もし、宝物殿の一部が別の場所に転移していたら?   作:水城大地

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初めて見た美しい光景と、初めてのお仕事

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山を下ること、一時間。

漸く、麓に到着することが出来た三人は、道のすぐ近くを流れる小川の側で、休憩を取ることにした。

パンドラズ・アクター自身は、この程度の移動では疲れたりしないので問題ない。

しかし、ごく普通の村育ちの少女であるファラはもちろん、薬草を取る為に山道に慣れているフレットも、少し疲れた様子だったからだ。

 

多分、慣れない道案内をしながらの下山に、予想以上の緊張を強いられた結果、精神的な疲れてしまったのだろう。

 

その彼の気持ちは、パンドラズ・アクターも解らなくはない。

と言うよりも、現在進行形で似た立ち位置にいると言ってもいい位だった。

 

そう……パンドラズ・アクターとて、モモンガ以外の相手とこうして共に行動する事が、これ程の緊張を強いられる代物だとは、それこそ予想していなかったのだ。

 

これが、モモンガやナザリックのバックアップがある状態ならば、まだ精神的な余裕があっただろう。

余裕があり過ぎて、うっかり役者の立ち位置としての大仰な態度を見せ、返って警戒を招きかねない気もしたが。

あくまでも、この場に必要なのは遭難して憔悴した旅人である。

普通に考えて、そんな余裕や元気など無い存在なのだから、それでは失敗だと言ってもいいだろう。

なので、この状態は間違いではないのだが。

 

いや……そもそもモモンガとナザリックが、パンドラズ・アクターと一緒に移動していたなら、こんな事態にはなっていなかった。

 

少なくとも、モモンガがパンドラズ・アクターを単独で外に出す可能性の方が、あり得ないと言ってもいいだろう。

元々、宝物殿という特殊な場を守護する関係で、ナザリックの中すらまともに歩いた事がない身の上である。

他にも色々な要因を鑑みれば、それ位の事は簡単に予想出来る内容だった。

 

なぜなら、モモンガにとってパンドラズ・アクターは、【大切なギルドの仲間達】の存在とその能力を形に残すための、大切な人形なのだから。

 

その立場に関して、パンドラズ・アクターはなにも不満に思っていない。

むしろ、その存在意義を与えられたからこそ、今の自分はこうして存在しているのだから、不満に思うはずがなかった。

 

と、そこまで考えた所で、自分の思考がずれていた事に気付く。

どうやら、休憩と言うことで少し気を緩めた結果、思考が現状から外れてしまったらしい。

ゆったりと流れる山間の麓の空気も、気を緩める手助けをしていたようだ。

現状では、あまり良いことではないのだが、ただぼんやりと思考を停滞させるよりはマシだろうと思い直し、小さく溜め息を吐く。

 

それに……正直、今の自分は自分の事以外に思考を回せるほど、この世界の常識を知らないのだ。

 

確かに、宝物殿を出る前に事前調査をしてはあるものの、それはあくまでも周辺地域の魔法やアイテムなど、必要最低限の知識だけしか集められなかった。

準備期間が、たった半日程度しかなかったのだから、それこそ細かな一般常識までは、時間的にも収集する事は出来なかったのである。

これに関しては、自分の意思でわざと情報よりも時間をとった。

もちろん、それにはちゃんとした理由がある。

こればかりは、集めた情報を頭に詰め込むより、実際にその場で経験してみた方が、身に付く類いだからだ。

それに、下手に知ったかぶりをするよりも、素直に【遠い国から来たので知らない】と、はっきり言った方が好印象だと、パンドラズ・アクターは判断したのである。

 

「そろそろ一休みはおしまいにして、村を目指そうか。

急がないと、村に着く前に日暮れの時間になる。

この辺りは、それ位の時間から獣とか色々出て危険だし、急いだ方がいい。」 

 

スタッと、音をたてて座っていた切り株から立ち上がったのは、フレット少年。

何度もこの道程を行き来している分、どういう状況が危険を招くのか解っていて、こうして促してくれているのだろう。

それは、ファラにもちゃんと伝わっていて、素直にフレット少年の指示に従って同じように切り株から立ち騰がり、動くための準備をいる。

パンドラズ・アクターも、同じ様に手早く準備を済ませると、三人はそのまま村へ向けて出発した。

 

暫く、灌木の雑木林によって周囲の視界が悪かったが、人が通るには不便の無い程度の小道は通っていたので、フレット少年を先頭に先へと進む。

通い慣れている筈のフレット少年も、先程から警戒を緩める様子がないので、この辺りは雑木林から獣が襲撃してくる可能性が高い場所なのだろう。

一応、魔法とアイテムによる事前調査の結果では、レベルダウンしていてもパンドラズ・アクターなら余裕で倒せる程度の相手だと判明しているが、目の前を歩く少年少女達にはかなり厳しい相手かもしれない。

だから、もし獣の襲撃を受けるような状況になったら、サクッと倒してしまって安心させてやろうと、パンドラズ・アクターは密かに思っていた。

 

もっとも、そんな彼の思惑など関係がなく、なんの危険も訪れないままに安全地帯へ辿り着いてしまったのだが。

 

初めて見る草原は、パンドラズ・アクターに先程とは別の感動を与えるだけの、美しい光景だった。

遠くに望む山々と、日が傾きオレンジ色を帯びた空の、美しいコントラスト。

渡る風に揺られ、ざわざわと音を立てながらたなびく草花。

すこし先に、小さく見える木造の柵とその合間から見える幾つもの家屋は、これから向かう村だろうか?

