もし、宝物殿の一部が別の場所に転移していたら? 作:水城大地
朝食を食べつつ、これから移動する街や昨夜接触した盗賊が襲っただろう、商隊に関して冒険者組合に報告するのか、ざっくりと話し合って決めた所で、野営の後片付けなど出立する準備を済ませていく。
昨夜、〖生き残りが居ても助けない〗を選択した時点で、自動的に報告する理由が無くなっていたのだ。
ここで、冒険者組合に対して下手に中途半端な報告する方が、後々面倒事を招くだろうと言う事で意見が一致したのも、報告をしないと決めた理由の一つではあるのだが。
そもそも、昨夜の実験の後にうっかり遺体を全て綺麗に始末して消してしまっている時点で、報告しようにもそれを証明する手立てがない。
一応、彼らが残した装備やアイテム、盗賊が奪っただろう商隊の荷は残っているが、大半が何らかの理由で商品にはならない状態だったので、そんなものを持って行ってもあちらも困るだけだろう。
むしろ、下手に冒険者組合に対して報告した結果、その商隊の雇い主側である商人側から「火事場泥棒的な事をした」といちゃもんを付けられても困るのだ。
こちらとしては、行き掛けの駄賃と言わんばかりに襲ってきた盗賊を返り討ちにして、ついでに実験を兼ねて彼らの塒を壊滅させただけ。
その際に、一緒に居ただろう商隊の生き残りはほぼ虫の息で、パンドラズ・アクターが知っている限りのこの世界のアイテムや使用可能な魔法では、ほぼ助からなかったレベルである。
ウルベルト達がその気になれば、もちろん手持ちの回復アイテムやパンドラズ・アクターの回復魔法で何とか出来たかもしれないが、そこまでしてやらなければならない義理はない。
選んだ選択肢は〖出来るだけ自分達からは関わらない〗と言うものだった。
まぁ…どちらにしても、冒険者組合には行く必要はあるのだが、それでも盗賊団を含めて報告はするつもりはない。
今回、冒険者組合へ行くのは、ウルベルト自身の冒険者登録の為だった。
何と言っても、今回の街で冒険者登録しておかないと、街に入る度に支払うお金とか、色々と面倒なのである。
それに、魔法詠唱者として冒険者登録しておけば、第三位階まで魔法を使用しても問題なくなるだろう。
身分証代わりとして、冒険者の証のプレートがあれば街の出入りが楽になる事も考えれば、ウルベルトの事を冒険者登録しない方が損なのだ。
もしかしたら、ウルベルトの外見年齢的な事で登録を渋られるかもしれないが、今回ばかりは使用出来る魔法が第三位階に達している事などを理由に、強引にでも押し通すつもりだった。
そもそも、冒険者は基本的に自己責任なのだから、強力な魔法が仕える事を盾に二人だけでチームを組んで動くなら、問題はない筈である。
あまり煩い様なら、【幼い頃に、死病の治療と引き換えに、呪いを受けて幼生固定されているだけで、成人済みだ】と言ってもいい。
実際、中身はそろそろ三十に手が届こうと言う位のおっさんだと言う自覚があるウルベルトなので、それで通した方が色々と面倒がないかもしれなかった。
いっそ、オルファ―ナを【死病を抑える代わりに幼生固定の呪いを齎した、一子相伝の召喚獣】と言う位置付けにしても良いかもしれない。
〘 それなら、オルファ―ナが俺に契約の名の下に憑いていると言う名目で、外に出す事も可能だからな。
まぁ……どちらにしても、冒険者組合での反応次第といった所か。
ただ、その場合だとオルファ―ナは使役獣枠で登録する必要がある可能性が高いから、あまり嬉しくはないんだよなぁ……
俺にとって可愛い娘のオルファ―ナを、何が悲しくて使役獣として登録しなきゃいけないんだよ…… 〙
だが、やはり娘の様なオルファーナが他人から使役獣扱いされるのは、どうしてもウルベルト的に納得がいかないので、可能な限り表に出すつもりはないのだが。
その辺りは、パンドラズ・アクターも分かっているらしく、無理にそれを勧めて来ない。
ウルベルトとしては、そんな小さな気遣いが出来るパンドラズ・アクターが一緒で、本当に気が楽だった。
本当に、まるでずっと一緒に旅をしているかのように、気心知れた扱いをしながらそれでいてさりげなく気を遣う所など、本当に彼の創造主であるモモンガそっくりだと言っていいんじゃないだろうか?
