もし、宝物殿の一部が別の場所に転移していたら?   作:水城大地

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出発するまでに、きちんと確認しておきましょう

その場は、まるで物取りに入られたかの様に、雑然と散らかっていた。

 

散らかっている場所は、パンドラズ・アクター自身の私室である。

本来なら、もっときちんとアイテム種類別に整理整頓されているのだが、今は違う。

先程、人間種への擬態を作るための参考資料がないかと、散々部屋の中を探し回った際に散らかしたままになっているからだ。

もちろん、本当はパンドラズ・アクター自身だってきちんと片付けたいとは思っている。

 

しかし、この宝物殿を出てモモンガとナザリックを探す決めた以上、ここを出るまでにパンドラズ・アクターがやるべき事は多かった。

 

なんと言っても、創造されてから初めて宝物殿以外の場所に出るのだ。

この場所から出るのに、その経緯が普通じゃない状況下では、それ相応の準備が必要なのは当たり前たった。

それに、この世界の知らない知識をある程度まで集めてからじゃないと、安心して外に出るなんて事は出来ないだろう。

自分の持つ、漠然とした【ユグドラシル】の知識だけでは、到底不安だったのだ。

 

その為、優先事項から片付けている事もあって、最初に散らかしたそれらは手が回らず、放置したままになっているのである。

 

「……さて、これ位の年齢まで成長させれば、普通に外の世界で国々を旅をしていても問題は無さそうですね。

一先ず、これで必要な人間種の外装の準備はできました。

装備は……今のこのままと言う訳にはいかないでしょう。

先程から、調べている外の様子を見る限り、あまりレベルの高いものは見受けられませんでしたし。

何より、この外装にこの服装は余り似合っているとは言い難いですから。」

 

完成させたデータと、今現在身に付けている装備を見比べながら、パンドラズ・アクターは小さく呟いた。

確かに、言動は【格好が良い】ものを断つと決めたが、装備を含めた服装までそれを適用するつもりはない。

もちろん、モモンガやナザリックを見付けるまで旅をする都合上、ある程度まで質を落とす必要があるだろう。

そうなると、手持ちの中でも華美なものは人目を引く事を考えると無理だろうが、それなりに似合う物にしたいと思うのは当然だった。

そこで、モモンガから与えられた私物の装備品等が納められているクロークの扉を開けると、ガサガサと中にあるものを漁っていく。

 

既にこれだけ散らかっているので、部屋が更に散らかる事など気にならなかったのだ。

 

元々、モモンガが収集家に近い貧乏性だっただけあり、幾つも主装備候補となる物を作っていた為、それら全てが取り置きしてあるパンドラズ・アクターのクロークは、装備をや装飾品でかなり充実している。

その中から、最低でも聖遺物級(レリック)の物を探し出すのは、存外骨のおれる作業だった。

それでも、幾つか候補となりそうな装備一式を複数見繕った所で、ふと見覚えのない箱を一つ発見したパンドラズ・アクターは首を傾げる。

 

本当に、見覚えの無い箱だったからだ。

 

「……おや、これは何でしょうか?

モモンガ様が、私の部屋の中でも私の身の回りの物が入っている荷物の中に置いていった以上、私に下さった物だと思うのですが……」

 

自分に見覚えがなくても、この部屋のクロークにの中にある以上、この場に持ち込んだのはモモンガであり、自分に与えられた物だと判断して、ほぼ間違いないだろう。

モモンガ個人の私物は、この部屋の別の場所に纏めて置かれているし、そもそも他の至高の方々は、この部屋の存在すら知らないから、まず間違いがない筈だ。

しかし、自分の預かり知らない物だけに、その確認は申し訳ないが後回しにする事にした。

 

「……時間があれば、ゆっくりと中身を調べるのですが。

今は、まだまだここを出る前にやらなくてはいけない事が、それこそ沢山ありますしね。

こんな風に、他のものの中に紛れ込ませる様に収納してあったのですし、それほど重要視しなくても大丈夫でしょう。」

 

さっくりと、後回しにすると言う決断すると、それを避けて荷物を纏めていく。

そう、異常事態に冷静さを欠いていたパンドラズ・アクターは、ついうっかり未確認の品の確認を先送りにしてしまったのだ。

 

