もし、宝物殿の一部が別の場所に転移していたら?   作:水城大地

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初めての街と、初めてのお別れです

初めての戦闘を経験した翌日の昼少し前、パンドラズ・アクター達は漸く目的地であるそれなりの大きさの街に到着した。

 

流石に、ビーストマンの侵攻を受けている国らしく、この規模の街には堅牢な城壁を備えていて、しっかりとした守りが伺える。

冒険者の数も、それなりに多いだろうし、様々な品々が取引られているのも、街の門の前に並ぶ商隊の数から簡単に推測出来た。

そして、こういう人が行き交う街だからこそ、効力の高いポーションの材料となる薬草が、高値で取引されているのだろう。

これなら、わざわざ危険を冒してまでフレット達がこの街を訪れる理由にも、納得がいっていた。

 

「……一応、それなりに活気がある街のようですね。

人の往来も多いのだと、なんとなく判りますし。

少々荒くれ者が多いのも、冒険者と言う方々が多いと考えれば、許容範囲内だと思います。」

 

小さな声で、街の中の様子を見た感想を呟いていると、前を歩いていたファラが目的の場所を見付けたのか、勢いよく走っていく。

初めて来る訳ではないのに、少しはしゃいでいるらしい彼女の様子に、少しだけ苦笑しながらフレットが振り返った。

 

「サティ、あそこの店が、この街で俺たちが薬草を卸している薬品店。

これからあそこの店で、持ってきた薬草の買取りをして貰うんだ。

今回の薬草は、これが最後の収穫になる種類のものだから、向こうも結構良い値で買い取ってくれると思う。

それが終わったら、サティの目的地である冒険者組合まで案内するよ。

この街、見た感じよりも結構入り組んでいるから、初めて来たサティは口で説明しただけじゃ迷子になると思うからさ。」

 

どうやら、この街についてからのパンドラズ・アクターの様子から、こちらが余り人の多い場所に慣れていない事を、どうやらフレットは気が付いていたらしい。

その辺りも、今まで吟遊詩人としての技量を上げるための修業が厳しく、人前に余り出る事が無かったからだろうと、勝手に推測してくれているので、わざわざ自分から訂正することなくそのままにしてあった。

 

理由はどうあれ、実際に自分が【箱入り息子】なのは間違いないのだから。

 

辿り着いた薬品店で、フレット達が交渉している間に店内の商品や客の様子などを観察してくと、幾つか自分の知らない事実に気付く。

まず、この店で一般的に売られているポーションの色と、その品質である。

どう見ても、自分の知る赤のポーションよりも質の悪い青のポーションが、とても貴重品の様に取り扱われているのだ。

余りの質の悪さに、ナザリックの基準では到底使用されないようなレベルである。

それに関しては、アイテム管理もしていた身として断言出来るだけに、この世界が今までいた【ユグドラシル】よりも相当レベルの低い世界だと、本当に実感させられていた。

 

≪多分……全体的にレベルが低いのでしょう。

技術面でも、能力面でも……戦闘やその他諸々の能力面でも。

その反面、私たちがいた【ユグドラシル】にはなかった、武技やタレントなどと言う能力も存在している。

やはり、ある程度直接関わらないと判らない部分が、多々あると思うべきでしょうね。≫

 

心の中でそう呟くと、続いて客層とそのレベルをざっくりと見定めていく事にした。

もちろん、人のレベルに関して言うなら、ざっくりとしか判断できない。

だが、装備品に関しては見れば、ほぼ正確に判断出来る自信がある。

その辺りは、伊達にナザリックの宝物殿を預かっている訳ではないのだ。

 

例え、現時点ではナザリックから逸れてしまった迷子だとしても。

 

頭の端でそんな事を考えつつ、不自然にならない様に視線を巡らせて、この店の客の身に付けている装備や様子を伺ってみる。

やはり、街の通りで感じた最初の印象通り、荒くれ者が目立つ割に、装備のレベルはかなり低い。

彼らの装備を基準に考えると、ギリギリ許容範囲内の遺産級(レガシー)に収め、目立たないようにした筈の自分の装備ですら、かなり上等な代物と言う扱いになってしまうだろう。

