もし、宝物殿の一部が別の場所に転移していたら?   作:水城大地

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幕間の話の続きになります。



食後の話し合い

パンドラズ・アクターが用意した料理と水菓子を、満足いくまで食べ尽したウルベルトは、大きくなったお腹をさすりながらカウチソファまで移動すると、行儀悪くゴロリとその上に横になった。

彼が横になっている間に、素早く食器を片付けたパンドラズ・アクターは、キッチンから戻って来るとその隣にあるソファに腰を下ろす。

本来なら、ウルベルトの許可を貰ってから腰を下ろすべきなのだろうが、その辺りの事は「一々確認を取る必要が無い」とウルベルトから言い渡されている為、同じ事を言われない為にも許可を取らなかったのだ。

このパンドラズ・アクターの判断は、間違いではなかったらしい。

 

勝手にパンドラズ・アクターが座っても、ウルベルトの機嫌は悪くなっていないのだから、この旅の間はこれで問題が無いのだろう。

 

そう思いつつ、パンドラズ・アクターは食後のお茶を用意した。

これから先は、どう考えても話が長くなるのだから、喉を潤すお茶は用意しておいた方が良いと判断したのだ。

もっとも、魔力を消耗しているウルベルトは、早めに休ませたいと思うのも、パンドラズ・アクターの本音である。

本来のウルベルトに比べ、今のウルベルトのMPはかなり少ない。

 

アイテムで補助している効果もあり、本来の八割まで総量は上がっているが、回復量まで上がった訳じゃないのだから、当然の話だった。

 

パンドラズ・アクター自身も、かなり消耗していたから少し休みたいと思ったのだ。

戦闘で消耗したMPは、アイテムでの回復手段はなく、時間を置かないと回復しない。

一応、アイテムで疲労無効かとかは存在するが、戦闘で消耗したHPは、回復アイテムを使うか休むしかないのだから、休息を取るのは当然の判断だった。

アイテムを使う事は可能だが、手持ちの残りのアイテムとこれから先の事を考えるなら、余り大盤振る舞いする事は出来ないだろう。

 

なにせ、ここに来るまでのオルファーナとの戦闘で、それなりに消耗してしまっているのだから。

 

特に、即効性のある蘇生アイテムに関しては、ほぼ底が尽きてしまっている状態だ。

確かに、パンドラズ・アクターが保持している生産職としてのスキルを使えば、蘇生アイテムを作る事は可能だが、その為には素材が無ければ話にならない。

一応、ウルベルトが所持している素材アイテムと、パンドラズ・アクターが所持している素材系のアイテムを組み合わせれば、復活時にHPを全回復出来る最高レベルの蘇生アイテムを一つ、復活時にHPが半分回復する中級レベルの蘇生アイテムが二つ作れる事は確認済みだが、それ以外には誰かが使わなければ蘇生が敵わない杖が一つしか残っていないと言う状況なのだ。

他の回復系のアイテムだって、使い処を考える必要があるのは当然だろう。

 

もし、回復系のアイテムが不足するような状況になれば、それこそパンドラズ・アクターの使う回復魔法以外に回復手段がなくなり、ウルベルトへのMP譲渡が出来なくなるのだから。

 

今のウルベルトが、万全とは言い難い状態である以上、パンドラズ・アクターはそれを避けるべきだった。

そんな事をつらつら考えつつ、パンドラズ・アクターはお茶を淹れ終えると、そっとウルベルトの前にあるテーブルへと置く。

次に自分の分も淹れると、改めて横になっているウルベルトに視線を向けた。

 

「……大変申し訳ありませんが、明日の予定をある程度まで決めてからお休みいただけますでしょうか、ウルベルト様。

色々とありましたし、お疲れとは思いますが……これからの予定を大枠で決めておいた方が宜しいかと。」

 

