もし、宝物殿の一部が別の場所に転移していたら?   作:水城大地

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初めて、彼らだけで夜営してみました。




盗賊との遭遇(パンドラズ・アクター視点)

街道に戻り、そのまま街の横を通り過ぎて進む事半日。

そろそろ日も暮れるので、夜営の準備に入る事にした。

二人とも、この程度の移動なら休息など取る必要はないのだが、人間の振りをしながら旅をするのに慣れる意味合いもあって、日が完全に暮れる前に夜営の準備をする事にしたのだ。

前回、フレッド達と一緒に夜営の下準備をした事で、普通の人間が夜営をするのに必要な手順は全部覚えていたし、【グリーンシークレット・ハウス】以外の夜営向きのアイテムなら、幾つか使用していいとウルベルトからも許可を貰っている。

食事の支度も、自家製のパン以外はこちらの世界の携帯食を使ってみる事にした。

 

誰か一緒になった時のことを考えて、それなりに材料を仕入れて置いて良かったと思うべきだろう。

 

一応、購入時に鑑定をしてどんな材料なのかは確認済みだったので、どんな料理に向いているかは分かっているから、少し手間は掛かるがそれなりの料理が作れる自信はあった。

それにしても……気が付いたら、昨日から食事の支度をしている時間の割合がかなり高い気がする。

昨日の戦闘時間も、合計すると前半後半のインターバルや準備時間も全部ひっくるめて、一時間も戦っていない。

あれだけ激しい戦闘だったのにも拘らず、それ位の時間しか戦っていないのだ。

裏を返せば、それだけ濃い戦闘内容だったと言う事になるのだが、同時に短期決戦以外に勝ち目がなかったとも言うべきなのだろう。

 

〘……当然、ですね。

自分が満足で戦える状況でない上に、パートナーはほぼ初陣同然の戦闘経験しか持たない、レベル五十にも満たない今の私です。

ウルベルト様が、短期決戦を考えるのはむしろ当然の事でしょう。

これで、まだ味方の援軍が期待出来る状況でしたら、話は変わったんでしょうが……

今回の場合、結果的には倒し切ってしまわずに済んで良かったのですし、今後は私がウルベルト様の足を引っ張らない様に、今回の経験を元に気を付けないといけませんね。〙

 

手早く細かく刻んだ干した肉を、水を入れた鍋に突っ込んで火に掛けて出しを取るべく煮込んでいく。

 

その間に、日持ちする野菜を取り出して刻んで鍋に入れると、夜営の準備を始めると同時に水に漬けておいたレンズ豆の水を切り、これだけは昨夜のうちに作っておいたトマトピューレと一緒に鍋に投入。

そこから暫く煮込んでから、塩コショウなどで味を調えれば、今日のスープは完成だ。

 

まず、持ち込んだパンを同じ厚さになる様に半分に切り、隠し味として持参したマヨネーズを薄く塗った後、その上にトマトペーストをたっぷりと塗る。

そこへ、薄く削いで刻んだ干し肉とチーズを散らし、金網の上に乗せて遠火で炙る様に焼けば、簡単ピザトーストの完成である。

そこに、追加でフライパンで半熟にした目玉焼きを乗せれば、少しだけ豪勢な感じになった。

後は、食事用のお茶を添えれば今日の夕食は完成である。

 

ウルベルトはどうしているかと言えば、食事の支度をし始めた頃からそわそわと目の前に座って、手際よくパンドラズ・アクターが料理を作る作る様子を見ていたのだが、どうやらそろそろ待ちきれない雰囲気が漂ってきた。

まぁ、これだけチーズとトマトの良い匂いが漂っていたら、お腹が空いて我慢が出来なくなるだろう。

飲食をしなくても大丈夫な種族とは言え、これだけ良い匂いがしていればそれに反応するのは当たり前だった。

それに、今は人間に擬態しているのだから、食欲にはこの辺りも関係してくるだろう。

 

「ウルベルト様、今、スープの方もご用意しますので、宜しければ先にピザトーストの方をお召し上がりくださいませ。

こちらは、冷めてしまうと味が落ちてしまいますので。」

 

焼き立て熱々のピザトーストを、手持ちの携帯皿に乗せて手渡しつつ、そう言って先に食べるように勧めれば、キラキラと目を輝かせながら受け取った皿からピザトーストを手に取る。

まだ焼きたてなので、手に取って食べるには結構熱い筈なのだが、ウルベルトは気にする事無くそのまま口元へと運ぶと、ガブリと一口。

 

「~~~~!!!」

 

はふはふと、口の中の熱を逃がすように口を動かしつつ、パンを口元から離せば、そのままトロリと伸びるチーズ。

うっかり下に落ちそうなそれを、口を動かして巻き上げるように全部食べ切ると、ほぅっと満足げな息を小さく漏らす。

そんな風に、ウルベルトがピザトーストを食べている横で、パンドラズ・アクターはスープを掬って器に盛ると、そっとウルベルトの前にある皿の横に並べた。

皿を乗せるように、地面に敷いたランチョンマットの上には、他にスプーンやフォークが並べてある。

 

「ホント、何を食べても美味いな、パンドラの料理は!

