もし、宝物殿の一部が別の場所に転移していたら?   作:水城大地

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ウルベルトとパンドラズ・アクターの前に、【憂氷と凍結の女帝フリーズ】が現れた!

▶戦う?
 逃げる?


憂氷と凍結の女帝フリーズ戦 前半

突如、その場に登場したボスモンスター【憂氷と凍結の女帝フリーズ】は、氷の結晶を幾重にも身に纏った、美しい女性タイプのモンスターである。

女帝の名に相応しく、氷で出来たハーフメイルと白の雪様なドレスを身に付けた優美な姿をしていて、女性タイプの敵ボスモンスターの中では、美しさは際立っているといって良いだろう。

古い童話に出てくる【雪の女王】の如く、氷の結晶と凍結した大地を従えている姿は、ある意味圧巻だった。

 

その、堂々威風たるボスモンスターの出現によって、洞窟内の空気は一気に凍りついていく。

 

場の空気を、出現しただけで一気に変質させていく様相は、流石【ユグドラシル】時代に「最低でもレベル七十以上無いと倒すのが難しい」と言われた、氷系中級ダンジョンのボスだと、ウルベルトは思わず感心してしまった。

もっとも、感心しても遭遇した事を喜んでいる訳ではないが。

正直言って、この中ボスの登場はウルベルトにとっても、パンドラズ・アクターにとっても、想定外だと言っていいだろう。

 

《いや……これは、俺の油断が招いた状況だな。

この洞窟にいた最初の段階で、俺の本体を覆い隠す氷の結界を余す事なく調べ尽くしていれば、あの天井と床の魔法陣には気付けた筈だ。

あぁ、そうだよ!

あの魔法陣が、罠に連動している可能性なんて、調べたら簡単にわかったんだ!

なのに、自分が措かれた目先の状況に意識を奪われて、俺はそれを怠ってた。

あの時点で気付れば、魔法陣に仕掛けられていだろう罠からのモンスターの出現だって予測出来たし、もう少し対策を考えた筈だ。

少なくとも、こんな準備不足でボス戦なんて事態だけは、絶対に避けられた筈だったんだよ!

……っくそっ!

三年も【ユグドラシル】から離れて、あらゆる意味で腕が鈍ったツケが、こんな形で出るとは思わなかったぜ……》

 

ギリギリと歯を食い縛ると、ウルベルトは無意識のうちにこの不愉快さに対して、苛立ちから山羊頭の悪魔らしい低く唸り声を上げていた。

しかし、苛立ちが強すぎてそんな自分に気付かないまま、ウルベルトは素早く記憶に残っている【憂氷と凍結の女帝フリーズ】に関する情報を頭に浮かべていく。

目の前のモンスターと比較して、その外装に変更は無いらしいのを確認し、一つ重要な事を思い出した。

それは、間違いなく今の自分達にとって、かなり重要度が高いもので。

ウルベルトが記憶を引き出す間に、更に後方に下がり距離をとるパンドラズ・アクターへと、急いで伝言(メッセージ)を繋いだ。

 

『聞こえるか、パンドラ。

今から、あのモンスター【憂氷と凍結の女帝フリーズ】のユグドラシル時代の攻略情報を伝えるぞ。

異世界に転移して、変質している部分もあるかもしれないが、ある程度は変わらない筈だから参考にしてくれ。

まず、後二メートルは距離をとって欲しい。

アイツの基本戦闘領域の範囲からギリギリ抜ける。

この洞窟は狭すぎるから、アイツのHPが半分以外になった、後半に発動する最大射程距離からは抜け切られないが……それだけ離れれば、ある程度の攻撃は届かなくなるからな。』

 

ウルベルトの指示に従い、素直に後方に下がり距離をとるパンドラズ・アクター。

やはり、戦端を切っていない状態下なら、こちらの後退を追撃してくる様子はない。

その情報が変わっていない事を確認し、ホッと胸を撫で下ろすウルベルト。

これなら、まだ戦闘準備を整える時間が取れるからだ。

攻撃範囲から、指示した位置まで下がったのを確認したところで、ウルベルトは残りの情報をパンドラズ・アクターに伝えていく。

 

『いいか、パンドラ。

基本、あの【フリーズ】はこちらが戦闘開始エリアに足を踏み込まない限り、自分から戦闘に入る事はない。

そう……中級とはいえボスとの戦闘だから、戦闘を開始するエリアがある程度決まってるんだよ。

だから、手持ちのアイテムと装備をある程度まで整える事は可能だ。

補助魔法を自分に掛け終えたら、次は手持ちの回復系アイテムの分配と、氷属性耐性か属性攻撃効果アップなどの、使えそうな装備アイテムや武器の用意を頼む。

悪いが、今回は短期決戦を頭において、自分に使える補助系魔法は可能な限り掛けておいてくれ。

出来れば、氷属性耐性と物理攻撃耐性辺りが掛けられたら、戦闘には有利になるか。

とにかく……今は、まずそこから頼むわ。』

 

