もし、宝物殿の一部が別の場所に転移していたら? 作:水城大地
まだまだ完治には時間か掛かりそうです。
投稿ペースも落ちます。
パンドラズ・アクターが【ユグドラシル】時代の記憶があると言う、思わぬ地雷によってダメージを受けたものの、ウルベルトはそれ程のんびりしていられない状況を理解していた。
今、自分が抱えるハンデも結構酷いが、パンドラズ・アクターの抱えているハンデも相当だと思う。
≪……まさか、
めた、ナザリックの宝物殿の宝を守る為に、自分のレベルを下げる選択をするとは思わなかったな。
とは言え、放置して敵にみすみす奪われる可能性を考えれば、仕方がない選択肢だったかもしれない。
それにしても……まさかパンドラの部屋に未区分の
【
初めて聞く名前と能力だが、その性能はどちらかと言うと【二十】の一つ【
まさか、NPCに同化しその同化した本人しか使えない
そんな、NPC専用の特殊な
だとしたら……これから、パンドラの存在はいよいよ重要なものになると思っていい。
まさか、自分の作ったNPCが偶然に偶然が重なった結果、生きた
内心、こっそりとそう考えつつ、ウルベルトはこれからの事を考えていた。
大前提として、自分が姿を取り戻すために動くのはもちろんだが、この世界における状況把握も必須の一つだろう。
パンドラズ・アクターの話では、この世界には【武技】や【タレント】などの【ユグドラシル】では馴染みの無い能力もあるらしいからだ。
第十階位魔法を使用しての悪魔召喚などで、己が元に戻る為に必要なコストである命の回収をしてもいいが、それには邪魔が入らないのが条件となる。
しかし、それをするには人目につかない場所を確保するなど、色々と難しいらしい。
≪……スレイン法国か……
話を聞いた限りじゃ、プレイヤーが一枚噛んでそうな感じの国だよな。
ビーストマンとかいう国に襲撃を掛けて、一気に滅ぼすのも一つの手だろうけど……その向こう側の勢力図がはっきり判らない所でそれをやると、後が面倒な事になりそうで怖い。
それに、種族的に人間たちよりもかなり強い分、国としての総住人の数は十万行かない可能性もあるからなぁ……
この国に居る間は、襲撃してくるこいつらを積極的に刈り取りつつ、他の方法も考える必要があるか。
さて……俺の考えはこんな感じだけど、目の前のパンドラはどう考えているのやら……
意思疎通は、お互いこの苦境を脱出するためにも絶対条件だよな。≫
つらつらと、頭の中で考えていた事を纏めつつ、ウルベルトはスッと視線をパンドラズ・アクターへ向けた。
その視線は緊張感があり、その瞳はどこか不安と安堵が入り交じった何とも言い難いので、ゆらゆらと揺れている。
普段の、人の顔とは違う
あちらの姿のままなら、こんな風にすぐにパンドラズ・アクターの感情の揺らぎに気付けなかった可能性が高いからだ。
唯でさえ、表情が読み難い
それ位の事は、平気でやって退けそうなのがパンドラズ・アクターなのである。
だから、表情が読み易い今の姿は、ウルベルトにとって運が良かったのだ。
まぁ、それはさておき。
不安と安堵が入り交じっているのは、自分がここに来た経緯を話したからだろう。
彼らNPCにとって、自分達の存在は重要度が高いのだろう。
ウルベルトとしては、終わった事なのでそこまで気にしても仕方がないと思うのだが、パンドラズ・アクターには違うらしい。
まぁ、一度死んでいるなどとと話されれば、心配するのは当たり前かもしれない。
【ユグドラシル】時代なら、例え死んでもレベルダウンだけで復活する事は可能なので、それほど深刻な話ではないのだが、こちらの世界はそれが通用するのか判らないのだから、余計に心配をかけてしまったのだろう。
そう考えると、少しだけ申し訳ない気もしなくはなかった。
しかし、だ。
