとバッと腰は曲げたまま頭だけが前を向き、マオを見据える。マオは「ええ」と答えると、店員は500ヴァリスだと言い、言われるがまま支払う。

 

マオはその場で回復薬(ポーション)を飲み干す。味と効果を確認したのだ。

 

高等回復薬(ハイ・ポーション)などの扱いはありますか?」

 

「えぇ、こちらに」

 

そういうと店員はいくつかの試験管をカウンターに並べていく。マオは全種を1つずつ買い、全ての味と効果を確かめる。その様子を店員は若干青ざめた表情で見つめていた。

 

「うん。味、効果ともに申し分ないですね。私の分はこちらで買ってしまっても問題ないでしょう。すみません、こちらの高等回復薬(ハイ・ポーション)を5本と精神回復特効薬(マジック・ポーション)を5本、お願いします」

 

客の出入りが多いとも思えない店舗なだけに、久々の客に店員はやや戸惑っていた。そして、あわてて伸ばした手が別の試験管に当たり、カウンターから落ち、割れる。やってしまった!と試験管が落ちた側を覗き込むと、マオがしゃがみこみ試験管を手に立ちあがろうとしていた。

 

「え?だって、パリンって……あれ?」

 

「ギリギリでキャッチできました。割れてたら、コレまで代金請求とか止めてくださいよー」

 

ニコニコと冗談を言いながら試験管を店員に手渡すマオ。渡された試験管の様子を確かめてもガラスにキズ1つ無い試験管に疑問を抱きつつも梱包し、マオに手渡す。マオも代金を支払い雑談に入る。

 

「お姉さん、その右腕……何かあったの? 動きがちょっとぎこちないみたいだけど」

 

マオの指摘に店員は右ひじの辺りに左手を添えて話し出す。

 

「うん。1年くらい前かな。 ダンジョンでドジやっちゃってね……義手なんだ」

 

「……義手の調子は?」

 

「うん、最近ちょっと悪い」

 

「ちょっと見せて、いや、初対面で失礼でしたね。 そのまま右手を伸ばしてもらえますか?」

 

言われたとおり右手をまっすぐ伸ばして見せる店員。その右手をマオは触れないようにしながらも両手の手のひらを向ける。指先から肘の向こう、肩の近くまで手を何度も往復させ、目を閉じブツブツと呪文のような、状態の確認のような言葉を呟く。

 

「はい。 たぶん、初めて着けた時に近い状態に戻ったと思います」

 

マオがパッと離れて告げると、店員は恐る恐る手を曲げ、指を曲げ、状態を確認する。

 

「戻ってる。 何をしたの?」

 

「エヘヘ、何かしました」

 

笑って誤魔化すマオをジーッと見つめたあとフッと笑う店員。

 

「私の名前はナァーザ・エリスイス。 良かったら名前教えてくれない? 【ロキ・ファミリア】の()()ちゃん」

 

自分で子猫と口にした瞬間にナァーザは1人の上級冒険者の名前が思い浮かび、相手が名乗るより先に口から漏れ出す。

 

「マオ・ナーゴ、【水鈴嫁(アプサラス)】?」

 

「わたっ……ご存知でしたか。 改めまして、マオ・ナーゴです。 もしも義手の調子が悪くなったらまた教えてください。 磨耗以外は直せると思いますので」

 

「ありがとう。 これからも、御贔屓に」

 

「ファミリアとしての買い物は【ディアンケヒト・ファミリア】と懇意にしてしまっていますので、個人的なお付き合いになります。 あまり売り上げに貢献できないと思いますので……試作品などあれば、遠慮なく声をおかけください。 面白いものなら材料の提供も惜しみませんよ」

 

思いもしないマオの申し出に、口をあんぐりと開けたまま固まるナァーザ。マオが「もしもーし」と手を顔のまで振ると、ナァーザもハッ!と息を吐き、頭をプルプルと左右に振る。正気を取り戻し、初めに見た眠たげな表情に戻る。

 

「……いいの?」

 

「ダンジョン内ならお任せあれ」

 

「うん、任せた」

 

マオは仰々しくお辞儀をしてみせ、顔を上げた際はナァーザにウィンクまでして見せた。

 

「商品の材料なら、次回商品1割引きで引き受けますし、試作品ならその物1つでどうですか? ……物によるならその都度、交渉という形でもかまいません」

 

「……やっぱり取るんだ手数料」

 

「いえ、この場合(わず)かでも取っておけば依頼(クエスト)という形で誤魔化せます。 無償ですと他所にもれた時にお互いの立場が悪くなりかねないので……」

 

「なるほど。 そういうことなら、仕方が無い」

 

交渉成立とばかりに握手する2人。マオは包んでもらったポーションを胸に抱き、店を後にする。出て行こうと戸を開けた姿勢のままで首だけまわし、ナァーザに告げる。

 

「ナァーザさん、先ほど私が飲んだポーションの試験管ですが、すぐに処分しておいてもらえますか」

 

「……? ん、わかった」

 

意味がよくわからないが、とりあえずとナァーザは返事をする。その返事に満足したマオは店を出て行くのであった。

 

ナァーザは閉店後に片付ければいいやと空になった試験管をカウンターの中にしまい、また頭を乗せて気だるげな店番の姿勢に戻る。

 

 

マオが店を出てから数十秒後、『青の薬舗』に数人の来店客が現れる。

 

ナァーザは「今日は大入りだ」と頭を上げてお客さんを見る。全員冒険者ではなく、男神だった。

 

「おい、本当にこの店なのか?」

 

「あぁ、あの紙袋のエンブレム(マーク)はミアハのだ」

 

「お前の鼻は確かなのか?」

 

