オラリオのスタンド使い   作:猫見あずさ

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2つ名

「……【水鈴嫁(アプサラス)】、ですか」

 

「すまなぁ……もっとええ【2つ名】勝ち取ってきたかったんやけど、男神たちが団結しおってな」

 

机に突っ伏し、ぐでーと伸びながらロキは悔しそうに言う。

 

他の団員も何事かとこちらの様子をうかがっている。場所は談話室。ロキ、マオ以外にも複数の団員たちがくつろいでいた。

 

そして先ほどまで摩天楼施設30階(バベル)にて神会(デナトゥス)が行われており、ランクアップを果たした冒険者の【2つ名】が話し合われていた。

 

以前から【2つ名】を有し、【ランクアップ】を果たした冒険者も再考されるのだが、ほとんどはそのまま据え置かれることが多い。

 

現状に合わない【2つ名】になっていたり、本人かその主神が強く要求することで変更されることもあるが、良くなるかは運でしかない。

 

そして、そういう意味において初めてランクアップを果たしたLv.2冒険者たちは何の先入観も持たずに【2つ名】を付けられるとあって、大いに盛り上がる(いけにえにされる)のだ。

 

 

 

 

 

 

 

時間は少し遡り、バベル30階、神会会場。

 

「さて、みんな揃ったみたいだから、始めるわよ」

 

「「「おぉーーーー!!」」」

 

司会進行を行っているのは妖艶な肉付きの女神、黒い髪と金色の眼を持つ神バステト。

 

【デメテル・ファミリア】と同じ農業系ファミリアではあるが、その違いはデメテルが生鮮食品を扱うのに対し、バステトはジャムやドライフルーツなどの加工食品を多く扱っている。

 

住み分けが出来ているので農業系ファミリア大手のデメテルとも仲が良く、意見交換会や品評会なども盛んに行われているらしい。

 

「まずは近況報告ね。情報共有しておきたい内外の出来ことがあったら報告してちょうだい。」

 

『【ロキ・ファミリア】が【ニヌルタ・ファミリア】ぶっ壊しました』

 

「元ニヌルタ眷属達の行方は把握してあるのかしら?」

 

「それはウチが全部確認した。 田舎戻ったやつ以外は再就職先見つけてがんばってるわ。 みんなも協力サンキューな」

 

「他には何かあるかしら?」

 

『オラリオではないが、天候不順で凶作な地域があるらしい。 まだ詳細は掴めていない』

 

「それはわかり次第、私かデメテル、伝えられる農業系ファミリアにすぐに教えて。 こちらでも対応の準備はしておきましょう」

 

ラキア王国(アレス君)がまた動き出しそうです』

 

「……さっきから学級会みたいになってない? なんかイラッとするのだけれど」

 

『『『フヒヒ、サーセン』』』

 

「あとでお仕置きするとして、アレスね。 そっちも監視だけは強めておきましょうか。 どこでやる?」

 

『それならこっちで受け持とう』

 

『お前がやるなら、俺のところも協力しよう』

 

「そう、任せたわよ。 動き出したら改めて皆にお願いすることになると思うわ」

 

バステトが見渡すと、大派閥のフレイヤとロキがそれぞれ答える。

 

「そうね。 私のところはいつでもいいわよ」

 

「ウチんとこもいつでもいけるで」

 

「ありがと……こんなものかしらね。 じゃ、【2つ名】にいきましょうか」

 

「「「「「いぇぇぇぇぇーーーーーいっ!!」」」

 

「俺がガネーシャだ!」

 

Lv.3以上にランクアップした者たちの【2つ名】はそのほとんどが据え置かれ、あまりにも痛すぎた者が若干マシなものに改められた。

 

「ここからはLv.2になった子ね。 まずはガネーシャのところのキタラ・コタラ、アマゾネスの子ね」

 

『鉄鞭を使うのが上手か……【女王様(キラークイーン)】とか?』

 

『馬っ鹿野郎、もっとかっこよく【血塗られし獣の上に君臨する者(ブラッディー・マリー)】とかどうよ?』

 

『『『どっちもイテェェぇーーー!!』』』

 

『そのまま【鉄鞭(アイアン・ウィップ)】ではダメなのか?』

 

『『『『は? なにそれ?おいしいの?』』』』

 

(あかん、今日はことさら変なスイッチ入っとる。マオ、あかんかもしれへん)

 

ロキの心配を他所にどんどん決まっていく他の冒険者の【2つ名】。今日ばかりはふざける側に回れなかったロキがおり、とうとうマオの番が来る。

 

「次で最後ね。 あら、ロキの子なのね。名前はマオ・ナーゴ。 猫人(キャットピープル)じゃない! ロキ、この子ちょうだい!」

 

