もし、宝物殿の一部が別の場所に転移していたら?   作:水城大地

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憂氷と凍結の女帝フリーズが、こちらを静かに見詰めている

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憂氷と凍結の女帝フリーズ 後半戦 その結末

あれだけ、パンドラズ・アクターを何度も死なせたにも関わらず、それでもウルベルトが最後の切り札として放った【大災厄(グランドカタストロフ)】はフリーズを倒し切る事が出来なかった。

これは、単純に『こちらの攻撃が、最後まで届かなかった』と言う話で済む状況ではないだろう。

正直に言って、目の前にいるフリーズは今のウルベルトの状態で、とても単身で戦える相手ではない。

それこそ、尻尾を巻いてこの場から何がなんでも逃げなくてはいけない相手だと言って良いだろう。

 

あの時、文字通り身体を張ってウルベルトの事を守って死んだパンドラズ・アクターの為にも、絶対に生き延びる必要があるからだ。

 

もちろん、だからと言ってパンドラズ・アクターをこの場に残していくつもりもない。

後数秒で復活する彼を連れて、残るMPをほぼ全て使い一気に転移魔法で脱出するつもりだった。

ここで、フリーズの残りのHPを確認して攻勢に出る選択肢など、パンドラズ・アクターが蘇生してもウルベルトには残っていない。

 

何故なら、パンドラズ・アクターが持っていた最後の蘇生アイテムは、蘇生してもHPを殆んど回復しないタイプの物だったからだ。

 

つまり、蘇生そのものは問題なく出来ても、わずかな衝撃で再度死亡してしまう程度のHPしか残っていない状態なのだ、今のパンドラズ・アクターは。

更に困った事に、ウルベルトの手元には余り回復アイテムが残っていない。

最初の段階で、パンドラズ・アクターからそれなりの数を受け取ってはいたが、その大半を使ってしまったからだ。

最初の【大災厄(グランドカタストロフ)】の時に、絶対に自分に向かって来る攻撃を受けたダメージを回復するのと、パンドラズ・アクターが二度目の死亡をした時の回復に。

そこまで考えた所で、ウルベルトはふと気付いた。

 

フリーズの攻撃が、なぜか完全に止まっている事に。

 

最初の時のように、一度【大災厄(グランドカタストロフ)】を放てば、それによって発生した強力なヘイトは、ウルベルトがその対象となった相手からの攻撃を一度受けない限り、絶対に収まらない。

それなのに、こちらに対するフリーズの攻撃が止まっているのだ。

本来ならあり得ない状況に、ウルベルトが驚きながらフリーズを確認するように見ると、こちらを驚きの表情と共に見詰めていることに気付いた。

何を、そんなに驚いているのか判らず、フリーズの姿をもう一度よく見直したウルベルトは、フリーズの身に付けている装備の中に信じられないものを見付け、思わず驚愕に目を見開く。

 

フリーズの胸に輝く深紅のブローチに、己の紋章が刻まれていたから。

 

「……オルファーナ……?」

 

ウルベルトの口から漏れた名を聞いた途端、その場を覆い尽くしていた筈のフリーズの殺気が完全に消え失せ。

あれほど敵意を見せていたフリーズ……いや、オルファーナは、ただただポロポロと涙を溢れさせている。

 

「……はい、我が主、ウルベルト様……!」

 

涙を溢れさせながら、それでもウルベルトの口から零れ落ちた声に反応して、小さく答えるオルファーナ。

その姿は、まるではぐれた親に再会する事が出来た、小さな迷子の少女のようだった。

 

***********

 

フリーズは、この世界に来る前【ユグドラシル】の頃から既に、ウルベルトを主と認識していた。

その理由はただ一つ。

彼は装備品として、己の核であるブローチ『凍れる女帝の心臓』を身に付け、その上で自分の召喚主として契約していたからだ。

 

だからこそ、その頃から彼女に可能な限りではあるが、ウルベルトの事を守護していたのである。

 

******

 