このピザトーストも、凄く美味い!

チーズもトロトロだし、干し肉が良い味のアクセントを出してるし、トマトペーストも凄く美味い。

卵は、まだ端っこの白身しか食べてないけど、これもまた美味い!」

 

ニコニコと花を飛ばしながら、もぐもぐはふはふと食べるウルベルトはとても満足そうだ。

自分の分のスープを盛り付け、焼き上がったピザトーストを手に取ると、パンドラズ・アクターは片手にフォークを取ってにっこりと笑った。

そのまま、軽くフォークで半熟卵の黄身の部分を軽く突き、トロリと流れ出す黄身を器用にピザトーストの上に広げた所で、パクリと一口。

こちらの様子を、じっと見つめていたウルベルトに向けて、口の中のものを全部飲み込んだ所でにっこりと笑ってこう言った。

 

「こうして、黄身を潰して広げて食べると、また黄身の美味しさも加わってさらにおいしくなるんですよ?」

 

笑顔で告げたこちらの言葉を聞いて、ウルベルトが迷わずそれを実行したのはすぐ後の事だった。

 

 

********

 

食事も済み、その後始末も全て済ませた所で、二人はお互いに顔を見合わせると、小さく溜息を吐いた。

このままのんびりと、夜空を見ながら野営を楽しむ予定だったのだが、どうやらそうも言っていられなくなったらしい。

この場所で夜営すると決めた時点で、ウルベルトが丁寧に張り巡らせた警戒のための結界に、悪意を持った存在が感知されたからだ。

まるで、取り囲むように近寄って来る所から判断して、パンドラズ・アクターを数日前に襲ったような盗賊の類なのだろう。

 

「……ウルベルト様、いかがいたしますか?」

 

正直、こちらへと近付いてくる気配はどれも弱々しく、どれだけ数が居てもあっさりと倒してしまう事は簡単だろう。

向こうが突け狙ってくるのだから、そのまま返り討ちにするのは当然だとして、だ。

パンドラズ・アクターが聞いているのは、このまま向かってくる全員の命を無造作に刈り取って終わりにするか、それともまだ残っているものが居るかを聞き出した上で、全部根絶やしにするかと言う点だった。

 

夜の帳の中で、こちらの身に着けている装備を見抜けるとは思えない。

 

だからこそ、彼らがこうして自分達を狙ったのは偶然の産物でしかなく、それも【行き掛けの駄賃】程度の認識だったのだろう。

この時間帯だから、どこかの商隊を襲った帰りに夜営している親子連れか兄弟を見付けたので、ついでに獲物として狙った程度の感覚でしかない筈だ。

そう、パンドラズ・アクターが考えている横で、幾つか呪文を口にしてざっくりと敵の様子をウルベルトが確認している。

 

「んー……どうやら、こっちに向かって来ているのは十人程度、だな。

だとすれば、確実に別動隊は存在しているだろう。

どうせ糧にするなら、こいつらの本体も全部刈り取っておくべきだろ。

少しでも多くの糧が必要なんだし、盗賊たちが相手ならそれ程面倒な事にならなくても済むだろう。

出来れば、小さな村くらいの規模の盗賊団だと、これの糧が増えて助かるんだがな。」

 

自分の指に納まっている、【魂の指輪】を軽く突きながらそう呟くウルベルトに、パンドラズ・アクターも心から同意したくなった。

確かに、普通の村人を糧にすると色々と問題はあるので可能な限り避けたい案件だが、盗賊団なら誰にも咎められる心配もなく、好きに指輪の糧にして問題ない存在だろう。

まだ、この【魂の指輪】の贄になるのが人間だけなのか、それともモンスターなどの命も対象なのか、きちんと確認していないこの状況下で確実に糧になる存在の命を刈り取れるのは、かなり良い案件だと言っていい。

 

