もし、宝物殿の一部が別の場所に転移していたら?   作:水城大地

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憂氷と氷結の女帝フリーズは、青い光を放ちながらフォルムチェンジを始めた


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憂氷と氷結の女帝フリーズ 後半戦 1

 

フリーズのHPが半分を切った途端、その気配が大きく変わった。

確実に、今のパンドラズ・アクターの与えたダメージで、フリーズの後半戦へ入るためのトリガーを引いたのだろう。

そう判断したウルベルトは、鋭い声でパンドラズ・アクターへと指示を出した。

 

「下がれ、パンドラ!

フリーズのフォルムチェンジに巻き込まれるぞ!

このフリーズのフォルムチェンジ中は、何をしても攻撃は通らないし邪魔出来ないんだ。 

だから、このままこちらまで下がれ。

あちらがフォルムチェンジするなら、その間にこちらも後半戦に対する体制を整えようか。

済まないが、予定通りそっちから俺への【MP譲渡】を頼むわ。」

 

ウルベルトの言葉を聞いて、素直にウルベルトの側まで下がるパンドラズ・アクター。

彼が下がりながら、再度自分に補助魔法を幾つか描けるのを視界の端で見ながら、思考を巡らせた。

一応、アイテム効果のお陰で、ウルベルトのMPは約二割程度が残っている。

そこへ、パンドラズ・アクターからの【MP譲渡】を受けると、最大値の七割まで回復するので、かなり余裕があると言えるだろか。

 

先程のダメージは、素直に直撃を受けたので、欠けた補助魔法はない。

 

この状態なら、後衛として戦闘に参加する分には問題ないだろう。

その分も、全て残りの戦闘に回すことを選択しつつ、ウルベルトはこれからの流れを頭の中に思い出す事に集中する。

ウルベルトの記憶通りなら、フリーズはこの後すぐにフォルムチェンジをして、後半戦に入る事になる筈だ。

今までの優美な女帝の姿から、頭に捻れた角と背に皮膜の翼を生やした、何処と無く退廃的な美貌で周囲を魅了するような、女性魔族独特の雰囲気を身に纏った姿に変わる。

それと同時に、フリーズの攻撃魔法が三つ追加され、更に攻撃パターンが複雑化するのだ。

 

それぞれ、【ダイヤモンド・ダスト】、【フリージング・クリスタル】、【氷結の吹雪(スノーストーム・オブ・フリージング)】の三つである。

 

その中でも攻略が面倒なのは【ダイヤモンド・ダスト】だろうか?

これは、フリーズのHPが半分を切ると始まるフォルムチェンジをする事で使用可能になるらしい全体攻撃であり、洞窟内の空気中の水分を凍らせる事で、空中に浮遊する機雷を作り出すからだ。

この機雷、触れた相手を一瞬凍らせた後で爆発すると言う、ある意味たちの悪い攻撃を仕掛けてくる。

その地雷を、直接触れずに撤去するには、火球(ファイアーボール)などの炎属性の魔法で溶かすしかなく、その癖リキャストタイムが千二百秒で再度発動可能という面倒さなのだ。

【フリージング・クリスタル】は、氷の結晶が一分間復活地点の柱の前までの戦闘フィールドに発生し、それに触れたものを凍らせ、防御すら貫通してダメージを与える、リキャストタイム九百秒掛かるが割と厄介な魔法だと言えた。

そして、最後の【氷結の吹雪(スノーストーム・オブ・フリージング)】は、一分間フィールドに吹雪が発生してその領域にいる全てを氷結させる、リキャストタイム千八百秒のフリーズ最大の魔法だった記憶がある。

氷結の吹雪(スノーストーム・オブ・フリージング)】に関しては、アイテムや補助魔法で対策可能だ。

だが、出来れば補助魔法を使用するのではなく、氷属性耐性アイテムの装備で躱す方が安全だった。

 

理由は、前半戦で出てきた【霧氷(フリージング・フォッグ)】にある。

 

前半戦の魔法は、フォルムチェンジした後半戦になると使えなくなるなんて事は全くなく、むしろ強化されて発動してくる。

その癖、リキャストタイムはそのまま変わらない為、後半戦で追加された魔法の合間に入り込んでくる為、うっかりタイミングを読み間違えると、そのままその効果を剝がされて無効化されてしまうからだ。

