オラリオのスタンド使い   作:猫見あずさ

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夢遊病

18階層で全班合流し、点呼を取る。

 

ここから下はまだ中層だが、目的の階層は下層のさらに下の深層と呼ばれる。Lv.2のパーティーでは中層が精々だ。

 

一団となった【ロキ・ファミリア】の遠征組は前衛にフィン、中衛にリヴェリア、後衛にガレスと3幹部を配置する。

 

そして第一級冒険者のアイズ、ベート、ティオネ、ティオナをフィンと同じ前衛にて襲い来るモンスターたちの露払いとする。マオはリヴェリアと同じ中衛にてカーゴを運搬しているサポーターを守ることになった。

 

ダンジョンは一本道ではない。

 

当然分岐点があり、進路では無い方向のモンスターまで前衛は退治しない。襲い掛かってきた分だけだ。そのため、マオたち中衛は分岐点ではサポーターや荷物の入ったカーゴを守るため、前へ後ろへと注意を駆け巡らせる忙しいポジションである。

 

それでも前衛よりかは暇になりがちである。

 

「マオ、疲れた……いや、何か悩んでおるな。 どうした?」

 

リヴェリアがやや表情を暗くするマオに問いかけた。周囲の団員はマオの変化に全く気付いておらず、リヴェリアの問いかけに、「さすがママ」と内心でリヴェリアの慧眼に恐れ(おのの)くのであった。

 

「私、Lv.2になった時から《魅了》が使えるようになったんです」

 

マオの告白に周囲がざわつく。人を意のままに操ることができるとマオは言ったのだ。

 

「騒ぐな! ……それで?」

 

リヴェリアはそんな周囲を押えつけ、マオに話の続きを促す。

 

「モンスター同士をぶつけているのに抵抗は無かったんですよ。 キラーアントなんて、同士討ちの場合は瀕死でもフェロモン撒かないってわかりましたし……だから、ゴライアスも同じ様に《魅了》で楽に倒しちゃおうとしたんですよ」

 

「……情がわいたか」

 

「ええ、まさかゴライアスがあんな蕩けた笑顔を見せるとは思わなかったので……人型を《魅了》するのはダメですね。 心が寂しくなります」

 

「ふむ、ではこのゴライアスの皮はマオが持っておくか?」

 

先の戦闘で出たドロップアイテムだ。リヴェリアは形見のような感覚(つもり)でマオに打診する。

 

「見ると思い出しちゃうので、売っちゃいましょう。 それに……」

 

「それに?」

 

「ゴライアスみたいな大型モンスターですら手玉に取るなんて噂になりでもしたら、恥ずかしくて街歩けそうにないので」

 

マオは槍を脇で挟み、両手を真っ赤にした顔の頬に当ててテレテレと左右に首を振る。

 

「プッ! フフフフ……ハハハ!!」

 

リヴェリアは堪えきれずに腹を抱えて大笑いする。いや、リヴェリアだけでなく、先ほどの会話を真剣な面持ちで聞いていた団員全員が笑っていた。

 

「リヴェリアさん!! もうっ! みんなまで!!」

 

爆笑の渦の中心にいるマオはプリプリと怒ってみせるが、笑いはなかなか収まらなかった。

 

「すまんすまん。 マオ、お主2年前に神を魅了して狂わせておるのだぞ。 今更何を言うかと思ってな」

 

「そうそう! あれも遠征中の出来事だったよねー。 帰ってきたらいきなり戦争遊戯(ウォーゲーム)だー!だもん。 あの時は耐性なくて呆気に取られたっけ」

 

ワイワイと中衛の団員たちが思い出を語り合う。その空気はとても深層に向かう遠征のものではなくなっていた。

 

「さぁ、まだここはダンジョンで今は遠征中だ。 私からきっかけを作っておいて悪いが、油断せず気を引き締めようじゃないか」

 

まだ頬が緩んでいるリヴェリアが副団長としての務めを果たそうと弛緩した雰囲気を引き締めにかかる。団員たちは気を取り直して周囲を警戒する。

 

マオも槍を手に真面目にやっているのだが、どこか拗ねている雰囲気が拭えない。

 

 

 

 

 

それでもそのまま遠征は進み、24階層まで来ていた。

 

「よし! 今日はここで休もう。 宿営の準備を!」

 

フィンの宣言に団員はすぐさまテントや焚き火の準備にかかる。マオたち第一級冒険者は見張りとして周囲を警戒して回る。

 

あとは食事と休憩、見張りを交代でまわしていくだけだが……

 

「あとは、マオの癖が治ったかどうかだな」

 

「意識が無いので注意しようが無くて……治っているといいのですが」

 

火を囲んでの食事でリヴェリアが冗談めかしてマオの困った癖を指摘した。17階層でゴライアスの誕生がやや遅かったということはあるが、全体の行程は順調であり、このまま38階層まで問題なく進めることができるだろうと思われていた。

 

 

 

 

 

そして、遠征で発覚したマオの困った癖、それは夢遊病だった。

 

ホームでは1度も起こっていない。マオは寝ぼけたまま徘徊し、違うテントに潜り込んではそのまま総員起こしまで寝ているのである。

 

最初の被害は男性用テント、つまり本営テントで寝ていたフィンたちを含む10人近い男たちであった。その数の多さから、見回りから戻った誰かだろうと碌に確認もしないまま皆眠りこけていたのである。

 