「……何も知らず、こちらを弱者だと思って周囲を囲んでいる哀れな盗賊たちには、そのままウルベルト様の糧になっていただくといたしまして。

もし……襲われた商隊の生き残りが居た場合は、どう対応いたしますか?」

 

確認を取るように問うと、ウルベルトは少しだけ顔を顰めたものの、口元に手を当てたまま少し考えた後、はっきりと答えを口にした。

 

「……可哀想だが、その生き残りも一緒に糧になって貰うとしよう。

本来なら、助けてやりたい所ではあるが、俺が盗賊たちを指輪の糧にするところを見られる可能性がある。

魔法を使えば、記憶の操作をする事も出来るだろうが、今の俺のMPと魔法に対する消費量を考えると、割が合わん。

それに……生き残りが女性だった場合、確実に盗賊たちの餌食になって散々弄ばれた後だろう。

だとしたら、このまま死んだ方が幸せな場合もあるからな。

……さて、そろそろ来るぞ?」

 

前回の様に、忍び寄って刈り取るのではなく、ウルベルトと共に待ち構えて刈り取る事を選択していた。

その為、パンドラズ・アクターは【無限の背負い袋】からレイピアを取り出すと、鞘を腰に差してスラリとレイピアを抜く。

もう少しで、この場に到着するだろう彼らと対峙するべく、少しだけ警戒心を上げたのだった。

 

*******

 

盗賊相手の戦闘は、予想通りあっけなく片が付いた。

当然だろう。

今回の盗賊のレベルは最高でも十二しかなかったのだ。

 

そんな相手に、パンドラズ・アクターとウルベルトの二人と言う過剰戦力で負ける筈がなかった。

 

襲ってきた盗賊の数は、全部で十三人。

一人だけ残して、一瞬の内にその場でパンドラズ・アクターが行動不能状態に持ち込み、ウルベルトがMP節約の為に杖で撲殺していくと言う手段を取った後、残した一人に対してパンドラズ・アクターがモモンガの姿にごく僅かな時間だけ変化し、【支配】の魔法を掛ける。

何故、モモンガの姿になるのを僅かな時間だけに留めたのかと言えば、夜営した場所が一応街道沿いだったからだ。

十分警戒はしているが、それでもこちらの世界には【タレント】と言う特殊能力がある。

こちらの意図しない形で、パンドラズ・アクターが姿をかえる様を見られる可能性もあり、姿を変えている時間を短くしたのだ。

それなら、姿を変えなければ良いと思うかもしれないが、ウルベルトのMPの節約の意味でも、【支配】の魔法はパンドラズ・アクターが受け持ったのである。

何せ、この後には盗賊団の本拠地の襲撃が待っているのだ。

 

パンドラズ・アクターが盗賊を倒しても、ウルベルトの【魂の指輪】にカウントされるか判らない分、出来るだけウルベルトの手で盗賊たちの命を刈り取る必要があった。

 

「んー、ちゃんと全員回収出来たな。

何せ、この指輪を手にした状態で何かの命を刈り取るのは、今回のこいつらが初めてだったから、無事に回収出来るか心配だったんだよ。

これで、命を刈り取ればこの【魂の指輪】に回収されるのは確認出来た。

後は、パンドラやオルファ―ナの刈り取った命もその対象になるのか、その辺りの検証がしたい所だな。

そうだな……こいつに本拠地まで案内させた後、パンドラに止めを刺して貰うとするか。

もし、パンドラが止めを刺したら指輪に回収されなかったとしても、こいつ一人分だけで済むし。

それで、構わないか?」

 

ウルベルトがも、パンドラズ・アクターと似たような事を考えていたらしい。

そう問われ、確認するべき案件なので素直に頷いて同意すると、何かを思い付いたらしいウルベルトは軽く手を叩いた。

にっこり笑顔のまま、一つの提案を口にする。

 

「こいつらの本拠地まで、移動中はパンドラのマントのフードの中に居させてもらっても良いか?

