もし、宝物殿の一部が別の場所に転移していたら?   作:水城大地

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リアルで何が起きたかのか、思い出してみた

一体、どれくらいの時間が過ぎたのだろうか?

 

 

あれから、暫く色々な可能性を考えてみたのたが、やはり最初に思い付いた【ゴーレムへのタブラの細工と死亡判定が混乱した結果】と言うのが、一番高いような気がした。

そう判断して理由はいくつもあるが、その中でも一番大きな理由は、自分がログイン時に死にかけていたからだ。

別に、病気で無理を押してのログインの結果、その途中で耐え切れずに死亡したとかではない。

 

俺の予想が正しいならば、あれは人違いで殺されたのだろう。

 

「……ったく!

何をやらかして、命を狙われる羽目になってるんだよ、ペロロンチーノの奴は……」

 

あの時、俺が殺された部屋の持ち主の名前を口に出しながら、額に手を当てようとして……微妙に指先が眉間に届かない(長い爪なら届く)事に気付き、憮然とした気持ちになった。

この身体は、ディフォルメされている分もあちこちバランスがちぐはぐで、本来なら普通に手が届く部分に届かない事が多々ある。

これもその一つなのだが、正直言って不便極まりない状況だった。

 

これでは、自分で自分の身体を洗うことすらままならないだろう。

 

「……真面目に、早くなんとかしねーと、いろんな意味で精神的に死ぬぞ、これ。」

 

幾つか思い当たる、出来ないだろうことの数々を考えながら、ウルベルトはこの状況になる前の……リアルでの事を思い出していた。

 

 

*******

 

 

長年離れていた日本に、ウルベルトが漸く戻ることが出来たのは、殺される数時間前の話だ。

 

ウルベルトの本名は、宇部透と言う。

この時代において、最下層と言われる貧民層の住人であり、半ば使い捨ての駒のように海外へ出向させられ、死と隣り合わせの生活を約三年過ごし、帰国許可をもぎ取った男だ。

正直、このルートに放り込まれた貧民層の出身者の約九割は現地での死亡が確定していると言われる、過酷な現場での仕事が中心である。

だからこそ、よくも無事に戻ってこれたと言われる程の、ギリギリの生還でもあった。

 

ウルベルトが生還できたのは、本人の根底に強く帰還を望む意志があったからだ。

 

今時、まともにネットすら繋げないような地域で、ウルベルトの心の支えはモモンガを始めとした友人達との、僅かなメールのやり取りだった。

モモンガは、ウルベルトの負担になっていないか心配していたが、むしろそのメールでのやり取りがあったからこそ、生きる気力を保てたのだ。

この三年間、モモンガとのナザリックに関わるやり取り等をしていなければ、ウルベルトは間違いなく他の者と同じ様に生きる意思を失い、生き残ることは出来なかっただろう。

企業の上層部も、あの過酷な環境で生き残った者に対しては、例え貧民層出身でもそれ相応の評価をするらしく、帰国そのものは割とスムーズに出来たのだ。

 

ただ、帰国後に働く先は決まっていて問題はないものの、かなり急いでの帰国希望だった為に、帰国後に住居の手配が間に合わなかったのであるが。

 

そこで、ウルベルトが急いで連絡を取り頼ったのは、かつての仲間の一人であるペロロンチーノだった。

ここでモモンガを頼らなかったのは、住居がないことが判明したのが帰国した当日の昼過ぎであり、彼と連絡が取れなかった事が理由に上げられるだろう。

他にも、帰国した地域と彼が住んでいるエリアが離れていたのも理由になるのだが。

とにかく、ウルベルトが知り合いに片っ端から連絡を取った結果、数日泊まるのを承諾してくれたのがペロロンチーノだったのである。

 

もちろん、泊まる間の家賃として食事を奢る約束もしたのだが。

 

《……それで、あいつの仕事が終わる時間に合わせて駅で合流して、あいつん家へ向かったんだよな。》

 

 

現時点で、明確に記憶に残っている事を確認しながら、ウルベルトは更に何があったのか思い出していく。

 

 

*******

 

再会したペロロンチーノは、相変わらずエロゲーをこよなく愛する男のようだった。

それでも、出迎えて開口一番でその話題をしない程度には、常識を身に着けたと言っていいのだろうか?

そんな事を考えつつ、ウルベルトはマシンガントークを続けるペロロンチーノの様子を楽し気に見ていた。

昔の、懐かしい記憶が刺激されたからだ。

 

「それにしても……本当に良く無事に帰国できましたよね、ウルベルトさん。

出向先を聞いた時には【もう会えないかもしれない】って、本気で思ったんですよ、俺。」

 

ちょっと浮かれた様子で笑うペロロンチーノに、ウルベルトも同意するように頷く。

こうして無事に帰国したウルベルトだが、何度も【死ぬかもしれない】と言う予感が、頭を過る状況に陥った事があるのだ。

それでも、その度に「絶対に帰ると約束したんだ」と、歯を食いしばって生き延びてきたのである。

 

「ちゃんと帰ってきたから、もう良いだろ。

それより、本当に良かったのか?