この時、なぜきちんとその場で中身を確認しなかったのか、数分後に後悔する羽目になるとは思わずに。

 

自分の私物を、荷物としてある程度纏めると、パンドラズ・アクターは次に霊廟に足を向けた。

その中に保管されている、ナザリックから姿を消した【至高の方々】の装備一式が、モモンガ様の手によって納められているからだ。

全て神器(ゴッズ)級のそれらに関して、どう取り扱うべきなのか幾つか考えてみたものの、一番安全かつ確実な保管方法は、やはりこの手で持ち運ぶ事だった。

モモンガ達を捜す間、どうしてもここを留守にしなくてはならない以上、不在時の品々の保管に不安が残るからだ。

もしかしたら、自分が不在となっている間に、この場に侵入者が入り込まないとも限らない。

侵入者が、これらの素晴らしい品々を目の前にして、略奪せずに帰ると言う選択肢は、まず存在していないだろう。

そんな事になれば、己が預かった品々が無造作に奪われ、手元に取り戻すまでどれだけの時間が掛かるか、想像もつかない状況になるのは間違いなかった。

それを防ぐ為にも、やはり自分が持ち歩くのが一番安全だと考えたのである。

もちろん、これらの品々を持ち出したとしても、まだ残していく事になるアイテムは多数出るだろう。

 

その対策として、今の自分に可能な限りの侵入防止の罠などは仕掛けておくが、万が一つと言う可能性がないとは言えないのだから。

 

その更に奥にある、世界級(ワールド)アイテムも全て持っていく必要があるだろう。

こちらは数は少ないが、その稀少性は世界に干渉出来る時点で極めつけの品々であり、失うなどと言う事態になれば、パンドラズ・アクターの命一つでは購いきれないだろう。

ただ、今の段階ではどの様に持ち運ぶのか、決め手となる手段が無いのだが。

 

「……いっそ、私が【至高の方々】に変化した状態でそれぞれの装備を身に付けたら、私の中に一時的に封印の出来るなんて能力があったら良かったのですけどね。

封印の条件は、お一方につき一レベルダウンと封印中の外装の使用不可能と言った所でしょうか。

その条件なら、世界級(ワールド)アイテムも一緒に封印する場合は、三レベルダウン位ですかね。

あくまでも、私のレベルダウンは封印中だけで、封印さえ解けばレベル元に戻らなくては困りますけど。

封印の解除条件は、モモンガ様にお会いして【全てお返しいたします】と、その手の甲にキスをするなんて言うのだと良いかもしれません。

なんて……まぁ、無理なんですけどね。」

 

もちろん、パンドラズ・アクターには出来もしない事だが、【出来たら本当に便利なのに】等と思いつつ、つらつらその【出来たら良い能力】を言い連ね、霊廟に足を踏み入れようとした瞬間である。

パンドラズ・アクターの背後で、突如それが発現したのは。

 

 

《 世界級(ワールド)アイテム-道化師の誓願(バウ・オブ・クラウン)-が発動しました。

使用者名は、パンドラズ・アクターです。

これより先、-道化師の誓願(バウ・オブ・クラウン)-は使用者の中に同化され分離出来なくなります。

これで、貴方は自分のレベルと引き換えにして、世界級(ワールド)アイテムを含む全てのアイテムを自分の中に封印し、収納する事が出来るようになりました。

引き換えにしたレベルは、封印を正しく解除した時に戻ります。

ご安心下さい。

封印の条件や解除方法は、アイテム封印時にそれぞれ設定する事ができます。

ただし、封印し過ぎて本来のレベルの四割以下になった場合、能力制限ペナルティが発生して、封印を解除してもレベルは元に戻らなくなります。

なので、忘れず注意しましょう。

以上、使用説明を終了します。

あなたの願いが、無事に叶えられますように。》

 

