もし、宝物殿の一部が別の場所に転移していたら?   作:水城大地

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初めての戦闘で、何が出来るか把握しましょう

パンドラズ・アクターが最初に選択した武器は、弓。

 

先程、遠隔視(リモート・ビューイング)で状況を確認した時、山賊達は二人一組で等間隔に包囲網を構築していた。

ならば、まずはその数を的確に減らしていくべきだと判断し、その手段として選んだのが弓だったのである。

森の中だと、遮蔽物が多くて標的までの視界の確保が難しい代物だが、逆にそれは相手側もこちらを認識しにくい状況であり、使用してくると予想出来ない武器だと言う事だ。

遠隔視(リモート・ビューイング)の魔法により、標的までの正確な距離と射るべき位置を把握出来る分、むしろ状況はパンドラズ・アクターの方がかなり有利と言っていいだろう。

 

まず、最初の一分で一番近い射撃ポイントまで移動すると、遠隔視を展開した。

素早く矢を番え、展開中の遠隔視(リモート・ビューイング)で獲物となる山賊の位置と距離を把握すると、相手の移動速度を踏まえて射るまでの間を数える。

 

「……三、二、一!」

 

狙い通り、心臓を一発で射抜いたのを目視しつつ次の矢を番えると、射抜いた標的の横でこの状況に狼狽えている相手を狙った。

今度は、一発必中ではなく連続で縦に額と喉と心臓の三連射で打ち込み、周囲に知らせる為に騒ぎ立てるのを防いでおく。

ここまでの所要時間、約三十秒。

 

「……これで、後は二十三人。」

 

現在地で、弓で正確に狙える相手はいない。

もう暫く弓を使うにしても、射撃ポイントを移動するべきだろう。

獲物を狩り終えた時点で即座に判断すると、遠隔視(リモート・ビューイング)を切る前に次の射撃ポイントを割り出して、素早くそこを目指す。

移動の際、足音を消しつつ素早く移動する為にパンドラズ・アクターが使用したのは、ギルドメンバーでも最速を誇る弐式炎雷の隠密系スキルだ。

かつて、ナザリック地下大墳墓を発見した際に使用したという、彼が極限まで高めたこの隠密系スキルは、森の中の移動にも適していると言っていいだろう。

 

このスキルが使えるかどうかだけで、かなり現状での戦い方に差が出る為、パンドラズ・アクターにとってこのスキルが使用出来る事は、とてもありがたかった。

 

とにかく、現時点では敵の数を減らす事が最優先だったからだ。

正直に言うと、パンドラズ・アクターと山賊達とのレベル差を考えれば、直接正面から当たっても十二分に殲滅する事は可能だっただろう。

ただし、これがパンドラズ・アクターにとっての初陣であり、お荷物を二つも抱えている状況でなければ、だ。

 

もちろん、その状況下で戦闘になったとしても、お荷物に生命拒否の繭(アンティライフ・コクーン)と防御結界を付与しておけば、普通に戦っても余裕で勝てるというのが、敵の戦力を分析した上でのパンドラズ・アクター自身の結論ではあった。

 

だが、その上でこんな風に打って出る事を選択したのは、宝物殿の中で過ごしていて一度も戦った事のない自身の戦闘経験を増やす為だ。

そう……様々な能力を使用出来る万能の個として生まれながら、パンドラズ・アクターが与えられた役割は、宝物殿の奥深くに鎮座する領域守護者として位置付けられていた。

つまり、ナザリック地下大墳墓が壊滅状態になるまで、出番が存在していないのだ。

故に、どれだけ万能な能力を与えられていたとしても、その能力を実際に戦闘に使った事などない訳で。

 

つまり、パンドラズ・アクターには実戦経験が全くないのである。

 

どんな能力も、全て知識の中に納まっているものばかりで、一部の御方の能力を除いて使用した事がないのだ。

だからこそ、こうしてレベルの低い相手で知識と実戦の差を把握し、能力を使いこなす為の実習の機会に利用する事にしたのである。

いきなり強敵とあたり、使おうと思ったスキルが使用出来なくて負けたという状況になっては、モモンガに顔向け出来なくなってしまう。

 

パンドラズ・アクターが守っているのは、ただの財宝ではないのだから。

 