ぶっちゃけ、戦闘開始前に掛けた補助魔法は、前半戦の為だけだと言っていいだろう。

 

実際、パンドラズ・アクターは死亡する前に全ての補助魔法を使い切り、その効果が切れていたようだし。

 

その辺りは、パンドラズ・アクターも理解しているらしく、掛けている補助魔法はどれも後半戦の最初の攻撃から、次の次辺りまでの【霧氷(フリージング・フォッグ)】までを回避するのがやっとだろうと、それを踏まえた補助魔法を選択していた。

それと同時に、ウルベルトはフリーズの攻撃パターンとそのリキャストタイムを確実にカウントするためのタイマーアイテムを四つセットする。

それぞれ、最初の攻撃が入った時点でタイマースイッチを入れる事で、きちんとリキャストタイムのカウントをして攻撃のタイミングをパンドラに教える為だ。

 

≪……俺の記憶通りの攻撃パターンなら、最初の【霧氷(フリージング・フォッグ)】から四分後に最初の【フリージング・クリスタル】が来て、そこからさらに五分後が【ダイヤモンド・ダスト】だった筈。

そこから六分後に【氷結の吹雪(スノーストーム・オブ・フリージング)】が来れば、丸々ユグドラシルと同じパターンだと判断していいだろう。

霧氷(フリージング・フォッグ)】は六分刻みで、他の魔法攻撃と完全に発動が重なる事はないし、効果はバフ剥ぎと多少のダメージだけだから、この際無視するとして……問題は、【穿つ氷柱(ピアーシング・アイシクル)】か。

ここから先は、【穿つ氷柱(ピアーシング・アイシクル)】のタイミングを読むのが難しくなる。

俺の記憶通りなら、こいつに関してはリキャストタイムが無い分、他の呪文の合間を突いてくる筈だ。

タイミングが重なる時は、大技の方を優先して使用していた事と、前半戦で見せたモーションから、その発動を予測するしかないか。

一応、パンドラが付けている氷属性耐性アイテムが、ある程度のダメージまではカットしてくれるから、【氷の息吹(アイスブレス)】は、多少なら当たっても大丈夫だろう。

氷球(アイスボール)】に関しては、回避可能だから考えなくても問題ないとして、だ。

最初の【霧氷(フリージング・フォッグ)】から、十九分後に来る二回目の【フリージング・クリスタル】と、二十九分目に来る【ダイヤモンド・ダスト】の間に、俺の【大災厄(グランドカタストロフ)】を放たないと、こっちの負けが確定する。

パンドラの手元にある蘇生アイテムは、あと残り二つ。

俺の手元にも、【蘇生の短杖(ワンド・オブ・リザレクション)】があるものの、出来ればこちらを使うような事態に陥る訳にはいかないからな。≫

 

そこまで素早く思考を巡らせた所で、ウルベルトは内心溜息を漏らす。

本当に、こんな早い段階で貴重な蘇生アイテムを消耗する羽目になるとは、本気で予想外なのだ。

一応、ウルベルトの手持ちのアイテムの中に、一つ分だけ蘇生アイテムを作る為に必要な素材があり、パンドラが持っている職業レベルの中にそれを造れるものがあるから、今回の無茶を押し通している。

もし、そうじゃなければ、泣く泣く自分の本体を取り戻すのを諦めていた所だ。

 

まだ、この世界の事を正確に把握していない現時点で、数少ない手持ちの蘇生アイテムを全て使い潰す訳にはいかないからである。

 

「……パンドラ、氷属性耐性の装備以外に、物理耐性の補助アイテムは手持ちの中にあるか?

もしあるなら、急いで自分に装備しておけ。

そろそろ、フリーズのフォルムチェンジが終わって、後半戦に突入するからな。

あと、炎属性増幅系のアイテムはがあるなら貸してくれ。

ここから先に発動する、フリーズの呪文の中に機雷設置の【ダイヤモンド・ダスト】があるんだが、こいつの排除に炎属性を増幅させて【火球(ファイアーボール)】を使わないと不味い。

そうしないと、機雷のせいでせっかく隠密を発動させても、触れたら関知して凍結する以上、それを避けてたらパンドラの行動範囲が一気に狭められるからな……っと、そろそろ来るぞ!」

 