それは、【ユグドラシル】の人気が陰りを見せた頃。

少しでも人気を盛り返そうと、運営は一つの試みに出た。

最新のアップデートで、彼女の核である『凍れる女帝の心臓』を装備していれば、主としてフリーズの召喚が可能なシステムが追加したのである。

ウルベルト自身も、その事実を仲間のぷにっと萌えに聞かされ、「試しにしてみるか」との言葉と共に正式に召喚主として登録してくれる事になった。

ただし、フリーズの主として登録するには、彼女に名前を付ける必要がある。

それを知ったウルベルトは、少し考えたあと「それなら……お前は、これからオルファーナ、だな。」と、あっさり名前を付けてくれた。

 

《……私の名は、オルファーナ……》

 

名を受け取った途端、主であるウルベルトとの間に、僅ながらの繋がりが出来たのを感じて胸が熱くなる。

その日から、彼女にとってウルベルトは何よりも大切な【守護すべき主】となった。

 

だが……そんな彼女の思いもよそに、気付けばウルベルトは自分をあまり使用しなくなっていく。

 

フリーズの―オルファーナの核を得て、暫く過ぎた頃にウルベルトは『凍れる女帝の心臓』よりも強力な装備を自力作成して、そちらを主装備に使うようになったからだ。

そんな事情は、オルファーナは判らない。

ただ、自分がまた使われる機会が来るのを待つだけだったのである。

 

そんなある日、主であるウルベルトは自分を再び身に着け……そして、【ユグドラシル】へ訪れなくなった。

 

最後の時を護るものとして、主に選ばれた事を素直に喜びつつ、それでも寂しさは消えない。

消えないけれど……それでも。

いつか、再び【ユグドラシル】を訪れる事を、主が友人に約束しているのをオルファーナは知っていた。

その話をした時、オルファーナの核は彼に装備されていたから。

だから、彼らの会話を聞いていたオルファーナは、彼が戻るまで緩やかに休眠しながら、いつまでもウルベルトを待つ事が出来た。

 

それこそ、【ユグドラシル】が終わりを迎え、ウルベルトの身体だけが単独で別の世界に飛ばされてしまっても。

 

彼女の意識が、緩やかな休眠から急激に覚醒したのは、ウルベルトの本体が意識のないままこちらの世界に転位して来た約二百年前の事だ。

ウルベルトの装備品として、彼と一緒にこの異世界に来たことで、自分の意識を明確に持ったのである。

そうして、休眠状態から目覚めたオルファーナは、己の護るべき主の姿を見て硬直した。

 

何故なら……ウルベルトの身体は傷だらけで、その上、存在を示す【魂】が完全に抜け落ちてしまっていたからだ。

 

その姿を見ただけで、オルファーナは心臓が止まりそうな気がした。

誰よりも大切な己の主が、こんなひどい状態になっているのにも拘らず、己はのうのうと休眠していたのだ。

それを、心の底から悔やみつつ、このままになどしておけなかった。

オルファーナは、回復系の能力を持っていない。

持っていないが、こちらの世界に来たことで一つだけ能力が追加されていた。

それは、己と同じ氷属性の回復能力をもつ存在を察知する能力だ。

 

オルファーナが、主を何とか回復させたいと願ったから、その能力の存在にいち早く気付く事が出来たのである。

 

彼女は、無意識に引き寄せられるかのように、己の主であるウルベルトの傷を癒す事を願い、その場所へ辿り着いていた。

それこそが、この洞窟の中にある【治癒の氷】である。

この【治癒の氷】は、中に閉じ込めた者の身体に負った傷を、ゆっくりと長い時間を掛けて癒していく。

そうして、長い時間を掛けて完全に傷が癒えると自然に氷が溶け出し、閉じ込めていたものを開放する仕組みなのだ。

それを、瞬時に見抜いた氷属性持ちのオルファーナは、この【治癒の氷】にウルベルトの身体を沈めて凍らせる事を迷わなかった。

 

少しでも早く、ウルベルトの身体が負った傷を癒し、抜け落ちてしまっている【魂】が戻って来れる環境を作り出したかったからだ。

 