つらつらとそんな事を考えつつ、ウルベルト達は漸く目的地だった次の街へと到達した。
街に入る為には、どうしても入り口の検問で検査を受けて通行料を払う必要がある。
冒険者であるパンドラズ・アクターは、通教両その他検問を通る時も面倒な検査は不要だが、まだ何も登録していないウルベルトは街に入るだけでお金が掛かるし、色々と検問で確認される案件も多い。
特に、身に着けている装備等のアイテムが一般の物よりも遥かに上等な聖遺物級だと知られたら、色々と煩い気がするのだ。
なので、ウルベルトが身に着けている装備には全て偽装工作済みで、第三位階が使えるだけでも凄腕と認識されるこの世界の魔法詠唱者では、早々簡単にそれを見抜く事が出来ないよう仕様になっている。
普通に、少しだけ上質な服程度に認識されるように、だ。
この辺りの細工は、ウルベルトが盗賊の塒で色々と検証をしている間に、パンドラズ・アクターが素早く済ませてくれたものだったりする。
本当に、細かな気配りまで出来る頼りがいがある相手が一緒で、本当に助かったというのがウルベルトの偽らざる本音だった。
パンドラズ・アクターが、事前に色々と考えた上でウルベルトの装備に対してこの処置をしてくれたお陰で、街へ入る際の検問もそれ程問題なく済ませる事が出来るだろう。
こういう細工に関して、少なくともウルベルトが自分でするよりも、パンドラズ・アクターに任せておいた方が間違いない事は、今までの経験で判っているのだ。
そして、予想通りそれ程面倒な事もなく検問を通る事が出来た。
パンドラズ・アクター自身は、既に冒険者「サーティ・ルゥ」として登録していたし、前の街では「アイテム作成能力で自分の装備を自作した」と言う事を口にしてしまっているので、どうやら冒険者プレートの方にそれとなく情報が記載されていたらしい。
前に街では、色々と冒険者組合を始めとして嫌な思いでしかないと言っていたが、冒険者組合側としては生産職系能力もある冒険者はとても貴重なのだ。
うっかり、何も情報を登録せずに下手に装備関連で揉めて本当にサクッと他の国へ行かれてしまっては、この国の状況的に考えてもかなり困るので、その情報を載せる事で検問での無駄な問答を回避出来る様に手配をしたのだろう。
冒険者登録の前に、対応のミスで悪い印象しか与えていないのだから、当然の判断だった。
「……思っていた以上に、今回はスムーズに検問を通れましたので、このままルベル様の冒険者登録する為に冒険者組合へ向かうべきだと思いますが……
丁度昼下がりと言った時間ですし、街に居ある間に登録を済ませればいいのですから、今日は冒険者登録するのは止めておいて、一先ず宿を取りに向かいますか?」
パンドラズ・アクターが呼んだ「ルベル」と言うのは、俺が冒険者として登録する為に考えた「ルベル・レン・オール」と言う偽名だ。
流石に、「ウルベルト・アレイン・オードル」と名乗る訳にはいかないからな。
名前の一部を使って、即興的に考えた名前ではあるが、それ程悪くない名前だと思う。
他にも、幾つか偽名の候補はあったのだが、出来るだけ響きが似ている名前の方が呼ばれた時に反応しそびれる事が少ないというのが、この名前にした理由だった。
自分の名前なのに、呼ばれて反応出来ないと不審がられる可能性があるからな。
とにかく、今の自分たちの状況を考えれば、出来るだけ怪しまれる行動をしない方が良いと言う事は、ウルベルト自身もよく理解していた。
それを言うなら、冒険者としての登録だってこの外見年齢でするのは色々と問題はあるという突っ込みが着そうな気もするが、最低でも第三位階を使用することを前提に置いている都合上、冒険者登録をしてしまった方が色々と話が早いのだ。
この世界では、魔法詠唱者として第三位階を複数使える時点で、白金級の能力があると見做されるという話もある事を考えると、冒険者として登録しておいた方が色々な点で面倒がないと判断したのである。
それなら、いっそ魔術師協会に登録すればと良いのではないかと考えるかもしれないが、意外とそちらの方が面倒な気がするのだ。
最低でも、第三位階を複数使える様な魔法詠唱者は、どこの国でも希少な存在の筈だから、下手に魔術師組合に登録した場合、その街から動く事が出来なく可能性がある。