ウルベルトの問いに、アイテムボックスから言われたものを探していたパンドラズ・アクターも、急いで必要なものを取り出すと、そのまま戦闘体制を取る。

そして、フリーズを視界に納めたまま、ウルベルトに言われたものを差し出した。

本音を言えば、自分の行動が不敬に当たるのではないかと思わなくもないのだが、戦闘中の合間を縫う行動である以上、仕方がないとパンドラズ・アクターは割り切ったらしい。

 

「こちらが、ウルベルト様のご所望のアイテムです。

私の昔の試作品で、名もない遺産級(レガシー)程度のアイテムですが、二割程度の魔法の威力増幅が出来ます。

ただし、あくまでもこれは試作品なので、連続使用可能時間は三十分が限界でしょう。

この状況ですのでお渡ししますが、くれぐれもご注意下さいませ。」

 

フリーズの動きを見逃すまいと、真っ直ぐに正面を見据えながら、手短にアイテムの説明していくパンドラズ・アクターの言葉を聞き、ウルベルトもそれは仕方がないだろうと素直に受け取った。

パンドラズ・アクターは、ウルベルトに差し出せるアイテムのレベルや効果に不満があったようだが、伝説級(レジェンド)がこの場に出てこない事は、最初から想定済みの話だ。

むしろ、戦闘中の合間を縫ってアイテムを請求した状況下で、例えレベルの低い試作品でも遺産級(レガシー)が出てきただけ凄いと、ウルベルトは考えている。

もし、聖遺物級(レリック)レベルのアイテムが欲しいのなら、最初の戦闘が始まる前に用意するように指示すべきだったのだ。

だから、ウルベルトもそれに不満を抱くことなく受け取ると、素早く身に付けながらフリーズの変化を見逃さないように、意識を傾ける。

 

それとほぼ同時に、フォルムチェンジが終わったフリーズ

が、【霧氷(フリージング・フォッグ)】を発動した。

 

「パンドラ、隠密スキルを発動したら、予定通り一分後に攻撃開始だ!

ここからは、パンドラの使える接近戦スキルは全て併用して使ってくれ!

今のパンドラのレベルだと、どこまで攻撃が通るか判らないからな。

そこから二分半経った時点で、一端後退してくれるか?

記憶通りなら、【霧氷(フリージング・フォッグ)】の発動から四分後にフィールド全体へ大技が来る。

それが合っていたら、俺の記憶通りで攻略可能な筈だ。

違ってたら……様子を見ながら作戦の修正を掛けるが、死ぬ回数が予定より増えると思ってくれ。

済まないな、想定より死なせるかもしれないが……ここまで来たら後には引けないからな。」

 

霧氷(フリージング・フォッグ)】の終わるタイミングを待つ間に、パンドラズ・アクターに対して必要な指示を出すと、ウルベルトも自分の攻撃をするべく杖を構える。

 

《……俺が使っている【火竜の杖(スタッフ・オブ・サラマンダー)】は、まだ限界まで来ていないみたいだが……

多分、この戦闘が終わる頃には、この杖も限界が来て壊れる可能性が高いな。

だが……この状況を考えたら、仕方がないと思うしかないだろう。

デミウルゴスに似てると、そう思ってずっと持ってただけに、愛着があるんだけどなぁ……

パンドラに頼んで、使えなくても良いから形だけ維持して貰うか。

やっぱり、こいつは手元に残して置きたいからな。》

 

この、フリーズとの戦いの厳しさを考えたら、杖の使用耐久限界が来る可能性がある事は、ウルベルト自身も最初から覚悟はしていた。

ただ、戦闘中に限界が来ると確実にこちらが詰むので、その点だけは注意して使用していたのだが……ここから先はそんな事は言っていられないだろう。

もちろん、最後まで折るつもりはない。

無いが、この先確実に使えなくなるのは、ウルベルトの中で確定事項として織り込み済みだった。

 

それ程までに、この戦いでこの【火竜の杖(スタッフ・オブ・サラマンダー)】を酷使しているのだから。

 

一先ず、その事を考えるのは止めて、手元のタイマーのカウントに目を落とす。

少し思考を巡らせている間に、行動開始の時間が差し迫ってきたらしい。

最初の四分が間違いないか、確認するためのタイマーのカウントがそろそろ五十秒を越える。

それを見て、ウルベルトはカウントダウンを開始した。

 

「……五、四、三、二、一……GO!」

 