「もちろんだとも! さっき(リン)ちゃんからは甘い香りがした。 あれはポーションの匂いだ。 ここで飲んだに違いない!!」

 

狂気とも取れるほど鼻息荒く店内を物色する男神たち、そんな様子に気圧されながらもナァーザは「いらっしゃいませ」と声をかける。するとグルンッ!と男神たちがいっせいにナァーザに向き詰め寄ってくる。

 

「店員さん、さっき(リン)ちゃん、あー……えっと……」

 

「鈴をつけた子猫人(キャットピープル)が来てポーションを試飲したりしてないか?」

 

「あぁ、確かにこちらの商品を試飲した上で購入していきました」

 

ナァーザはマオが飲んだポーションをカウンターに並べていく。しかし、男神たちは製品に興味はないと言わんばかりに並べられたポーションに目もくれずに辺りを窺っている。

 

「……何をお探しで、ひぃっ!」

 

1人の男神がナァーザの手を取り、鼻を近づけスンスンと匂いを嗅ぐ。周りの男神たちも「どうだ?」と様子を見ている。

 

「……匂いがする。 店員、(リン)ちゃんに触れたのか?」

 

「え、えぇ……握手しましたが……それが?」

 

「……っちだ?」

 

「はい?」

 

「……どっちだ?」

 

「えっと、どういう意味でしょうか?」

 

ナァーザは気圧されながらもカウンターという物理的な障壁のお陰か、理性を失うことなく何とか接客(?)を続ける。

 

「握手したのはどっちからだ? お前からだったら粛清しなければならないが」

 

「えっと、どっちからと言われましても……話の流れで、どちらからとも無く手が出た、と言いますか」

 

「おい、この場合はアウトかセーフか?」

 

「触れる事が目的ではないようだからセーフではないのか?」

 

「いや、握手を誘った言動があったなら、例外なくアウトだぞ?」

 

「ただい……いったい何が起きているのかな?」

 

扉を開けて入ってくきたのはローブを纏った男神、【ミアハ・ファミリア】の主神ミアハだった。店内で輪になって相談している男神たちを視界に入れるや警戒態勢をとる。

 

「ミアハ様、その、何と説明しましょうか……」

 

説明をしようにも自身も把握できずにおり、戸惑うナァーザ。どうせまた良からぬ事だろうとミアハは決め付けて男神たちを外に出す事に決める。

 

「とにかく、そこで会議を起こされては迷惑だ、外でやってくれないか」

 

「ミアハ! そうは言うがな、お主の眷属が(リン)ちゃんに触れたんだ! 断罪の余地があるかも知れんのだぞ!」

 

「ほぅ、ではその(リン)とやらを呼んでこよう、どこに居るのだ?」

 

「「「イエス、ロリコン!ノー、タッチ!」」」

 

「「……は?」」

 

「む、ここのファミリアは誰も(リン)ネットワークに参加していないのか」

 

「それではルールも何も知らんのではないか! この場合、初回は免除だったな?」

 

「むむむ……仕方があるまい。おい、ミアハ! これを読んでおけ、次は無いからな」

 

そういうと懐から一冊の手帳サイズの冊子を取り出し、ミアハに渡す。呆気に取られているミアハは力の入っていない手にしっかりと冊子を掴まされ、男神たちはゾロゾロと店を後にするのであった。

 

「ナァーザ……なんだったのであろうな、あれは」

 

「あれが何だったのかは判りかねますが、原因はなんとなく分かります」

 

そう言うと、ナァーザはカウンターに下げていた空になった試験管を見せる。

 

「ん? 誰かが飲んでいったのか?」

 

「えぇ、今日ミアハ様は少女の猫人(キャットピープル)回復薬(ポーション)をお渡しになりませんでしたか?」

 

「おぉ、灰色の良い毛並みをした子にぶつかってしまっての、()びにと1本渡したぞ」

 

「その代金を律儀に払いに来てくれました。 さらに追加で10本ほど」

 

「おぉ、それは悪いことをしてしまった。 会ったら改めてお礼と詫びを言わねばな」

 

「その前にそれを読んでおかないと拙いのでは?」

 

ナァーザはミアハの持つ冊子を指差す。ミアハは今の話の流れでこの冊子に行きつくのか、要領を得ていない顔をする。

 

「どうしてだ?」

 

「その子、【ロキ・ファミリア】の最年少Lv.5、マオ・ナーゴですよ。 【水鈴嫁(アプサラス)】とか【(リン)ちゃん】とか呼ば……あぁ、(リン)ちゃんだった」

 

マオのあだ名とそれに付いて回る逸話を思い出し、ナァーザはカウンターに上体を崩れさせる。

 

「ん? ナァーザよ、どういうことだ?」

 

「ほら、2年ほど前の戦争遊戯(ウォーゲーム)で【ニヌルタ・ファミリア】の団長を倒しちゃった子ですよ」

 

「おぉ、そう言われると大きくなったの……あぁ、そうか、あの事件の子か。 ふむ……」

 

ミアハはあの戦争遊戯(ウォーゲーム)のきっかけになった事件を神会(デナトゥス)で聞き及んでいた。そして、手元に残された冊子をじっと見つめた。

 

「ミアハ様、店番お願いします。 今日は食事をちょっとだけ、豪華にできそうです」

 

「そうか、それならこれからもご贔屓(ひいき)にしてもらわねばの」

 

 

 

幸運の招き猫を手に入れた『青の薬舗』、こそこそと冒険者がやってくるだけでなく神様ですら買い求めてくる隠れ家的店舗となっていくのであった。




閑話という形でナァーザさんをぶっこむ。

これで後はベル君とヴェルフ君の2人……ストックが赤信号です。

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