家の手配が終わるのは、確かに三日後の予定だけどな、俺も明後日から仕事復帰が決まってるし、正式に引っ越しまでもっとかかるぞ?」

 

「それでも良いのか」と、苦笑しながら言えば、ペロロンチーノは笑いながら片手を振る。

 

「別にそれくらい、良いですよ~

久し振りに、昔の話に花を咲かせるのも悪くないですし。

そういや、今日は俺もモモンガさんに会いに行くし、ウルベルトさんの分の端末無いんですけど、どうします?」

 

出来れば一緒に行きたいと、言外に滲ませるペロロンチーノの言葉に対して、ウルベルトはニヤリと笑う。

そして、手に持っていた鞄を軽く掲げながら、ポンッとその肩を叩いた。

 

「心配しなくても、自前で用意してるに決まってるだろ?

ただ、三年前に飛ばされるまで使ってた奴だから、ちょっと型が古くてな。

まず、データのアップデートに時間が掛かりそうなんだよな……」

 

懐かしそうに触れるウルベルトに、ペロロンチーノはビックリしたように鞄を見た。

このご時世において、半ば死地に向かったウルベルトのそんな物を、どこでどうやって残しておいたのだろうか?

その、疑問の眼差しを向けるペロロンチーノに対して、ウルベルトは小さく首を竦める。

 

まぁ、気持ちは良く解るからだ。

 

普通なら、そんな状況下で真っ先に処分される対象になるのが、ウルベルトが確保していた端末機の類である。

それなのに、三年間もの間どうやって処分されない様に保持していたのだろうかと、疑問に思うのはむしろ当然だった。

ペロロンチーノの視線を受け、ウルベルトは少し困ったような様子で頬を掻きながら、ぼそりと呟く。

 

「……さんが、預かってくれたんだよ……」

 

名前の部分が聞き取れなかったのか、首を傾げるペロロンチーノ。

やはり、アレでは聞こえなかったらしい。

その姿を見て、ウルベルトは観念したようにもう一度その名前を口にした。

 

「だから……たっちさんが、日本から出る直前に預かってくれたんだよ。

【あなたの事ですから、何があっても帰ってくるでしょうし、その時、端末が無ければ困るでしょう?】とか言いやがってな。

それで、無事に帰国が決まった事を知らせたら、空港で待ち構えてやがって、こいつを返してくれたんだよ。」

 

今、ウルベルトの手の中にある鞄の中の端末がどういう経緯で保管されていたのか、その説明を聞いた途端ペロロンチーノは本気で驚いた顔をした。

三年前、ウルベルトが急に引退する直前まで、あれだけ仲が悪かった二人の間で、まさかそんなやり取りがあったとはとても信じられなかったからだ。

ウルベルト自身、ペロロンチーノが驚く理由は良く判る。

自分だって、まさかたっちがそんな申し出をしてくるとは思いもしなかったのだ。

昔から、仲も悪くいざこざだって絶えなかった相手であり、それをきっかけに仲直りをした訳でもない。

 

だが……実際に、たっちはウルベルトの端末を帰国するまで完全な状態で預かってくれていたし、ウルベルトもこの件に関してだけは信用したからこそ、こうして手元に端末がある訳で。

 

「……まぁ、良いんですけどね。

理由はどうあれ、ウルベルトさんの端末が無事に手元にあって、ナザリックで待っているだろうモモンガさんに会いに行くのに問題がないなら。」

 

ペロロンチーノも、この件に関してはこの場で追及するつもりはないらしい。

今日は【ユグドラシル】の最終日だからだ。

既に、割と遅い時間になっていたし、ここで下手に時間を取っていたらアップデートが間に合わなくてログインできない可能性も出てくる。

それより、この件に関しての追及は後日に回した方がいいと、そう思い直したのだろう。

 

二人揃って、急ぎ足になりながらペロロンチーノの部屋へ向かって……

 

 

 

≪……そうだ、アイツが家に着く直前で、忘れ物に気付いたんだよ……≫

 

 

 

あの時、ペロロンチーノの住んでいるマンションに着く直前、何かを思い出したように慌てふためいた顔をして、俺に鍵を突き出してきた。

 

「すいません、ウルベルトさん。

俺、ちょっと大切な物を買い忘れたのを思い出しました!

悪いんですけど、先に部屋に行って貰えますか?

前にも一度俺の家には来た事があるから、場所は判りますよね?」

 

どう見ても、【失敗した】と言わんばかりの様子を見て、本当に大切なものを忘れていたのが良く判った。

そんな様子を見れば、これからしばらく居候になる身のウルベルトに、了承する以外の選択肢はなかっただろう。

 

「……全く、仕方がないな。

その代わり、勝手に部屋の電源使ってアップロードを始めても構わないか?