先程、確認を先送りにした箱がいきなり輝きを放ったかと思うと、中から虹色のオーブのようなものが飛び出し、パンドラズ・アクターの身体の中に、強引に入ってくる。

それと同時に、パンドラズ・アクターの頭の中に響いた声は、先程まで自分が考えていた能力とほぼ同じもので。

ただ、自分では考えていなかったペナルティ等が追加されているので、そこはちゃんと気を付ければならないだろう。

まぁ、実際に封印してみないと、どんな状況になるか解らないので、それに関して今の段階では特に気にならなかっなた。

むしろ、今のパンドラズ・アクターが気にしている点はただ一つ。

 

「……失態です……まさか、あれが世界級(ワールド)アイテムだったなんて……

やはり、見つけた時点で中身を最後まで確認するべきでした。

申し訳ありません、モモンガ様。

せっかくの世界級(ワールド)アイテムを、この様な形で使ってしまうなど、僕としてあってはならない事態だというのに、それを止める事が出来ませんでした。」

 

たとえ、主から与えられた物だとしても、世界級(ワールド)アイテムを勝手に使用するなどあってはならない失態に、血の気が引く思いを抱くパンドラズ・アクター。

だが、既に自分の中に同化してしまっている以上、起きてしまった状況を今更無かった事にも出来ない。

 

「……こうなった以上、きちんと正しくその効力を把握して、現状の打破に利用するしかありませんね。

先程の《声》を聞く限り、汎用性はかなり高く思えましたし。

封印条件と解除方法も、その都度決められると言うのでしたら、装備一式を一つの封印と纏められそうですしね。

とにかく、もう一度きちんとその能力を確認しましょうか。」

 

分離不可能だというなら、有効利用した方が早いとすっぱり割りきったパンドラズ・アクターは、サクサクとその能力を確認し始める。

その結果、解ったのは次に挙げている事だった。 

 

一つ、この世界級(ワールド)アイテム《道化師の誓願(バウ・オブ・クラウン)》はNPCにのみ反応し、プレイヤーのみではその存在を認識する事が出来ない。

一つ、使用出来るのはNPCだけであり、発現するのはプレイヤーからNPC に手渡された時、もしくはアイテムボックスに収納しているアイテムをNPC が直接取り出して願いを口にした時のみである。

一つ、NPC が使用する場合、使用したい能力を最初に宣言して願う必要があり、それが確認出来た時点でそのNPC に同化して分離不可能になるかわり、その能力が固定化される。

一つ、固定された能力には使用制限はないが、どんな能力を設定しても使用時に使用するNPC のレベルが代価として必要となる。

一つ、能力設定時に代価に使用するレベルを戻す条件をつける事も可能。

ただし、その設定を付ける場合は厳しい制約を特定条件として加える必要がある。

また、特定条件を満たす事でレベルを戻す設定した場合、それが可能なのはNPC のレベル総合計のうち六割未満の使用まで。

それ以上の使用も可能だが、その場合はペナルティが発生し代償として使用したレベルは戻す事が出来ない。

一つ、この世界級(ワールド)アイテムで設定した能力は後からも変更可能だが、その場合にも同化しているNPC のレベルを代価に使用する。

一つ、一度同化させた《道化師の誓願(バウ・オブ・クラウン)》を分離不可能だが、使用していたNPC が死亡した場合は、NPC が死亡した場所にドロップする。

その場合、次に使用出来るようになるまで、ある一定期間が必要である。

使用可能になるまでに掛かる期間は、それまでの使用期間と使用した能力によって異なる。

 

以上が、世界級(ワールド)アイテムである《道化師の誓願(バウ・オブ・クラウン)》そのものの能力である。

流石、世界級(ワールド)アイテムと。

予想通りの壊れ性能だと、パンドラズ・アクターは思う。

 

その中でも、パンドラズ・アクターが、特に注意するべきだと考えたのは、プレイヤーのみだと認識すら出来ないと言う事と、世界級(ワールド)アイテム使用出来るのがNPC 限定である事、更に使用時の条件だった。

まず、プレイヤーのみだと認識すら出来ないと言う時点で、発見が困難なタイプの世界級アイテムだと言っていいだろう。

これでは、確かにモモンガ様がこのアイテムを世界級アイテムだと気付く事が出来ない筈だと、あっさり納得した。

だから、あの様に幾つもの日用品の中に紛れ込ませたまま、正体不明の低ランクアイテムとして、私に下さったのだろう、とも。

 

自分の手元にあった理由に納得した分、次の注目するべき点の条件に意識が向かった。

正直、NPC しか使えないと言う時点で、存外意地が悪いアイテムかもしれない。

発現条件が、プレイヤーからNPC に直接手渡された時、もしくはNPC が所持している状態で願いを口にした時と言うのが、殊更そう思わせた。

少なくとも、フィールド上ではそれが世界級アイテムなのかどうか、そうそう判断が付かない点だろう。

そもそも、【ユグドラシル】時点でNPC が自分の意志で話すなんて事は出来なかったのだから、どうやって使用しろと言うのだろうか?

