結局、夜はそのまま誰も様子を見に来る事はなく、団員の1人が朝食を持って来た。
鍵を開け、ベッドに向かって呼びかけようと口を開くが、そこで3秒間動きが止まった。視線の先には開かれた窓、垂らされたロープ。――脱出したのは一目瞭然だった。
『団長! あの
絶叫ともいえる大声が屋敷中に響く……ほどなくしてアル・タユと神ニヌルタが部屋へ駆け込んでくる。
数秒間と窓とロープを見つめたまま
「【ロキ・ファミリア】の連中に見つかる前に探して捕まえろ!!」
『はい!』
バタバタといくつもの足音が廊下に響き、外へと駆け出していく。神ニヌルタも団員に支えられるようにして部屋を後にした。部屋に静寂が戻り、しばらくしてからマオがベッドの下からのそりと出てくる。
固い床の上で一晩過ごしたせいであちこちが痛む身体をゆっくりと解し、テーブルの上に置かれた水差しの水を《
そのままドアから悠々と廊下へ出るが、全員で探索に出たのか誰にも会うことなく外へ出ることができた。
空を見上げると太陽とバベルが正反対の位置に見える。周囲の雰囲気から、ここは東のメインストリートから少し南に入った所なのだろう。
これ以上南はダイダロス通りの一角だ。入り込んでしまったら確実に迷う。大通りはきっと【ニヌルタ・ファミリア】の団員がいるだろう。
だが、地理に不案内な小路を行くのは更にまずい。
(ここはあえてメインストリートを通ることで人目を味方につけよう)
《
それも堂々と道行く人に挨拶を交わしながら
誰も見ていないというは加害者側に都合がいいのである。マオは被害者だからこそ、堂々と人目に触れるようあえて挨拶を交わし悠然と進む。
『おい! 居たぞ。 こっちだ!!』
マオの後方から大声が響いた。バベルまではまだ歩いて10分はかかる。すぐさまマオは駆け出す。
「きゃー! 人攫いー!! 誰か助けてー!!」
(あ、我ながらすごい棒読み)
周囲の視線を集めるように、マオは叫びながらベバルへ向かう。バベルの2階と3階はギルドの施設が入っている。「ホームまで逃げ切れそうに無い場合は、ギルド職員に保護を求めよう」、そうマオは考えていた。
『なんだ? どうした?』
『人攫いだと?』
『おい、あの子のエンブレムって【ロキ・ファミリア】じゃないのか!?』
『朝っぱらから、しかも外で揉め事とは穏やかじゃねぇなぁ』
バベル前の中央広場にたどり着く。いつもは冒険者でごった返すこの広場もまだ早朝ということもあって冒険者の数は
「ひぃっ!!」
思わず声が出る。Lv.4の脚力は恐ろしいまでにその差を縮めていた。それでも必死になって駆けて行く。マオは身体を低くして、少しでも掴まれにくく走る。そして、
(《
足元に隠していた《
アル・タユが地面を踏みしめようとした瞬間に高速で動かし、滑らせ、転倒するように水を操る。例え転倒しなくと隙が生まれ、マオとの差が広がるからだ。
アル・タユだけでなく、何人かの上級冒険者もマオに追いつき、捕まえようと手を伸ばすが、その度に《
「このっっ野ぁ郎ぉーーっ!」
大きくジャンプし、マオを押し倒そうと飛び掛ってくるも、マオは器用に左右に避けてかわす。
とうとうマオはバベルの中へ足を入れることが出来た。ここからが最大の難関である階段が待っている。
小さな身体をより小さく走ってきたのは
(少しでも時間を稼がないと!)
マオは通路を塞ぐには圧倒的に量の足りない《
自身は階段を駆け上がる。その足や服を掴もうと伸びてくる手を片っ端から《
伸ばした手が空を切るのではなく、何かによって阻まれるその感覚に団員たちは不気味さを感じ、速力を落としてしまう。団長であるアル・タユだけがマオを必死に追いかけていた。
《
しかし、指がその見えない力で弾かれ、どうにも掴むことができないでいた。
とうとう2人は3階の換金所へたどり着く。
2階は簡易食堂とシャワールームになっているため、ギルド管理ではあるものの、職員が常駐していない。
しかし、3階の換金所の鑑定員はギルド職員であり、24時間常駐である。マオはとてつもなく長く感じた階段を駆け上がり、そのまま鑑定カウンターを飛び越える。
「助けてください! 知らないおじさんに襲われているんです!!」
ギルド職員だけでなく、周囲にも聞こえるように大声で庇護を求める。鑑定待ちしていた冒険者たちの耳にも届き、早朝で夜通しダンジョンに篭っていた冒険者たちはその疲れた顔が一気に熱を帯び、騒然となる。
『幼女を襲うだと!?』
『くっそうらやま、いやケシカラン!!』
少し遅れてやってきたアルが弁解する。
「いや、違う。 そう、この子は寝ぼけているんだ。 さぁ帰ろう、こっちに来るんだ!」
アル・タユの手がついにマオを腕を掴む。マオはそれに抵抗しながらもう一方の手でギルド職員の袖を掴み、連れて行かれないようにと抵抗する。
「嫌です!! 私は自分の
ギャーギャーと騒ぎが大きくなってきた。何が起こったのかよくわかっていなかったギルド職員がようやく仲裁に動き出す。
「お2人とも、ここで騒ぎを起こされては困ります。 それぞれ所属と名前を教えてください。 しかるべき措置をとらせていただきます」
ギルド職員が間に入った。これ以上騒ぐようならばお互い主神に、ファミリアに迷惑をかけてしまう。アル・タユはしぶしぶと手を離し。マオも一安心とカウンター内側で腰を下ろし、職員を見上げながら名乗る。
「【ロキ・ファミリア】所属、下級冒険者マオ・ナーゴです」
「くっ、【ニヌルタ・ファミリア】所属。 団長を務める上級冒険者アル・タユだ」
『あの子、【ロキ・ファミリア】かよ』
『団長? あぁ、神様のお戯れの尻拭いか』
『いやいや、一緒になって幼女に夢中なのかも知れないぞ』
「さて、それぞれ事情をうかがいたいので、ギルドまでお越しいただけますか?」
ギルド職員がここでは話がしにくいと判断したのだろう、ギルドへと誘導する。
マオは職員の手を取って、素直に付いて行く意思を行動で示す。
『幼女と手を繋ぐだとっ!? ……粛清せねばならぬな』
『いや、待て。 あれは幼女
『くっ、後で感想を聞くとしよう。 その上で原稿用紙5枚分の感想文も提出してもらおう』
『いや、10枚だな』
よくわからないやり取りが冒険者やたまたま居合わせた神とで起こる。マオと手を繋ぐことになったギルド職員は顔を青くさせながらアル・タユにも同行を促がす。
マオの背中に大きな溜め息があたる……アル・タユは諦めたようだ。
代わりの鑑定員がやってくると、ギルド職員に手を引かれ、北西のメインストリートの先にあるギルド本部へと3人は向かう。