 

どれも、パンドラズ・アクターにとっては初めて見る物であり、新鮮なものばかりだった。

 

もちろん、同行する少年少女達の前では、そんな事はおくびにも出したりしないが。

旅をしている人間ならば、それこそこれに似た光景を何度も見ている筈だからだ。

そんなパンドラズ・アクターに、ファラがニコニコと笑いながら山々のある方を指す。

 

「ねぇ、サティ。

ここから、この時間に見る空と山々の姿って、すごく綺麗でしょう?

この光景は、私達の村から見るのとまた違うものなんだよ。

だからね、たまに村の人もここまで見に来る位なの。

何にもない村だけど、この光景だけは自慢なんだ。

だから、サティもこの光景を覚えておいて欲しいな。」

 

笑顔で告げられた言葉に、パンドラズ・アクターは抵抗を覚えなかった。

こんなに素晴らしい光景を、今と同じように割と穏やかな気持ちで見られる機会が、この旅を終えた後に与えられるとは限らないからだ。

いや、多分……与えられる可能性は少ないだろう。

己の立場を考えれば、それも仕方がないと解っている。

だからこそ、この僅かな時間に見聞きした光景で素晴らしいものは、忘れたくないと思うのだ。

 

「……そう、ですね。

もし、またこの地を訪れる事が出来たら、もう一度見たいと……我が偉大なる師と共に見たいと、本当に思います。

ですから、この素晴らしく美しい光景の事を、私は忘れません。」

 

本当に、この素晴らしい光景を、許されるならばモモンガと二人で見てみたい。

 

そんな事を思いながら、パンドラズ・アクターが答えれば、ファラもフレットも満足そうに頷く。

どうやら、パンドラズ・アクターの返答が嬉しかったらしい。

そこで、日暮れが近い事を思い出したフレットに改めて促され、三人はすこし離れた場所に見える村へと、足を向けたのだった。

 

 

*****

 

 

「ようこそ、この村においでくださいました、吟遊詩人(バード)サーティ・ルゥ殿。

何もない村ですが、私の家にお泊めする事は出来ます。

てすので、是非ごゆるりとお過ごしください。

その代わりと言ってはなんですが、娘がお願いした【珍しい物語】をお聞かせいただけますでしょうか。」

 

村に辿り着き、ファラによって村長宅まで案内されたパンドラズ・アクターは、村長であるキース・タスファートから予想よりも寛大な態度での歓迎を受けていた。

どうやら、本当に娯楽な少ない村の為に、吟遊詩人(バード)の訪問を喜んでいるらしい。

こんな風に歓迎されて、それをおざなりの態度や物語で返すのは失礼だろう。

 

ならば、自分の知る物語の中でも最高のものを歌い上げよう。

 

そう思う位、パンドラズ・アクターは初めて接した時から、素朴で親切な人間である彼らに対して好感を抱いていた。

 

元々、カルマ値に多少のマイナスがついていても、属性が中立のパンドラズ・アクターは、人への対応は基本的に柔らかい。

役者の名を持つ分、感情の赴くままの言動をとるより、笑顔の仮面を被ることも得意だからだ。

そんな彼が、初めて接した人たちから親切な対応を受ければ、同じ様に返そうとするのは当然の結果だった。

 

彼らに聞かせる、最高の物語として相応しい話とは、一体どんな内容がいいだろうか。

 

かつて、偉大なる悪の魔法使いたるあの方に教えられた、竜に纏わる冒険の物語だろうか?

それとも、博識な軍師殿が残した書物に出てくる、最後の幻想に纏わる冒険の物語だろうか?