その為に、一々NPCに台詞をプログラムするなど、手間を掛けるのだとしたら、面倒極まりない話だ。

もしかしたら、この転移によって何か仕様が変化したのかもしれない。 

それはそれとして、だ。

更に意地が悪いのは、この世界級アイテムの使用条件がNPC のレベルを代価に支払うと言う点だろうか。

当然、世界級アイテムを使用し続ければ、最終的にNPC のレベルがゼロになって消滅する事になるだろう。

もちろん、抜け道として特定条件を加える事で一時的なダウンで済ませる事も可能みたいだが、それにもペナルティがない訳じゃない。

ネックとなるのが、【総合計レベルの六割未満まで】と言う部分だ。

例えば、パンドラズ・アクターは総合計レベル百のNPC だから、実際に代償として使えるレベルは五九まで。

言葉の微妙な差だが、勘違いしてうっかり六十まで使用した場合、その時点でペナルティが発生して、それまでの代償として使用したレベルも戻せなくなるのである。

幾ら世界級アイテムを使う目的だとしても、【拠点NPC を使い潰す事も辞さない】と言う選択肢を取れるプレイヤーは、中々居ないのではないだろうか。

使い潰せば、その段階で復活させられない仕様だと言う点からも、拠点の防衛を弱体化させる可能性もあるのだから。

逆に、レベルの低いNPC に使用させて、ドンドン色々な条件で使用させた上で、このアイテムを手放さずにいると言う選択肢もない訳じゃない。

だが、それは外道の取る手段であり、少なくともモモンガ様はその選択をしないだろうと、パンドラズ・アクターは心から思う。

あれだけ、ナザリックを愛して止まない方が、僕と言えど犠牲に出来る筈がないのだ。

他の点も注意が必要だが、それよりも現時点で確認すべきは、うっかり《誓願》扱いされて設定し、自分の中に同化してしまった現在の能力の方だろう。

自分の迂闊さ加減に、痛くなりそうな頭を押さえつつ、更に確認を始めて解ったのは次の事だった。

 

判明した現時点で能力は、全部で四点。

 

一つ目は、この能力に対して一切の例外なく、ありとあらゆるアイテムを自分の中に封印して取り込み、解除して取り出すことが出来る事が判明した。

これは、予想よりもこちらに都合が良い能力である。

今、パンドラズ・アクターが抱えている【どうやって宝物殿最奥部の世界級アイテムや、霊廟に納められた装備一式を運ぶか】と言う点が、一気に解消出来るからだ。

もちろん、自分の中に封印している最中のレベル低下は、あまり良い事ではない。

しかし、だ。

先程、外装の仮想データを構築する間にパンドラズ・アクターが【遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)】を利用し、ここから一番近い人の街の様子や、そこの住人のレベル測定をした結果、この世界の住人のレベルは基本的に低いものばかりだと判明している。

確かに、例外的な存在も居ない訳ではないが、その辺りは接触しないように気を付ければ済む話である。

 

「……要は、私自身が目立たないように気を配れば良い話でしょう。

アイテムを使用した上で、魔力遮断は勿論ですが能力と気配を誤認するようにするのは確定として……後は、装備は遺産級(レガシー)アイテムまで下げた方が良いかもしれまん。

正直、あまり気は乗りませんが、この世界の何時一般的なアイテムレベルだと、それでも十分高価な物のようですし、聖遺物級(レリック)だと王公貴族や冒険者の最高レベルクラスの持ち物と言うのが、ここの常識のようですからね。