少しうとうとしているウルベルトの様子に、起こしてしまうのを忍びなく思うものの、今後の為にもざっくりとした予定は決めてしまいたかった。

最終目的は、「ナザリックに戻る事」で間違いないだろうが、その道筋をどういう過程にするのか位は決めて置かないと、色々と困る可能性が高いだろう。

何せ、パンドラズ・アクター達がいる場所は、竜王国の外れ。

この国を襲う、ビーストマンの国との国境とは少し離れているが、その代わり異形種の排斥を主張する【スレイン法国】との国境からは、それほど離れていない場所なのだ。

そんな場所にいる以上、パンドラズ・アクターが訪れた街で聞いた【スレイン法国の特殊部隊】と、うっかり顔を会わせてしまう可能性だってあるだろう。

彼らの能力が、今の時点ではっきりしない以上、可能な限り接触は避ける方が危険は少なかった。

 

もしかしたら、噂に聞く【タレント】と言うこの世界特有能力の中に、【異形種の擬態を見抜く】と言うものもあるかもしれないのだから。

 

元々、パンドラズ・アクターもウルベルトも異形種で、オルファ―ナに至っては封印されていた状況から、確実に【魔人】として認識されている可能性が高い。

そう考えると、うっかり接触した時点で危険な状況に陥る可能性がある国と、自分たちがいる国が国境を接していると知って、対策を練らないのは下策だろう。

 

「……あぁ、寝落ちしかけてた……悪い、な。

だけど、明日の予定って言われても、なぁ……

一応、パンドラの方で俺の本体を封印するのは確定だとして、他に何かする予定ってあったか?」

 

本当の意味で、急ぎだったウルベルトの本体の確保が無事に済んだだけに、特に予定が思いつかないのだろう。

確かに、ナザリックの行方を探す事も帰還の為には必須事項ではあるが、それでも慌てて動き回っても情報が入るとは限らない。

逆に、焦って情報を集めようと無理な動きを見せる方が、悪目立ちしてしまいそうな気配すらする。

 

これが、他国ならまだよかったのだろうが……現在位置が【スレイン法国】と隣接した【竜王国】という場所が悪すぎた。

 

「そうですね……ざっくりとした、旅の目的地を決めておく必要はあるかと。

一応、大まかな予定でこの国から離れる方針は決まっておりますが、どちらの方面に移動するかまでは決めておりませんでした。

この場所も、ウルベルト様の本体を取りに戻る前に決めていた隣街とは、別の方向に移動しておりますし。」

 

ウルベルトが、横になっていた身体を起こしたので、テーブルの上に載せておいたお茶を手に取って渡せば、それを一口飲んでホッと小さく息を吐く。

多分、水分を取る事で眠気を飛ばしたのだろう。

パンドラズ・アクターが、申し訳なさそうに移動方向が違っていた事を言及すれば、苦笑して首を振った。

 

「あー……それに関しては、別に構わないさ。

どの方向に向かうかなんて、絶対に決まってない訳だし。

そもそも、ここは野営地から少し離れていて人目に付かない場所なんだろう?

なら、特に問題はないさ。

街に付く前の晩に泊まった、野営地側に戻ったこの状況なら、それこそ夜営の際に大切なものを落として探しに戻ったって理由も出来るからな。

あくまでも、俺がこのままだと問題があるかもと考えていたのは、どうして丸一日かけて移動出来ていないか、うっかりこちらの顔を知っている奴に次の街で顔を合わせるような事態になった時、ちゃんと説明出来る状況が出来ているかどうかだったし。」

 

この状況なら、むしろちゃんと言い訳も立つから問題はないと笑うウルベルトの言葉を聞いて、パンドラズ・アクターは胸を撫で下ろしていた。

現状では、ウルベルトを守る意味でも出来る限り人目を引く事はしたくない。

その為にも、色々と思案するべきことは多かった。

 

「そうですね、一先ず何かを無くして探しに戻ったと言うのは、無難な話だと思われます。

また、あの街に寄る必要はない訳ですし、通り過ぎて移動するのも問題はないでしょう。

一応路銀として必要な金銭も、まだそれなりに残りはありますし。」

 

実際、パンドラズ・アクターの手元に必要な路銀と言うのは、街に泊まったり旅人に見えるように旅準備などの買い込みしたりするのに必要な経費だけで、実際は装備などを一新する必要もなければ食材だって無理に買う必要はない。

しかし、それでは他人から不審に思われるから、最低限のアイテムを幾つか買い足す必要があるのだ。

 