 

これに関しては、あまりのレベルの低さに溜息しか出てこなかった。

 

一応、現時点で身に着けている装備は、全て遺産級(レガシー)で纏めてある。

これより低い装備は、実は手元に宝物殿に納めるレベルではないと看なされ、存在していなかったのだ。

もちろん、パッと見ただけではそんな風には思えないだろう。

最初の村に滞在した夜に、装備にクラフトマンのスキルで手を加え、解り難いようにしたのだ。

 

その結果、この世界でかなり高級品に類するものなのだが、一見しただけでは判別するのが難しい様に細工出来ただろう。

 

しかし、様々な細工は施してあるものの、最初の段階を知るフレット達の様子はそんなに変わらなかった。

どうやら、彼らの自分への対応から考えても、貴族か富豪の子息だと思われているのだろう。

 

「……まぁ、そんな彼らの勘違いを、私自身が好都合だと否定せずに放置した結果なのですけれど、ね……」

 

実際は、身に着けている装備だけじゃなく、自分の言動や人当たりなどの物腰の柔らかさも、貴族などの子息だと思わせていると言う事に、こうして旅を始めて数日たっていても気付いていない、【箱入り息子】のパンドラズ・アクターである。

事実、フレット達を待ちながら薬品店の中のものを物珍し気に見ている様子は、周囲から見ても世間知らずのお坊ちゃまににしか見えなかったらしい。

 

端の方で、何やらコソコソと耳打ちしあっている荒くれ者たちがいる事に、パンドラズ・アクター自身も気付いていたが、特に注意を払う事はしなかった。

今の段階では、相手から特に何かされた訳ではないし、下手にこちらが警戒する素振りを見せる方が、危険だと判断したからだ。

昨夜の山賊相手の戦闘によって、ある程度までは自分だけで何とか出来る力量がある事は判っている。

だからこそ、注意を払っている様子を見せるよりも、気付かない振りをする事にしたのだ。

 

正直、この場にいる面々のレベルは精々十前後までしかなく、そんな雑魚相手に一々気を張る方が面倒だったからである。

 

暫くそんな視線に晒されつつ、パンドラズ・アクター側も観察すると言う状況が続いていた所に、フレット達がやってきた。

漸く、採取してきた薬草の卸値に関する商談が成立したらしい。

少しだけ、不満そうな顔をしているところを見ると、予想していたよりも薬草が安く買い叩かれたのだろう。

 

まぁ……今年の分は、今回が最後の収穫だと言う事からなのか、パンドラズ・アクターの目から見ても多少質の落ちた物も混ざっていたから、ある意味では当然の結果だった。

 

フレット達には厳しい言い方かもしれないが、ポーションの質の良し悪し一つで命に係わる可能性もあるのだ。

その素材となる薬草の質が悪ければ、良いポーションを作るのは難しいだろう。

例え、今年の分として最後の収穫の薬草だとしても、質が悪いものを持ち込んでおいて高価格で買い取って貰えると思う方が、はっきり言って間違っているのだ。

 

≪……今回の事で、少しでもフレット君がそれを学ぶと良いんですけどね。≫

 

もし、彼が今後もこの家業を続けていくならば、これは絶対に学習するべき事だった。

これからも、似たような事を続けていけば、そのうちこの店で取引する事も出来なくなるだろう。

職人側からすれば、ポーションを作る為に必要な薬草が手に入るならば、別に彼と取引を続ける必要はないのだ。

 

それこそ、他から質の良い薬草が持ち込まれるようになれば、むしろ相手にされなくなるのは質の悪い品を持ち込み続けるフレットの方なのだから。

 