するりと身を滑らせるように移動しながら、パンドラズ・アクターは手にしていた弓に矢を番えておく。

最初の狙撃と同じ動作を、既に四つのポイントで繰り返した結果、敵の約半数を削っていた。

だが、そろそろ弓での不意打ちは距離的に限界が来ているだろう。

実際に、遠隔視(リモート・ビューイング)で確認した敵の中には、弓による長距離射撃を警戒し始めている者もいたのだ。

 

なので、これが敵に放つ最後の一射と定め、次の武器をすぐに取り出せるように腰の鞄に手を当てた。

 

中に手を入れないのは、今の段階で取り出しても弓を射る邪魔になるからだ。

今度ばかりは、遠隔視(リモート・ビューイング)を使用した長距離狙撃ではなく、肉眼で視界に捉えた相手を獲物に選ぶ。

相手がこちらに気付く前に、素早く矢を射掛けて仕留めると、アイテムボックスに弓を放り込み鞄から用意しておいた短剣を二振り取り出した。

多少、音がするのを覚悟で一気に敵に向かって踏み込むと、喉元に向けて鋭く切り掛かる。

その攻撃を、紙一重で剣の鍔で受けたのを視界に収めるや否や、それを軸にクルリと身を反転させてもう片方の手に握っていた短剣で心臓を貫き、一気に止めを刺した。

 

「……これで、残り十三。

そろそろ、接近戦に切り替えるべき……いや、まだ背後から忍び寄って刈り取れるなら、そちらを選択すべきでしょう。

雑魚ばかりですが、乱戦になると今の私では脇が甘いかもしれませんからね。」

 

ここまで掛けた時間は、約九分。

一応、最初に設定した予定時間内ではあるが、もう少し余裕が欲しいところだと思う。

身を沈め、踏み込む足に力を入れると、一気にその場から一番近い敵の場所へ向けて地を滑るように駆け出した。

一歩一歩、歩幅を大きくスライドさせることで、跳ねるように駆けて速度を上げていく。

標的を視界に捉えた所で一旦足を止めると、ある程度距離を置いたまま身を木陰に滑り込ませた。

ここから先は、それこそ音を立てないように移動する必要がある。

 

精神を統一するために、小さく息を吸い込み一拍間を置いて緩やかに息を吐くと、そのまま隠密系スキルを発動した。

 

空気に溶けるように気配を消し、こちらへ向かって警戒しつつ近付いてくる敵の一人の背後へ回り込むと、一瞬のうちに口を抑え込み、返り血を浴びない様に気を配りながら横に喉を切り裂いて、抑えていた手を放す。

いきなり足を止め、崩れ落ちるように倒れた仲間の姿に動揺した相手の背後に、たった一歩で体を滑りこませて回り込むと、同じように口を塞いで手にしていた短刀を喉元に押し当てスラリと横に一閃。

 

ほぼ音を立てずに、返り血を浴びない様に注意しながら、その喉を切り裂いた。

 

手を放し、既に命を刈り取った相手を地面に落とすと、ゆらりと体を揺らめかせてその場から離れ、次の獲物の位置を確認するために遠隔視(リモート・ビューイング)を展開する。

この戦闘スタイルは、戦闘に慣れないこの身には一撃必殺の手段であり……相手に味方の数が一気に減っている事を知らせない為のもの。

つまり、文字通り時間と勝負するために選んだものだったからだ。

それ程離れていない場所に、次の獲物の存在を確認したパンドラズ・アクターは、再び空気に溶けるように気配を消しつつ、敵へと接近していった。

 

 

*************

 

 

残りの敵を七人になるまで、隠密行動と一撃必殺の暗殺という手段で削りきったところで、パンドラズ・アクターは武器を別のものに切り替える事にした。

 

そろそろ、相手側にもこちらの行動が察知される頃合いだと、そう判断したからだ。

これだけ接近すれば、同士討ちを避けるために味方の存在が判るような何かを、山賊達が持っていてもおかしくない。

パンドラズ・アクター自身、彼らの所持品のそんなアイテムがある事も想定していたのだが、倒した山賊達の所持品を漁る為に時間を使うよりも、出来るだけ数を潰す方を優先した為に放置したことだった。

 

既に、包囲網を構築していた山賊達は彼ら横並びで移動している七人以外は、パンドラズ・アクターが潰してしまったのだが、流石にここまで味方の数が削り取られれば、アイテムが無くても不完全な包囲網の状態に気付くだろう。

 

