もし、宝物殿の一部が別の場所に転移していたら?   作:水城大地

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ウルベルト視点でのお茶と茶菓子を食べた話。


お腹が空いたら、お茶と茶菓子が用意された【ウルベルト様と色々な確認をしてみましたのウルベルト視点2】

漸く泣き止み、精神的に落ち着いて冷静さを取り戻したパンドラズ・アクターは、子供っぽい行動をしてしまったと、申し訳なさそうに恐縮していたが、ウルベルトは特に気にはしていなかった。

むしろ、こうしてこの場で思い切り泣いた事で、今まで溜め込んでいたものを吐き出せたのなら、悪いことではないと思っている。

今のパンドラズ・アクターの表情を見れば、泣いた事ですっきりとした感じなのが読み取れたので安堵しつつ、これからの事に少しばかり考え……すぐに中断する事になった。

 

気になっていた事が解決したからのか、微妙に空腹を覚えたからだ。

 

正直言って、今の種族的な面ではどうしても食べる必要はない。

しかし……それでも空腹は感じない訳ではないのだ。

特に、街でパンドラズ・アクターが食事をしている姿を見ているうちに、この世界の食べ物に対して興味がわいている分、余計に空腹を感じてしまっていて。

精神的に余裕が出来た分、それをダイレクトに欲求として感じてしまっているのだろう。

自覚すると、ますます何かを食べてみたくなった。

 

≪まぁ……俺自身の手持ちの中には食料はなかったけど、パンドラは偽装の為に街で携帯食料とかいろいろと買い込んでたしな。

非常に情けない話ではなるが、俺が【食いたい】と言えば出してくれるだろ。

それよりも、今はもうちょっとゆとりをもって話をしたい気がするな。

漸くパンドラも落ち着いた事だし、仕切り直しって事で話すには……≫

 

ついつい、自分の中にある食欲に意識を取られつつ、ウルベルトがきちんとパンドラズ・アクターと向き合って話そうと思った時である。

 

それまで大人しく、自分の前で恐縮した様子で立っていたパンドラズ・アクターが、上位道具作成(グレーター・クリエイト・アイテム)を唱えたのは。

 

魔法によって、今のウルベルトの姿に合わせたイスとテーブルが、パンドラズ・アクターの手の中に出現した。

優美なデザインで組み上げられた、木製でありながら磨き上げられた美しいアンティークテーブルに、革張りのゆったりとした座り心地が予想出来る椅子である。

それを、恭しく丁寧に両手で持ち上げつつ、もう一度上位道具作成(グレーター・クリエイト・アイテム)を唱えて今度は大理石を天板に使ったアンティーク調の、重厚感ある書斎机とそれに合わせた椅子のセットを作り出すと、手にしていたウルベルト用のテーブルと椅子をその上に一旦乗せた。

それでも、どうやら満足が行く高さにならなかったらしい。

更に追加で、ビロードを敷いた台座を作り出すと、ウルベルト用のテーブルと椅子の高さを調整している。

その拘りように、何とも言えない気持ちになりながら、パンドラズ・アクターの作業が終わるまで黙って待つ事にした。

 

こういう所も、何となくモモンガに似ていると思うと、ついつい懐かしくて微笑ましい気持ちになったからだ。

 

どうやら、漸く満足が行く状態を完成させたらしい。

ニコニコと笑顔を浮かべると、ウルベルトに完成したイスとテーブルを見せると、恭しく招き入れる。

そんな彼の様子を見て、ちょっとだけ内心で苦笑を浮かべつつ、ウルベルトはゆるりと飛行(フライ)で移動すると、一先ずビロードの台座の上に降り立った。

魔法で簡易的に作り出したものとはいえ、物を作り出す技能は元々持っていたパンドラズ・アクターの手によるテーブルとイスは、とても落ち着いたアンティークの意匠で、見ていて悪くないと素直に思える出来だと言っていいだろう。

悪に拘る【ウルベルト・アレイン・オードル】としては、もっと違うデザインでもいい気もしたが、きちんとアンティーク調で品の良いデザインを選んでいる事を考えれば、これはこれで悪くないと思ったのだ。

それに、何も毒々しいデザインばかりが悪を引き立てる訳ではない。

 

