もし、宝物殿の一部が別の場所に転移していたら?   作:水城大地

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出立、そしてかの方との再会しました!

一通りの買い物は、昼前までに済ませる事が出来た。

宿屋の主に、事前に少し多めの金額を払っていたので、昼食後の出立でも問題ない。

聞いた話では、パンドラズ・アクターの様に少し多めに宿賃を払い、午後からの出立と言うケースは割と普通にある話なんだそうだ。

 

組合で仕事を捜す冒険者や、商品の仕入れの関係で出立が遅れた商人など、その理由は人それぞれだが、確実に部屋を確保するために打つ手の一つらしい。

 

これは、他所の街でも使える手だから覚えておくといいと、こっそりと教えてくれた店の主には感謝するしかないだろう。

とにかく、購入してきた品物を中心に手早く荷物を纏めると、出立の準備を整えていく。

この街での情報取集は、既に諦めていた。

昨日の段階で、半ば諦めて出立する事を視野に入れていたし、今日の買い出しの際にそれとなく何か変わった事が無かったかと水を向けてみたが、何も情報は得られなかった。

もちろん、街の中枢である行政関係者から話が聞ければ、もしかしたら違う話が聞けたのかもしれないが、それもあくまで可能性の一つでしかない。

 

最初に立ち寄った、ラグラン村の村長宅で見せて貰った地図通りなら、この辺りはこの竜王国の中でも辺境に当たるのだろう。

 

この近郊で起きた異変なら、もしかしたら少しはその事を知っている者がいるかもしれないが、中枢や反対側の地域の情報となるとあまり入ってくる機会はないと思うべきだった。

まして、その異変が起きた場所が他国ともなれば、まずここで情報を得られる事はないと思うべきだろう。

それなら、色々と自分には面倒事しか起きなかったこの街で、無理に情報収集をする為に滞在期間を伸ばすより、サクッと切り捨てて次の街を目指した方が、余程有益だろう。

 

≪昨日は、受付の女性が謝ってくれた事で場は収まりましたが……私が装備を自作出来ると知れば、その後に絡んだ輩の様なものがまた出るとも限りませんからね。

それに……この話が武器や装備などを作る鍛冶師達の耳に入れば、もっと厄介な事態に発展する可能性だってない訳はありません。

面倒事を避けるなら、早々にこの街は出るべきでしょう。≫

 

一応、体調は持ち直してはいるものの、万全の状態かと問われれば違うと言えてしまうレベルだ。

そんな状態で、出来るだけ面倒事を避けようとするのは、当然の状況判断だと言えるだろう。

今、この街にいるのは自分よりもレベルの低い相手ばかりだが、いつどうその状況が変化するかなど判らないのだから。

 

そう、さくさくこれからの行動を決めると、パンドラズ・アクターは出立の準備を終えた荷物を片手に、部屋を後にしたのだった。

 

 

*********

 

 

本当に、それは予想外の再会だった。

いや、再会と言って良いのかも分からない。

それ位、現状に対してパンドラズ・アクターはひどく混乱していた。

何故なら、かの人と今の姿の自分は初対面だからだ。

 

そう……目の前で倒れ付して昏倒している、ウルベルト・アレイン・オードルとは。

 

 

*******

 

 

そもそも、彼がこんな風に昏倒してその場に倒れている原因は、間違いなく自分にあった。

あの後、宿屋の主人たちにお礼を告げ、そのままその足で街を出て数時間が経った頃だろうか。

 

街で購入出来た、高価な割に余り書き込みの無い地図を広げつつ、それでも街道筋だけは確認出来る事に安堵の息を吐いたのは、街を出てすぐの事。

 

とにかく、次の街を目指して山間の街道を旅していたところ、突如背後に転移門(ゲート)が出現したかと思うと、そこから伸びてきた異形の手に肩を掴まれたのだ。

本当に突然の事で、びっくりしと勢いでつい肘打ちを繰り出したところ、そのまま相手の急所にクリーンヒットしたらしい。

戸惑いつつ、気絶させてしまった相手を確認すれば、それがウルベルトだったと言う落ちなのである。

 

咄嗟の事だったとはいえ、転移門(ゲート)が現れた瞬間に、本来なら気付くだろう【至高の四十一人】が纏う、支配者としての気配が殆どしなかったのも、容赦ない攻撃になった理由の一つだろう。

 