主の事を、傷付いたまま放置できる僕など、どこにもいない。

オルファーナは、ただウルベルトの身体に負わされた傷が癒え、身体から抜け落ちてしまった【魂】が戻ってくるまで、主の事を守りたかった。

元々、オルファーナは氷のフィールドに居るなら、食事も睡眠も不要な精霊に近い存在である。

この【治癒の氷】の中に本体を沈めてしまえば、その氷の回復能力を利用して、己の主の復活を待ちながら戦わずに佇んでいる事だって可能だったのに。

 

ウルベルトの復活を待ち、氷の洞窟の中に流れる緩やかな時を過ごす筈だった、どちらかと言うも穏やかで優しいオルファーナを、氷属性ボスモンスターの【フリーズ】に戻したのは、他ならぬ人間……そう、欲に駆られた冒険者だった。

 

最初は、この洞窟の事など何も知らぬ冒険者が、道に迷い雨露をしのぐ為に迷い込んだだけだったのだ。

それが判っていたから、フリーズは威嚇はしたものの攻撃そのものはしなかった。

わざわざ、自分から攻撃を仕掛ける必要性を感じなかったから。

 

だが、それが間違いだった。

 

その迷い込んだ冒険者が、フリーズの存在を自分が遭難した事を隠すために大袈裟に話してまわり、それによってほかの冒険者たちがフリーズを倒そうと襲撃してくるなど、考えもしなかったのだ。

フリーズにとって、正直に言えば襲い掛かってくる冒険者など、羽虫程度の存在でしかない。

追い払っても襲撃してくるから、最初は邪魔だと刈り取っていただけだった。

だから、冒険者たちからどういう認識をされているのか、想像すらしていないのだ。

 

冒険者たちが、いつの間にか彼女の事を自分たちが名声を得るための道具の様に、討伐対象としてしまっているなどとは。

 

もっとも、すぐにそう簡単に倒せるだけの相手ではない事も知られるのだが。

何せ、フリーズのレベルは八十五。

この世界の住人で、彼女とまともに戦えるような相手は、上位種のドラゴンなど一部の存在しかいなかった。

そして、そんなドラゴンたちも、フリーズが何かを守って外に出る様子が無い事から、放置していたのだが……

だが……フリーズは気付いてしまったのだ。

 

冒険者の命を刈り取る度に、己の主であるウルベルトの器に力が蓄えられていく事に。

 

その事実に気付いてしまえば、どんなに羽虫程度の弱い存在であったとしても、今までの様に逃げ出すものはそのまま見逃してやる訳にはいかなくなった。

そんな弱い命を狩るだけで、弱り果てていた主の力がごく僅かにでも戻っていくのだ。

むしろ、もっと主の贄になる存在が、自分から訪れる事を望むようになっていった。

 

そうして……フリーズがたった数年で千人の冒険者の命を刈り取った頃、流石に放置出来なくなったのか、当時この世界で英雄と言われていた『十三英雄』がこの洞窟に彼女を倒すために訪れる。

 

最初に対峙した時から、フリーズは彼らが今までの冒険者たちとは違う事を察していた。

だが、それでもフリーズには逃げ出すという選択肢はない。

そんな事が、彼女に出来る筈がないのだ。

 

何より大切な、己の主であるウルベルトが、背後の【治癒の氷】の中で眠りについているのだから。

 

だから、絶対に譲れなかった。

絶対に負ける訳にはいかなかった。

己が死んだとしても、絶対にこの奥に通す事だけは出来なかった。

 

何が何でも……そう、相打ちになったとしても倒さねばならない相手だったのだ。

 

文字通り、フリーズはあらゆる魔法を使って孤軍奮闘した。

そんな彼女相手に、とうとう『十三英雄』たちは自分達では倒しきれないと、そう判断を下す。

最初は、彼女のいる洞窟ごと原始の魔法(ワイルド・マジック)によって消し去ろうとしたのだが、彼女の背後に煌めく氷の中の存在に気付いた『十三英雄』のリーダーが、慌ててそれを押し留めた。

 

彼曰く、「下手に藪を突いて、もっと恐ろしい存在を目覚めさせる方が厄介です」との事だった。

 