むしろ……こういう感じで、品の良い品を使いこなして見せる方が、より悪魔である己を引き立てると、そう感じたのだ。

 

手を伸ばして、スッとその感触を確認してみれば、掌に触れる皮の感触も中に詰まっているクッションの弾力も上質で、とても魔法で作ったとは思えないほど素晴らしかった。

ここまでして貰って、使わないなんて言うつもりはウルベルトにはない。

それよりも、ここまで使い手の事を考えているパンドラズ・アクターに対して内心で感嘆しつつそのまま、ドッカリと腰を下ろした。

 

予想通り、その座り心地もかなり良くて、文句のつけようがない出来栄えだと言っていい。

 

それは満足げに笑みを浮かべていると、こちらが気に入った事が伝わったのだろう。

ニコニコと、それは嬉しそうに笑みを浮かべながらこちらを見ていたのだが。

ふと、何かを思い立った様にこちらの顔を見ると、そのままそれを伝えるべく口を開いた。

 

「すいません、ウルベルト様。

本来ならば、先にお茶と茶菓子を用意すべきでしたのに……

まだまだここから話は長くなりますし、今からでもご用意させていただきますね。

すぐに戻りますので、暫くそちらでお待ちいただけますか。」

 

スッと、堂に入ったような丁寧なお辞儀をすると、そのままパンドラズ・アクターはその場から退出していった。

先程の言葉と、このグリーン・シークレット・ハウスの構造から考えて、キッチンへと向かったのだろう。

こう言う点を見ても、やはり細かな気遣いが出来るところはモモンガに似ていると、背凭れに身を預け中がウルベルトは思案に耽った。

 

≪……ホント、あの混乱から立ち上がってすぐにこの気配りだもんなぁ。

そういう意味では、モモンガさんの良い所をしっかり受け継いでるよな、パンドラって。

まぁ……本人の申告通りなら、モモンガさんに無事に再会するまでは【願掛け】で設定通りの言動を封印しているらしいし、そうなると自然に創造主であるモモンガさんに似てくるのかも。

もっとも、【魔王ロール】をしているモモンガさんにも、本来の設定のパンドラは似ていると思うけどな。

この辺りは、ナザリックに合流してみて、他のNPCと顔を合わせてみないと、比較対象が少なすぎて何とも言えないんだけれど。

それにしても……割と、言動には注意が必要かもな。

現時点では、【ナザリックから引き離されて孤立している】と言う、ある種の極限状態に置かれている状態だから、ある程度まで俺の言動に合わせてくれていると思うべきだろう。

これも比較対象がないからはっきりと言い切れないけれど……多分、パンドラは俺と手持ちのアイテム全てをナザリックに送り届ける為なら、平気で自分のレベルを使い切って消滅する方向を選ぶ気がする。

先程パンドラが見せた、あの目は……そういう事を平気でする人間の目だ。

もちろん、パンドラは人間じゃなくて異形種のNPCだけど、属性は中立で感性もかなり人間に近い部分がある筈。

その上、モモンガさん譲りの性格だとしたら……うん、ちゃんと注意しておかないと色々な意味で危険だわ。

何と言っても、今のパンドラには厄介な切り札があるからなぁ……≫

 

そこまで考えた所で、ウルベルトは一旦思考を中断した。

と言うか、中断せざるを得なかった。

キッチンから漂う、とても甘くて美味しそうな匂いによって。

 

「……そう言えば、パンドラって料理人としてのスキルもあったっけ……」

 

宝物殿の守護者として、必要な職業レベルを設定する際に、いつの間にか持たされていた料理人の職業レベル。

ウルベルトは、その経緯を詳しく知らないのだが……ガッツポーズを決める一部のギルドメンバーの中に女性陣三人が含まれていた事と、ぐったりとした様子で疲れ果てていたモモンガの様子から、相当なごり押しがあったのだろうと想像が付いていた。

 

だが、この異世界に飛ばされて食事を取れる状況になってみると、かなり助かる能力を持っているのではないだろうか?

