もし、宝物殿の一部が別の場所に転移していたら?   作:水城大地

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漸く、ウルベルトさんの本体と再度ご対面です。


どんな事も簡単にはいかないらしい

転移門(ゲート)を潜り抜けた途端、最初に自分がいた洞窟に戻って来たことを、ウルベルトは肌で感じていた。 

一度離れて戻って来た事で、その場にいた時は感じなかった清浄な空気で満ちているのが良く判る。

どちらかと言うと、神聖な神殿の中に入ると言われた方が納得するような、そんな雰囲気だ。

悪魔である自分の本体が、そんな場所にあんな形でなぜあるのかと、不思議に思って首を傾げ掛けたところで、ふと思い付く。

 

まるで、邪悪なものを封じる為に、特別な結界を張り巡らせた空間も、こんな感じなのじゃないか、と。

 

そう考えた途端、ウルベルトの頭に色々と思い当たる事が出てくる。

まず、最初に接触したウサギタイプのモンスターだが、そいつらが居たのは、同じ洞窟の中でもこの本体が封じられた場所からかなり離れていた。

あの時は、全く状況が分からないまま、何かに導かれるように動いただけに、実際にはかなり移動した事に気付いていなかったのだが……こうして改めて同じ場所に立ってみれば、その空気の差が良く判る。

 

この洞窟の中でも、己の本体が置かれている場所を中心にして、幾重にも結界が張り巡らされている事に。

 

そう考えれば、この洞窟が普通でない事が良く判った。

少なくとも、結界が自然に発生したとは考えれない。

むしろ、これを自然のものだと判断した時点で、その人物は後がないと判断するべきではないだろうか? 

ウルベルトの本体を封じられている空間は、それほどまでに清浄な空気による圧力が強い。

 

その影響なのか、この【ねんどろいどゴーレム】のウルベルトですら、息苦しくて呼吸が辛いと感じていた。

 

だが、ウルベルトを支えているパンドラズ・アクターは、興味深そうに周囲の様子を伺っているが、ウルベルトの様な影響を受けているようには見えない。

俺とパンドラズ・アクターとの、幾つかある相違点を探しているうちに、ふと思い当たる事があった。

それは、俺とパンドラズ・アクターの属性とカルマ値のさだ。

俺は、悪魔として属性は極悪であり、カルマ値はマイナス五百だが、パンドラズ・アクターは属性は中立でカルマ値はマイナス五十。

つまり、だ。

 

この洞窟の結界は、属性が悪に片寄れば片寄るほど、その影響下に置かれてダメージを受けるのだろう。

 

本来なら、このねんどろいどゴーレムの俺も、本体と同じ影響を受けて封印されて居た可能性も、実はあったではないだろうか。

良く思い出してみれば、初めて己の本体が封印されている姿を目撃したのは、漠然とウサギタイプのモンスターと接触した後、その場にいるべきではないと感じて、引き寄せられるようにこの場所に移動したからだ。

だが、冷静になって良く良く考えてみれば、自分でも不用心な行動だったと思う。

 

もし……目の前の氷のようなものが、属性やカルマ値が低いものを触れただけで封印するタイプのものなら、とっくの昔に今の俺も取り込まれて封じられていた可能性が高いからだ。

 

そう考えただけで、ゾクリッと背筋に悪寒が走る。

確認した訳じゃないが、多分、この推測が外れていない事を、ウルベルトは本能的に察したからだ。

 

ならば、なぜ取り込まれる事なくそれを回避出来たのか?