状況に少しばかり問題があるとはいえ、ウルベルト自身はこうして無事に生きているのだから、そこまで不安になる必要はないだろう。
むしろ、優先するべき案件は他にあった。
自身の復活を含めて、これからこの世界においてどう行動するか、だ。
一応、先程も頭の中で考えていた様に、復活の手段はいくつか思い付かなくもないのだが……色々と不安要素がある為に、実行するのに迷う案件ばかりなのである。
なにせ、ウルベルトもパンドラズ・アクターも、本来なら行動基盤となる【ナザリック地下大墳墓】から、迷子のような扱いなのだ。
何も考えないまま行動した結果、モモンガやナザリックの仲間たちに迷惑をかける事だけは、絶対に避けたかった。
そう考えると、今は己の復活の為であっても、簡単に命を刈り取る行為は控えた方がいいだろう。
どこで、どうナザリックと繋がっているのか、全く判らないのだから。
≪まぁ……とにかく、俺としてはパンドラと合流した事で、それまでよりも選択肢を広げる事が出来たと思うべきだろうな。
実際問題として、ほとんど何も持っていない俺よりも、宝物殿の自室のアイテムの大半は確保出来ているパンドラの方が、物資的な面でも選択肢は多そうだし。
それに、この外見を晒す事にそれほど抵抗感を持たずにいられたのだって、割と優秀なこのゴーレムボディの制作者なら、何かあった時に対策を取って貰えると考えたからだしな。
現在残っている職業レベルを考えると、俺のこの身体のメンテナンス自体は何の問題もなくこなせるみたいだし、選択肢としては正解だったと思っていいだろう。
他の連中に見られるよりも、精神的な負担も少ないしな、うん。≫
本来の力を失った姿を、パンドラズ・アクターの前に晒すのは、本音を言えば避けたかった。
だが、そうして人前に出るのを避けていても、どんどん自分にとって状況が不利になる可能性の方が高くて。
安全と自分のプライドを秤に掛けて、その上で安全を取ったのはちゃんと理由がある。
ここが、【ユグドラシル】の世界の魔法が使用可能でありながら、実際は全く違う異世界だからだ。
自分がただ死ぬだけで済むなら、プライドを優先しても問題はなかっただろう。
だが、こちらには間違いなくナザリックが来ているのは間違いなくて。
ウルベルトがその事を確信したのは、皮肉にも目の前にいるパンドラズ・アクターの存在を目にしたからだ。
宝物殿の領域守護者という、限りなく宝物殿から出る可能性が少ない存在が、ナザリックを離れて単独行動をしているという異常性。
それを目の当たりにして、通常ではありない状況自分の状況を重ね合わせれば、死ぬ直前に【ユグドラシル】へログインしていた結果として、異世界に転移したと考えるのは当然の話だろう。
自身の状況を、【ユグドラシル】最終日に最後までログインしていただろうモモンガに重ね合わせれば、彼が来ていないという可能性の方が少ない。
もちろん、パンドラがいた宝物殿の奥のエリア一部だけが転移したという可能性もない訳ではないが……漠然としたものだが、ウルベルトにはモモンガがこちらに来ているという確信があった。
その理由こそが、今の自分のゴーレムボディだ。
この姿になった条件が、タブラの設定したままだとするならば、その前提としてクエストの招集者としてモモンガが居なくてはならないだろう。
なにせ、彼が【宜しければ、皆さんで集まりませんか?】とメールを仲間に一斉送信したのだ。
その彼が居なければ、前提となるクエスト発行者がいない事になり、この姿になっただろう設定の発動条件が成立しない。
故に、モモンガはこちらに絶対に来ている事もまた、ウルベルトは確信してるのである。
それはさておき。
持論を頭の中で展開しているよりも、そろそろパンドラズ・アクターから意見を聞いた方がいいだろう。
今のままでは、同じ所で思考のループを起こしかねない。