そして、それも既に今日街を出立する前に済ませてあるから、もう一度街に寄り追加で買い足す必要はない。

あの街には、あまり良い思い出がないから、立ち寄りたいとは思えないし、スルーする方向で問題ないだろう。

あの街で手に入れた簡単な周辺地図を広げながら、パンドラズ・アクターは現在位置を含めて、ウルベルトに説明を始めた。

 

「……今いる場所が、この辺りですね。

このマークが、私が今日の昼前に出立した街の場所を示しています。

そして、ここがウルベルト様にお会いするまでの私の次の目的地である、次の街になります。

距離的に、人の足で歩いて二日ほどの距離との事でしたし、最初の街よりもかなり大きな街との事でしたから、情報収集には向いているかと思われます。

何より……この街では、私ですらこの外見で色々と不快な思いをいたしました。

その様な愚か者が多い街に、あなた様をお連れするのは余り望ましくないかと。」

 

地図を覗き込むウルベルトに、出来るだけ簡単に得た情報を説明していけば、少し考える素振りを見せる。

そして、パンドラズ・アクターが【不快な思いをした】と告げた街を指し示して、首を傾げた。

 

「お前が、その外見で不快な思いをしたと言ったが、大体どんな内容だった?

モモンガさんに似て温和なお前が、そんな風に言うなんて余程だろう?」

 

そう、面と向かってウルベルトから指摘され、パンドラズ・アクターは困ったように眉を潜める。

あの時は、何故か体調が不良な状態で絡まれた事もあり、どちらかと言うと冷静さを欠いていたのも間違いないからだ。

それでも、向けられた視線は実力を見抜けない者からの弱者に向けたもので、間違いなくパンドラズ・アクターは不快に感じたのである。

だが、それをウルベルトに説明するのも、また難しい。

 

この話をして、ウルベルトに不快な思いをさせるのは不本意だからだ。

 

とは言え、質問されたにも関わらず答えないのも、ウルベルトに対して不敬に当たるだろう。

だからこそ、どう答えたものなのか迷い、暫く思案したところでパンドラズ・アクターは口を開いた。

 

「……そうですね、簡単にお話しさせていただくなら、あの街の人間には不快な言動をする者が多かったと申し上げるべきでしょうか。

特に多かったのは、私の外見だけでまだ子供の範疇に収まる程度の、弱者と扱う者ですね。

その癖、装備はこの世界ではかなり高レベルの物を身に付けていたので、何人かは闇討ちなどで装備を奪う算段を取り付けていたようです。

ところが、冒険者組合で登録の際に絡まれた私が、生産系の優れたスキルを持つと知ると、集団で仲間に引き入れようといたしました。

しかも、私よりもレベルが二十以上も下の相手から、生産能力の高い弱者としての認識されたまま、脅せば簡単に組み込めると見なした言動をされまして。

あまりにも滑稽な言動に、酷く苛立ちを感じました。

なので、こちらに攻撃してきた相手を軽く倒した上で、残りの仲間に対して殺気を浴びせかけて、全員の腰を抜かさせてやりましたが。」

 

その時の事を思い返してみたが、やはり彼らの言動は不快なものでしかなくて。

つい、パンドラズ・アクターは思い出した当時の内容に眉を潜めてしまっていたのだが、無意識だったので気付いてはいなかった。

むしろ、ウルベルトにそんな思いをさせないためにも、自分が受けた扱いをきちんと説明するべきだろうと、もう一つの内容も口にすることにした。

 

「……それ以外にも、不快だったのは冒険者組合の受付嬢でしょうか。

冒険者組合には、【冒険者に登録を希望する者は、その素性の一切を問わない】と言う不文律があるのです。

それなのに、生産職として優れた能力があると知れた途端、冒険者ではなく生産職として街の生産者組合に登録させようと、冒険者組合の受付が言い出しまして。

あまりの不快さに、【他所の街で登録します】と私が言った途端、大きな声で人目を集めるように謝罪し始めて、どちらが悪者なのか分からない行動をし始めたのです。

彼女の、傍目を気にしない非常識な行動のせいで、かなり注目を集めてしまったのと、その後に先に話した相手から絡まれ殺気を浴びせかけ追い払った事もあって、あの街では行く先々で人目が煩わしくなってしまいました。」

 

一つ一つ、簡単でありながら判りやすくウルベルトに説明するために、自分が感じた感情も踏まえて説明していくパンドラズ・アクターに対して、ウルベルトはそれらの情報を整理していく。