それはさておき。

彼らが選択したのは、フリーズごとこの洞窟を封印する事だった。

かなり大掛かりな魔法を使い、ウルベルトの本体が眠っている【治癒の氷】ごとフリーズに封印を仕掛ける方法を、リーダーは持っていたのだ。

 

それは……超位魔法【星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)】である。

 

リーダーは、経験値使用によるレベルダウンを承知の上で、それを使う事に迷いはなかった。

フリーズを倒す事に使用しなかったのは、その奥に眠っている存在の状態が把握出来なかったからだ。

折角、氷の奥で眠っている状態なのだから、わざわざ自分の手で厄介な存在を起こす理由も思い当たらない。

それに、封印が解かれたらすぐに判るようにしておけば、すぐに対応出来るだろう。

 

彼にすれば、これだけ消耗した後に対峙したい相手では、絶対になかったのだ。

 

そうして……『十三英雄』のリーダーは超位魔法【星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)】を使用し。

その結果、ウルベルトの本体ごとフリーズは封印されていたのである。

 

ただ、オルファーナは、ウルベルトの事を守りたかっただけなのに。

 

 

 

 

そうして、長い年月を経たオルファーナに、一つの転機が訪れる。

 

自分とウルベルトを封じていた洞窟に、何者かが侵入してきたのだ。

その侵入者はとても小さく、何かが出来るとは思えなかったが、不思議と気になる力を有していた。

その気配に惹かれるように、オルファーナの意識が僅かに浮き上がる。

ぼんやりと漂うような意識の中で、また眠りにつこうとした瞬間、幾つもの符術が自分に向けて発動して、強制的に意識を引き戻された。

何者かの手で、自分の封印が解かれたのだ。

そう考えた途端、オルファーナが感じたのは強い怒り。

 

なぜ、私達を穏やかに眠らせてくれないのか、と。

 

その怒りは、覚醒直後の曖昧なオルファーナの理性を飲み込み、冷静さを完全に失わせていた。

強欲にも、自分を倒して大切なウルベルトを奪っていこうとする者達への怒りは、二百年前に受けた屈辱と複雑に混ざり合い、彼女を再びオルファーナからフリーズへと変化させる結果を引き起こしたのである。

もし……欠片でも冷静さが残っていれば、目の前に現れた小さな存在が、一体何者でどういう意味をもつ存在なのか、見間違える筈が無かったのに。

 

**********

 

パンドラズ・アクターが復活して、回復する間に静かに語られた、フリーズ……いや、オルファーナの口から語られた、この二百年間に関する告白に、ウルベルトは思わず頭を抱えたくなった。

彼女との契約の事を忘れていたのは、間違いなくウルベルト本人である。

もちろん、オルファーナが暴走していたのも、また間違いではない。

だが、彼女の置かれていた状況を考えれば、覚醒時に意識が封印前の戦闘の意識と混濁していたのは、むしろ仕方がない話だ。

それよりも問題なのは、この洞窟にパンドラズ・アクターと来た時から何度も違和感を感じながら、その違和感の理由が何なのか、欠片も思い当たらなかった自分の方だろう。

もし、その段階でウルベルトが気付いていれば、この戦闘は回避が可能だったからだ。

 

そう……ウルベルトが彼女がはっきり認識出来るように、魔力を込めて彼女の名である「オルファーナ」と呼んでやれば、無事に収まった筈なのだから。

 

だが、それはあくまでも結果論でしかない。

現実には、こうしてお互いにお互いの事に気付けず、こちらは三度のパンドラズ・アクターの死亡と大量のアイテムの消費、オルファーナ側は死亡こそしなかったが、最終的に残りのHPが五パーセント以下までダメージを負わせる激しい戦闘をする羽目になったのだ。

とても、笑って流せる状況ではない。

今回、一番被害を受けたであろうパンドラズ・アクターから、最悪見限られても文句は言えないと、ウルベルトは考えていたのだが……彼の反応は予想とは違っていた。

全ての話を聞き終えて、パンドラズ・アクターが最初に口に出して告げのは、安堵の言葉だったのだ。

 