 

その説明は、すぐに出来た。

モモンガかパンドラズ・アクターの手で、このゴーレムに装備されたであろう遺産級(レガシー)の中に、『種族が悪魔の場合、神聖属性魔法及び結界からの影響を五割カットする』【悪魔の護符(アミュレット・オブ・デビル)】が含まれていたのを見付けたからだ。

つまり、装備効果が五割カットだったから、結界が放つ効果を弾けず引き寄せられたものの、五割カットだから封印に取り込まれる事はなかったのだろう。

種族を悪魔に限定して、五割とは言え防御に特化していたそれは、ウルベルトの意識部分の入ったゴーレムを封印から守る効果を見せた。

裏を返せば、この装備を身に付けていなければ、ウルベルトは意識すら封じられてしまい、パンドラズ・アクターに接触する事すら叶わなかっただろう。

 

そう考えると、最初の頃に考えていた幾つかの想定が崩れてくる。

 

最初、この本体の状態を解除して復活するのに、どうしても必要だと発覚した【命】の数は、タブラが設定したものではなく、この氷のような結界を解除する為なのかもしれない。

そう想定すると、これから行う予定の本体の採掘は、最悪失敗する可能性がある。

ただ失敗するだけなら、まだ良い。

他の方法を、改めて考えれば良いだけたからな。

 

だが……もし、失敗するとそのまま結界に取り込まれる様な状況になるなら、下手に手を出す事も出来ないだろう。

 

そこまで考えた所で、胸元を飾る悪魔の護符(アミュレット・オブ・デビル)に無意識に手を触れたウルベルトは、自分が冷静さを少し欠いている事に気付いた。

らしくない程に、この場に立つと清浄な空気にぞわぞわとした悪寒が背筋を走り、言い様のない不安な気持ちを掻き立てられていたのだ。

だが、無意識に悪魔の護符(アミュレット・オブ・デビル)に触れた途端、その防御効果が発揮された事で結界によって発生していた影響が消え、冷静さを取り戻せたのだろう。

まず気付いた事を告げる為にパンドラズ・アクターの顔を見て……思わず逃げ出したい気持ちになった。

 

何故なら、氷に閉ざされた己の姿を見詰めるパンドラズ・アクターの顔から、表情が抜け落ちていたからだ。

 

合流してから今まで、人の姿を模している現在のパンドラズ・アクターは表情豊かで、喜びや不安など喜怒哀楽がはっきりとしていた。

そんな相手から、一切の表情が抜け落ちた様子を目の当たりにして、恐怖を感じない筈がない。

むしろ、本来のつるりとした二重の影(ドッペルケンガー)の顔の方が、今のパンドラズ・アクターより愛嬌があって可愛いとすら感じるんじゃないだろうか?

 

そう感じたものの、ウルベルトはそれを一切口に出すことなく、己の本体を封印している氷のようなのものを睨み付けたまま、沈黙しているパンドラズ・アクターの頬へとそっと手を伸ばした。

 

「……なぁ、あれはお前にそんな顔をさせる物なのか?」

 

あまりに酷い様子に、つい頬を撫でてやりながら問い掛ければ、パンドラズ・アクターは抜け落ちていた表情を戻す代わりに青ざめ、口元を押さえながら小さく頷く。

どうやら、ウルベルトの事が意識から抜け落ちていた事に気付いて、申し訳無さで血の気が引いてしまったらしい。

そんなパンドラズ・アクターを暫く宥めるように、優しく頬を撫で続けた後、落ち着いたのを見計らって改めて問い掛けた。

 

「それで、お前から見たらどういう代物なのか、きちんと説明してくれないか?

もちろん、おまえが解る範囲で良いから。」

 

静かな口調で命じたら、青ざめた顔を手で押さえて隠しつつゆっくりと口を開いた。

 

「あれ、は……天然の物ではなく、人為的に様々な強化された結界です。

元々この洞窟の中は、清浄な空気と力場による氷のような天然の結界が、実際に存在していたのでしょう。

ですが、元の結界の効果は治癒などの浄化を主としたもので、ウルベルト様を捕らえてこの様な形で封印する結界ではなかった筈です。

その事を踏まえて考えるならば、何者かが元々あった結界に手を加えて変質させ、ウルベルト様を封印するものに変えた可能性は高いでしょう。」

 

そこで言葉を切ると、スッと視線を落として氷と床の境界線を確認する。

次に、天上まで視線を上げると、同じ様に境界線を丁寧に確認し、軽く頷いた。

どうやら、何か見つけたらしい。

 