 

ウルベルト自身は、悪魔なので普通の食事をしなくても、特に問題はない。

パンドラズ・アクターも、モモンガから与えられた飲食不要のアイテムがあるので、食事そのものはどうしても必要ではないのだが、これが人の中に混じって移動する場合は、そういう訳にもいかないのだ。

一人旅を基本にするとは言え、時にはパンドラズ・アクターが最初の村でした様に、道案内人を必要とする場合もあるだろう。

その時、料理が出来れば長旅でも交代で夜営が出来る分、道案内人となった相手からの受けもいい。

 

どんな事でも、出来ないよりは出来た方が色々と助かる事が多いのだ。

 

≪まぁ……どんな料理が出てきたとしても、【リアル】より確実に美味い物が食べられそうなんだけどな、実際問題として。

パンドラの話じゃ、アイテムなんかは種族や職業によって使えない者とかもあるらしいから、料理とかもスキルが無けりゃ出来ない可能性が高いかもしれないな。

俺が気になるのは、その場合だと使った食材はダークマターになるのかな?

それとも、最初から料理する事が出来ないのか……まぁ、パンドラが一緒にいる限り、俺は料理をする必要はなさそうだけど。≫

 

ふんわりと漂ってくる美味しそうな甘い匂いに、そんなことを考えながらウルベルトはパンドラズ・アクターが戻ってくるのを大人しく待つのだった。

 

 

**********

 

 

「お待たせしてしまって、申し訳ありません。

お茶と茶菓子をご用意させていただきました。

ウルベルト様が、紅茶と珈琲のどちらがお好みなのか存じ上げませんでしたので、どちらも飲めるようにご用意いたしましたが、どちらをお出ししましょうか?

茶菓子は、フォンダンショコラをご用意しましたので、どちらでも構わないのでしたら、それに合わせて選ばれるのも宜しいかと。

それと、一つお詫びを。

時間がありませんでしたので、茶菓子の用意に少々手抜きをいたしました。

本来ならば、ウルベルト様にお出しするには価しないものなのですが……時間も無ければ専用の料理人も居りませんし、私の手製の品でお許しいただけませんか?」

 

ウルベルトが、キッチンから漂う美味しそうな匂いに、甘いお菓子を連想させながら待ち構えていると、漸くキッチンへと続く扉が開き、パンドラズ・アクターが戻ってきた。

割と急ぎ足で、それでいて優雅かつ丁寧な動きで彼が押すワゴンカートには、紅茶と珈琲のサーブ用ポットやカップ、出来立て熱々と思しきチョコレートケーキ(実物を見るのは初めてだが、間違いないだろう)を載せた皿など、ウルベルトに満足が行くものを提供する為に用意した品々を載せられていた。

わざわざ、ウルベルトが使いやすいように用意したのだろうカップや皿は、アンティーク調の繊細なデザインの陶器類で、ちょっとばかり使うのに躊躇いを覚えそうな感じである。

それを、パンドラズ・アクターは危なげなくカートワゴンの中で丁寧に扱いながら、先ずは茶菓子の用意を始める事にしたらしい。

小さなボール皿を手元に置くと、用意されていたチョコレートケーキにさっくりと取り分け用のスプーンを差し入れる。

 

その途端、部屋の中に濃厚なチョコレートの匂いが一気に溢れ出した。

 

甘く、そして香ばしいカカオの匂いが部屋に溢れたのは、スプーンを入れたチョコレートケーキの中身が、まだとろとろと蕩け出てきたから。

その様子を見て、ウルベルトはこれがただのチョコレートケーキではなく、フォンダンショコラと呼ばれる中から蕩け落ちるチョコレートを楽しむケーキだと、漸く思い当たった。

【ユグドラシル】時代、実際に食べれる訳ではないのにも拘らず、女性陣が特に拘ったスイーツの中の一つにそれがあったので、覚えていた程度の知識ではあるが。

まだ、直接器に触れるのは無理な程に、熱々といった感じのフォンダンショコラをスプーンで丁寧に取り分けると、中から溢れ出るチョコレートを零さない様に皿に盛りつけ、保冷専用の器から真っ白なバニラアイスを掬い取るとそっとその横に盛りつける。

フォンダンショコラの熱で、バニラアイスはトロリと蕩け出し、バニラアイスの冷たさで熱々のフォンダンショコラは食べごろの熱さに冷やされていく。

そんな、完璧なデザートの盛り合わせを作り出すと、パンドラズ・アクターは丁寧にウルベルトの元へとそれを運んできた。

スッと向けられた視線を見て、何を飲むのか尋ねるつもりなのだと察すると、ニット口の端を上げながら迷わず紅茶を指で指し示す。

 

「それだけ濃厚なショコラの香りに合わせるなら、紅茶の方が良いだろう?