ここからは、直接剣を交える接近戦だ。

きちんと、攻撃に対する防御も固めておかなくては拙いだろう。

防御魔法として盾壁を唱えた上で、最後の武器として残しておいたレイピアを取り出し、他にもいくつかのアイテムをすぐに使用可能な状態で準備すると、鞄をアイテムボックスの中に放り込む。

 

そうして、準備を整え終えたところで、今度は出来るだけ相手の目を引くように夜営地点よりもかなり手前に降り立った。

 

片手にレイピアを携え、夜営地への道を塞ぐように仁王立ちして見せれば、警戒しつつも山賊達が闇夜の中から姿を現してくる。

パンドラズ・アクターのいる場所を迂回して、直接夜営地を狙うことも可能だったが、わざわざこちらの前に出てきたと言う事は、彼らの狙う獲物の一つとしてパンドラズ・アクター自身も含まれていたのだろう。

 

まぁ、身に着けている装備やアイテムの価値を考えれば、山賊達が狙わずに放置するなどあり得ないのだが。

 

それに、現時点でも一対七の数の有利さが、直接戦闘によって捕らえる事を選択させたのかもしれない。

山賊達の予定していた包囲網は、既にパンドラズ・アクターの手によって崩壊しているのだが、その事実を正確に把握していなかった事も、彼らのその選択をさせたのだろうが。

どちらにせよ、この段階で山賊達がパンドラズ・アクターを放置するという選択肢を選ばなかった事だけは間違いなかった。

 

「……てめぇか、吟遊詩人(バード)

せっかく、男受けしそうなかわいい顔をしている癖に、のこのこ出てきやがって。」

 

「馬鹿じゃねぇか、てめぇ。

てめぇらみたいに、人前での媚びるような仕種と歌で囀る事で金をせしめるような、そんな輩が一丁前にそんな不似合いな物を持ち出して、振り回そうとするんじゃねぇよ!

どうせ、見せ掛けだけで使いこなせやしねぇんだからな!」

 

馬鹿にするように、外見だけで判断して見下した声を上げる山賊達に、パンドラズ・アクターは小さく嘆息した。

どうやら、自分が予想していたよりも彼らの戦闘レベルはかなり低く、相手の実力を見抜く事が出来ないらしい。

まぁ、現時点で自分の実力を確認するための腕試し状態なので、強者としての気配など欠片も出ていないのだから、察知出来ないは仕方がないかもしれないのだが。

 

「……確かに、私は吟遊詩人(バード)です。

ですが……吟遊詩人(バード)が戦えないと、誰が決めた?

えぇ、そうです。

この私を目の前にして、それでも吟遊詩人(バード)が戦えないなどと言う戯言を吐いていては、あなたたちの実力もその程度のレベルだと、自白しているようなものなのですよ?」

 

ニィッと口の端を上げるように笑うと、パンドラズ・アクターは鞘からレイピアを抜き放った。

その行動に、盗賊たちが【無駄な抵抗を】と、嘲りの笑みを浮かべながら武器に手を掛ける。

 

だが……次の瞬間、たった一歩の踏み込みで一気に間合いを詰めると、パンドラズ・アクターは目の前にいた山賊の心臓目掛けて三連突きを放っていた。

 

そのあまりの速度に、反応出来ずに一瞬のうちに心臓を貫かれた山賊からレイピアを抜くと、一旦後ろへ飛び退き距離を取り直す。

瞬き一つ程度の間しか置かず、仲間の一人をあっさりと倒された事に動揺している今が、パンドラズ・アクターにとって最も攻撃のチャンスと言っていいだろう。

素早く、大外に構えていた山賊を次の標的に決め、レイピアの地面に向けていた先端を切り返すと、腰を落として一気に踏み込み加速する。

加速による勢いのまま、心臓から喉へ目掛けての三弾突きを放ち、回避行動も執らせずに仕留めると、相手を蹴り倒しながら一気に前方へ駆け抜けた。

 

漸く、こちらの行動に反応した山賊達が、囲い込むように迫ってくるが、その場でクルリと反転して左手に一気に魔力を溜めると、呪文を口にする。

 

魔法の矢(マジック・アロー)!」

 

途端に宙に浮かび上がる、六つの光球。

宙に浮かぶその数を見て、仰天する山賊達へと光球は一気に襲い掛かる。

追尾するそれに、山賊達の殆どは逃げ惑うものの、結局、武技を使ったのか魔法の矢(マジック・アロー)を切り払った一人を除いて逃げ切れずに打ち抜かれ、あっさり命を刈り取られていく。

 