……はぁ、本当に気鬱ですよ。

モモンガ様と再会した時に、あまりにみすぼらしい装備を纏う姿を見られ、その様を嘆かれたりでもしたら、恥ずかしくて……今から死にたくなりそうです。」

 

この先、ナザリックかモモンガを見付けるまで、隠密行動が必須なのは間違いない。

とはいえ、自分を目立たなくする為に装備ランクを落とすと言うことは、当然だがモモンガとの再会もその装備のままという可能性がある訳で。

普段、身に纏っている装備のランクを考えれば、かなり貧弱な守りしか持たないものになるのだ。

到底、モモンガに目通りを願うには、相応しいものではないだろう。

出来れば、再会が叶う時には普段の装備に着替える余裕があれば良いのですが、等と思いつつ、溜め息が溢れるのを止められなかった。

 

二つ目に判明したのは、使用する際に代償として差し出すレベルが、世界級アイテムで最大で二レベルとし、そこからアイテムのランクに合わせたレベルが必要であると言う事だった。

これに関しても、それほど都合が悪い能力ではない。

むしろ、自分で口にしていたよりも低いレベルでの封印が可能と言う点では、ありがたいと言っていいだろう。

 

だから、これはまぁ問題ないと流して良いとして、よく考える必要があるとパンドラズ・アクターが感じたのは、次の三つ目の事だ。

 

それは、封印するのが装備アイテムの場合、もし特定の外装に対する専用装備なら、装備一式を一レベルの代償で封印出来ると言う内容だった。

補足条件に、【ただし、その際は専用装備の外装に直接身に付け、外装ごと全て使用出来ないように封印する必要がある。】と付いている点が、実は要注意なのである。

確かに、あの時自分から言い出した事だったが、この条件は考えてみれば中々に厳しい内容だ。

上位二重の影(グレーター・ドッペルゲンガー)である自分にとって、外装を含めて封じると言う事は、その能力を使えなくするのと同意語だからである。

ただでさえ、封印中は最低でも五十レベルのダウンが確定しているのに、外装によって今まで使えていた能力まで封じると言うのは、実際のところかなり痛い。

救いがあるとすれば、封印に差し出すレベルの種類がある程度までこちらの任意で指定出来る所だろうか。

 

「……ただ、至高の方々の外装は、種族レベルによるものですから、お預りしていない方々の分と私自身の外装部分のみで残せる種族レベルは最大で八レベルですか…… 

やはり、世界級アイテムの封印に使用するレベルは、職業レベルの方にしておきましょう。

どれを使うか、こちらについても正直悩みどころ、といった状況ですね。」

 

今後の事も考えると、やはり残すべき種族レベルは上位二重の影(グレーター・ドッペルゲンガー)だろう。

とっさの際に、外装の変化が可能な上に使い慣れている能力だけに、出来るだけ手放したくない。

それに、先程作成した外装も、状況によっては破棄して別のものにする必要が出てくる可能性だってない訳じゃない。 

その際に、その場を切り抜けるのに必要になるのは、上位二重の影(グレーター・ドッペルゲンガー)としての変身能力だろう。

だから、こちらは可能な限り残したかった。

職業レベルに関しても、出来るだけ満遍なく網羅する方が良いだろう。

特に、物を作るスキルや料理スキルなど、生産系に直結するレベルは、一人で旅をする事を考えるならば残しておいた方がいい。

 

この辺りは、調整次第と言った所だろうか。

 

四つ目は、封印解除の条件についてだ。

これは、最初から固定されたものではなく、封印時に自分の意思で自由に設定出来るようなので、それほど面倒はない。

それこそ、実行するのに恥ずかしい内容が固定条件だったら、使用することに躊躇いを持っただろうが……まぁ使い勝手が良いと思えるものだった。

 

「まぁ……これなら何とかなりそうですね。

割と【壊れ性能】に見合う、無茶な使用条件が有るものが多いと言われる世界級アイテムにしては、むしろ扱い易い方ではないでしょうか。

あくまでも、私がこれから必要としている能力は、絶対にモモンガ様にお届けする必要がある品々を護れるものですからね。

合流後、何らかの咎めを受けるでしょうが、私自身が世界級アイテムと同化したと知れば、死を賜わる事はないでしょうし。

その後は、私自身を世界級アイテムの一つと認めた上で、また宝物殿の守護者に戻る事になるでしょうから、態々レベルを犠牲にして能力設定を変更する必要は無い筈です。

後は、私次第と言ったところでしょう。」

 