あくまでも、冒険者として登録する理由が旅を楽にする為と言うものである以上、街に拘束される様な組織に所属するのは本末転倒だと言っていい。
だから、例え能力的には初球の銅級として扱われるとしても、冒険者の方が色々と都合が良いのだ。
そんな事をつらつらと考えつつ、ウルベルトはパンドラズ・アクターの方を見た。
時間的に、まだ昼を過ぎた辺りだろうこの時間帯から、宿屋を撮って休憩する必要がある程、体力がない訳じゃない。
どちらかと言うと、人酔いの症状を見せたというパンドラズ・アクターの方こそ休むべきなのじゃないかと思うのだが、本人の様子をこうして目視で確認してみても至って元気で、どう見ても人酔いを起こしている様子はなかった。
多分、今回はウルベルトが一緒に居る事によって、精神的に安定している事が症状を引き起こすのを留めているのだろう。
そんな風に、現状に関してざっくりとあたりを付けると、ウルベルトはゆっくりと口を開いた。
「あー……そうだな。
まだお昼を食べてない事だし、どこか美味しそうな屋台で買ったものを食べて昼を簡単に済ませたら、冒険者組合へ登録しに行こうか。
ついでに、簡単に済ませられる依頼が無いか確認しておきたいし、情報収集だってしておきたいだろ?
そう考えるなら、やっぱり冒険者組合に顔を出して俺の冒険者登録とか面倒な手続きをするとか言うのは、早いうちに済ませておいた方が良い。
サティが、〖まずは一旦休みたい〗って言うなら、宿屋を取る方を選ぶけど……」
「どうする?」と、ウルベルトが首を傾げて問えば、にこりと笑いながらパンドラズ・アクターは口を開いた。
「ルベル様さえ良ければ、おっしゃった予定で動けば宜しいかと思います。
これから先の路銀の事を考えれば、何かこの街でそれなりに収入がありそうな仕事をする必要があるのは、間違いありませんからね。」
実際には、盗賊の塒で手に入れた臨時収入があるので、この街で無理に稼ぐ必要はない。
しかし、だ。
余り、冒険者としての仕事を請け負わないままでいると、後が面倒な事になりそうな気配がしているので、適当な仕事を探そうと考えたのである。
とは言え、銅級では碌な仕事もないというのがパンドラズ・アクターの見解だったから、別の方法で稼ぐ手段を考えるべきかもしれないが。
「まぁ……余り目ぼしい仕事が無ければ、お前が街角に立って歌うというのも一つの手だとは思うけどな。
それこそ、吟遊詩人としての本領発揮だろう?」
くすくすと笑いながらそう告げると、パンドラズ・アクターはどこか嬉しそうな笑みを浮かべながら頷いた。
どうやら、言葉の中に含まれていた「演技者として、それ位は出来るだろう?」と言う、こちらの意図を理解してくれたらしい。
多分、パンドラズ・アクターにとって一番の得意分野である演技者としての技能の一つを使い、街角で叙事詩を歌い上げる事で金銭を得るというのは、それ程抵抗を覚えない行為なのだろう。
もちろん、一番その腕前を披露したいのは自分達に……いや、パンドラズ・アクターの創造主であるモモンガに対してなのだろうが、こればかりはこの場にモモンガ本人がいない以上仕方がない。
最初に訪れた村で、既に吟遊詩人として人前で叙事詩を披露しているのも、それで金銭を稼ぐことに抵抗がない理由の一つなのだろう。
とにかく、後方支援が受けられる状態ではないのだから、きっちり稼ぎを得る手段として「街に寄ったら叙事詩を歌う」という方法を確立しておくのは、決して悪い話ではなかった。
もしかしたら、自分達とは違うルートで旅する者たちから、自分達の話がそれぞれの街へ広がる事で、それなりに稼ぎを得られる状態になるかもしれない。
そう言う意味でも、どちらかと言うと人が多そうなこの街でパンドラズ・アクターが歌うのは、本当に悪くない話だった。
「では、まずは冒険者組合の場所を誰かに尋ねて向かいましょう。
本当に、丁度良い感じの仕事がないようでしたら、街角のどこで歌えばいいのか組合の方に尋ねるのも一つの手だと思いますし。」
そう言うと、パンドラズ・アクターはウルベルトに手を差し伸べてきた。