香りの感じだと、甘いフレーバーティーって感じじゃ無さそうだし。」

 

ウルベルトの口から、そんな言葉がするりと零れ出たのは、たまたまこちらの世界に来る前に空港で出迎えたたっちを相手に、アーコロジー内の喫茶店で本格的な紅茶を飲む機会があったからだ。

互いに色々な事情から、たっちとは【ユグドラシル】時代は終ぞ叶わなかった和解をしていたので、それ位の時間を持つ事に関して抵抗がなかったし、何より預けて置いた端末を受け取る必要があったから、断れなかったともいうのだが。

とにかく、にわか知識ではあってもこの場は上手く対応が出来たと思いつつ、ウルベルトはパンドラズ・アクターの顔を見た。

すると、嬉しそうににっこりと笑いながら頷く姿を見て、やはり間違いではなかったらしいと内心で安堵の息を吐く。

 

「では、ミルクになさいますか?

それともストレートで?

レモンもございますが、私のお薦めはストレートが宜しいかと。

ご用意した茶菓子に飲み物を合わせるなら、ストレートの口当たりが一番合うと思われますので。」

 

「いかがされますか?」といった様子でポットを片手に提案され、ウルベルトはどう答えたものかと少し悩む。

元々、【リアル】の食生活は合成食品が普通であり、こんな風に天然ののものを自分で選ぶなんて事はまず無い。

まして、ウルベルトはこうして異世界に転移する直前まで、それこそその合成食品すら口にするのも大変な最も過酷な環境下にいた為、どう答えるべきか分からなくなったからだ。

しかし……だからと言って、このまま答えないままだと折角のデザートがお預け状態になってしまうだろう。

これだけ美味しそうなものを前に、その状態が続くのは流石に嫌だったので、素直にパンドラズ・アクターが勧めたものを頼む事にした。

 

わざわざ勧めてきたのだから、それが一番おいしいのだろうと信じて。

 

という訳で、まずパンドラズ・アクターの顔を見ると、笑顔を浮かべてカップを指で指した。

それと同時に、出来るだけ迷いがない様子で何を頼むのか口に出す。

 

「……そうだな、まずはパンドラのお薦めのストレートー貰おうか。

沢山用意してくれたみたいだし、お茶も茶菓子もお代わりすれば、色々と楽しめるだろう?」

 

こちらが、彼の用意したものを色々と味わいたいのだと告げれば、それは嬉しそうな様子で恭しく頭を下げてくる。

やはり、こういう風にきちんとこちらの意図を告げやれば、問題なく話は進むらしい。

どこか楽しげに、パンドラズ・アクターが丁寧に紅茶を注いでいく姿を見ながら、ウルベルトは今後の為に頭の端に忘れないように記憶していく。

 

こういう細かな点を注意し忘れた結果、うっかり意思疎通が出来ずに問題が起きましたでは困るからだ。

 

そして、この回答も間違いではなかったようだ。

ウルベルトに対して、こうして奉仕できるのが嬉しいと言わんばかりの笑みを浮かべつつ、丁寧な手付きでカップをテーブルへと運ぶと、最後にこれもウルベルトの事を考えて用意されたのであろうスプーンとフォークを、小さく畳んだお手拭きと共に小さな皿の上に並べてテーブルの上に置く。

これなら、今の姿のウルベルトでも扱い易いだろう。

そして、再度ウルベルトに向けて軽く頭を下げてから、パンドラズ・アクターは自分の席に着いた。

 

「それでは、お召し上がり下さいませ、ウルベルト様。」

 

にこにこと、自分の作ったもので喜んで貰いたいと言わんばかりのパンドラズ・アクターを前に、ウルベルトはワクワクとした気分を出来るだけ抑えながら、丁寧にお手拭きで手を拭い、まずはカップを手に取った。

今まで何も口にしていないのだから、いきなり固形物を口にするよりも紅茶を飲んで、口の中と喉を潤す事にしたのだ。

カップを口元に近付けると、ふんわりと鼻を擽る果物のような甘い香りが、【リアル】で飲んだものより強くふくよかで堪らない。

一口口に含んでみると、ほんのりとした甘さの中に鼻を抜ける香りがすっきりとした味わいで、これはこの場で用意出来る最高級品なのだとすぐに判った。

思わず、ほぅっと吐息が漏れるのを抑えられないまま、流石はパンドラだと軽く頷きつつもう一口飲む。

 

≪……なにこれ、これが本当に美味い紅茶!?

