もし、宝物殿の一部が別の場所に転移していたら? 作:水城大地
初めて見る外の世界は、光が色を纏って氾濫していると、本気で思える位に眩しかった。
パンドラズ・アクターは、外の世界を知識としてしか知らない。
これは、他の僕にも言えることかもしれない。
だが、それでも他の階層には様々な世界があるので、創造主に連れられて自分の階層の外に出た事がありさえすれば、自然を全く知らないと言う事はないのだ。
だが、パンドラズ・アクターは違った。
宝物殿の守護者として、完成するのも遅かった事もあるが、そもそも創造主であるモモンガがパンドラズ・アクターを外に出すのを【良し】としなかったと言う理由もある。
結果として、初めてその目にする自然が、異世界へ転移した後の、この世界の山脈地帯の森の中となったのだ。
「……凄い、ですね……
これが、自然の溢れた外の世界ですか……
初めて目にしますが、これは素晴らしい。
いつも、宝物殿と言う人工の光の中で過ごしていましてから、この天然の光も様々な植物が溢れる銛の木々も、どれを取っても本当に素晴らしいものばかりです。
モモンガ様も、この素晴らしい世界をご覧になっているのでしょうか?」
一歩歩く度に、足元の草や落ち葉の混じった土の臭い。
風に香る、草花の匂いや森の中にある様々な木々の香りに、感嘆の声を漏らしながら今は離れてしまっている創造主の事を思う。
自分と同じ様に、一人きりこちらの世界に飛ばされてしまっていたらと、心配と不安で胸が痛くなるが、何となくあの方は大丈夫のような予感もしていた。
それよりも、今のパンドラズ・アクターには真っ先にやらなくてはならない事がある。
今は、感傷に浸っている余裕はなかった。
数十分後、宝物殿を出る前に確認してあった場所で、冒険者とおぼしき者達の遺体の埋葬を終えたパンドラズ・アクターは、漸く一息付いていた。
この場で亡くなっていた者達は、それなりに実力がある者達だったらしい。
身に付けていた装備は、上級レベル程度と低いものの、割と所持金を持っていたからだ。
これで、暫く路銀には困らないだろうと、パンドラズ・アクターは安堵の息を吐く。
元々、莫大な維持費の掛かるナザリック地下大墳墓の財政担当だけあり、例え箱入りで世間知らずな部分があっても、様々な経費の大切さに関してだけは、誰よりも良く理解して居る自負があるのだと、はっきり断言できた。
「さて、これで本当に最後の準備が出来ました。
ここから少し先にある、人里に向けて山を降りるとしましょうか。
まぁ……この辺りにそんなものが必要な場所は、
それこそ、私の知らない罠や魔法が存在しているかどうか、まだ判りませんし。
やはり、足元の悪い森の中を歩くよりも、麓近くまで
何事にも、安全が第一ですからね。」
一先ず、ここから先の移動手段を決めたパンドラズ・アクターは、素早く
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最初にいた場所から、北上すること三十分。
そろそろ、麓に近付いたかと飛行を解除したパンドラズ・アクターは、ふと視界の端に人影を発見した。
視界の端と言っても、普通の人には捉えられない程度の距離は開いているのだが。
加速を唱え、視界に捉えた人影の方に向かえば、木の根元にある何かを採取しているらしい、二人組の少年少女の姿が目に入った。
耳を済ませば、彼らの会話が耳に入ってくる。
どうやら、彼等はここでしか採れない素材を採取しているらしい。
彼らの服装を見る限り、必要最低限の武装しかしていないし、冒険者の証であるプレートを身に付けている様子はない。
その二つの点から考えて、彼等は冒険者ではなく、この山の麓に住む村人なのだろう。
彼らなら、山の中で道に迷った旅人として接触したとしても、それほど問題はない筈だ。
宝物殿で確認した情報を鑑みる限り、この辺りの山の中を北側に移動するなら、どうしても目指す村はこの先にある麓の村になるからである。
もちろん、山の中で道に迷っていたにしては、今の自分の姿は綺麗すぎるかもしれない。
自分の服装を見直し、直ぐにそう考える。
実際、汚れ一つない姿でそんな事を言われても、違和感を感じさせるだろう。
そう判断したパンドラズ・アクターは、少しだけ溜め息を付くと外套の端を摘まみ上げた。
「……やはり、少しだけ外套を汚した方が良いのでしょうねぇ。
正直言って、あまり気は進まないのですが。
これらは全て、モモンガ様からの頂き物。
出来れば、汚したくなどありません。
そもそも、これを普通に汚せるのか微妙な所ですし。
……どうしましょうかね。」
摘まみ上げた裾を睨みつつ、偽装対策を考えるパンドラズ・アクター。