「なるほど……その様な事がウルベルト様の本体とオルファーナ嬢の身に起きていたのですね。

今のお話を聞いて、オルファーナ嬢がウルベルト様の存在に気付けなかった理由にも、納得いたしました。

その様な状況で封印されたのでは、我々の事を排除しようとするのも仕方がありません。

敵対後に、その身に攻撃目的とは言え魔力を受けてからも、ウルベルト様の事を本体から抜け出た魂が仮の器に入っている状態だと、見抜けなかった事に関しましては、多少の残念さはございます。

ですが……タブラ・スマラグディナ様の施した幾つかの術式が、一時的な魂の移行を行う際の危険度を下げる代わりに、完全にゴーレムへの移行中の魂を密閉するものだった事が、ウルベルト様の魂の存在を見抜く事が出来なかった原因ですからね。

ここは、彼女を責めるのは酷と言うものでしょう。

なので……この場はお互いに良い勉強をする機会だったと考え、痛み分けと言う事でお互いに納得致しませんか?」

 

それが一番だと、柔らかな笑顔で訴えてくるパンドラズ・アクターに、思わずウルベルトは目を剥いてしまった。

正直、今回の一件に関して言うなら、彼は完全に巻き込まれただけの被害者なのだ。

それなのに、「互いに痛み分けで」なんて言い出すとは、ウルベルトの予想外だったのである。

もちろん、同じ事をオルファーナも考えたのだろう。

驚きに満ちた顔で、パンドラズ・アクターの事を見ていたのだから。

 

「……なぜ、あなたはそんな事が言えるの?

あなたの立場なら、怒るのが当然だと思うのに……」

 

静かに問うオルファーナに、パンドラズ・アクターは軽く首を竦めて見せる。

普通なら、彼女の主張のような反応をするのだろう。

ウルベルトとて、同じ様に考えたのだから、むしろ笑って許す素振りを見せるパンドラズ・アクターの反応が普通じゃない。

それを理解しているからか、困ったように頬を軽く掻きながら、その理由を口にするべくパンドラズ・アクターは口を開いた。

 

「まぁ……オルファーナ嬢がそう言いたくなるお気持ちは、私にも解ります。

ですが、私としては悪くない経験をさせていただいたと、そう考えております。

むしろ、まともな戦闘の経験がないこの身にとって、蘇生アイテムまで使用する前提の実践形式の稽古を付けて貰った様なものだと、そう考えておりまして。

なので、良い勉強の機会だったと申し上げました。

アイテムそのものに関しては、確かにかなり消費してしまいました。

その事実は否定しませんが……オルファーナ嬢が仲間になった事を考えれば、むしろプラスだと考えるべきでしょう。

ウルベルト様の身を覆う氷が、間違いなく治療効果があるものであると言うお話をオルファーナ嬢に聞いて、安心いたしましたし。」

 

にこにこ笑いながら、指折り数えながら説明するパンドラズ・アクターの言葉は、この戦闘に関して前向きに考えていると言えるものだった。

確かに、彼の主張は正しいだろう。

ウルベルトもパンドラズ・アクターも、まだまだ圧倒的に情報量が少ないのだ。

彼女が、ウルベルトの本体を守る事を優先していた事は間違いないとは言え、全く他人との接触が無かった訳ではない。 

例え古い情報だったとしても、彼女が【十三英雄】と直接対峙して、彼らの顔を知っていると言う話は割と無視出来る話ではないだろう。

彼らの中には、二百年過ぎた現在でも存命者もいると、オルファーナからの情報があるのだ。

他にも、彼女が覚えている事に関してきちんと話を聞く事が出来れば、今後の行動に役に立つ事があるだろうと、パンドラズ・アクターは言っているのである。

 

「ウルベルト様も既にお察しとは思いますが、私たちが知らない情報を持ち、戦闘能力が高いオルファーナ嬢が味方になるなら、色々と利点がございます。

私もウルベルト様も、様々な事情から本来の実力を出す事が出来ませんからね。

オルファーナ嬢がいれば、これからの行動に様々な幅を持たせる事も可能ですし。

さて……そう言う訳ですので、予定通りここの氷を抉り取って、そのままそれごとウルベルト様の本体を私の中で封印してしまいましょう。」

 