他人の空似と言う可能性は、まず無い。

かなり薄れてしまってはいるが、それでも目の前のウルベルトからはちゃんと【至高の四十一人】の気配が感じられる。

そしてもう一つ、はっきりと断言出来る理由が、パンドラズ・アクターの中にはちゃんとあった。

 

今、目の前に居るウルベルトの身体の大半を構築しているのは、間違いなく自分がかつて作ったゴーレムであり、その中に揺らぐ様にかの方の魂が見え隠れしているのが判ったからだ。

 

一体、何がどうなった結果、今のウルベルトの状態が引き起こされてしまっているのか、パンドラズ・アクターには判らない。

しかし、だ。

このまま、この場にウルベルトを寝かせておくのは、流石に問題があるだろう。

幸い、手持ちのアイテムにはグリーン・シークレット・ハウスもある。

少し街道から離れて山の中に入れば、グリーン・シークレット・ハウスを使えそうな場所はありそうだし、ここで迷っていてかの方を人目に晒すのは憚られた。

 

何故なら、ウルベルトは人の姿ではなく、本来の悪魔の姿ままで倒れているのだから。

 

一応、種族的に考えれば非力ながらも、ウルベルトを抱えて移動する位の力はパンドラズ・アクターにだってある。

山道を歩く事にも随分慣れたので、そう苦にする事なく丁度いい広さがある場所を見つけると、パンドラズ・アクターはアイテムボックスからグリーン・シークレット・ハウスを取り出した。

素早くそれを展開し、ドアを開けると中へと急ぐ。

 

少しでも早く、かの方をきちんとした場所で休ませたかったからだ。

 

寝室のベッドまで、出来るだけ揺らさないように運んで静かに横たえると、少しでも身体が楽になるように靴を脱がせる。

そのままでは、足が締め付けられていて窮屈だからだ。

意識がないまま、きっちり服を着込んでいる状態は、息苦しいと聞いた事がある。

 

それなら、着ている服のボタンを緩めて少しでも楽な状態にしようと胸元に手を伸ばした所で、その手を捕らえられた。

 

「……一応、あの攻撃は正当防衛と言うのは解りますが……

その前に、私と気付いて欲しかったですね、パンドラズ・アクター?」

 

うっすらと目を開けた、ウルベルトの手によってだ。

だが、それよりもパンドラズ・アクターは別の事に気を取られて目を見開いていた。

どことなく、からかうように楽し気に揺れた口調で名を呼ばれたからだ。

 

今の自分は、本来の姿からかけ離れている筈なのに、どうして自分が誰なのか分かったのだろうか?

 

気にはなるものの、今はそんな事を考えている場合じゃない。

とにかく、慌てて手を引こうとしたのだが、掴まれた手は緩む様子がなくて。

むしろ、こちらが慌てている様子すら楽しんでいるらしく、ガッチリ掴んでいた手を気付けば強引に引き寄せられていた。

当然、そんな事をされれば、現在の外装の体格的に力負けするパンドラズ・アクターは、問答無用で体勢を崩す訳で。

 

そのまま、いっそ鮮やかと言っていい程の手際で体勢を入れ換えられ、すっかり身動き出来ないように、がっちり下半身の上に乗られて、足まで押さえ込まれていた。

 

「……さて、現状についてあなたが知る限りを説明したいただきましょうか、パンドラズ・アクター。

正直、モモンガさんの所の子にこんな真似をするのは、とても不本意なんですけどね。

流石に、出会い頭でいきなり攻撃された身としては、自身の安全が第一なので我慢していただきましょう。」

 

やはり、断言するように名を呼ばれてしまえば、ウルベルトはきちんと自分を認識出来ているらしいと、理解する事ができた。

 

「……なぜ、私だとお分かりになったのですか?

今の私は、ウルベルト様が知る二重の影(ドッペルゲンガー)の素のままの姿ではございませんのに。

出来れば、今後の参考にさせていただきますので、お教えいただけませんでしょうか。」

 

状況説明を求められている事は理解していたが、それてもこちらの方が気になってしまって仕方がない。

だって……今の自分の外見は、モモンガのリアルの幼少期のお姿をモデルに、ある程度の年齢まで健康的に成長させた上で、そこから幾つか弄ることによって、他人の空似程度まで変質させた姿をしているのだ。

リアルを知るウルベルトなら、もしかしたらモモンガと勘違いする可能性はあれど、一目でパンドラズ・アクターだと見抜くなど、到底不可能なのである。

 