花の香りっていうか、種類は違うけど前に一回だけ食った事がある果物に似た香りと甘さっていうか!

スッと鼻に抜ける香りがまた堪らなく美味くて堪んないよ、これ。

たっちの奴に連れて行かれた喫茶店の紅茶とは、雲泥の差って奴だろ!?

これと比べたら、アレは見た目の色とちょっとだけ香りが付いたお湯って言ってもいい位じゃないか?≫

 

舌で味を堪能しつつ、ウルベルトはそんな感想を頭の中に浮かべていた。

【リアル】では、嗜好品でしかない紅茶の味など、人工的に作り上げたものでも滅多に無く、最後にたっちと訪れたあの喫茶店だって、かなり高級な部類になる。

あの世界の食料事情的に考えれば、アレだってウルベルトにはほぼに口にする事なんて出来ないレベルのものなのだが、比べる相手が悪かったというべきなのか。

 

これなら、手早く用意されたフォンダンショコラの味も、かなり期待が出来るのではないだろうか?

 

そんなことを考えつつ、用意されたトレイからフォークを片手に取ると、先ずは丁寧に一口分にケーキを切り分けた。

味への期待から、ちょっとドキドキしつつアイスを絡めると、そのままパクりと頬張り。

ふわんっと鼻を抜けるカカオの甘く香ばしい香りに、思わず目を目を見開いた。

口の中に広がる、甘く詰めたいバニラアイスとチョコの素晴らしい味と香りは、今まで口にした事がある食べ物でも最上の味わいで、思わず口元に蕩けるような笑みが浮かび上がる。

 

一口だけで、こんな気持ちになれるのなら、満足するまで食べたらどうなるのだろうか?

 

想像しただけで、すごく幸せな気持ちになりながら、ウルベルトは溢さないように丁寧にスプーンを動かしながらパクパクと食べ進めていく。

パンドラズ・アクターが用意したフォンダンショコラは、まだまだ沢山焼き上げたであろう器の中に残っているから、お代わりをする事は十分可能な状態なのだ。

 

≪……うっま!

マジで、これはすっげぇ美味い!

トロットロで、熱々に蕩けた濃厚かつ芳醇なチョコレートの味と、冷たいバニラアイスの濃厚なミルクとバニラの薫り高い味が絶妙に絡み合ってるって言うか、もう堪らん位に美味い!

そもそも、こんな美味いもん食ったの初めてだよ、俺。

つい先日までいた場所じゃ、それこそ食事も満足に食えなかったけど、そういう次元じゃなくて、だ。

それこそ、口の中に含んだだけでトロリと蕩けていくのに、その味わいと香りは何時までも残っていて、もっともっと食べたくなる味だよ、これ。

前に、最高に美味い物は人を幸せにするって本で見た事があるけど、本当の話だったんだな……

しかも、これってパンドラにしたら時間が無くて手抜きしてるんだろ?

だとしたら、本気で作ったパンドラの料理はどれ位の美味さなんだよ、おい!≫

 

本気でそんな事を考えつつ食べ進めていくと、それ程時間が掛からずに取り分けて貰った分を食べ終えてしまっていた。

ついつい、美味しすぎたそれを一気に食べ進めてしまった事を、≪もっと味わって食べればよかったと≫少しだけ残念に思いつつ、スッとスプーンを皿の上に置く。

すると、正面で自分の分を食べていたパンドラズ・アクターと目が合った。

その途端、嬉しそうに笑顔を浮かべながら立ち上がると、ニコニコとそのまま声を掛けてくる。

 

「どうやら、お気に召していただけたようですね。

もし宜しければ、先程ご自身がおっしゃったように、お代わりされてはいかがですか?