カウントが終わると共に、ゴーサインを出したウルベルトの言葉に従い、パンドラズ・アクターの姿が闇に同化するように消えていった。

弐式炎雷さんの隠密スキルを前回にして、フリーズに特攻を仕掛けたのだろう。

ウルベルトは、残りの三つのタイマーのセットした時間に間違いないか、もう一度目で確認する。

どのタイマーも、五秒前からカウントが入るようにセットしたから、タイミングを間違える事はないだろう。

しかし、やはり失敗したら大惨事の可能性も高いだけに、これに関しては気を抜く気にはなれなかった。

もちろん、その間にも続いているパンドラズ・アクターとフリーズの戦いの様子は、きちんと視野に納めて状況を把握するのは忘れていない。

 

フリーズの攻撃は、現在【氷の息吹(アイスブレス)】と【氷球(アイスボール)】を使い、【穿つ氷柱(ピアーシング・アイシクル)】を発動するタイミングを待っている状況だ。

 

穿つ氷柱(ピアーシング・アイシクル)】そのものには、リキャストタイムは存在していない。

だが、フリーズの中では技の発動のタイミングが決まっているらしく、【霧氷(フリージング・フォッグ)】のリキャストタイム中に発動するのは一度だけ。

後半戦から登場する魔法のタイミングと重なれば、そちらが優先される事から考えると、確実に最初の四分間に一度発動するだろう。

ウルベルトの予想では、【フリージング・クリスタル】の発動する直前、三分から三分半頃が一番怪しいと思っていた。

どうやら、パンドラズ・アクターも同じ様に予想していたらしい。

丁度三分が来る直前に、前半戦に見たフリーズの【穿つ氷柱(ピアーシング・アイシクル)】の発動モーションが見えた途端、回避行動に入っていた。

後半戦開始時点で、地を這うように移動と攻撃を繰り返していた事から、この数分間のフリーズの攻撃は全て床面に集中している。

それは全て、パンドラズ・アクターがそうなるように、フリーズの攻撃を誘導したからだ。

今も、【穿つ氷柱(ピアーシング・アイシクル)】が発動する直前まで、床面を滑るように前進し続けたかと思うと、床面に向けて発動するのを確認して、着氷地点を避けるように天井にまで駆け上がる。

そして、【穿つ氷柱(ピアーシング・アイシクル)】の着氷と同時に一気に下降してフリーズに一撃入れると、そのまま一気に【次元の移動(ディメンジョナル・ムーブ)】でウルベルトのいる場所の手前へと移動していた。

それを確認し、ウルベルトも【フリージング・クリスタル】の範囲外へと移動する。

そして……

 

ピーッ……ピッ…ピッ…ピッ…ピッ…ピーンッ!!

 

タイマーが、五秒前からカウントして丁度四分経過した途端、フリーズがウルベルトの記憶通りに【フリージング・クリスタル】を発動させた。

カウントか始まるのとほぼ同時に、フリーズに【フリージング・クリスタル】の発動モーションに入っていたので、ほぼ間違いないと確信はして、カウントが終わると同時に【フリージング・クリスタル】のカウントタイマーのスイッチを押してはいたのだ。

それでも、本当にフリーズが【フリージング・クリスタル】を発動するのを見るまでは、モーションを勘違いしていないか、それなりに不安がなかった訳じゃない。

だからこそ、予想が外れなかった事にホッとしつつ、パンドラズ・アクターの居場所を確認する。

こちらの指示通り、既に柱の裏の戦闘エリア外に出ているので、パンドラズ・アクターも特にダメージを受けた様子はなく、この先の行動に問題はなさそうだった。

 

一分間、戦闘エリア外で待機しつつ、僅か数分間で負ったダメージを回復していくパンドラズ・アクター。

 

この後、一分後に【霧氷(フリージング・フォッグ)】が来る。

ウルベルトは、そう時間を確認しながら考えた瞬間、背筋を這い上がるような凄く嫌な予感がした。

だから、【霧氷(フリージング・フォッグ)】の発動を気にすること無く、そのまま次の大技までの四分間を物理攻撃に徹しようと、準備をしていたパンドラズ・アクターに対して、鋭く声を掛ける。

 

「聞いてくれ、パンドラ!

次の大技まで四分あるが、【フリージング・クリスタル】の後の攻撃は、接近戦ではなく少し離れた場所から弓を使った遠距離にしてくれ!