そう、後はパンドラズ・アクター自身がきちんとペナルティに引っ掛からないように注意さえすれば、繰返し使える便利さの上に、代価は一時的なレベルダウンだけ。

封印を解除さえすれば、また本来のレベルに戻る事が可能な利便性の高い能力でもある。

完全消滅による分離以外、取り外する事が出来ないなら、そう割り切って使いこなす位にならないと、モモンガに対して申し訳が立たないだろう。

そんな事を思いつつ、パンドラズ・アクターは改めて解除条件を考える。

封印する際に、きちんとそれを口に出して宣言する必要があり、絶対にそれを達成しなければ解除出来ないのだから、出来るだけ下手な条件は付けたくない。

 

「そうですね……装備一式は、モモンガ様のお手を取り、私自身の額に押し当てて、それぞれの方の名前と共に【お返しいたします】と宣言する事にしましょう。

世界級アイテムは、それぞれの名前を挙げて個別に封印しますが、神器級以下の物は纏めて封印した上で、【お預かりした品々をお返しいたします】で解除出来る事にした方が面倒はないでしょうか?

まぁ、モモンガ様達から私自身に与えられたものは、アイテムボックスにしまう予定ですし……何もかも封印していては、後でレベルの方が足りなくなりそうですからね。

やはり、幾つかはここから持ち出せないものが出てしまうでしょう。

何せ、幾ら分断されて残り少ないとはいえ、ナザリック自慢の宝物殿。

稀少なアイテムならば事欠きませんし。

持ち出せないものは、全て現在の飾り棚から外した上で、私の私室の奥にある収納専用ボックスにしまっておきましょう。

元々、私の部屋は魔法による入室制限が掛けてありますし、更に二重の隠し扉の奥にありますから、発見され難いでしょうからね。

その上で、きちんと封印と罠を仕掛けておけばより安全度が増しますし。

さて……それでは準備に掛かるといたしましょうか。」

 

これで後顧の憂いは無くなったと、晴々とした様子でパンドラズ・アクターはやるべき事に手を付け始めた。

 

 

******

 

 

それから数時間後、宝物殿内での全てのやるべき事を終え、世界級アイテムを始めとしたアイテムの数々を封印し終えたパンドラズ・アクターは、ぐったりとその場にあったソファに座り込んでいた。

元々、パンドラズ・アクター自身のMP はそれなりに高いのだが、レベルダウンに合わせてMP が減少した結果、ここに残していくアイテムのある自室の封印や、魔法による罠設置に予想以上のMP を使い過ぎてしまい、軽いMP 不足に陥ってしまったのである。

この辺り、慣れるまでは同じような事を引き起こしそうだと、ボンヤリしながらパンドラズ・アクターは背凭れに身を預けた。

 

「……これでは、暫く動けそうにありませんね……

すいません、モモンガ様。

これでは、出立が一日遅れてしまいそうです。

あなた様の元まで、辿り着くますが遅れてしまいますが……慈悲深いあなた様なら赦していただけますよね……」

 

そう呟くと、最後の力を振り絞って自分がいる場所を中心に隠蔽魔法を掛ける。

手元にあるMP回復のアイテムの数が少ない以上、まだ精神的に安心感があるこの場で、限界近くまで使用したMP 回復のための休息を、少しでも取っておきたかったからだ。

そのまま、力尽きたかの様に意識を飛ばしたパンドラズ・アクターは、全く気付かなかった。

 

聞こえるか聞こえないか、微かな音で伝言(メッセージ)が届いていた事に。

 

 

********

 

翌朝、漸くMP がある程度まで回復したパンドラズ・アクターは、最後の支度をしてここを出る事にした。

それは、昨日手間をかけて完成させた外装データを読み込み、人の姿になることだ。

これから先は、モモンガの元に辿り着き己の中に封じたものを無事に渡すまで、出来る限り気を配り己が異形種だと知られないようにしなければならない。

 