どうも、小さい身体だと動くだけで体力の消耗が激しい感じがするんだよ。

それなら、移動中は小さくなってパンドラのマントのフードの中に居た方が、余程楽な気がする。

だから、パンドラさえ良ければそうしたいんだが……駄目か?」

 

少しでも、体力温存と言わんばかりにそう告げるウルベルトに、パンドラズ・アクターは反対するつもりはない。

ウルベルトには、少しでもHPやMPの消耗を避けて欲しかったので、そう言って貰えて助かった所だ。

 

もし、その提案をして貰えなければ、申し訳ないがパンドラズ・アクターはウルベルトの事を抱っこして移動するつもりだったのだから。

 

「えぇ、どうぞ。

私のマントのフードの中で宜しければ、幾らでもウルベルト様のお好きにご利用くださいませ。

それで、盗賊たちの本拠地までの移動の途中、もしこの盗賊たちの本体を発見いたしましたら、その時は先程と同じように行動不能になる様に仕掛けようかと思います。

その際は、ウルベルト様は別の場所……そう、出来れば盗賊団の頭上辺りでお待ちいただくのが宜しいかと。

その位置からなら、盗賊たちを一度に殲滅可能ですからね。

もし、それでウルベルト様にご了承いただけるのでしたら、そろそろこの盗賊に本拠地まで案内させようと思いますが、宜しいでしょうか?」

 

ウルベルトの提案に同意しつつ、これから向かう目的地までの道中で遭遇する可能性がある目の前の盗賊の仲間たちへの対処を提案すれば、ウルベルトはうっそりと笑う。

どうやら、この提案は間違いではなかったらしい。

ウルベルトは、素早く周囲に誰も居ないか確認した後、スッとそれまで指に填めていた【巨大化の指輪】を外し、今の身体の本来大きさである手のひらサイズに戻ると、そのままパンドラズ・アクターのマントのフードに潜り込んだ。

 

***** 

 

パンドラズ・アクターは、目的地まで移動する手段として飛行ではなく弐式炎雷の【隠密】の特殊技能と魔法の【加速】を併用したものを選択した。

理由は幾つかあるが、一番は【飛行】で移動するには森の中は木が邪魔であり、それを避ける為には森の上を通る事になる為、逆には目立つからだ。

もちろん、上手く森の木々の頭上ギリギリを移動すれば、目立つのは避けられるかもしれないが、今度は森の中を移動している可能性がある盗賊たちを見逃す可能性があった。

今回、彼らは全てウルベルトが元に戻る為に必要な【贄】の一部にすると決めた以上、回収漏れがあっては困る。

 

何より、こちらの姿を下手に目撃されたまま逃げられでもしたら、後が面倒な事に発展するだろう。

 

向こうは盗賊でありこちらは冒険者なので、「野営中に襲われた事もあり、危険な存在を排除する事を目的として討伐に当たった」と言えば、それが理由として通用するのは間違いない。

実際、彼らに襲われている商隊も存在するのだから、ここで盗賊たちを討伐する事は問題ないのだ。

問題なのは、ウルベルトの今の姿を誰かに目撃される事だろう。

 

幾らなんでも、掌サイズの人間など存在している筈がないのだから。

 

もし、うっかり彼らに目撃されたとしても、ウルベルトの事を人形だと判断してくれれば問題はない。

相手が気付く前に、行動不能にして仕留めてしまえばいいだけだ。

しかし、もし何らかのタレントによってその存在を気付けなかったり、遠距離からの目視をされていたとしたら、話が変わってくる。

もし、目撃された情報を他の誰かに漏らされただけで、こちらの行動は制限される事になるのだ。

その場合、最悪の状況にまで発展すれば、せっかく作ったこの外見すら放棄する必要が出てくるだろう。

 

出来れば、そんな事態は避けたかった。

 

その為にも、【支配】の魔法によってこちらの支配下に置いた盗賊を先行させ、本拠地まで誘導させつつ囮役も引き受けさせているのだ。

仲間の一人が、単独で本拠地を目指している状況を別行動の盗賊たちが目撃すれば、その理由を確認する為に寄ってくるだろう。

そこで、彼らに偽の情報を掴ませて誘き寄せ、一網打尽にすればこちらの消耗は少なくて済む。

 

この程度の雑魚なら、どれだけ居てもそれ程手間を掛けずに片付けられる自信はあるが、それこそ誰が来るか判らない様なこんな場所でうっかり戦闘を長引かせ、下手な強敵を招き寄せるような事態になる事の方が怖かった。

そんな状況にならない為にも、この程度の相手なら一撃必殺で片を付けられる状況を作り出す必要がある。

 

〘さて……すぐに見つかってくれると助かるんですけど、ね。〙

 

レベルダウンの影響からか、前回よりも自分の索敵能力が落ちている事に気付いたパンドラズ・アクターは、次からはより早く敵の位置を確認する意味でも【千里眼】を必ず使用する事を考えつつ、盗賊の後ろを誰にも気付かれないように進んでいくのだった。

 

 

 




と言う訳で、今回は食事関連が半分メインになってましたね。
一先ず、襲ってきた相手の魂は指輪に食われました。

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