たからこそ、何を根拠に己がパンドラズ・アクターだと見抜いたのか、知っておきたかったのだ。

 

攻撃出来ないように、ガッチリと組み敷かれたまま、逆に疑問を口にしてくるパンドラズ・アクターに対して、ウルベルトは仕方がないと言わんばかりに首を竦めた。

この様子だと、見分けられた理由を言わない限り、梃子でもこちらの問いに答えないような気がしたからだ。

 

「……まぁ、答は簡単な話なんですけどね。

最初、【千里眼(クレアボヤンス)】であなたの姿を見付けた時は、モモンガさんがリアルの姿で歩いていると本気で思いました。

ですが、よく見てみれば知っている姿よりもかなり幼いものでしたし、何より髪型などが違っていましたからね。

その時点で、あなたがモモンガさんではないと、判断しました。

他人の空似も疑いましたが、【千里眼(クレアボヤンス)】の対象は【私の作成したアイテムを所持している者】でしたので、ナザリックに無関係では無い筈。

モモンガさんの外見になれて、私のアイテムを持つナザリックの者と限定すれば、答は自ずと導き出されます。

そう、モモンガさんの手で生み出された、上位二重の影(グレーター・ドッペルゲンガー)であるパンドラズ・アクター、貴方だと。」

 

にっこりと笑うウルベルトに、パンドラズ・アクターは流石だと思った。

一応、所持品には探知阻害の魔法を掛けてあった筈なのだが、それを無効化させて探し出されるなど、正直言って想定外だったのだ。

あまりの驚きに、目を見開くパンドラズ・アクターを見て、ウルベルトはとても楽しげに更なる答えを教えてくれる。

 

「もちろん、今の話が通用するのは、私が作った中でも特別なアイテム数点だけなのですよ。

そうですね……その対象になるのは、私自身の主力装備か貴方とデミウルゴスに与えた装備一式、後は……モモンガさんの手元にある筈のアイテムが一つ位でしょうか。

私としては、どれか一つにヒットすれば良いかと思った程度の行動だったのですが、予想外の存在をあるべきではない場所で見付けてしまい、つい冷静さを失ってしまっていたようです。

これでも、一応お前を見付けてから、一日間を置いてから転移門(ゲート)を開いたのですが……

まぁ……それはそれとして。

元々、穏和で人一倍気遣いの人であるモモンガさんお手製で、大袈裟な言動などさえ除けば、カルマ的にも中立で穏やかな気遣いの出来るお前が、私に対してあんな風に攻撃してきたのも、突然背後に転移門(ゲート)が開いて触れられた事で、驚かせてしまったからでしょう?」

 

拘束していた片手を外し、頭を撫でながら問うウルベルトに、パンドラズ・アクターは素直に頷いて見せた。

事実、急に背後に現れた手に肩を掴まれた事に驚き、【至高の存在】の気配が薄すぎて察知が遅れた為、その手から逃れようとして咄嗟に肘打ちを放ったのだから、あながち間違いではない。

素直に同意したパンドラズ・アクターに、今度はウルベルトが問うような視線を向ける。

 

先程の質問に対する答えを、ウルベルトは求めているのだろう。

 

どうやら、ウルベルトも一人でこちらの世界に転移させられたらしい。

しかも、自分の作ったゴーレムを核にして、今の姿を取っているのだとしたら……相当の負担が彼には掛かっているだろう。

良く見れば、彼の身に付けている装備は今の自分と同じ位のレベルのものばかり。

確かに、本来の主力装備をモモンガに預けているとは言え、もし、他の誰かが一緒だとしても装備のランクが落ち過ぎである。

そう考えれば、彼が単身こちらに来てしまったのは間違いない。

 

だからこそ、パンドラズ・アクターを見付けた途端、居ても立ってもいられずに文字通り飛んできたのだろう。

 

そう、ウルベルト側の状況を理解してしまえば、何を話せばいいのか自ずと答は出る訳で。

念の為に、注意深く様子を窺ってみたが、精神支配系の魔法が使われている形跡も無さそうである。

なら、全て話しても問題ないだろうと、パンドラズ・アクターはゆっくりと口を開いた。

 

 

「あの、今更ではありますが……随分とお久しぶりでございます、ウルベルト様。

いえ、こうして完成してからは初めてお会いするのですから、初めましてが正しいのでしょうか?