……どうしても、嫌な予感がするんだ。

この洞窟は、結構凍っている場所がある。

もし、【霧氷(フリージング・フォッグ)】の後タイムラグ無しでそこ目指して【穿つ氷柱(ピアーシング・アイシクル)】が来たら、今のお前じゃそのまま死亡確定だ。

その代わり、【穿つ氷柱(ピアーシング・アイシクル)】が発動したら、そこから先は接近戦に切り替えていい。

とにかく、フリーズにある程度ダメージを与えるまでは、出来るだけダメージ回避で頼む!」

 

今に浮かんだ直感のまま、ウルベルトは矢継ぎ早に指示を飛ばすと、己も素早く攻撃準備に入る。

まだ、この後半戦は始まって五分も経っていない。

フリーズに与えたダメージは、殆んど無い状態だ。

そんな状況下で、パンドラズ・アクターが死亡したりしたら、それこそこの先がかなりきつくなるだろう。

むしろ、フリーズに与えるダメージが減ったとしても、ここは攻撃を控えて様子を見るべきだ。

そう判断したからこそ、ウルベルトはパンドラズ・アクターが出来ない分の攻撃に変わる魔法攻撃をする事を選択した。

 

ウルベルトが選んだのは、【連鎖する龍雷(チェイン・ドラゴン・ライトニング)】だ。

 

現在、ウルベルトに残っているMPを考えると、【大災厄(グランドカタストロフ)】を放つ前に、杖の力を使わずに使用可能な魔法は、第七階位で五発が限界だ。

しかも、MP残量的に補助魔法を掛けて強化する事も出来なければ、多重展開させる事も出来ない。

それなら、耐性がある炎や氷属性よりも、確実に効果が通り易い雷属性を選ぶのは当然だろう。

火珠(ファイアボール)】を攻撃の主体に置いているのは、あくまでも【火竜の杖(スタッフ・オブ・サラマンダー)】の装備効果でMP消費せずに使えるからだ。

それがなければ、火属性以外でアイテムなど別の手段で攻撃していた所である。

 

しかし、そんな事を言ってもいられない状況だと、ウルベルトは素直に思った。

 

そもそも……今回の一件は、ウルベルトの事情にパンドラズ・アクターを巻き込んだ様なものなのだ。

アイテムやMPなどを含めて、殆ど自分には手持ちが無くて仕方がないとはいえ、殆どパンドラズ・アクターからの提供によって、この戦闘が維持されている。

それなのに、肝心のウルベルトが出し惜しみをしている場合ではないだろう。

もし、下手に出し惜しみをした結果、蘇生可能な限界までパンドラズ・アクターを死なせて蘇生出来なくってしまったとしたら……モモンガに対して顔向け出来なくなる何て、そんなレベルの話じゃ済ませられないのだ。

 

だからこそ、ウルベルトはパンドラズ・アクターに遠距離攻撃を選択させている様子見の数分間は、自分が攻撃の回るべきだと考えたのだから。

 

パンドラズ・アクターも、今回の戦闘に関する指示は全てウルベルトに従う事を決めているからか、武器を指示通り弓に変えて第三位階の雷属性魔法【雷撃(ライトニング)】が付与されている矢を用意している。

もちろん、それは完全に使い捨てのアイテムだ。

矢は、基本的に戦闘中に回収になんてまず出来ないし、戦闘後に回収しても使えなくなっている事が多いアイテムだから、自然とそういう扱いになっている。

 

そんな矢に、【ユグドラシル時代】では使えない下位雷属性魔法の【雷撃(ライトニング)】を付与しているだけで、とれだけ手間を掛けて無駄なことをしているのかと、ウルベルトは思わなくはない。

そんなウルベルトの視線に、パンドラズ・アクターは正面を見ながら首を竦めた。

 

「……これも、私のアイテム作成スキルのテストプロトタイプですよ。

あくまでも、矢にどのレベルまで属性魔法を付与する事が出来るのか、それを調べるのが目的だったので、こういう下位の物とか沢山あるんです。

お陰で、この戦いでは使える手数が増えましたし、かなり助かってますよ。

この手の在庫は、まだアイテムボックスを探せばそれなりに沢山ありますから、それほど気になさらないで下さいね、ウルベルト様。」

 

弓に矢を番えながら、パンドラズ・アクターはそう口にすると、ピンッと背筋を伸ばしつつ一気に弓を引き絞り、付与した【雷撃(ライトニング)】を発動させながら、そのまま矢を放った。