いや、やはりこの場で語るな相応しいのは、己の創造主に纏わる始まりの物語だろう。

 

吟遊詩人(バード)が村に訪れた事を知らされ、夜の広場に篝火が掲げられて村人が次々と集まってくる。

舞台と観客の準備が整えられ、後は己がその舞台に上がるのみ。

 

ならば、この手で最高の舞台にして見せよう。

 

スルリと身を踊らせ、吟遊詩人(バード)としての装備を身に纏い、弾き語る為に用意したリュートを片手に舞台に上がる。

スッと胸に手を当てて、優雅かつ丁寧なお辞儀を一つ披露すると、朗々とした声で観客である村人たちに語り掛けた。

 

「皆様、今宵は私の拙い話を聞くためにこの場にお集まりいただき、大変ありがとうございます。

まだまだ未熟なこの身の為に、このような場を設けていただき、感謝の言葉しかございません。

それでは、私もこの場に相応しい物語を精一杯語らせていただきますので、ぜひとも最後までお楽しみくださいませ。」

 

片手を挙げ、今一度お辞儀をして見せると、手にしていたリュートを緩やかに爪弾き始める。

最初は緩やかに、次第に軽やかな曲調を暫く奏でた後、静かな曲調にまた変化したかと思うと、パンドラズ・アクターは静かでありながら広場の端まで届く、高すぎず低すぎず穏和な声で語り始めた。

 

それは、まだ見習い魔術師だったとある青年が、賊に襲われていた所をとある正義の心を持つ騎士に救われた事から始まる、偉大な冒険者たちの物語。

 

見習いとして、始めはとても弱かった青年が、様々な仲間と出会い一人前の魔術師として成長する物語。

世界一の魔術師の紳士や、気さくで明るい弓使いの青年との友情を、楽しく時に笑いを交えた話を語り紡ぎ。

かと思えば、女性でありながら粘り強い護りで壁役を果たす女戦士に、影すら掴ませぬ最速を誇る凄腕の忍者達の素晴らしき戦いを勇ましく語る。

そんな彼らが集い、集団(クラン)を立ち上げて弱者救済の旅を続ける、そんな素晴らしい者達の物語を、パンドラズ・アクターは、唄うような朗々とした声で語り続けた。

 

彼らの素晴らしい活躍の物語を。

 

「……そうして、同じ志を持つ沢山の同士が彼らの元に集まりました。

沢山の同士を得た彼らは、その絆を高めるべくそれまでの集団(クラン)を解散し、新たにギルドを立ち上げる事となったのです。

彼らは、この先も素晴らしい活躍を続けるのですが……今宵、私が語る物語はここまで。

この後のお話は、またの機会にいたしましょう。

皆様、長らくのご静聴、ありがとうございました。」

 

それまで爪弾いていたリュートから手を離し、始める前よりも深々とお辞儀をし終えると、パンドラズ・アクターは舞台の上からゆっくりと降りる。

途端に上がる、村人からの拍手喝采の声。

ここから先の話も、その気になれば幾らだって出来るのだが、それは止めておいた方がいいと判断したのだ。

パンドラズ・アクターは、ちゃんと理解していた。

 

この国の隣国が、【プレイヤー】の気配が濃厚な【スレイン法国】と呼ばれる国であるという事を。

 

幾ら、今の話がモモンガ達を人に例えて語ったものだとしても、吟遊詩人(バード)として人々に対して語り聞かせることが出来るのは、ここまでだろう。

この先は、本拠地を得るための初見攻略の物語や、千五百人相手の本拠地防衛戦などといった、黄金期のナザリックに関わる重要な話ばかりなのだ。

物語としても、ここからの話の方が盛り上がるのだろうが、この話が【スレイン法国】の関係者の耳に入った時、どんな影響が出るのか解らない以上、下手にここから先の話を続ける事は出来なかった。

自分がした話一つで、モモンガやナザリックに危険を招く可能性があるのだから、仕方がない話である。

 

それなら、最初から話さなければいいと言われるかもしれないが、やはり人前で一番の話をするとなれば、モモンガ達の活躍を語りたかったのだ。

 

パンドラズ・アクターの語った物語は、村人達にとても喜ばれた。

娯楽の無い村にとって、これ程の物語が聞けるとは思っていなかったらしい。

暫く村に滞在して、先程の話の続きを筆頭に様々な物語を語って欲しいとねだる声は多かったのだが、村長に「人を探す旅なのだ」と先に断りをいれておいたので、何とか諦めて貰う事が出来た。

一応、「この先の話は、まだ師に【人前で語れるレベルではない】と許しを得てない」とも言ったので、許して貰えた様でもあったが。

 

その後は、村人達が総出での宴となった。

 

好奇心一杯の人々に、様々な質問攻めに会うものの、穏やかな物腰と煙に巻くような物言いでのらりくらりと交わし、代わりに知らない常識などを仕入れていくパンドラズ・アクター。

人と接した事はなくても、何となく話している相手の言いたい事を察してやるだけで、会話を続けられるだけの社交性を、役者として与えられていたのが幸いしてのだろう。

 

そうして、様々な人達と語り明かして夜も更け……漸く、村長の家に戻れたのは夜更け過ぎだった。

 

 




旅先で初めて触れた優し人たちを相手に、吟遊詩人デビューしました。
幾つか語る事が出来る物語を例を挙げましたが、他にも沢山物語は知ってます。
主に、宝物殿を訪れていた人物たちによって、制作中にも読み聞かせを受けていたような形になっているので。

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