≪まぁ、そうなったとしても、それはあくまでも彼や彼の村の人たちの自業自得でしょう。

自分たちが側に住んでいる山でしか採れない薬草だからと、品質保持を考えないでいる方が悪いのです。

それこそ、他所の山で発見されていないだけかもしれないのですから。≫

 

受け取った代金を手に、少しばかり不機嫌そうな様子を隠そうともしないフレットに対し、パンドラズ・アクターはそんな事を思う。

だが、わざわざその事を自分から指摘してやるつもりはなかった。

確かに、フレットやファラに対して感謝している部分はそれなりにあるが、あくまでもそれなりでしかない。

 

そもそも、この場限りの縁だと判っている相手に対して、そこまでしてやる義理を感じなかったのだ。

 

≪……ですが、まぁ……【袖すり合うも多生の縁】と言いますからね。

どうやらあの様子では、本当にこの場で自由に出来る金額はほとんどなさそうな気配ですし。

ファラ嬢など、予定と違っていて涙目になっていますよ。

あれでは、今日の昼食はまともに食べられなさそうな感じですか。

一応、色々とお世話にもなりましたからね。

……仕方がありません、今日の昼食は奢ってあげる事にしましょう。≫

 

ちょっとだけ、フレット達に気付かれないように苦笑を浮かべると、すぐにそれを引っ込めて声を掛けた。

 

「もう、この店での用件は終わったようですね。

それでは、そろそろ冒険者組合まで案内をお願いしたいところなのですが……少し、おなかが空いてしまいました。

もし宜しければ、冒険者組合まで案内していただく前に、一緒に昼食を取りませんか?

村からこの街まで、長い道程を案内していただいたお礼として、今日の昼食は私が奢らせていただきます。

なに、遠慮はいりませんよ?

あなた方に出会わなければ、そもそもこの街まで辿り着くまでにもっと時間が掛かっていたのは間違いないのですから。」

 

ニコニコと、人当たりがいい笑顔を浮かべながらそう誘えば、途端にパッと笑顔を浮かべるファラと、どこか不満げな顔のままのフレット。

どうやら、フレット的にはファラにテキパキ交渉して、颯爽と高収入を手にする様を見せようと思っていたらしい。

だが、実際は交渉はもたついて昼過ぎまで掛かるわ、予定していた高収入が手に入る処か村に持ち帰る分を確保するのがやっとの有様。

 

彼女の前で格好を付け損なった所へ、パンドラズ・アクターから【昼食を奢る】と言われ、ますます立場がなくなってしまったのだろう。

 

とは言え、先程からのフレットの様子では、この申し出を断らない筈だ。

ここで、パンドラズ・アクターからの申し出を断ると、今度はこの街の中で昼食を取れなくなるだろう。

元々、小さな村は物々交換が基本であり、金銭のやり取りは殆どない。

そんな彼らにとって、この街で普通にやり取りされている食事代すら、そう簡単に手に入るものではないのだろう。

だからこそ、山で収穫した薬草による収入は貴重な物であり、危険を冒して街まで運ぶ役を請け負っているフレットは、予定額よりも多く得た場合の金額の一部を、自分の自由に使える立場だったと推測出来た。

 

≪……その予定が外れれば、自分の自由に出来るお金も無くなりますからね。

当然、ファラ嬢に対して格好を付けて、この街で美味しい昼食に誘う事も出来ないでしょう。

男の立場としては、面目丸潰れなんでしょうが……これもまた良い経験だと諦めていただきます。

そもそも、あなたたちは私が同行していなければ、こうしてこの街に辿り着く事すら出来なかった身の上なんですよ?