【ユグドラシル】産の装備の場合、ある一定ランク以上になると、装備そのものに自己修復機能が付いている場合も多いからだ。
もしそうだった場合、これを汚すことは不可能に近いだろう。
しかし、この世界ではそんな機能が付いている装備など、王公貴族ですら持っている可能性が低くて。
そんな装備を身に付けていると知られたら、それこそ色々な意味で狙われてしまいそうである。
一応、確認すれば汚すことは可能だと判明したものの、やはり気乗りはしない。
自分の装備は、ほぼモモンガから与えられたものだし、一部の例外も至高の方々からの頂き物だ。
それを思えば、汚すのに躊躇いを覚えるのは当然だろう。
しかし、現状を考えればどうしても遭難に近い状況だった偽装は必要で。
「……はぁ。
そうですね、仕方がありません。
この状況ですし、多少の見映えの悪さについては、この際、諦めるといたしましょう。
私が優先するべきは、モモンガ様の元へ無事に辿り着くことなのですから。」
溜め息と共に、パンドラズ・アクターは適当な草木を掴み取ると、外套の端など擦れて汚れてもおかしくない場所に擦り付け、それらしい汚れを付けていく。
本人的には、かなり不本意なのだが……必要な事だから仕方がないと思いつつ、どうしても不機嫌さは拭えなかった。
彼等に話し掛けて合流し、無事に村に案内して貰い今夜の宿を確保して落ち着いたら、速攻で汚れを落とそう。
そんな事を考えつつ、パンドラズ・アクターは少年少女の居る方へと足を進めていく。
出来るだけ、足音を立てて移動してたのだが、それでもこちらの様子に気付いた素振りは無くて。
数分掛からず、彼らの元に近付いた所で、パンドラズ・アクターはゆっくりと口を開いた。
「……そこに居るのは、この辺りに詳しい方達でしょうか?」
静かに、だが、彼等に対してもどことなく警戒を滲ませているのが解るように見せる。
その理由は、遭難中の自分が相手を山賊などの関係者ではないか、疑っているように見せるためだ。
もちろん、普通の村人なのだろう彼らに対して、ここまでの偽装は不要なのだろう。
だが、情報の足りない現時点での念の為の偽装は、それこそ幾らしても足りないだろうと、パンドラズ・アクターは考えている。
万が一、自分が集めた情報に偽装されたデータでも混じっていたら、油断した時点で罠に掛けられるのは自分自身だからだ。
まさか、そんな事をパンドラズ・アクターが考えているとは露程も思わず、今までその気配に気付かなかった、自分たちに声を掛けてきた人物を捜すように視線を巡らせる少年少女たち。
どうやら、彼らの不意を突いた形になった事で、余計な驚きを誘ってしまったらしい。
暫く捜して、漸く木の蔭に隠れるこちらに気付いたらしく、少しだけあちらも警戒を見せながら、それでも首を縦に振った。
「……あんたは、誰だ?
この近辺のモンじゃねぇな。
この辺り一帯は、うちの村の人間以外が薬草を採取しねぇ場所だ。
そこに入り込んでる時点で、密猟者か遭難者のどっちかしかねぇ。
んで、さっきの反応だと、遭難者だろ、あんた。
違うか?」
目の前にいるのは、パンドラズ・アクターの予想よもり聡明な少年らしい。
こちらの状況を察し、念を押すように確認してくる辺りは、物怖じしない少年らしいと思いつつ、パンドラズ・アクターは頷いて木陰から身を乗り出した。
「……その、おっしゃる通り、この辺りの国に来るのは初めてのせいなのか、途中で道に迷って遭難中でして。
出来れば、安全な山の麓まで連れて行っていただけると、とても助かるのですが……道案内をお願い出来ませんでしょうか?」
出来るだけ、申し訳なさそうに頭を下げつつお願いしてみる事にした。
一応、今のこちらの外見は彼らとそんなに年は変わらないから、こちらが本当に困っている様子を見せれば、警戒心は低くなるだろう。
どうやら、その予想は外れなかったらしい。
暫く間を置いた後、少年と少女はお互いに顔を見合せ、小さく頷き合う。
そして、にこやかに笑いながらこちらに問い掛けてきた。
「丁度、必要な分の薬草も集まったから、私達今から村に戻るところなの。
だから、道案内をしてあげても良いけど、その代わりお駄賃みたいなものを貰えるかしら?」
少女の方から、予想以上にストレートな要求の言葉を伝えられ、どう答えるべきか返答に困る。
こんな風に、はっきりと要求を伝えてくるのも、まだ子供と言える年齢だからなのだろう。
さて……普通の旅人なら、遭難したままよりも路銀を使ってでも安心出来そうな道案内を望むものだろうかと、選択肢に思案を巡らせていれば、慌てた様子で彼女は訂正してきた。
「その、あのね、違うの!