予想より、活気があるこの街は人も多く、小さなウルベルトが人混みに紛れて逸れてしまう事を防ぐためだろうが、本音を言えばかなり恥ずかしい。
とは言っても、この外見では他人から変な目で見られる事もないだろうし、状況的に仕方がないと思い直してウルベルトはその手を取ったのだった。
*****
そうして、街の人に尋ねながら訪れた冒険者組合だったのだが……やはり、ウルベルトが冒険者登録をすると言った途端、割と奇異の目を向けられる事になった。
一応、冒険者組合の受付の女性に尋ねた限りでは、ウルベルトよりももう少しだけ年齢が上の十歳くらいの子供ならば、 冒険者として登録した記録もあるそうなのだが、流石に五歳児の外見での登録と言うのはなかったらしい。
その為、対応に困った受付の女性がどう対応するべきか上司に確認しに行っている間に、周囲からかなり奇異な目を向けられたのだ。
幾ら、その経歴を問われない冒険者であったとしても、やはり幼過ぎる子供が相手では依頼人への信頼問題に関わると言いたいのだろう。
流石に、子供相手に大人げないという意識も働くから、奇異な視線を向けられるだけで誰からも直接何も言われないが、その視線こそがウルベルトの存在に対する不満を十二分に語っていた、
ウルベルトはもちろん、本来ならばウルベルトにこんな視線が向けられているという事実だけで暴れてもおかしくない筈のパンドラズ・アクターも、その視線を綺麗に無視している。
元々、他の冒険者から向けられるだろうこの反応は二人にとって想定内であり、直接手を出されなければ無視する方向で話し合いは済んでいたから、普通に気にする事なく受付の女性が戻って来るのを待つ事が出来ているのだ。
こういう部分も、冷静な判断が出来るパンドラズ・アクターで良かったと、本気で思う。
多分、他のNPC達が一緒だったとしたら、ウルベルトに対して嘲りや様々な負の感情を見せているだけで、この場に居る面々はただでは済まない可能性の方が高かった。
もちろん、ウルベルトによる制止あれば事を荒立てずに済ませるだろうが、それだって表向きだけ。
ウルベルトの予想では、いずれ召喚したモンスターなどを利用して、この場に居る冒険者たちが依頼に失敗したように見せかけて殺す可能性はかなり高かった。
元々、人間種に対して彼らは幾らでも無慈悲で残酷になれる存在なのだから、当然の話だろう。
出来るだけ、隠密活動をしつつナザリックを探したいこの状況では、そんな面々が一緒では色々と面倒な事になる状況しか思い浮かばないが、現状では関係ない事なのであまり考えないようにして、だ。
ひとまず、こちら側としては面倒な話に進展しない内に、出来るだけサクサクと冒険者登録を済ませてしまいたかった。
その為なら、ちょっと位の実力の披露はしても構わないと考えている。
まぁ、もし仮に実力を見せる事になったとしても、実際には本来よりも威力を落とした第三位階魔法を幾つか使う程度で納めるつもりだが。
とにかく、冒険者として登録する為に必要な行動を選択するにしても、その手続きをしてくれる組合の人間が来なければ話にならない。
どうも、お役所仕事に手間が掛かるのはどこの世界も変わらないのだと思いつつ、ウルベルトが大人しくパンドラズ・アクターの横で待っていると、外へ繋がる扉が開き大柄の男達が数人連なって入ってきた。
多分、依頼を終えて戻ってきた冒険者チームの面々なのだろう。
この街まで来る間に、それこそ何度も戦闘をしてきたのか、彼らが纏っている空気はどこか殺気混じりで。
正直言って、かなり不快な雰囲気を漂わせている相手に関わるつもりなど、パンドラズ・アクターにもウルベルト自身にも欠片も存在していなかった。
しかし、だ。
そう考えていたのは、あくまでもこちら側だけだったらしい。
むしろ、ウルベルトの姿を見た途端、まるで〖獲物を見付けた〗と言わんばかりに目を細めている。
ウルベルトにとって、あの手の目をした相手など【ユグドラシル】でも【リアル】でも腐る程見ていただけに、この先相手が起こすだろう面倒な行動など、それこそ簡単に予想出来てしまっていた。
〘 あー……、こういう手合いは、本当に厄介なんだよな。
相手の実力が、これから行う行動に対して伴っているなら、まぁ〖そう言う主張もあるだろう〗って流せるだろうけど……相手は、どう高く見積もってもレベル十五以下しかないし。