「誰がやるか!!ってバステト、先月の戦争遊戯(ウォーゲーム)見てへんのか?」

 

「新しい苗の買い付けでオラリオから離れて忙しかったから知らなかったのよ。 そう、この子がLv.4を倒した子なのね。 ますます欲しくなっちゃう……ロキ、なんとかならないの?」

 

「絶対にやらん! 変に手出しするんやったらウチに潰される覚悟せぇよ」

 

ロキの怒気をはらんだ神気が部屋に満ちる。誰かが喉を鳴らす音さえはっきりと聞こえるほどに静まりかえった。

 

そんな怒気を正面から受け止める立場にあるはずなのにバステトへ平然と組んでいた足の上下を入れ替え、コロコロと笑う。

 

「ふふふ、ごめんなさいね。 猫人(キャットピープル)はできればウチに迎えたかったのだけれど、ダメなら諦めましょう。 あ、でも友達づきあいはしてもいいのかしら?」

 

フッと神気をおさめ、いつもの表情に戻るロキ。

 

「マオがええ言うんやったら、ウチは何も言わんで」

 

「そう、ならロキもマオもこれからも宜しくしてもらわなくっちゃ……そうそう【2つ名】決めてあげなきゃね」

 

司会役を忘れていたバステトが思い出したように話を戻した。

 

『【神々(我々)の嫁】!』

 

『それじゃあ【剣姫(けんき)】と一緒じゃねーか』

 

『なんでロキのとこばっかり可愛くて強い子集まるんだよ、こっちに回せー!!』

 

「だったらもっと街出て探せアホぉ!」

 

『嫁にするには幼すぎる。【我々の花嫁候補】でどうだ?』

 

『それなら【神々の婚約者(我々のフィアンセ)】だろ』

 

『『『それだ!!』』』

 

「あんまりふざけたこと抜かすとどうなるかわかってるんか?」

 

ロキの神気が再び漏れ出す。しかし、今度はバステトによってたしなめられる。

 

「神会に脅しを入れるのはオラリオへの反逆行為よ、ロキ落ち着きなさい」

 

「せやな、落ち着かなあかんな……でもどうせなら可愛い名前付けてやりたいやん」

 

「そうね、『我々の』は少々おふざけが過ぎるわね」

 

『……では、あの戦いから【人魚(マーメイド)】とか?』

 

『【水使い(ウンディーネ)】という感じじゃないか?』

 

 

 

 

 

・・・・・

 

・・・・

 

・・・

 

・・

 

 

 

 

 

 

「……で、【水鈴嫁(アプサラス)】、ですか。シヴァ様かパールヴァディー様……あ、ガネーシャ様ですかね?」

 

「いや、シヴァはオラリオ(地上に)来とらん。 パールバディーや」

 

デメテル、バステトと並ぶ農業系ファミリアの主神パールバディー。

 

慈悲深く、孤児や病人を放っておけず誰彼かまわず保護してしまうため、ファミリアの経済状態は2つに比べて大きく劣る。

 

財政的に豊かではないが誰もが笑顔を絶やさない明るいファミリアである。そして完治した病人や、その孤児たちは恩返しとして大人になってからはファミリアを支援しており、流通に強い農業系ファミリアとして名を馳せている。

 

「シヴァ様も戦いを好む傾向にある印象でしたので、てっきり降りてこられているものだと思っていました」

 

「あれは自分が暴れられへんのやったら興味ないねん。 で、明日はどうするんや?」

 

「フィンさんとティオネさん、あとラウルさんと18階層を見に行く予定ですね」

 

今日はロキが神会に午後から出ており、マオの【2つ名】が決まること、フィンが団長としての執務があったことなどからダンジョンには行かず、明日の準備として火精霊の護布(サラマンダー・ウール)などをラウルと一緒に買いに行っていたのだ。

 

「ほぅ、ラウルと出かけたんか。 ラウル、どうやった?」

 

クルリとラウルの方に向き直り、マオとの買出しの感想を求める。

 

「めっちゃ凄いっす! マオちゃん街の人気者って意味がよくわかったっす」

 

「あのね、ラウルさん私が人混みではぐれちゃうからって肩車してくれたんだよ!!」

 

「あーーーっ! それ言っちゃダメっす!!」

 

ラウルの制止むなしくロキの目が怪しく光る。

 

「肩車だけで済んだんかなー? なぁ、ラ・ウ・ル」

 

「はははは、今のロキみたいな目でみんなから見られたっす」

 

神会(デナトゥス)でほとんどの神が街から居なかったはずなのに、いや、だからこそ普段は近づけない純情な男たちがマオに群がったのだ。

 

