オラリオのスタンド使い   作:猫見あずさ

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試験体

買い物へと出かけたはずのマオとリリは1つの安宿へと入っていく。そこはあまり評判の良くない宿の1つ。

 

マオはリリに手続きをしてもらい、最上階の窓のある部屋を取る。そして、荷物を隅に置き、ベッド脇のサイドテーブルに金貨の入った袋を――わざと中身が若干こぼれているように――置く。

 

窓の鍵を開けてから2人は軽装で外に買い物で出かけた振りをする。

 

2つ目の角を曲がった時、マオはリリを抱いて飛び上がる。そのまま建物の屋根に飛び乗り、後をつけていた人間が皆、宿に入っていくのを確認する。マオとリリは屋根伝いに宿へ戻り、マオだけが窓から部屋の中の様子をうかがう。

 

(もうそろそろ入ってくるかな……って!!)

 

マオは窓から慌てて離れる。

 

ドアがガチャガチャと音を立て鍵が開けられ、男が3人入ってくる。全員の視線がベッド脇のサイドテーブルに向かい。ドタドタと足音を響かせて部屋の置くへ進む。

 

マオはそっと窓を開け、中へ滑るように音も立てずに入りこむ。そして、興奮しながら金貨を数える男たちに気付かれないように入り口へ進み、ドン!とドアを勢い良く閉め、鍵をかける。

 

「だ、誰だ!!」

 

「それは普通、私の台詞ですよ」

 

「なっ!! お前はさっきの小娘!」

 

「で、御三方は私の部屋で何をなさっているのですか?」

 

マオの目が怪しく光る。3人はマオ1人とあって、最初は驚いたもののすぐに気勢を戻す。

 

「何ってなぁ、ちょっと嬢ちゃんたちの稼ぎがいいもんだから恵んでもらおうと思ってな。 あいにく留守だったみたいだから、もらうもんだけもらっておこうと思ってよ。 別にかまわねぇよなぁ?」

 

男たちが調子に乗る理由、現れたのが武器を持たない小娘1人、それも下級冒険者だと思い込んでいたからだ。

 

マオはこのとき、頬当てなどの防具類は全て装備したまま、武器だけを部屋の隅に置いていたのである。

 

「かまいます。 これは私たちが稼いだお金です。 あなた達は何の関係も無く、差し上げる理由になりません」

 

きっぱりと言い放つマオに襲い掛かろうと3人は腰を落とした姿勢になる。そんな時、廊下側からドアを叩く音が響く。

 

「おい、どうした? 早くしろ!!」

 

マオはすばやく開錠し、ドアを開け、そのドアの影へ隠れる。何も知らない男たちの仲間はゾロゾロと部屋の中へ入ってくる。

 

「おい、どうした? 何やってんだよ!」

 

仲間の3人が部屋の隅で腰を落としてこちらを見つめている。何のことだかサッパリわからない入ってきたばかりの男たち4人は口々になんだよと尋ねるが、答えをもらう前にマオがドアを再び閉める。

 

「招き入れた覚えはないんですがね……どうして入ってきたのでしょうか?」

 

「あぁ? なんだこの小娘は……お、お前はさっきの!!」

 

「同じ言葉を繰り返して、語彙力が足りてませんよ」

 

「う、うるせぇ! 見られちまったもんは仕方がねぇ。 捕まえて売っ払っちまえ!!」

 

男の1人が叫び、マオに掴みかかる。マオはその手を掴み返し、そのままグイッと男を引き寄せる。男と顔を寄せ、視線を合わせる。ほんの数秒間、部屋には沈黙が訪れる。

 

「お、おい。どうした? 何があった?」

 

他の男たちからはマオの様子も男の顔も見えず、ただ様子を窺うしかなかった。もう1人の男がマオと男を引き離そうと近づいたとき、マオにくっついていた男が体ごと振り返る。

 

「さぁ、貴方は私を守る騎士よ。 この悪逆非道な輩から私を守ってくださいな」

 

マオが笑いをこらえるようにお腹と口元を手で覆いながら、演技がかった口調で目の前の男に指示を出す。マオの目は怪しく紫色に光っており、男の目も紫色に染まっていた。

 

「お、お、おおぉぉおおおぉ仰せのままに!!」

 

男は剣を抜くと仲間たちに向かって切りかかる。仲間の思いもしなかった行動に全員が遅れを取り、近くにいた2人が先ず切りつけられ、床に伏せた。残りの4人も慌てて抜刀するが、部屋の中で思うように連携も回避も出来ず、一騎打ちの形が続く。

 

その隙をぬって、マオは悠々と窓を開け、外にいたリリに合図を送る。リリはそのままギルド本部の方向へと駆け出していった。

 

マオは窓の鍵を閉め、再びドアの前へ陣取る。誰も逃がさないという決意の表れだ。

 