胸のプレートも白金だから、どうやら相手の推定レベルは間違ってなさそうだ。
こいつら全体の雰囲気的に見て、冒険者としての依頼こそ失敗していないが、予想外の被害が出て苛立っているといった所か。
苛立ってたところに、冒険者組合の中に幼い子供なんて不似合いなモンを見付けたから、丁度良い八つ当たりの対象がいたと、そう考えた訳だ? 〙
ほぼ間違いなく、こちらに絡んでくるだろうと予想が付いて、ウルベルトは心の中で大きくため息を吐いた。
ここに居るのが、パンドラズ・アクターで良かったと、本当に思わずにはいられない。
確実に、他のNPCでは目の前の相手を殺してしまう未来しか思い付かないからだ。
いや、今のパンドラズ・アクターの身に纏う気配も、結構ヤバい気がするのは気のせい……じゃないな。
多分、ウルベルトが本来の能力を維持した状態で彼自身も本来のレベルであれば、もう少し余裕があったかも知れないのだが、今はそうじゃない。
今の自分達は、全面的にバックアップしてくれる拠点もなく、頼れるのは召喚獣のオルファ―ナまで含めても三人だけ。
この状況で、普段よりも余計に彼の警戒心が上がってしまっていたとしても仕方がない事など、ウルベルトもちゃんと理解していた。
とは言え、こういう手合いの相手はパンドラズ・アクターではなく、ウルベルト自身がすべきだろう。
少なくとも、つい数日前までナザリックのNPCの中でも特に宝物殿と言う箱入りだった彼に任せるよりも、ユグドラシルでもリアルでもこういう手合いを相手した事がある自分の方が、冷静に対応出来るからだ。
そんな事をつらつら考えつつ、相手がちょっかいを出して来ないのが一番良いと思った瞬間、あろう事か大男が数人でこちらの前に並ぶと、にやにやと笑いながら頭の先から爪先まで舐めるように見てから屈み込む。
その不躾な視線に、ちょっとした苛立ちをウルベルトが感じた瞬間、目の前の男はある意味言ってはならない言葉を口にした。
「なぁ、そこにちっこいお嬢ちゃんは、こんな所で迷子でちゅか?
もしパパともママがいなくなっちゃったんなら、お兄ちゃんたちがお世話しつつ遊んであげるよぉ?
お兄ちゃんのお腹の上で、お馬さんごっことかどう?
そっちのお嬢ちゃん?僕?も、そっちのお嬢ちゃんと一緒に俺達が遊んでやるから、大人しくついてこいよ。
なぁに、この街じゃトップクラスの白金級冒険者チーム【ブラックサンダー】が、わざわざお子様のお前らの面倒見てやるって言ってるんだ。
……断ったりしねぇよな?」
中の一人が、そんな風に猫なで声で声を掛ければ、周囲からげらげらと笑い声が上がりヤジが飛ぶ。
元々、冒険者になるものは気の荒い者が多いらしいから、この場に居る冒険者にとってこの男達が取った行動は、丁度良い暇潰しの見世物的な感覚で見られているのだろう。
まだ、幼さが残る外見のパンドラズ・アクターが冒険者を名乗るだけじゃなく、どう見ても幼児にしか見えないウルベルトが冒険者になろうとしている事自体、彼らにとって気に入らなかったのかもしれない。
だから、こんな風に絡む男達にどう対処するのかを見たかったのだろうし、もし本当にこの大男たちに弄ばれる事になったとしても、自業自得だと笑って済ませるつもりなのだろう。
どうやら、大男たちはそれなりに有名な冒険者集団で、そのメンバー全員と言う大人数でこちらが逃げられない様に取り囲みつつ、名前を出して立場でも逆らえないようするつもりなんだろうが……うん、こいつら馬鹿だ。
そもそも、小さな外見の子供がこんな所にいるって事は、普通に考えれば依頼人の子供だろう。
ウルベルトが着ている服は、レベルを落としてもここに居る面々よりも遥かに質が良いものをきているし、身綺麗な子供がここに居る時点でそれ相応の良家の子供とみるのが、この世界での当たり前の思考の筈。
まぁ、いた場所が冒険者の登録カウンターの前だった事から、依頼人だと判断しなかったのかもしれないが、それにしても短絡的だ。
チームの中には、ある程度の目利きが出来そうな盗賊の職を持つメンバーも居そうなのに、こっちの装備の価値とそれを所有出来る立場とか推察する事が出来ないだろうか?