別に、お駄賃と言ってもお金が欲しいとかじゃなくて、あなたが見てきた国のお話とかを聞かせて欲しいの。
私達の村は、あまり人とか来ないから娯楽も少なくて、旅人から旅のお話を聞かせてもらうのが、一番の楽しみなのよ。
……ねぇ、駄目かしら?」
こちらの様子を窺うような姿に、パンドラズ・アクターはちょっとだけ苦笑を浮かべた。
そんな風に言い出さなくても、旅の話を聞かせる位なら幾らでも構わないのに。
もっとも、実際に彼らに何か話して聞かせるなら、パンドラズ・アクターの中に知識てしてある物語になってしまうのだが。
そんな事を思いつつ、パンドラズ・アクターは少し考える素振りを見せる。
「あの……もし宜しければ、旅の途中で見聞きした出来事ではなく、私が知る様々な物語をお話しすると言うのではいけませんか?
私、実は見習い
まだまだ拙い身ですが、師に習った物語でよければお聞かせする事が出来ると思います。
……それで、いかがでしょうか?」
丁寧な口調で問えば、彼らの目はキラキラと輝き出す。
どうやら、こちらの提案を気に入っていただけたらしい。
ホッとしつつ、パンドラズ・アクターは彼らの方に向けて一歩踏み出す。
一先ず合流し、そこから移動した方が良いと判断したからだ。
そんなパンドラズ・アクターに合わせるように、彼らもこちらに向けて近付いてくる。
数分と経たずに合流すると、改めて自己紹介をする事になった。
「改めて、初めまして。
私は、旅の
実は……旅の途中で何者かに襲われて師とはぐれてしまい、その師を捜して国々を旅をしております。」
軽く頭を下げながらそう言えば、少年の方が元気良く名乗り返してきた。
「俺は、この山の麓のラグラン村のフレット・レオニール、よろしくな!
ラグラン村で、この辺りの薬草の採取を受け持ってんだ。
んで、こいつは村長の娘で俺から薬草採取を学んでる、ファラ・タスファートて言うんだ。」
ニッと、少年らしい笑顔で胸を張るように名乗るフレットに、先程までの勢いはどこへ行ったのか、少し恥じらうような素振りでちょこんっと軽く頭を下げるファラ。
そんな二人に、パンドラズ・アクターはにこにこと笑みを絶やさず再度軽く頭を下げる。
「フレット殿に、ファラ嬢ですね。
それでは、よろしくお願い致します。」
そんなパンドラズ・アクターの言葉に、慌てて手を振り否定する二人。
「殿とか、柄じゃないし呼び捨てで良いって!」
「そうよ、私もその方がいいわ、ルゥさん。」
二人から口々に言われ、慣れた呼び方を断られた事に困ったように眉を寄せる。
だが、普通の村人ならばこの反応が当たり前なのかも知れないと、すぐに考え直して。
やはり、呼び捨てには抵抗があったので、少しだけ砕けた呼び方を提案することにした。
「……それでは、フレットくんとファラさんではいかがでしょうか?
それと、私の事はルゥではなくサティとお呼びください。」
どうやら、このパンドラズ・アクターの提案は受け入れられたらしい。
特に、反対する言葉も上がらなかったからだ。
反対意見がない以上、この件に関してはそれで終わりと言うことにして、三人揃って山を降りる事になった。
この時、パンドラズ・アクターはフレット達の間で、【物腰の柔らかさや服装などから考えて、異国の貴族だろう】と思われ、それで納得されているなどど、思いもしていなかった。
旅の一歩を無事に踏み出し、初めて現地人と接触したんですけどね。
どんなに装備レベルを落としても、装備を汚して偽装しても、結局、ナザリック全体の装備レベルが高すぎて、貴族扱いされてしまうパンドラズ・アクターでした。