「……貴様、魔法詠唱者(マジックキャスター)だったのか!」

 

苦々しげにこちらを睨み付ける最後の一人は、山賊の中で群を抜いてレベルが高いようだった。

彼の装備から見ても、この山賊達の頭だったのだろう。

見た感じ、レベルは十五以上二十以下といった所だろうか。

手にしている武器は、割と一般的なロングソードだが、を回避し切り裂いた武技を考えると、この場でパンドラズ・アクターが使える一般的な攻撃魔法は、牽制程度の役割しか果たせそうになかった。

 

「別に、レイピアを使用出来るからと言って、魔法が使えないとは言っていませんからね。

レイピアなら、鞘に入れた状態で杖剣としての役割を果たせますし。

勝手に勘違いなさったのは、そちらでしょう?」

 

ニヤリと笑う事で、更に挑発するような仕種を見せれば、山賊の頭はギリギリと怒りと苛立ちを募らせているようだった。

実は、パンドラズ・アクターにとってこれが初めての実戦だと知ったら、目の前の相手はどう反応するのだろうか?

そんな事を頭の端でチラリと考えるが、わざわざ言う必要性も感じられなかったので、ただ笑みを深めるだけに留めておく。

 

戦闘中において、苛立ちを募らせ冷静さを失うと言う事は、当然隙を生むと言う事で。

 

左手に魔力を集中させ、再び魔法の矢(マジック・アロー)魔法の矢を放つ素振りを見せると、あっさりそちらに釣られて反応を示す。

そんな相手に、嫣然とした笑みを浮かべてみせると、パンドラズ・アクターはその呪文を口にした。

 

心臓掌握(グラスプ・ハート)

 

呪文を口にした瞬間、胸を押えて倒れ伏す山賊の頭。

それは、今のパンドラズ・アクターが一日にたった二度だけ行使出来る、モモンガがよく使う攻撃魔法だった。

姿をモモンガのものに変化させずに使える代わり、使用制限が一日二度という厳しさがあるが、使い処を間違えなければ十分問題がないと言っていいだろう。

 

「戦闘開始から終了までの時間が、約二十分ですか。

……初めての実戦経験として考えれば、まぁ、こんなものでしょうね。

一応、私と彼らの間のレベル差は、三十近くあった訳ですし。

これで、攻撃魔法も直接戦闘に関する能力も、問題が無い事は十分確認が取れました。

そうですね……少なくても、人間種が相手だと仮定すれば、ほぼ問題がないと判断して大丈夫そうですね。

一部の例外は居ますが、それらとは可能な限り接触しない様に気を付ければ良い訳ですし。

そうそう、このまま彼らの死体を放置しておく訳には行けませんね。

少なくても、人目につかない場所まで運んで放置しておけば、森の獣たちの餌になるか、土に還ると思われますし。

さて、後片付けをさくさく済ませて、フレット達に掛けた魔法を解除しなくてはいけませんね。

約束通りに火の番を交代しないと、彼らから明日の朝に文句を言われてしまいますから。」

 

さくさく段取りを決めたパンドラズ・アクターは、それまで使用していたレイピアの血を拭い、鞘に戻してアイテムボックスから鞄を取り出すと、そこへしまう。

次に、使用した短剣二つを取り出して、同じように血を拭うと鞄の中にいつでも取り出せるようにしまい込んだ。

戦闘に使用した武器の簡単な手入れが済めば、後は死体の始末だけで。

このまま移動させたら、あちこちに血の跡が残りそうだったので、遺体を一か所に纏めた上で大きめの布を取り出し包むと、それを片手に飛行の呪文を唱え森へと運んで行ったのだった。

 

 

 

****************

 

 




という訳で、初戦闘となりました。
色々と考えつつ、戦闘シーンを書いたんですが、上手く伝わっているでしょうか。
正直、不安だったりします。

あと、補足説明。
pixivでは、この後にすぐモモンガ様視点が来て、補足的な話が入るのですが、今回はまだ上げていないのでここで捕捉。

この話のパンドラは、ちょっと特殊です。
原作で、ギルメンの能力は上限八割まで能力となってますが、この話のパンドラはギルメンが自分の能力を八割まで選択し、再構築したものを持たされています。

なので、使える種類がそのままな代わりに、能力レベルが八割の効果ではなく、使える能力レベルはそのままで、使用可能な種類を八割までに変更してあります。

この点だけ、原作設定ではなく独自設定に変更しました。

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