もしかしたら、その辺りも全部分かっていて、金持ちそうな子供をいたぶりつつ金品を巻き上げるとかそんな下種な事を考えているのだとしたら……相手が悪かったな、こいつら。
先程から、この男達の発言やからかいの声を耳にして、心の底から不快そうな気配を漂わせているパンドラズ・アクターを抑えると、ウルベルトは目の前に屈み込んだ男の前に一歩足を進め。
次の瞬間、電撃を纏わせた指をその鼻面に突き付けた。
「……全く、相手の実力も判らない癖に、喧嘩を売るとは上等ですね。
この街で、トップクラスと自称するあなたたち白金級冒険者がこの実力なら、それよりも下だという他の方々がどの程度なのか、大体想像が出来ます。
その程度の実力で、この俺に喧嘩を売るなんて……身の程を知るべきでしょう。」
あくまでも、無詠唱で形成した電撃そのものは放つ事なく、指先をスルリと相手の鼻へと近付けてやれば、電撃から周囲へと放たれる放電が鼻の頭を掠めたのか、思い切り目の前から後ろへと慌てて逃げる。
その様子を平然と眺めながら、ウルベルトは電撃を纏ったままの指で空をなぞり、ゆっくりと放電による軌跡を残しながら美しい魔法陣を手で描いていく。
ウルベルトの指の動きに合わせ、周囲が思わず後退っていくのを視界に収めながら、にっこりと笑って見せ。
「魔法詠唱者が、見た目通りの年齢だと思うのは、かなり早計だと思いますよ?
我々が極めようとする、魔術の深淵とは実に奥深いもの。
時として、誰もが想像出来ない様な要因によって姿と年齢が合わない事など、幾らでもあり得る話なのですから。」
「分かりますか?」と念を押すように言えば、この外見で詠唱もせず第三位階魔法「電撃」を指先に構築している事を理解したらしい、冒険者チーム【ブラックサンダー】の面々は蒼白になりながらウルベルト達から距離を取っていく。
まるで、子供の遊びの様に無詠唱で第三位階を扱うさまを見て、漸く自分達がちょっかいを出した相手が単なる子供ではなく、「手を出してはいけない存在」だと認識したのだろう。
今まで、こちらの外見を見ただけで侮っていだのだろう、冒険者組合の中で屯っていた冒険者たちまで息を飲む音が聞こえた。
そんな彼らの事など気にする事なく、ウルベルトはスッと視線を後方にあるカウンターへと向ける。
「……さて、そこで黙ったままこちらの様子を窺っているだろう冒険者組合の方、この場合はどちらが悪い事になりますか?
俺としては、大した実力もない上に相手の実力も判らず、自分達の勝手な思惑でちょっかいを出してきた相手を軽くいなした程度の認識ですが……問題、ありましたかね。」
ウルベルトが、「そこで止めもせずに見ていた事に気付いているぞ」と言わんばかりに笑い掛ければ、カウンターの奥から出て来たのは自分たちの周囲にいる連中よりも温和そうで、それでいて確実に格上だと判る様な初老に入る位の男性だった。
何処かバツが悪そうな様子のその人物は、自分の頭を手で軽く頭を掻きまわした後、一つ溜め息を溢し。
「……いや、今回の事に関して言うなら、君たち側は自衛しただけだろう。
君の言う通り、相手の実力を見極めもせずにちょっかいを出した、彼ら【ブラックサンダー】の方が悪いと言っていい。
絡まれて困っている君たちに対して、冒険者組合の組合長として助け船を出さずに済まなかった。
君が本当に、冒険者として登録しても大丈夫なのか確認する為とは言え、本当に申し訳ない。
本来なら、この場ではなくギルド長たる私の部屋で詳しい話をするべきなんだろうが……今回ばかりは密室で話す方が、君たちがまた彼らの様に侮った相手に絡まれる可能性もあるので、敢えてこの場で話させて貰う。
見た所、先程彼らを往なす為に君が使っていたのは第三位階魔法【電撃】だと思うのだが……間違いないかね?」
ギルド長を名乗る初老の男性の質問に、ウルベルトが頷いて同意を示した途端、周囲からどよめきの声が上がったのだった。
予定通り、続きを投稿させていただきました。
この続きは、5月20日に投稿予定です。