改めて、街での事を思い返した事によって、不快さは変わらないものの、その時にとった自分の対応の荒さについても、問題があった事をパンドラズ・アクターは気付き、少しだけ反省しながらそれに関しても口にした。

 

「……今から思えば、もう少し対応の仕方もあったのではないかとも思わなくもありません。

ですが……その時は、体調を急に崩した事もあって、色々と精神的に彼らの行動を受け流すだけの余裕がありませんした。

体調不良を自覚した時点で、無理をして冒険者登録をするのではなく、宿屋に移動して休むべきだったと、こうして冷静な状況下になれば気付けるのですが……何故か、あの時は無理でした。

どうしてなのでしょうか?」

 

どこか困惑したような、そんなパンドラズ・アクターの呟きを聞いて、ウルベルトは苦笑を浮かべる。

何か、自分の発言はかの方に苦笑をさせるような、そんな内容を含んでいたのだろうか?

そう思うだけで、後悔の念が浮かびそうになるパンドラズ・アクターの心境を横に、ウルベルトは軽く手招きしてくる。

どうやら、自分の座っているカウチソファの方に来いと言いたいらしい。

その指示に素直に従い、それまで座っていたソファから立ち上がって移動すれば、ウルベルトに横に座れとその場所を手で叩かれる。

之にも素直に従い、大人しくウルベルトの横に座った途端、ソファの上で立ち上がったウルベルトに、その頭を撫でられていた。

 

「へぁっっ!?」

 

思わず、変な声が零れてしまったパンドラズ・アクターのことなど気にする事無く、優しく頭を撫でてくるウルベルトに、どう対応したものかと困惑するしかない。

だが……撫でられる度にウルベルトが労わる念が伝わってきて、心の中がポカポカとあたたかくなる気がした。

 

「……色々、本当に頑張ったんだな、パンドラは。

多分、その体調不良に関してだけ言うなら、【人酔い】したんだと思うぞ。

今まで、お前は俺達【アインズ・ウール・ゴウン】のメンバー以外、人が来ることもなければ他のNPCも居ない宝物殿で、一人守護者をしていたからな。

そんなお前が、急に人間が溢れ返るほどに居る街に赴いた事で、予想以上に精神的な負担がかかった結果、【人酔い】したんだよ。

実際、リアルでも【人酔い】は普通にある症例だからな。

これが、まだ異形種の街だったらマシだったかもしれないが、人間種だけだったのもストレス要因だったかもしれないぞ?

そんな状態で、敵意などを含む悪感情を向けられたら、そりゃ自制が効かなくなっても仕方がないさ。

むしろ、その程度の騒動で済ませたお前の理性に、俺は拍手したい位なんだぞ。

多分、これが他のナザリックのもの……そうだな、階層守護者当たりだったら、確実にその街一つを壊滅させていた可能性だってあるんだ。

だから……お前はそんなに気にするな。

温和なお前が、そんな風に不快に感じる位には、相手の態度も問題があったと思った方が良い。

実際、お前の話を聞いた感想は、俺でも同じ行動をするだろうな、と言うものだったしな。」

 

優しく頭を撫でるウルベルトから、更にそんな優しい言葉を掛けられてしまえば、思わず目が潤むのも当然の話だろう。

もちろん、そのまま泣いてウルベルトを困らせるつもりなど欠片もない。

何度も同じ事を繰り返すような、不出来な僕に成り下がるつもりはないからだ。

 

だが、……もし許されるなら、暫くはこのままでいさせて欲しかった。

 

********* 

 

暫くして、漸く自分が落ち着いた所で、ウルベルトに対して醜態を見せた事への謝罪を口にした。

 

「……申し訳ありませんでした、ウルベルト様。

それで、これからの予定なのですが、まずはウルベルト様がどのように動かれるおつもりなのかによって、対応が変わる事になりますね。

今のウルベルト様は、アイテムによって人間の五歳児程度の姿に変化させてますが、本来は手のひらサイズ。

私と共に街を見て歩くつもりなら、この姿を人前に出す必要があるでしょう。

その場合、同じアイテムを最低でも二つ用意して併用する必要が出てきます。

基本的には、一つだけで問題ないかとは思いますが、何らかの理由によって街の外を移動する際に誰か同行者が出来た場合、同行者の目を誤魔化す為にもアイテムの併用は不可欠でしょうから。