まぁ……彼らの中では、そんな事実は存在していない事ですし、わざわざ説明するつもりもありませんけどね。≫

 

つらつらと思考を滑らせつつ、パンドラズ・アクターはフレットの返事を待つ。

どうやら、彼の中で様々な折り合いをつけるのに、予想以上に時間が掛かっているらしい。

お年頃の少年としては、気になる女性の前で格好が付けられない事が、余程悔しいようだ。

 

それが終わるまで、パンドラズ・アクターは急かす事無くのんびりと待っていたのだった。

 

 

*********

 

それから、揉める事無く昼食を三人で済ませた所で、予定通りフレット達の案内で冒険者組合までゆっくりとした足取りで歩いていた。

 

この街には、フレットの親戚が済んでいるらしく、今日はこれから要なものを買い出しした上で、この街に泊まる予定らしい。

流石に、これから買い出しをした後に街を出るのは、通い慣れた彼らでも躊躇するからだそうだ。

そんな話を交わしつつ、のんびりとした足取りで街の中を進んでいく。

 

背後に、あの店からずっと付け回している輩がいるのだが、フレット達は気付いていない様子だし、わざわざそれを彼らに言う理由も思い付かなかった。

 

多分、彼らにそれを教えて場大騒ぎして、かえって大事に発展してしまうだろう。

こちらは、相手にしないと決めている以上、それでは困るのだ。

出来るだけ、彼らにはこの件に関わらせないまま別れなくてはいけない。

 

面倒事を引き起こして、目立つのは困るのだから。

 

そうして、予想よりも街の入り組んだ道を進んだ所で、漸く目的の場所が見えてきた。

ここまで来れば、もう彼らに道案内して貰う必要はないだろう。

フレット達もそのつもりらしく、分かれ道の所で立ち止まった。

 

「……それじゃ、ここでお別れだなサティ。

もし、村の近くに来るような事があったら、また顔を出してくれよ?」

 

「さようなら、サティ。

短い間だったけど、とても楽しかったわ。

あなたの素晴らしい物語が聞けて、とても嬉しかった。

本当にありがとう。」

 

口々に別れの言葉を告げる二人に、パンドラズ・アクターも別れの言葉を告げる。

 

「フレット君、ファラさん。

この数日間、大変お世話になりました。

また、縁があればお会いしましょう。」

 

スッと、軽く頭を下げるパンドラズ・アクターに、彼らは笑顔で手を振るとその場を立ち去って行った。

暫くその場で彼らを見送りつつ、自分たちの後を付けまわしていた相手が彼らの方に行っていないか、気配を辿って確認する。

どうやら、目的は自分だけで二人は対象外らしい。

それを確認し、【面倒が一つ減った】とホッとすると、パンドラズ・アクターはゆっくりと冒険者組合の方へ向けて歩き始めた。

 

付けまわしている相手が、何を目的としているのかはっきりと判っていない以上、これから先も暫くは気付かない振りで放置でいいだろう。

 

もし、昨夜よりも大人数で取り囲まれそうになったら、【転移門(ゲート)】を発動させて昨夜の夜営地の側まで逃げればいい。

それなら、早々簡単に追ってくる事は出来ないだろう。

この世界において、【転移門(ゲート)】を使えるレベルの魔法詠唱者(マジックキャスター)は、まずいない。

使える者がいたとしたら、それは【ユグドラシル】関係者だと判断していいだろう。

そんな低レベルだ。

 

もし、【転移門(ゲート)】で逃げた先に何らかの手段を使って追ってきたとしても、あそこなら幾らでも戦い方がある事を、昨夜の盗賊相手に十分学んでいる。

 

人目につかない場所さえ確保出来れば、この程度の相手を殲滅する事など、今の自分でも造作の無い事だった。

まぁ……殲滅はあくまでも最終手段でしかない。

むしろ、この程度の事で手間取っているようなら、モモンガの元に自力で辿り着くなど、夢のまた夢のような気がするのだ。

この程度の事など、困難などではないと簡単にやり過ごせなければいけない。

 

そう思っていたのに……

 

数十分後……パンドラズ・アクターは、言い様の無い苛立ちを抱えながら、冒険者組合の受付カウンターの前に立っていた。

 

 




初めてであった人との初めてのお別れも、割とあっさりな態度のパンドラさん。
彼らと旅をするうちに、一応、自分の独り言の多さを自覚したようです。
人前では、口に出さずに思考するようになりました。



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