そろそろ始めないと、本気で間に合わなくなりそうだし。」

 

時間を見れば、本当にモモンガとゆっくりと話をするなら、急いでアップデートをする必要がある時間帯になり掛けていた。

それは、ペロロンチーノも判っていたのだろう。

ガサガサと鞄の中を探りつつ、早口でまくし立ててくる。

 

「もちろん、大丈夫です。

ついでに、俺の分もやっておいて貰えませんか?

後、時間指定で荷物が来る予定なんですよ。

支払いは終わっているので、受け取っておいて貰えませんか?

玄関の下駄箱の引き出しの中に、判子も入ってますから!

すいません、もう本当に買いに行かないと、店も閉まるし帰宅時間が遅くなってモモンガさんに会いに行けなくなっちゃいます!」

 

なにやら、引換券の様なものを取り出すと、手に握りしめながらそれだけウルベルトに対して言いきって、そのまま走っていくペロロンチーノ。

その慌しさに苦笑しつつ、ウルベルトは預かった鍵を片手に一人先に部屋へと向かった。

 

 

 

≪アイツの部屋は、まぁ……相変わらず趣味全開だったな。

それで、一先ず荷物を片隅において、自分の分とアイツの分の端末のアップロードを開始して……

暫くたったところで、奴が来たんだ……≫

 

最初は、部屋の呼び鈴を押された事に気付かなかった。

それまでずっと気を張っていたから、無事に日本に帰国できて気が緩んでいたからだと、今になれば良く判る。

もう一度呼び鈴が鳴った事で、ウルベルトはこの部屋の呼び鈴が鳴っている事に気付いたのだ。

そして、ペロロンチーノが【時間指定の荷物が届く】と言っていた事も思い出す。

 

慌てて確認すれば、やはり玄関先に居たのは荷物の宅配業者のようだった。

 

直に受け取りに行く旨を告げ、玄関に向かう。

言われた場所から判子を取り出し、玄関を開けて流れ作業の様に伝票に判を押して。

荷物を受け取ろうとした瞬間だった。

 

配達員が隠し持っていた、ナイフで脇腹を思い切り刺されたのは。

 

咄嗟の事に驚いて身を引けば、ナイフを引き抜かれて更に背中側から腹を刺されたかと思うと、その場所からのナイフは引き抜かれ。

最初の傷は浅かったのか、それほど出血をしなかったのに……二カ所目の傷口は止め処なく血が溢れ出て、引き抜かれた途端に周囲へ鮮血が飛び散っていく。

その様子を視界の端で見たウルベルトは、その場に崩れ落ちながら【もう、自分が助からないだろう】と、直感していた。

刺した男も、こちらに十分な致命傷を負わせたことを察したのだろう。

血走った眼をしながら、ナイフを手元の袋にしまいつつ、ぶつぶつと何かを呟いている。

 

「やった、これで金が貰える」

「これで、肺の交換ができる」

「あぁ、助かった……」

 

既に、正気を保ってるのかわからない様子の男は、そんな事を呟きながら部屋を荒らす事無く出ていった。

どうやら、配達員として荷物を届けた上で、その相手を殺すように指示をされていたのだろう。

 

一人暮らしの男の家に、時間指定で荷物を配達をすれば、そこに居るのは受け取る相手だけ。

 

つまり、狙われていたのはペロロンチーノであり、ウルベルトは間違われて刺された事になる。

どうして、そんな事態になっているのか、その理由はウルベルトには判らない。

 

ただ……このままでは、モモンガとの約束を守る事が出来ない事だけが、今のウルベルトに理解出来る事だった。

 

「……冗談じゃない……

せめて、一言だけでも……モモンガさんにかえって……きたって、ちゃんとあいさつ……しなきゃ……」

 

朦朧とし始める意識を何とか保ちつつ、這うような姿勢でウルベルトはゆっくりと部屋の中を進んでいく。

多分、部屋に帰ってきたペロロンチーノが見たら絶叫ものだろうと思いつつ、身代わりで刺されたようなものだから、諦めて欲しいと頭の端で考える。

もう……ウルベルトに残っている時間は、ほんの僅かしか残っていないのだ。

 

これ位は、許してほしかった。

 

息も絶え絶えに、漸く辿り着いた着いた部屋の中で、小さく響く端末の動作音。

震える手で、そっと端末に触れれば、丁度、専用の操作画面上に【アップデートが完了しました】と表示されるのが見えて。

もう、残り少ない力を振り絞り両手を上げると、頭にゴーグルモニターをセットする。

 

そして、ログインした俺は……

 

 

********

 

 

「……そのまま、完全に【ユグドラシル】にログインし終わる前に、現実世界の俺は息絶えたと考えて、まず間違いないだろうな……」

 

ゴツンッと大きな音を立てながら、ごろんとその場にひっくり返るように横になった俺の頭の中は、正直言って限界に近かった。

 

 

 




そうして、彼はねんどろいどタイプゴーレムになりました。

リアルに絡む話は、この一話限りです。
ここから先のリアル関連は、もうこの話そのものには絡んできませんからね。

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