そうこうしている内に、立っている男は3人になっていた。1人はマオに操られている男だ。

 

「降伏するなら助けてあげますよ」

 

「うるせぇ! 早く仲間を元に戻せ!」

 

「あら、私を守る騎士となって幸福そうよ?」

 

「はい、幸福至悦でございます」

 

「ほら、どうする? 貴方たちも私の騎士になる?」

 

「う、うるせぇぇぇ!!」

 

男は操られている仲間の剣を叩き折り、マオに向かって飛び掛る。

 

マオは難なく剣の腹を手で払う。体勢の崩れた男を顔を掴み、視線を合わせる。こちらも数秒の後、のそりと振り返る。

 

この男の目も同じように紫に染まっているのを見ると、残っていた男は剣を置き、床に伏せる。

 

「た、助けてくれ! 出来心だったんだ!! 命だけはお助けおぉぉぉ!!!」

 

「では、そのまま手を床に着いたまま座っていてください。 手が浮いた瞬間、刃向かったとみなしますので」

 

「わ、わかった!!」

 

マオはベッドからシーツを剥ぎ取り、魅了にかかっている2人の男を手足を縛りあげてから魅了を解く。次に切り伏せられている男たちを《不壊金剛(クレイジー・ダイヤモンド)》で治療し、武器を取り上げる。

 

そうこうしている間にドアがノックされる。

 

「ナーゴ様、ご無事ですか? リリです、ギルドの方をお連れしました」

 

マオがドアを開けると、ギルド職員が応援を要請したと思われる冒険者が飛び込んで様子を窺う。

 

気絶している者、戦意無く床に手を着いている者、縛り上げられている者……部屋の中は暴れた跡があるが、マオは素手でドアの前に佇んでいた。

 

冒険者たちは男たちを鎖で縛り、連行していく。マオは入ってきたギルド職員に事情を説明しようとして固まる。ギルド職員は(うやうや)しくお辞儀をして名乗る。

 

「暴漢に襲われていると聞き、駆けつけてまいりましたが、ご無事のようでよかったです。私はギルド職員のエイナ・チュールと申します。 よろしけれb……あれ? マオちゃん?」

 

部屋の様子を一望しながら挨拶をしていたエイナは、被害者の様子を下から上へと見ていく中で、その顔が見知った者のそれであると気付く。ひどく言いにくそうに頬当て越しに頬を掻くマオがいた。

 

「えーっと、お昼にギルドで換金してたら嫌な視線を感じたので、罠を張った次第です」

 

「そ、そう。じゃあ調書取るから、一旦ギルド本部に来てもらっていいかしら?」

 

エイナは目尻のあたりをピクピクと痙攣させながら、冷静に対応していく。

 

「この部屋は私ではなく彼女の名義で取ってるので、できれば私は居合わせた冒険者Aとしてもらえると助かるのですが……ダメですよね」

 

マオはエイナに少しでも事件に名前が載ることを回避しようとするが、エイナの眼光の前では諦めざるを得なかった。

 

「あ、でも、ここの宿主からも話を聞いてくださいね。 彼らは普通に鍵を開けて入ってきていますから」

 

エイナに宿主のことを告げると、もうすでに連行された後であり、エイナがやり手のギルド職員であることをマオは再確認するのであった。

 

調書作成のための事情聴取を終え、マオとリリはギルドを後にする。日はまだ高くあるとはいえ、空はうっすらと赤みが射そうという時間でもあった。

 

「遅くなってゴメンね、リリ。 まだ時間大丈夫?」

 

「いえ、ナーゴ様の機転が無ければリリは本当に危なかったかも知れません。それにまだそこまで遅いわけでもないですから、パパッと買ってしまいましょう」

 

エイナに怒られながらも事情聴取は速やかに終わり、マオはリリの案内のもと、安く食材を買いに街へ出る。

 

お互いのファミリアの団員との接触を避けるため、西のメインストリートを中心に食料品を扱っている店舗をいくつか回り、無事に買い揃えることが出来た。

 

「ホームに帰ったら早速作ってみるよ。 思ってたよりずっと安く買えたから余分にいくつか試してみたい食材も買えたし、本当に助かったよリリ。 明日、リリの分も持って来るから楽しみにしてて!」

 

「是非とも美味しい物をお願いしますよ。 では、私はここで失礼します。 また明日、ナーゴ様」

 

「送らなくて大丈夫?」

 

マオの申し出にリリは丁重に辞退する。マオは周囲の気配を確認してからリリと別れ、『黄昏の館(ホーム)』へと足を向ける。日が街壁の向こう側へ隠れ、魔石灯が街を照らしている。

 

マオはダンジョン帰りの冒険者達の間を縫って足早に帰るのであった。


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