にこにこと、予定していた内容を口にするパンドラズ・アクターに対して、ウルベルトは少し迷う素振りを見せた。

オルファーナには申し訳ないが、この場でもう少しウルベルトの本体を護る役を頼んだとしても、彼女は嫌がらないだろ。

そう思うからこそ、パンドラズ・アクターのレベルを確実に下げる封印を、使用するのは躊躇われたのだ。

だが、そんなウルベルトの考えを読んだかのように、パンドラズ・アクターは困った顔をしながら、小さく首を振った。

 

「残念ながら……この手の封印は、解除すれば何らかの反応が伝わるものが非常に多いのです。

実際に、警報系の罠が解除した魔法陣の中に中に組み込まれていたのを、この目で確認いたしました。

【十三英雄】の一部が存命だと、オルファーナ嬢の情報で知っていながら、ウルベルト様の本体をこの場に残しておくのは、危険極まりないですからね。

封印すると言っても、開封条件を【ウルベルト様の復活条件が揃うか、安全な場所に辿り着いた時】としておけば、自由度が上がる筈です。

まぁ……その分、代償が少しばかり増えますが………他に選択肢は存在していませんし。

後の問題は、オルファーナ嬢の本体とも言うべきブローチを、どこに所持すべきかと言う点だけでしょうね。」

 

パンドラズ・アクターがそんな事を言い出したのは、ちゃんと理由があった。

オルファーナの本体は、現在はウルベルトが装備していたブローチである。

二百年前は、ウルベルトの本体が氷の中で閉ざされていたとしても、そこから力を使う事が出来た。

しかし、だ。

特殊な結界の中で、彼女は強制的に封印されていた事を考えると、パンドラズ・アクターの封印を受けたら、同じ様に封印されてしまう可能性が高い。

その問題をどうするか、パンドラズ・アクターは言っているのである。

 

今の段階なら、まだその対処をする事も可能だ。

 

一時的に、オルファーナに【治癒の氷】からウルベルトの本体を取り出して貰い、ブローチを取り外すのが一番だろう。

多少手間が掛かるが、オルファーナの自由行動を確保するつもりなら、それが一番確実な方法だ。

ウルベルトがそう考えていると、少しばかり考える素振りを見せたパンドラズ・アクターが、控えめな口調でオルファーナに対して質問を口を開く。

 

「あの、オルファーナ嬢に一つお聞きしたい事があるのですが、宜しいでしょうか?」

 

まだ、何処か答えが纏まっていないのだろう。

少し迷う様子を見せながら、オルファーナの顔を見る。

彼女が、別に構わないと頷いたのを見て、漸くその質問を口にした。

  

「……もしかして、オルファーナ嬢が持つのが氷属性特化なら、氷の中から自分の本体を取り出せるのではありませんか?

現時点でも、本体が氷の中からもその力を使えたので、もしかしたらと思いまして。

もしそうなら、今の時点で取り出していただけますと、オルファーナ嬢にそれほどお手間を掛けずに済むと思い、こうしてお尋ねいたしました。」

 

「どうでしょうか?」と、首を傾げながら尋ねるパンドラズ・アクターに、オルファーナは笑みを溢しながら頷いて同意した。

どうやら、オルファーナの持つ能力なら、氷の中から力を使うだけではなく、氷を透過する能力もあるらしい。

それを聞いて、にこにこと笑みを溢しながら嬉しそうに胸元に手を置くと、パンドラズ・アクターはウルベルトの顔を見る。

ここまで話を進めておきながら、それでも先程反対しかけたのを気にしているのか、改めて最終的にウルベルトの承諾が欲しいらしい。

そんなパンドラズ・アクターの姿に、少しだけ苦笑しながらウルベルトは口を開いた。

 