その射は、かつて【爆撃の翼王】と呼ばれたペロロンチーノを思わせる姿で、つい懐かしい気持ちになる。

とは言っても、今は感傷に浸っている場合ではないので、直ぐに気持ちを切り替えると、ウルベルトも呪文を直ぐに唱えて、パンドラズ・アクターの放った矢の追加攻撃になるタイミングを狙った。

 

「雷の矢と共に地を這うように走れ!轟音を響かせし雷の竜よ!連鎖する龍雷(チェイン・ドラゴン・ライトニング)!!」 

 

雷撃(ライトニング)】を纏った矢に、追従するように走る【連鎖する龍雷(チェイン・ドラゴン・ライトニング)】は、そのまま絡み付いて矢を飲み込むと、威力を増しながらフリーズへと着弾した。

それを視界に納めつつ、次の攻撃の矢を番えるパンドラズ・アクター。

もう一度、同じ様にウルベルトも【連鎖する龍雷(チェイン・ドラゴン・ライトニング)】を重ね撃ちし、更にダメージを与えることを選択した。

結果として、こちらが放った二度の矢と魔法の攻撃は、補助魔法による強化に近い威力を得た事により、フリーズに予想より大きなダメージを与えたらしい。

 

【ラァァァァァア!!】

 

フリーズが、中ボスモンスター特有の怒りを示す声を上げる。

それと同時に、吹き上がる強烈な冷気と殺気。

次の瞬間、ウルベルトが予想していた通り、【霧氷(フリージング・フォッグ)】の効果が切れた直後に【穿つ氷柱(ピアーシング・アイシクル)】を天井に向けて放ってきた。

これは、凍り付いた天井に向け【穿つ氷柱(ピアーシング・アイシクル)】を放つ事で、こちらの視界を奪い主軸となる弓の攻撃を封じる効果を狙ってきたのだろう。

【穿つ氷柱《ピアーシング・アイシクル》】が当たった衝撃で、天井の一部が粉砕され煙を上げながら、下へと降り注いでいく。

 

それを見た瞬間、パンドラズ・アクターは手にしていた弓をアイテムボックスに放り投げると、隠密スキルを発動させていた。

 

確かに、現状は弓を射たり魔法を使ったりするには不向きな状態だが、視界が塞がれているのはフリーズも同じ事。

パンドラズ・アクターから見ても、これはチャンスだと判断したのだろう。

元々、フリーズが【穿つ氷柱(ピアーシング・アイシクル)】を発動した後は、接近戦に切り替えても構わないと、ウルベルトからも指示を出していたからこそ、パンドラズ・アクターはこのタイミングを見逃さなかった。

 

「……ホント、流石は我らがギルマス謹製のNPCだよな。

実戦経験なんて、こちらに来てからのたった一戦だけで殆ど無い癖に、この度胸と判断力なんだから。」

 

正直、少しだけ感嘆しつつそう呟くと、自分の視界を確保するべく【火珠(ファイアボール)】を連続で放つ。

出来るだけ早く視界を確保し、次のフリーズの攻撃に備える必要があるからだ。

次の大技まで、ウルベルトの予測通りなら残りの時間は二分弱しかない。

しかも、次に来ると予想される大技は、全方位空中機雷の【ダイヤモンド・ダスト】だ。

先程から、フリーズに対して特攻を仕掛けているパンドラズ・アクターに、戻るタイミングをきっちり知らせないと、確実に死に戻りさせる事になる。

 

そう、頭ではきちんと考えていた筈なのに……

 

次の瞬間、フリーズからこちらの向けての【氷の息吹(アイスブレス)】と【氷球(アイスボール)】を交互に使った乱打攻撃を受けた途端、自身の防御を優先せざるをなくなった。

もちろん、フリーズが放つ【氷の息吹(アイスブレス)】と【氷球(アイスボール)】は、距離的に考えてもウルベルトに直接届く事はない。

だが、ウルベルトがいる場所の数メートル手前までなら届く。

その為、気付けばウルベルトがいる場所の手前が、全て凍り付いている状態になっていたのだ。

この状態で、【穿つ氷柱(ピアーシング・アイシクル)】を向けられたら、確実にウルベルトは大ダメージを受けてしまうだろう。

 