まだまだ沢山ございますし、トッピングもバニラアイスから生クリームに変えられますが……先程と同じ様にアイスでお食べになられますか?

 

ウルベルトの食べっぷりを見て、気に入った事がすぐに判って嬉しかったらしい。

お代わりをただ用意するのではなく、別の食べ方もあると提案してくるのを聞いて、ウルベルトは少し迷った。

今の取り合わせは、文句無しで美味しかったと言っていい。

だが、わざわざこんな風に提案してきたと言う事は、そちらも間違いなく美味しいと自信があるからなのだろう。

どうせなら、色々な美味しいものを味わってみたいと思うのは、当然の事だった。

一先ず、残りの紅茶を飲み干して口の中をすっきりとさせると、ゆっくりと口を開いた。

 

「せっかくだし、生クリームをトッピングしたのも食べてみたいな。

今のバニラアイスのだって、凄く旨かった。

パンドラに言わせると、このフォンダンショコラは手抜きみたいだが、これ自体も凄く旨い。

だから、トッピングが、変わったらどんな感じになるのか、凄く楽しみだ。」

 

褒めるべき所は、迷わず褒める。

作った本人がどう思っていても、ウルベルトにとって出されたフォンダンショコラはとても美味しかったのだ。

だから素直に、それを上機嫌になりながら告げてやれば、パンドラズ・アクターは恐縮してしまった様だった。

まぁ、本人としてはもっと上質の物を出したかったようだし、思う所があったのだろう。

それに関しては、明日の朝なり夕方なりの食事で挽回出来る次の機会があるのだから、一先ず納得して貰うとして、だ。

 

ウルベルトの意識は、既に次に用意されている生クリームたっぷりのフォンダンショコラに向いていた。

 

バニラアイスを盛り付けた時より、少しばかりフォンダンショコラは冷めているのだろう。

すぐにトロトロと溶けたりせず、ぽってりとした生クリーム特有のふんわり感を残していて、どんな感じの味わいになっているのかとても楽しみだった。

こちらがそんな事を考えている間に、パンドラズ・アクターは空になったカップを手に取ると、紅茶のお変りも用意し始め、すぐに手を止める。

そして、こちらの顔を見なながら首を傾げつつ問い掛けてきた。

 

「今度は、何をお出ししましょうか?

先程はストレートでしたが、今度はミルクになさいますか?

それとも、いっそ珈琲になさいますか?」

 

フォンダンショコラのトッピングを、バニラアイスから生クリームに変えただけでなく、飲み物もまた別のモノを選択できる準備が出来ているらしい。

彼の手元を見てみれば、珈琲を希望してもすぐに対応出来るようにコーヒーカップも用意されているのが見えた。

本当に、こういう細かな気配りを見ていると、彼の創造主であるモモンガさんを思い出させて仕方がないと、少しだけ懐かしく思いつつ、そこでフォンダンショコラのおいしさに忘れていた事を思い出して苦笑する。

このままだと、満腹になって重要な事を後回しにしたまま、ゆったりとした気分に浸ってしまいそうだったからだ。

 

「あー、そうだな……今度はミルクティーにしてくれ。

後、そのお代わりを用意し終わったら、そろそろ話を始めようか。

のんびりとお茶を楽しむのは、またいつでも出来るだろうし。

それに……今度は、お前が作った飯も食ってみたい。」

 

全ての盛り付けを終え、再びテーブルの上に載せられた皿を取りつつ、パンドラズ・アクターに向けてそう切り出した。

折角だから、満足いくまで紅茶とフォンダンショコラを楽しみたいところだが、今はそれどころではない。

小腹をある程度まで満たした時点で、本来の目的の話し合いを続けるべきだろう。

多分、冷めたら多少味は落ちるかもしれないが、それでもまた別の楽しみ方がある筈だ。

そんな事を考えつつ、ウルベルトはパンドラズ・アクターがミルクティーの準備を進めていくのを大人しく見守っていたのだった。

 




予定だと、パンドラ視点で書いた話は終わって、その上で次の行動に移る予定だったのに、長くなり過ぎたので一旦ここ出来る事に。
このまま全部書いたら、二万字近くなる気がするんで。
流石に、それだと他の話と比べて長くなりすぎるので、一旦切りました。

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