それに、不安がっているパンドラズ・アクターから今の時点の考えを聞いておくのは、悪い話ではなかった。
これから、ナザリックが見つかるまでの運命共同体ともいう相手と、意思疎通を疎かにしておく訳にはいかないのだから。
スッと視線を向ければ、今までの自分の状況を説明してから、ずっとこちらの思考が終わるのを待っていたらしいパンドラズ・アクターがスッと頭を下げる。
どうやら、その視線だけでこちらの意図を汲んでくれたらしい。
真っすぐにこちらを見つつ、彼はゆっくりと口を開いた。
「それで、今後の事なのですが……まずは、ウルベルト様の戦力強化をするべきだと、私は愚考致します。
今のウルベルト様のままでは、ご自分で満足に動く事も難しいかと。
それならば、今の私に出来る形での手立てを、全て試させていただきたく。
もっとも……今の私では、本来の力を十全に使える訳ではございませんので……出来ることにも限りはございますが。」
まさか、こんな事態になるとは思いもしなかっただろうに、ウルベルトに対して申し訳無さそうにそう告げるのを見て、思わず何とも言えない気持ちになる。
こればかりは、パンドラズ・アクターが悪い訳じゃない。
むしろ、こうして彼と合流出来たことに安堵すら抱いているのに、そんな顔をされてしまうとこちらの方が申し訳なくなってくる。
なので、つい頭を掻きながら何と言っていいのか判らず言葉の代わりに溜息を洩らし、慌ててその顔を真っすぐに見て。
そして……次の瞬間、自分の反応が失敗だった事を察せざるを得なかった。
今まで、不安と安堵の間で揺れていたパンドラズ・アクターの瞳が、一気に絶望に染まったからだ。
こういう目をしている相手を、ウルベルトは少し前までいた【リアル】での【苦境の三年間】に何度も見ているので、どれだけ危うい状態なのかすぐに理解出来てしまう。
しかも、困った事に目の前にいるパンドラズ・アクターには、ある意味最も危険かつ面倒な切り札があるのだ。
こちらの反応に対して、余計な事を考えて暴走してしまう前に、先ずは落ち着かせることが最優先だろう。
≪……やっべ、マジ、やっべ!
凄くヤバい感じじゃないか、あのパンドラの目は。
ホント、俺とした事が今の状況で対応間違えるなんざ失敗だわ……
普通に考えても、不安がっている相手の前で俺の今の反応はないよな、うん。
あー……マジでどうしよ。
このまま放置しておくと、本気でさっきの俺の反応で思い詰めたパンドラが、切り札ともいうべき【
何と言うのか……一旦こうと思い込むと、そのまま思い詰めて一直線に走っていく感じが、モモンガさんそっくりだよな、パンドラって。
もしかして、NPCって設定以外の部分は創造主に性格とか言動が似てるのかもな。
……と、その考察はまた今度にして、一先ず暴走しそうになってるパンドラをなだめないと拙いか。≫
ウルベルトが、自分のうっかり行動を反省している間に、自分で自分を追い詰めるようにどんどん思い詰めていくパンドラに気付き、急いで対処するべく
しかし、自分の思考に嵌りこんでいるのか、パンドラズ・アクターはそれに気付く様子がない。
目の前にいる相手にすら、気付けないほど思い詰めてしまっている事に、少しだけ溜息を吐きつつ手にしていた
その衝撃によって、漸く自分の思考から抜け出たらしいパンドラズ・アクターが、ハッとしたように視線を向けてくるのを感じながら、ウルベルトは出来るだけ自分を大きく見せるように胸を張りつつ、手にしていた
自分の思考に入り込んだ結果、ウルベルトの事を無視した形になった事で、ますますどこか思い詰めそうな様子を見せるパンドラズ・アクターに対し、ぶんっと勢いよく杖を振り回して見せつつ、ウルベルトはゆっくりと口を開いた。
「こら、パンドラ。
お前、さっきからなにか勘違いして、不穏なことを考えてないだろうな?
言っておくが、俺が溜め息を吐いたのは、お前が原因じゃないんだぞ!