逆に、街では一切姿を見せないと言うのでしたら、こちらを使用する必要はございません。

同行者がある場合のみ、同行者の目を誤魔化す関係上、色々とご不便を掛けてしまう事になりますが……

ウルベルト様は、どちらを選ばれますか?」

 

パンドラズ・アクターとしては、ウルベルトが希望するならどちらを選んでも全力で答える意思はある。

もし、ウルベルトが小さな姿で同行する事を選ぶのなら、予備を含めて三つ用意する準備があった。

完成品としてのアイテムは、現時点ではウルベルトが使えるように用意した使用中のものしかないが、手持ちの素材で十分あと二つを作成する事は可能なので、それ程問題はないだろう。

逆に、人前に今の子供の姿を曝すのが嫌だと言うのならば、それ以外でウルベルトが街を楽しめる方法を幾らでも考えるつもりだった。

 

ナザリックを探す旅の間、ウルベルトに窮屈な思いをさせる気など欠片も無いのだから。

 

静かに返答を待つパンドラズ・アクターの前で、ウルベルトは全身が映る姿見を取り出すと自分の姿をきちんと確認し始めた。

今のウルベルトの姿は、後ろ髪を首に掛からない程度に短く切り揃えた少年らしい髪型をしていた。

前髪は、目には切らない程度の長さで、真ん中で二つに分けている。

特徴的なのは、左右のサイドだけは一房ずつ長くなっていて、肩に掛かっている姿を見ると、その愛らしい顔も踏まえて少女にも見えてしまいかねない。

どうやら、ウルベルトにも自覚があるらしく、少し悩むような素振りで腕を組むと、うんうんと考え込み。

 

出した結論は、普段から同行者として一緒に行動すると言うものだった。

 

「……まぁ、メリットとデメリットを考えるなら、割とデメリットの方が大きいんだかな。

冒険者として、俺自身も登録するのも悪くないかもしれないと考えたんだよ。

この外見は、遺跡発掘中に受けた呪いによるもので、一日に僅かな時間しか本来の姿に戻れない。

しかも、魔法を使い過ぎたり本人が消耗したりすると、呪いが一時的に悪化して最悪の場合だと手のひらサイズの山羊の姿に変化するって事にしておけば、いざと言う時にも誤魔化しが利くだろ。

今は、共に旅していた仲間と転移の罠で別々の場所に飛ばされたので、その時の仲間を探している。

冒険者になる事にした理由は、この呪いの解呪と仲間の捜索のため。

パンドラの人間の擬態であるサーティ・ルゥは、俺の旅の仲間で親友の息子。

沢山の仲間と、ここから遥か遠い違う大陸の遺跡発掘中の事故だってことにしておけば、そこまで問題はないさ。

実際、姿が呪いで変化する魔法トラップその物は、【ユグドラシル】でもあったからな。」

 

つらつらと、ウルベルトが並べ立てていく設定は、自分が最初に接触した村の人々に話した部分を使って、さらに自分の設定を織り込んだもので、過不足ないものだと言ってよかった。

これなら、確かにうっかり人前で姿が掌サイズの山羊の悪魔の姿になったとしても、事前に呪いのせいだと伝える事でフォローが利くだろう。

【流石、ウルベルト様だ】と、パンドラズ・アクターは感心していた。

そんな事を考えているパンドラズ・アクターの前で、ウルベルトは更に考えをサクサクと自分の考えを口にしていく。

 

「あとは……そうだな。

もう少しだけ、ある程度の周囲に対して話す設定を作っておく必要はあるか。

俺達が住んでいたのは、一族だけが住む遠い国の中にある隠れ里。

先ずはサーティの立ち位置だが……一族の長の息子で、里で与えられていた役割は一族の道具や薬を賄う生産職の見習いであり、一族上げての祭事の際に歌を捧げる巫女の役割も担う吟遊詩人。

基本的に、師と仰ぐ人物や道具の生産に関わる里の大人の前以外、ほぼ人前に出る事が無かった為にその顔を知っているのは大人たちだけ。

箱入り息子で世間知らずだが、それぞれ師事した面々から色々な知識を得ているため、自分の身の回りの事は全部できる上に、単独でスケリトル・ドラゴンを討伐可能な実力の持ち主。