「天井と床の氷の奥に、封印に関わる魔法陣が書き込まれているのを発見いたしました。

意識が抜けた本体なら、ある程度の力さえ有ればその手によって、容易く捕らえられたでしょうから。

ウルベルト様は、存在そのものが強大な力をもった悪魔です。

本体の意識はなくても、その場に本体がいるだけで世界に影響を与える可能性があると、捕らえたもの達に判断されたとしてもおかしくありません。

だからこそ、目覚められたら危険な存在として、ウルベルト様を封じ込める為にこの天然の結界に運び込み、更に強固な結界を重ねて変質させたのでしょう。

その程度の知恵の働く程度の者なら、この世界にもいておかしくありませんからね。

ですが、あの程度の魔法陣が相手なら、私の手持ちのアイテムで解除は可能な程度のものです。

ウルベルト様の本体を、より安全な状態であの封印の氷から取り出す為にも、魔法陣は全て解除してしまいましょう。

ウルベルト様は、こちらにてお待ちください。」

 

ウルベルトに説明しつつ、サクサクとするべき事を決めると、上位道具作成(グレーター・クリエイト・アイテム)で適度な高さの台座を作り出す。

そして、アイテムボックスからここに来る前に造った椅子を取り出すと、ウルベルトの身体を肩からそこに降ろして、テキパキと準備を始めるパンドラズ・アクター。

既に、魔法陣の解除とウルベルトの本体を氷から取り出す事は、パンドラズ・アクターの中で決定事項のようだ。

正直に言えば、ウルベルトもあの氷の中に己の本体が封印されたままなのは、あまり気分が良くないので反対するつもりはない。

無いのだが、少し心配だった。

 

この洞窟に元々あった封印を、こんな風に変質させている魔法陣の解除をしたら、パンドラズ・アクターの身に何らかの影響が出るのではないか、と。

 

ウルベルトの心配を他所に、パンドラズ・アクターは必要なアイテムを揃え終えたらしく、今度はそれらを丁寧に魔法陣が刻まれている場所の側に設置していく。

本当なら、直接魔法陣に設置したいのだろうが、残念ながら魔法陣そのものは氷に覆われているので、出来るだけ近くに設置しているのだろう。

解除する魔法陣まで、設置したアイテムとの間に距離がある事を踏まえ、解除に使う分よりも多くアイテムを使用する事で、直接設置出来ない分もカバーするらしい。

 

ウルベルトが見る限り、あまりアイテムに余裕が無いと言っていた割りに、随分とアイテムを大盤振る舞いしているような気がするのだが。

 

まぁ、不足して解除に失敗するよりは、余分に使う方が良いと考えたのかもしれないなと、ウルベルトは漠然と思う。

元々、使用するアイテムの持ち主はパンドラズ・アクター本人だし、その手持ちのアイテムの使用数にまで口を出す権利は、ウルベルトにはないだろう。

そもそも、ウルベルトの本体を封印から助け出す為に、こうして手持ちのアイテムを使い、様々な手間をかけてくれているのだ。

 

パンドラズ・アクターに対して、感謝して礼を言うことはあったとしても、文句を言うつもりなど、ウルベルトには欠片もない。

 

そんな事をつらつら考えているうちに、パンドラズ・アクターの方の準備は終わったようだった。

満足そうな顔をしている様子から、思う形で設置出来たのだろう。

少し嬉しげなパンドラズ・アクターの様子に、微妙に微笑ましさを感じながら、ウルベルトは最後の仕上げを見守った。

 

今回、パンドラズ・アクターが用意したのは、大量の【解呪の呪符】だ。

 

これは、結界や魔法陣、呪いなどを構築する術式の一部を破壊する事で、その効果や機能を停止させる事が出来る呪符なのだが、威力と効果は一枚だけではそれほど高くない。

大概の場合、一つの術式を停止させるのに最低でも五枚から十枚必要で、数か足りていないと思うような効果が発揮されない、使い処が難しいアイテムだ。

ある程度までレベルが上がれば、様々な状態異常耐性を持つスキルを習得したり、アイテムで回避が可能になる為に、それらが使えない限定クエスト等でしか使用されない、ある種の死蔵アイテムだったりする。