視線は【フリーズ】に固定しながら、指示を的確に飛ばしていくウルベルトに対して、パンドラズ・アクターは迷わずアイテムボックスから必要なアイテムを取り出し始めた。

戦闘経験が、この地に来てからのあの一戦しかないパンドラズ・アクターには、当然だがモンスター関連の戦闘に関する知識は少ないのだろう。

故に、ウルベルトがモンスターを知っているならば、こんな準備不足な遭遇戦では、彼の指示に従うのが一番だと判断してくれたらしい。

テキパキと、必要なアイテムを取り出すパンドラズ・アクターに対して、伝言(メッセージ)でウルベルトは話を進めていく。

 

『……それで、アイツの攻撃だが……名前の通り氷属性攻撃特化タイプだが、炎耐性がそこそこある厄介なタイプでもある。

しかも、氷属性攻撃をあらゆる形で使い、物理攻撃にも変化させてくるから注意しろよ?

もし、パンドラが前衛として俺の為に壁役を引き受けるつもりなら、止めた方がいい。

流石にレベル差が大きすぎて、一発でノックアウトされる危険かある。

そんな真似をする位なら、現在使える弐式炎雷さんのスキルで、一気に距離を詰めて効果的な爆発系の近距離攻撃、即その場から離脱するヒットアンドアウェイを繰り返し、削れるだけHPを削った方がいい。

パンドラがHPを削ってくれている間に、大外から爆発系のコンボを仕掛けた上で、敵のHP残量チェックをしていくから。

手持ちの回復アイテムは、蘇生系も幾つかあるんだろ?

それなら、アイテムによる復活地点を攻撃範囲外に設置して、数回死亡するのを覚悟で動けば、今の戦力でもギリギリ倒せる筈だ。』

 

そう告げつつ、ウルベルトはもう一度【フリーズ】の姿を見て……漠然とした違和感を感じていた。

 

何か、彼女を見ていると思い出しそうな事がある気がするのだが、それが何なのか思い出せないのだ。

その違和感がはっきりしないのが、無性に気になって仕方がない。

無いのだが、このまま何もせずに手をこまねいている訳にはいかなかった。

なにせ、自分の本体の安全が掛かっているのだ。

多少の違和感程度なら、この際考慮から外しても問題はないだろう。

 

だが……何かを忘れているは間違いないのだから、注意は必要だった。

 

そんな風に、ウルベルトが指示を出しつつ【フリーズ】に対して感じる違和感に困惑する中、パンドラズ・アクターは身に付けていた装備を氷属性耐性があるものへと取り替えていく。

相手の攻撃が氷属性特化だと判っている以上、当然の対策だった。

補助装備として、ウルベルトが受け取った【妖術師の腕輪(バングル・オブ・ソーサラー)】も身に付けてMPやHP面でも、可能な限り強化しているようだ。

武器に関しては、【フリーズ】に炎耐性がそこそこあると判っているので、炎属性に変えるのは止めたらしい。

ウルベルトの指示通り、ヒット&アウェイを繰り返す都合上、選択した武器は風属性でスピードアップ効果のある聖遺物級(レリック)のレイピアだ。

 

「……残念ながら、私の装備に関してはここまでしか用意出来そうにありませんね。

お待たせしてしまい申し訳ありません、ウルベルト様。

それで、ウルベルト様にお渡しする装備とアイテムはこちらになります。」

 

そう言って、パンドラズ・アクターがウルベルトに対して用意した追加装備は、物理攻撃耐性がある【耐性の指輪】だ。

武器は、現在使用している【火竜の杖(スタッフ・オブ・サラマンダー)】の効果を考えると、下手に外すのは惜しいから用意しなかったのだと、何となく理解出来た。

他の装備を出さなかったのは、既にパンドラズ・アクターの手元にあるものの中で最上のものを手渡している為、他に渡せるものがないのだろう。

更に、手持ちの回復アイテムを大量に取り出すと、ウルベルトに差し出した。

パンドラズ・アクターの性格か考えて、こうしてこちらに渡してくるアイテムは、多分、自分の取り分よりも多いだろう。

 

死んでも蘇生すれば、レベルがそのまま維持できる自分よりも、この身体でも死亡したらレベルダウンする可能性が高いウルベルトでは、死亡の重さが違うと、そう判断すると予想が付くからだ。

 

それが判っているからこそ、ウルベルトも黙ってそれを受け取った。

逆に、蘇生アイテムはパンドラズ・アクター側に多目に持たせるように仕向ける。

後、蘇生アイテムによる復活地点をこの場所に設定仕掛けたのを押し留め、すぐ側にある太い柱の影にるように指示を出した。

 

『ここなら、この太い柱が攻撃を防いでくれるから、蘇生してすぐにまた死亡は避けられるだろ?