それは、さておき。

実は……」

 

今まで、この世界に宝物殿に一部ごと飛ばされた自分と、ウルベルトの身に起きた状況を確認し、お互いの情報を擦り合わせていくために。

 

 

**********

 

 

安全なはずの場所で、ウルベルトの姿が揺らいだのは、パンドラズ・アクターが自分の状況をある程度まで話し終え、次に調べた事を話し始めた時だった。

一瞬、何が起きたのか判らなかったのだが、すぐにそれはウルベルトの側にある限界が来たのだと、悟る。

ウルベルト自身、こうなる事が既に判っていたのか、不承不承と言う感じで何とも言い難い顔をしていても、それ自体に驚いている様子はなかった。

 

「……あー、そうか。

気絶していても、能力発動時間は変わらないのか……

ったく、これじゃ本当に俺一人じゃ、街に潜り込んでもどうにもならない事が確定した訳だな。」

 

溜息交じりに、そう先程とは打って変わった砕けた口調で呟いた姿は、パンドラズ・アクターが現在のウルベルトの核になっていると思っていた、自分の作った小さな試作品のゴーレムのもので。

ある程度予想していても、その姿はやはり衝撃的なものがあった。

あの、【至高の御方々】の中でも、【悪】を嘯く偉大なる魔法詠唱者(マジックキャスター)たるウルベルトとは、思えないほどの愛らしさを漂わせる姿だったからである。

 

自分で作っておいてなんだが、まさかこんな事態になるなんて思いもよらなかったのだ。

 

もし、まさか自分の作ったゴーレムの中に、ウルベルトの魂が一時的とはいえ入る状況になると判っていたら、もっと違う形で作っていただろう。

この状況を生み出した一因に、【至高の御方】の一人であるタブラ・スマラグディナが関わっている事を、まだパンドラズ・アクターは知らないが故に、そう余計に思ってしまった。

どことなく、肩を落とした様子で申し訳なさそうにしているパンドラズ・アクターに気付いたウルベルトが、その理由を察して苦笑を浮かべながら軽く手を振る。

 

「あー……うん、まぁ……そう、気にするな?

別に、お前が悪い訳じゃないから。

この姿になった事に関して言うなら、悪いのはどちらかと言うとタブラの奴で……じゃなくて、タブラさんですからね?」

 

すっかり、小さくなった事で今までパンドラズ・アクターの前で【悪の魔法詠唱者(ウルベルト)】としてのロールプレイを忘れていた事に気付いたウルベルトが、慌てて言い直す。

しかし、そんなウルベルトに対して首を傾げながらパンドラズ・アクターはあっさりと宣った。

 

「どうぞ、ご自分のお話しのし易い口調になさっても、私は気に致しませんよ、ウルベルト様。

【ユグドラシル】でナザリックの宝物殿に居た頃、よくウルベルト様は私の前で崩した口調でお話になっていらっしゃいましたし。

むしろ、先程の口調の方が、私としては親しみを覚えるのですが……それではお嫌ですか?」

 

つい、懐かしそうに語るパンドラズ・アクターの言葉に、固まったのはウルベルトだった。

 

「……パンドラは、【ユグドラシル】の頃の記憶、あるのか?」

 

どこか狼狽えた様子で、ウルベルトからそう尋ねられたパンドラズ・アクターは、にっこりと笑顔で頷き同意する。

 

「はい、全部ではございませんが……ウルベルト様とモモンガ様に関しては、色々とお話しいただいた事を覚えております。」

 

例えば……と指折り数えながら、一番記憶に残っている事を上げていけば、いつの間にか小さな体を更に丸めて蹲るウルベルト。

どうやら、パンドラズ・アクターが例として挙げた内容は、どれもウルベルトにとって過去に葬ってしまいたい内容ばかりだったらしい。

まぁ、【ユグドラシル】では色々とパンドラズ・アクターの前で、思っていた事を吐き出していたのだから、そうなっても仕方がないのかもしれないが。

 

なぜ、急にウルベルトがそんな反応をしたのか、理由がいまいちわからず、不思議そうに首を傾げるパンドラズ・アクターだった。

 

 




漸く完成したので、再投稿。
パンドラ視点で、漸くウルベルトが登場しました。
そして、ウルベルトにとっての黒歴史もこっそり隠し持っていたパンドラだったりします。

さて……ここから、色々と話が動く予定です。


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