朝になってマオがテントに居ないことに気付いた女性団員がリヴェリアに報告し、そこからフィンに報告しようと見張り要員だった男性団員の1人がテントに入ったら、マオがフィンの脇で小さく丸まってくっつくように寝ていたのである。

 

緊急事態とばかりに飛び込んできた団員がピタリと動きを止める。ただならぬ空気をまとって入ってきたのだから、ここがダンジョンだと自覚している団員たちは飛び起きる。

 

フィンもガレスも状態を起こし、片手には自分の武器を掴んでいた。――もちろんマオも起き出し、何事かと周囲を見渡していた。

 

「う、男くさい……」

 

寝起き一発目の言葉が臭いでは男性陣も微妙にショックを受けただろう。ダンジョン内で身体を清掃する機会はほとんどない。どうしても体臭は拭えない。

 

「いたーーーっ!!」

 

「あれ? マオ、何でここに?」

 

テントに入ってきた男はそのまま飛び出し、リヴェリアに報告する。フィンは何故ここで寝ていたのかをマオに尋ねるが、全く記憶に無いマオは首をかしげるばかりだ。

 

その後も事情を説明しようにもマオに記憶がなく、寝ぼけたとして処理するしかなかった。

 

翌日の夜もマオは自分のテントを抜け出し、ティオナとティオネの間に入り込んでいた。

 

距離や最後に会話した人物、匂いなど様々な要因が考えられたが、ついぞ関連性が見出せず、マオの夢遊病は癖のようなものとして認識され、宿営地から抜け出さないようにだけ見張りが気をつけることで片付けられた。

 

 

 

 

「大人になるまでに治っててくれたらいいさ。 もしくは女性用テントだけに行くなら、ね」

 

遠征の往復で1回ずつは男性用テントに潜り込んでおり、その時あいていた隙間にスッポリと収まって寝ているのだ。

 

ある時はラウルの大きく開いた足の間で寝ており、「冗談でもロキの耳に入ったらラウルが死ぬ」と全員の意見が一致したため、今でも誰も口にしていない。

 

「でも、アレでしょ? マオの入ったテントに居た人ってランクアップだったりドロップアイテムだったりで幸運に見舞われるんでしょ?」

 

ティオネの言うとおり、ほとんどの人間がランクアップないし、野営のために壊した壁から貴鉱石(レアメタル)を掘り当てたりしている。寝ぼけたマオは幸運の招き猫化していた。

 

「万が一見張りの隙間を通られては困る。 何か対策しておきたい所だが……」

 

リヴェリアは顎に手をやり考え込む。これまでも様々な対策を採ってみたものの、起きているのではないかと疑いたくなるほど器用に乗り越えていた。

 

紐で縛ってみても物音1つ立てずに解き、テントを外から鍵をかけても《不壊金剛(クレイジー・ダイヤモンド)》で突き抜け、直していた。

 

「【ディアンケヒト・ファミリア】で感知器(センサー)か薬でも作ってもらうかのう?」

 

ガレスの何気ない一言にフィンが思いつく。

 

「感知器! それだよ、マオ。 鈴のついた首輪(チョーカー)は持って来ているかい?」

 

「鈴セットは私のトレードマークですし、《挑発(スキル)》と相性が良いのでいつも持ち歩いていますよ」

 

マオは軽鎧(ライトアーマー)の内側から鈴のついた首輪とリボンを取り出す。

 

「マオ、今日から寝るときはどっちでも良いから身につけてから寝てくれるかな。 音が鳴れば居場所がわかって僕らも安心だ」

 

「なるほど、やってみます」

 

 

 

――効果はあった。

 

 

 

 

マオは言われたとおり、首輪(チョーカー)を身につけて寝た。他の団員たちも寝つき、起きているのは見張りと極一部という頃、チリン、と鈴が鳴り響いた。

 

その音に反応してテントを飛び出す第一級冒険者たち。その視線の先にマオはいた。マオは両手をだらりと下げ身体を左右にユラユラと揺らしながら歩き出す。まっすぐ誰かのテントに入るのではなく、テントの前に立ってはスンスンと匂いを嗅ぎ、またユラユラと歩き出す。

 

それをほぼ全てのテントで行った後、1つのテントに入り込み、またスンスンと鼻を鳴らして匂いを嗅ぐ。今度はそのテントに寝ている団員たちを嗅いでいた。そして、そのまま丸まって寝てしまったのである。

 

マオが寝たのを確認したフィンたちはテントから離れて相談する。

 

「あんなことしてたんだね」

 

「匂いで何を感じ取っているのかはわからんが、目は開いておらぬし、やはり寝ておるのだろう」

 

「何にせよ、おもしろい奴じゃわい」

 

「とりあえず、何をしているのかはわかった。 あとは夜間警戒の見張り要員として起こすようにすれば解決するんだけど……」

 

「それは15になるまで待って欲しい。 私の我侭(わがまま)ですまんが」

 

「寝る子は育つというやつじゃな。 なぁに少々派手な寝相と思えば可愛いものじゃ」

 

「ガレスの言うとおりだね。 それに15を待たずに治るかも知れないよ」

 

「うむ、そうだな。 キャンプから出る気配が無くて一安心で良しとしておくか」

 

フィンとリヴェリア、ガレスが結論にもならない結論を出してテントに戻っていく。アイズたちも居たのだが、年長組の判断に任せようと静かに見守っていた。


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