流石に、この段階でその状況になるのは、到底許容出来なかった。

 

それを回避するには、手前の凍結部分を火属性魔法で解凍するしかない。

当然だが、一気に周囲の凍結部分を解凍すれば、大量の水蒸気が発生する訳で。

そのまま、洞窟内の冷気によって冷やされた水蒸気が、霧となって視界を覆い隠してしまうのも、これまた当然の話だった。

更に、大量に発生した霧が、このタイミングでどのような効果をもたらすかも。

 

「……ちっっ、視界が!」

 

視界を覆い隠す霧に、ウルベルトが眉を潜めた瞬間、次の大技までのカウントダウンが始まった。

フリーズのモーションは、間違いなく【ユグドラシル時代】に見せた【ダイヤモンド・ダスト】である。

 

ピーッ……ピッ…

 

「……って、しまった!

こんな状況で、【ダイヤモンド・ダスト】が発動したら……確実にパンドラは死に戻りだ!

こっちに早く戻れ、パンドラ!!」

 

ピッ…ピッ…

 

慌てて自分も柱の陰に移動しつつ、叫ぶように指示を飛ばすウルベルトに対し、パンドラズ・アクターは口の端を上げるような笑みを浮かべたかと思うと、そのまま戻る事なくフリーズへ向けて、モーションを起こすフリーズに剣を使った連撃を決める。

大技固定のモーションは、攻撃を受けたとしても崩れる事はない。

どう考えても、この段階で戻る事が難しいオーバーステイだ。

 

ピッ…ピーンッ!!

 

《……くっそ!ダメだ!

幾ら【次元の移動(ディメンジョナル・ムーブ)】を使ったとしても、もう間に合わない!》

 

咄嗟に、ウルベルトがそう思った瞬間、大技までの最後のカウントが終了し、フリーズは【ダイヤモンド・ダスト】を発動させていた。

 

パキッ、パキ……、パキンッ………

 

洞窟に立ち込めた水蒸気を、一気に凍らせて空中にキラキラと氷の結晶化させて機雷として浮遊させていく。

そんな中で、パンドラズ・アクターは武器を苦無へと変更し、四方八方へと合計十二本とフリーズへ二本投げ付けていた。

既に、空中に逃げ場の無いほど大量の機雷のある中でそんな動きをすれば、避けられずに触れてしまうのは当たり前だ。

むしろ、この浮遊している氷の結晶の空中機雷は、機雷の中で動くものがいたら自動的に引き寄せられる仕組みのため、動けば動くほど集まってくる質の悪さがある。

 

本来ならば、投擲した苦無だって氷の結晶に触れれば凍結する筈だろうに、凍結しなかったのは苦無自身が炎を纏っていたからだろうか。

 

その為、自然と熱を放つ苦無を避けた分も合わせて、機雷の中で動くパンドラズ・アクターへと、まるで吸い寄せられるように集まっていく。

唯でさえ、避けにくいほど密集しているのに、更に集まれば避ける事なんて出来る筈がない。

そうして……避けられずに氷の結晶が触れた場所から、パンドラズ・アクターの身体は一気に凍り付いて爆砕していく。

立て続けに凍り付き、爆砕していく身体の痛みは半端がない筈だ。

それでも、氷の結晶から受けるダメージを一切無視して、全ての苦無を投擲したパンドラズ・アクターは、最終的に全身を凍り付かせ爆砕されながら、最後に一つの言葉を口にした。

 

「【爆裂(エクスプロージョン)】発動!」

 

その途端、洞窟の中を大きな振動と共に、冷気を一気に掻き消す程の灼熱の爆風が覆い尽くしていた。

 

 




フリーズとの後半戦が始まりました。
そして、二度目のパンドラの死亡になります。
本当は、後半戦全部を描き切りたかったのですけど、この時点で後半戦を開始して約九分しか過ぎておりません……
後半戦のタイムリミットまで、最大二十九分と設定しているのに、まだこの段階で九分しか過ぎてないんです。
なので、諦めて分割する事にしました。
予定では、後一話から二話で、フリーズ戦は終了できるかなぁと思っています。

はははははは……戦闘シーンを細かく書くとなかなか話が進まないんですよね。

そして、今回のパンドラの死亡に関しては、ウルベルトさん的には失敗ですが、パンドラ的には織り込み済みの死亡です。
その辺りも含めて、次の話に書きたいと思います。

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