だが、今回はパンドラズ・アクターの……モモンガの物持ちの良さに救われた形となった。

 

《モモンガさんは、こう言う何か使える可能性があるアイテムを、簡単に捨てられないタイプだったからな。

自分で保管出来ない分を、纏めてパンドラズ・アクターの私物の中に突っ込んで置いたんだろう。

そのお陰で、こうしてパンドラが俺を助けるのに利用している訳だし、無事に再会出来たらお礼を言わなきゃ駄目だな、うん。

後、パンドラが凄く俺の為に尽力を尽くしていた事とか、宝物殿の宝を守るために単身頑張った事とかもきちんと話してやろう。

自分の造ったNPCが、どれだけ役に立つ凄い奴なのか、モモンガさんは知るべきだと思うし。

とにかく、先ずは俺をこの胸糞悪い場所から取り出して、安全を確保してからの話か……》

 

パンドラズ・アクターが、呪符を起動させる為の手順を踏んでいるのを待つ間に、ウルベルトはそんな事を考える。

実際、パンドラズ・アクターを発見して接触して居なければ、情報不足を理由にこの場に留まり続けていた可能性は高い。

一度この場を離れたから、ここの異常性に気付けたものの、もしここから離れていなければ、何も気付けずに本体の側に居続ける事を望んで、そのまま結界の中に取り込まれていた可能性だってあるのだ。

 

もし、そんな事になったら……無事に復活する事すら難しかったのではないのだろうか?

 

あまり考えたくない話だが、あり得なくはない状況だったと漠然と思う。

もし、そんな状況になっていた場合、ウルベルトが生還できた可能性はかなり低い。

 

何故なら……ウルベルトが本当にその状況に陥った場合、こちらに来ている可能性を信じて捜索してくれていて、漸く見付かるかもしれない程度の可能性しかないからだ。

 

それ位、この場所は天然の結界に守られていて見付け難い気がする。

もちろん、現時点ではそれをきちんと確認した訳ではないが、この予感は外れていないだろう。

そう確信する程度には、この空間を押し包む結界は自然で、違和感を感じさせなかったのだ。

 

「呪符発動!」

 

ウルベルトが、この場所にある結界に付いて考えている間に、パンドラズ・アクターが呪符を発動させた。

その途端、設置された呪符が発動して魔法陣の中に構築された術式を崩していく。

 

バチバチと大きな音をたて、所々で火花すら散らしつつ魔法陣の術式が崩壊していく様子は、ある意味美しい光景だった。

 

それと同時に、ウルベルトがここに転移してきてから感じていた重圧が一気に消えていき、呼吸が楽になる。

もちろん、清浄な空気そのものが消えた訳ではない。

だか、今までのように悪魔の護符(アミュレット・オブ・デビル)の力を借りずとも、普通に立っていられる程度の影響しか、ウルベルトは感じなくなったのだ。

これは、かなり大きな変化だと言っていいだろう。

 

むしろ、悪魔であるウルベルトが好む澱んだ空気が、何処からともなく発生し始めているほどで。

そう……清浄な空気で満たされた筈の結界の中で、澱んだ空気が発生しているのだ。

その事に気付いた途端、ウルベルトの中で警戒心が一気に脹れあがった。

背筋を這い上がる、嫌な予感。

 

この場で、この状況はかなり良くない、と。

 

「っっ!

下がれっ、パンドラっっ!」

 

その直感のまま、ウルベルトは叫ぶようパンドラズ・アクターへと指示を飛ばしていた。

肩に飛び乗ったウルベルトの指示に合わせて、一切疑うことなくその場から大きく後方へと跳び、氷の結界から距離をとるパンドラズ・アクター。

まるで、その動きに合わせるかのように、大きく洞窟を揺るがす地響きが鳴り響く。

そして……そいつが姿を現したのである。

 

レベル八十五を誇る、【ユグドラシル】の氷系中級ボスモンスター【憂氷と凍結の女帝フリーズ】が。




と言う訳で、次の話はボス戦が入ることになります。
このまま続けなかったのは、一万字では終われる見通しがつかなかったから。
なので、短いけど今回はここまで。

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