フリーズの攻撃を考えると、この地点なら後半出てくる指定範囲全体攻撃の射程範囲外になるからな。

安全マージンを優先して、復活地点は敵から多少距離をとった方がいい。

ボスモンスターの割りに、フリーズは取り巻きを連れていないソロモンスターだ。

数で押される心配がない分、きっちり優位な部分を利用しないと、アイテムを無駄に使う事になるぞ?』

 

その指示に頷き、テキパキと復活地点を設置していくパンドラズ・アクター。

ウルベルトは、その間にアイテムボックスから【飛行のネックレス】を取り出して身に付ける。

今の身体では、戦闘中は常に飛行(フライ)を使い続ける必要があるため、少しでもMP消費を押さえる為の選択だ。

そうして、ネックレスに込められた飛行(フライ)を発動させると、パンドラズ・アクターの肩からフワリと飛び立ち、空中で静止する。

アイテムと装備を全て揃え終えたのを確認し、お互いに最後の準備として使える補助呪文の詠唱を始めた。

 

「「……魔法詠唱者の祝福(ブレス・オブ・マジックキャスター)上位全体能力強化(グレーターフルポテンシャル)看破(シースルー)上位抵抗力強化(グレーター・レジスタンス)関知増幅(センサーブースト)超常感知(パラノーマル・イントウイション)魔法増幅(マジックブースト)上位幸運(グレーターラック)上位魔法盾(グレーター・マジックシールド)上位硬貨(グレーターハードニング)生命の精髄(ライフ・エッセンス)魔力の精随(マナ・エッセンス)光輝緑の体(ボティ・オブ・イファルジェントベリル)…… 」」

 

どうやら、パンドラズ・アクターが使用選択した補助魔法はここまでらしい。

ウルベルトは、さらに【不屈(インドミタリティ)】と【吸収(アブショーブション)】を掛けて準備を終了した。

 

「……ウルベルト様、これで全ての準備が終わりました。

戦闘開始の合図をお願い致します。」

 

静かな声でありながら、その中に明らかに高揚した様子を見せるパンドラズ・アクターに、ウルベルトは少しだけ苦笑した。

己と共に戦える事を喜ぶ姿に、始めていモモンガと共闘した時の事を思い出してしまったからだ。

 

《……やっぱり、ちょっとした事でもモモンガさんに似ているよな、パンドラは。

こうなると、デミウルゴスに会うのが楽しみのような怖いような……あいつは、きっちり細かな性格まで設定しているから、そんなに俺には似ていないと思うけど。

俺の理想のあいつが、どんな風に話して動くのか……

っと、今はそれどころじゃないんだし、時間が出来たら改めて考えれば良いか。》

 

ついつい、過去の記憶に重なるパンドラズ・アクターの姿に、別の方向を向きかけた意識を引き戻すと、ウルベルトは小さく深呼吸する。

そして……次の瞬間、戦端を切る為の攻撃魔法の詠唱を始めた。

 

「……我と我が仲間に相対する愚かな者に、裁きの雷を!

魔法最強化(マキシマイズマジック)万雷の撃滅(コール・グレーター・サンダー)!!」

 

ここで選択したのは、敢えて雷属性魔法。

耐性がある為、ある程度まで効果が相殺されてしまう炎属性より、そのまま効果がある雷属性を選んだのである。

それに、特に音と発動時の派手な雷属性は、目眩ましの効果が期待出来るからだ。

単身、特攻を掛ける事になるパンドラズ・アクターの僅かなりとも援護になれば良いと、補助魔法で強化も掛けておく。

ウルベルトの詠唱に合わせて、弐式炎雷の隠密スキルを発動させ、スルリと身を戦場に躍らせたパンドラズ・アクターの姿は、ウルベルトには目視できない。

それでも、彼ならこちらの攻撃魔法を避けられると、それを信じてウルベルトは次の魔法の詠唱に入った。

 

ただし、ここから先は攻撃魔法を単発で放つのではなく、幾重にも重ねて放つ【コンボ】である。

 

《一応、今の俺が使える魔法は、【ユグドラシル】時代そのままみたいだな。

だが……この身体で使える魔力は、昔よりもかなり低い。

やはり、魔力消費をきっちり考えて【コンボ】を組み立てないと不味そうだ。

この辺りは、【ユグドラシル】の頃も変わらねぇんだが……最大値まで魔力増強の装備アイテムを使って居たとしても、元になる魔力が低いからな。

下手に昔のように使おうとすると、うっかり自滅しかねないから、かなり注意が必要な案件だぞ。

もっとも、今の自分が使用している装備は、あの頃に使用していた神器級(ゴッズ)の最強装備じゃねえんだけどな……》

 

そこまで考えたところで、また、ウルベルトの記憶にチリリと違和感が走った。

 

何か、大切な事を忘れている気がして仕方がないのだ。

それが何なのか、ウルベルトか思い出そうとした瞬間、視界の端に、【フリーズ】が全方向に向けて穿つ氷柱(ピアーシング・アイシクル)を放とうとしている姿がみえた。

慌てて、それを回避するべく射程範囲外の洞窟の天井近くに移動すると、一旦思考を打ち切って戦闘に専念する。

 

既に戦端を切っている以上、他の事を考えている余裕はないのだから。

 

 




と言う訳で、今の姿になったウルベルトとパンドラの二人による初共闘になります。
今回は前半戦と言うのか、戦闘準備がメインになりました。
次回が、本番になります。
少し短いですが、今回はここまで。

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