得意な獲物は、弓とショートソードだが、多彩な知識で魔法も使える。

今回の遺跡発掘に同行していたのは、サーティの見習い卒業の試験として生産素材の採取が、遺跡の中にあるものを指定されたから。

……まぁ、こんなもんだと思うんだが、どうだ?」

 

にっこりと笑いながら尋ねてくるウルベルトに、パンドラズ・アクターは思わず拍手してしまった。

まさか、自分が今まで旅した短い期間の行動や話を聞いて、ウルベルトがここまできっちりとした設定を作ってくれるなどとは、思いもしなかったからだ。

だが、こうしてお互いにどういう関係なのかと言う事を、きちんとした設定まで考えた上で打ち合わせておく方が、別行動をした際にどういう関係なのかなどと言う事を他人から聞かれた場合、口にした内容の矛盾が少なくて済むだろう。

名前として、【アクター】を名乗る役者である自分が、細かな設定を決めて打ち合わせた内容を間違える事はまずないし、ウルベルトが万が一間違えるような事態になったとしても【呪いのせいで記憶が曖昧になっている部分がある】と言う事にしておけば、フォローするのは容易い。

なので、問題が無いと頷いて同意する。

 

「確かに、それならウルベルト様に対して敬語を使っても、何ら問題はないと思われます。

箱入り息子なので、世間を知らないのは確かに間違いではありませんからね。

実際、宝物殿の管理者として必要な職務を含め、生産系の様々な技能は習得しておりますし、事実と差異が無い分問題が無いかと。

そうすると、ウルベルト様ご自身はどう設定されるつもりですか?」

 

パンドラズ・アクター自身は、与えられた設定には納得がいったものの、ウルベルトが自分自身に対してどんな設定を付けるつもりなのか、気になってそう尋ねる。

それに対して、少しだけ眠たそうな気配を漂わせながら、考えるように口元に手を置いたウルベルトは、サクサクと考えを纏めたようだった。

少し温くなったお茶で喉を潤した後、口を開く。

 

「あー……俺なぁ。

一応、隠れ里一の魔法詠唱者で良いんじゃないか?

これに関しては、実際の話と矛盾しないし。

最初の設定部分に付け加えるなら、一緒に組んで行動していた仲間の一人の身代わりに呪いを受けたって事にしておくか。

罠に掛けられた呪いが強力だった為、隠れ里一番の魔法詠唱者である俺以外が呪いを受けたら助かる可能性が低かったから咄嗟に引き受けた事にしておけば、この姿になっても生き延びている言い訳にもなるだろう。

他にも、これから先のナザリック探索を含めた行動を考えるなら、決めるべき内容はまだ沢山ありそうだが……悪い、もう眠くてまともに思考を巡らせている余裕がちょっと無い。

パンドラとしては、もっと細かな事まで決めておきたいと思うかもしれないが、こんな状況で焦って考えたとしても、余り良い考えが出るとは思えないからな。

一旦ここで切りにして、お互いに少し寝た方が良いだろう。

実際、MPもHPも消耗がかなり激しい状態なんだからな。」

 

そう告げながら、ウルベルトは眠そうな目をこちらに向けると、座ってたソファから飛び降りた。

どうやら、このまま寝に向かうつもりらしい。

 

「俺は、奥の部屋を使うから、パンドラは手前の部屋を使ってくれ。

それじゃ、おやすみ。」

 

それだけ言い残すと、フラフラとした足取りでウルベルトはそのまま奥の部屋へと移動していく。

本当は、部屋まで一緒について行きたい所だったが、ああ言われた時点で付き添いは不要だと言う事だと察し、大人しく見送る事にする。

 

「ウルベルト様、お休みなさいませ、良い夢を。」

 

ウルベルトが部屋の扉を潜る前、そう声を掛けると軽く手を挙げて応えてくれた。

それを見届けてから、パンドラズ・アクターは自分も休むために、先ずはその場を片付けに向かったのだった。

 





ウルベルトさんは、こうして幼児の姿で出歩く事が確定しました。(ただしリアルの姿)




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