咄嗟に肩車したものの、ラウルはその純情な者たちの嫉妬を一身に受けてしまい、もう少しでギルドに幼女誘拐容疑者(ヘンタイ)として突き出されるところでもあったのだった。マオが名前で呼ばなければ……

 

「なんだい、またマオが騒動の中心かい?」

 

一通り事務仕事が終わって、フィンが談話室へと入ってきた。

 

ティオネは今朝からアイズたちとダンジョンに潜っており、明後日(あさって)にならないと帰ってこない。そのため、フィンが椅子に腰を下ろすと周囲にいた女性団員たちがスススッとフィンの近くへと移動していた。

 

マオはポットに残ったお茶をを自分のカップに注ぎ、フィンとその他の人のために紅茶を淹れ直す。ロキとラウルが先ほどのあらましをフィンに語っているようだ。

 

「そう、【水鈴嫁(アプサラス)】になったんだ。 ロキ、これはマシな方かい?」

 

下界の人間のほとんどは神の感性が理解できない。神にとって良いものが必ずしも下界の人間にも良いとは限らないため、フィンは自分の感想を述べる前にロキに確認をしたのだ。

 

「字面は最悪や。 音はまだマシ……かな」

 

「マシ、ね。 マオはどう思った?」

 

「【水鈴嫁(アプサラス)】、字はあれですね、闘技場での戦争遊戯のせいでしょう。花嫁衣裳で水を操っていましたし、鈴も私のトレードマークの1つですし、概ね納得できます。音のほうは水の妖精って意味だったはずなので、こちも問題ないかと」

 

マオの脳裏には緑色の空飛ぶ機械(アプサラスⅢ)が描かれていた。が、この場に居る誰も知らないことであった。

 

「へぇ、マオは詳しいんだね」

 

周りを見ると目と口で3つのOを作っている団員が目立つ。マオの8歳とは思えない博識ぶりに目を見張っていた。マオはそんな周囲の視線にエヘヘと照れ笑いで返す。

 

「読書から知識を蓄えることも大切だ。そうリヴェリアさんから指導されていますから」

 

「あー……」と今度は遠い目をする団員たち。みんなリヴェリアの指導を思い出しているのだろう。

 

「明日はLv.2になって初ダンジョンだったね。 準備は出来ているかい?」

 

「大丈夫です。 一度リヴィラの街を見てみたいと思っていたので、そこまで行って、ハニーなんちゃらってやつを食べてみたいです」

 

「僕としてはマオにちゃんとしたパーティープレイを覚えて欲しいってのもあるから、明日暇な団員とパーティー組んでみようか。 指揮はラウルで」

 

「ええぇぇ!俺っすか!? フィン団長はどうするっすか?」

 

「もちろん一緒に行って、君の指導をさせてもらおうと思っているよ」

 

「面白そうなことになってきたやん。 ほな、ここにおる子で一緒に行きたいって子はおらんかー?」

 

「せっかくだから、【経験値(エクセリア)】も稼いで団員の底上げも狙おう。 Lv.3以下が参加条件にしたいな」

 

フィンが条件を出しつつぐるりと周囲をうかがうと、2人が手を上げる。ヒューマンのアンナと犬人(シアンスロープ)のリーゼだ。どちらもLv.2で平均ステイタスがEとDの辺りらしく、18層までは何度もパーティーで行っているとのこと。「ゴライアスを倒してLv.3に!」と、ここ最近は意気込んでいる。

 

「ラウルのためにも、もうあと3、4人欲しいところだね。 2人は明日の準備しておいて、マオがいるから日帰りの予定で」

 

「なんや、マオももうダンジョン慣れたやろ。 なんで泊まりじゃないんや?」

 

「リヴェリアの方針さ。 子供はしっかり寝てこそ成長するから、ダンジョンで野宿は極力させたくないらしい」

 

ダンジョンで長時間意識を手放すことは死を意味する。そのため誰かが常に周囲を警戒する必要がある。交代で行ったとしてもそれは十分な睡眠の時間と質を確保することにはならない。

 

そのため、リヴェリアはマオが10歳を迎えるまでは泊まりがけのダンジョン潜入を許可していないのであった。これはアイズが10歳になるまでと同じではあったが、彼女はその言いつけを忘れるほど戦闘に没頭する癖があったため、リヴェリアだけでなくロキたちも頭を抱えることが度々あった。

 

「そういやアイズたんもそうやったなぁ。 あとのメンバーは夕食の時ってことやな?」

 

フィンが頷くとパーティー編成の話はお開きとなり、ロキによって語られる神会(デナトゥス)のやりとりや【2つ名】をネタにお茶を楽しむのであった。

 


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