「今は、この場にいる者でナザリックに無事に帰還する事が目標だからな。

当然、安全第一で構わないさ。

パンドラが、オルファーナに対して隔意を抱いていないなら、その方法が一番間違いないだろうし。

後は……他に何かしておくべき事があるなら、早く済ませてここから移動した方がいいだろう。

パンドラが、確認した警報系の罠が発動して敵がこちらの存在を把握するまで、どれだけの猶予があるのかわからないからな。」

 

その言葉に、オルファーナがハッとした顔をすると、慌ててウルベルトの本体がある場所よりも奥に手を突っ込んだ。

もぞもぞと手を動かし、その場所から何かを取り出すと、そのままウルベルトへ向けて差し出しつつ、にっこりと笑った。

 

「……あの、ウルベルト様。

これは、二百年前に私がこの場で刈り取った冒険者たちの持ち物です。

私の力で、時間経過による劣化をしないように、丁寧に保存しておりましたので、現在も使用可能だと思われます。

これを、私の為に多くのアイテムを消費する事になったあなた様に全て捧げますので、是非お納めください。

後……先程もお話ししましたが、二百年前に私が刈り取った冒険者の命は、今もウルベルト様の復活に有効だと思われます。

そちらも、封印前にご確認いただけると宜しいかと。」

 

オルファーナから差し出されたのは、様々なレベルの低い装備が主だったが、中には何かの素材と思えるものも混じっていた。

多分、こちらの世界で採れる素材なのかもしれない。

そんな事を思いつつ、ウルベルトは改めて自分の本体に視線を向けた。

ただ見るだけでは、何も分からないかもしれないが、それでも確認したいと思ったからだ。

すると、ピコンッと小さな音と共に、ウルベルトの手の中に小さな指輪が出現した。

 

「な、何だ!?」

 

あまりに唐突な出現に、慌ててその指輪を確認すると、名前が【魂の指輪】と表示された。

更に確認すると、効果として表示されたのは二つ。

【ゴーレムに封じられた者へ、贄として捧げられた魂を本体へ転移すると同時に、その数を把握する】

【捧げられた魂を、必要な分だけ代価に支払えば、超位魔法を一回使用可能にする】

と言うものだった。

 

その効果を確認して、ウルベルトが手早く指輪を装着した瞬間、己の視界に本体へと注がれていく魂の光が見えた気がした。

 

同時に、指輪に填まった宝玉から空中に光が浮き上がり、そこに数字が表示される。

そこに浮かび上がった数字は、【1011】。

どうやら、オルファーナが二百年前に倒した冒険者は、全部でそれだけらしい。

横から覗き込んでたパンドラズ・アクターが、少しホッとしたように胸を撫で下ろすと、にっこりと笑った。

 

「これで、ウルベルト様の本体を封印しても、安心して贄を捧げる事が出来る術が出来ましたね。

ウルベルト様が、例え身に付けなくてもこの指輪を所持し続けている限り、指輪が持つ効果は変わらないようですし、紛失しないようにアイテムボックスに収納しておけば安心かと思われます。

さて……それでは、そろそろオルファーナ嬢にブローチを取り出していただき、ウルベルト様の本体の周囲の氷を切り出しましょうか。

移動は、まだ残っているアイテムの中に、【転移門(ゲート)のスクロールがございますから、そちらを使うので問題ないといたしましても、時間が余り残っているとは言えないでしょうからね。」

 

笑顔で促すパンドラズ・アクターに、ウルベルトとオルファーナは頷いた。

確かに、予想よりも時間を掛けてしまったのは間違いないだろう。

そう判断すると、急いでこの場から移動する為に、オルファーナの本体のブローチを取り出し、ウルベルトの本体を切り出すべく動き出したのだった。




と言う訳で、憂氷と凍結の女帝フリーズの正体は、実はウルベルトさんの召喚モンスターで味方でした!!

三年のブランクで、自分の意思で契約しておきながらその存在を忘れていた、ウルベルトさんの痛恨のミスと言う落ちだったんですよね。
そして、これがウルベルトさんの感じていた違和感の正体でもあります。
フリーズ戦は、この話でおしまいです。
そして、ウルベルトさん視点も、一旦終了です。
予定では、次からはアインズ様の視点になります。

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