むしろ、今更ながら情けない事に気付いて、自分で自分に呆れただけだから。
勘違いした挙げ句、変に暴走した思考で行動したら、それこそ怒るぞ、パンドラ。」
こういう勘違いは、相手が勘違いしている事に気付いたその場で訂正しておかないと、そのままそれが正しい事なのだと思い込んでしまう場合がある。
それを避ける為にも、きちんとその場で間違えている事を告げてやる必要があるだろう。
特に、まだ経験値が圧倒的に低いパンドラズ・アクターのようなNPCの場合、こちらが注意しておかないと勘違いが加速しそうな気がするのだ。
だからこそ、こうして思った事は包み隠さずに告げてやらなくてはいけない。
先程の自分の様に、不安がっている相手の前で溜息を付くなど、勘違いを助長する行動は絶対に避けるべき行動だった。
そう考えたからこそ、こうして自分の考えを判り易く口にしているのだ。
ついでと言わんばかりに、ツンッと杖で【サーティ・ルゥ】という人間としての外装のある鼻を突っついてやると、気持ちを切り替えるべくコホンッと軽く咳払いをしてみせる。
正直、ここから先の話を口にするのは、ウルベルトとしてはかなり照れ臭い部分が多い内容だ。
だが……この状況下では言わないままにしておく方が、不安に揺れているパンドラズ・アクター相手では不味いと判断した為、こうしてきちんと言葉に出して話す事にしたのである。
そうすることで、少しでも彼の不安を取り除けるのならば、と。
「……ったく。
俺はな、こうして自分の意思で動いているお前に会えた事を、本気で喜んでいるんだからな。
そうだ、一つ言ってなかった事を思い出した。
良く、一人で宝物殿の宝を守る為に、ここまで頑張ったな、パンドラ。
お陰で、ナザリックの財を確実に守れている。
だからな、俺から言うことがあるなら、それは【ありがとう】だと思う。
本当は、再会してすぐに言うべきだったんだろうが、他に優先事項が多すぎて忘れてたな。
一人だけで、あれだけのものを抱えて旅をするなんて、精神が休まる暇もなかっただろう?
本当に……今までよく頑張ったな、パンドラズ・アクター。」
手にしていた杖を一旦しまうと、そのままスッとパンドラズ・アクターへと手を伸ばし、先程叩いてしまった額に触れて、そっと優しく撫でてやる。
本音を言えば、小さな子供を宥める様に本来の姿で抱き締めてやりたかったのだが、今日の制限時間分は使用してしまったのでそれは出来なかった。
その代わりと言わんばかりに、何度も何度も優しく撫でてやれば、今まで我慢していたのが抑え切れなくなった様子で、ホロホロと涙が瞳から零れ落ちる。
それと同時に、パンドラズ・アクターの中で張り詰めていた緊張の糸が、プツンッと途切れたのをウルベルトは感じていた。
ただただ、声も出さずにホロホロと涙を零すパンドラズ・アクターを見て、ウルベルトは心の中でホッと安堵の息を吐く。
これで、少しは彼の中にあった精神的な不安が取り除けたのではないかと、そう思ったからだ。
それに……別に、ウルベルトはパンドラズ・アクターを宥める為に嘘を言った訳ではない。
今まで聞いた話から、彼がたった一人で宝物殿の中で最も重要な秘宝を守るために、どれだけ心を砕いていたのか判るだけに、心から【よく頑張った】と思って褒めたのだ。
それこそ、宝物殿の秘宝を守る為なら自分のレベルすら犠牲にして、味方が一人も居ない中で精神が休まる合間もないまま、ずっと緊張の糸を張り巡らせてここまで頑張っていたのを知れば、褒めないでいられる筈がない。
むしろ、それを叱責するような真似をするなど、パンドラズ・アクターの苦労を欠片も考えもしない愚か者のする事だろう。
多分、モモンガとてパンドラズ・アクターの状況を知れば、【勝手な事をした】と責めたりせず【今まで一人で良くやった】と褒める筈だ。
ならば、この場に居ない彼の分もパンドラズ・アクターを思い切り褒めて、少しばかり甘やかしてやるべきだろう。
こんな風に、パンドラズ・アクターが泣いているのを、無理に止めさせるつもりなど、ウルベルトの中には存在していなかった。
むしろ、今まで苦労した彼の気が済むまで、好きなだけ泣かせてやりたい。
ここから先は、また別の意味で苦労を掛ける立場にあるだけに、ウルベルトは余計にそう思うのだ。
正直、ウルベルトから見てパンドラズ・アクターは外見通りまだまだ子供なのだから、もっと甘やかしてやるべきだとすら思う。
まぁ……それだけの余裕は、今の自分達には存在していないのだが。
それでも、【今だけは……】と考えたウルベルトは、何も言わずにただ頭を撫でてやりながら、彼の好きにさせていた。
その結果……パンドラズ・アクターが泣き止むまでに、かなりの時間が掛かったのだ。
一先ず、今回はパンドラ視点で書いた話の半分まで。
全部書き終えるまでに、十月が終わりそうな気配がしたので、ここで一旦切りますね。
それに……また長くなりそうなんで……
ウルベルトさんから見て、パンドラはかなり危うい状態だったと、伝わると良いなぁ。