人は、異形種や亜人種を恐れ嫌う傾向にあるらしい事を、知識の一つとして知っているからだ。

 

だからこその外装であり、現時点まで続けた可能な限りの情報収集なのだが。

そう、パンドラズ・アクターは半ば昏倒するように眠りに付く前、幾つか自分用に与えられていたアイテムを使って自動的に情報収集を行っていたのだ。

もちろん、何も対策せずに行った訳じゃない。

自分がいるこの宝物殿の位置から、一番近く発見探知と探知対策の防壁が張られていないか、街を隈無く確認した上で仕掛けたのではあるが。

その結果、得た情報を元に自分の立場などをある程度決めたのは、つい先程だった。

 

これから、パンドラズ・アクターが変化するのは、十五才の人間の少年。

名前は、モデルとなったデータの悟を一部変えて、【サーティ・ルゥ】と名乗る事にしたした。

 

それ以外にも、故郷や家族の事など、人と接する際に必要だろうと、幾つか既に決めた事柄があったが、それは割愛するとして。

 

現時点で、全てやり終えたのを最後にもう一度だけ確認したパンドラズ・アクターは、緊張する気持ちを和らげるために大きく深呼吸した。

ここからは、絶対に失敗する事が出来ないからだ。

そして、覚悟が決まった所でこれから使う装備一式を横に置いてそれに向き直った。

唯一、残せた種族である上位二重の影(グレーター・ドッペルゲンガー)としてのスキルを使い、用意した外装データを写し取っていく。

 

数分後、黒髪黒目のまだ幼さを残した少年がその場に立っていた。

 

柔和な顔立ちは、大人しげで余り目立つ印象を与えないが、瞳の奥には強い意思が見え隠れしている。

とは言え、長い前髪で中々瞳は見えないのだが。

後ろ髪は、軽く背中の中程を覆う程度まで伸ばし、横に流して麻紐で一纏めに括る形にしたのは、髪を切らずに願掛けをしたまま、長く旅をしている風を装う為だ。

用意した装備一式は、全て遺産級のもの。

見た目は、どこにでもありそうなシャツとズボン、フード付きの外套と肩掛けタイプの鞄である。

シャツとズボンには、裾やら袖口等に細かな刺繍を施されており、遺産級(レガシー)の様々な耐性を上げてある品だし、小型の鞄の正体は無限の背負い袋だ。

もちろん、今の姿でもアイテムボックスは使えるが、その存在はあまり知られるべきじゃないし、他人の目を誤魔化すには目に見える形で荷物を持つ必要があった。

 

「まぁ……こんなところでしょうね。

顔立ちは、前髪のお陰で目立たなくなったと思いますし。

後は、これからとうやって収入を得るかと言う点ですが……まぁ街まで辿り着けば、何とかなるでしょう。

どちらにせよ、身分証の代わりに冒険者としての登録はする予定ですからね。

それまでに必要な費用は、探索の際にこの付近で見付けた、冒険者とおぼしきご遺体の所持金から、埋葬代としていただきましょうか。

野ざらしのままではなく、きちんと埋葬しておくのですから、文句は言わせません。

さて、当面の生活費も確保出来そうですし、そろそろここを出立するとしましょう。

私がここを出たら、隠蔽と魔力遮断、魔力封じの結界が発動するように仕掛け済みですし、あらゆる種類の罠も十分仕掛けてあります。

もし、ここを発見する者がいたとしても、早々簡単に全てを突破するのは無理な筈。

では……名残惜しいですが、ここを出るとしましょう。」

 

つい離れ難いものを感じつつ、それでも何時までもここに残っている訳にはいかないと、ゆっくり外に続く道へと歩き始め。

外に出る直前、その足を止めて振り返る。

 

そこから見えた、広い空間の中にポツンと置かれたソファセットと、その奥に見える霊廟への入り口。

 

それらを、忘れないように強く目に焼き付けつつ、パンドラズ・アクターは心の中で誓う。

次に戻る時は、絶対にモモンガと共に来るのだと。

 

 




という訳で、オリジナルの世界級アイテムが登場しました。
色々と便利なようで、実は扱いずらいアイテムなんですけどね。
そして、外装が無事に変わったので、ここから旅の一歩の始まりです。

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