もし、宝物殿の一部が別の場所に転移していたら?   作:水城大地

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それでは、アインズ様視点のフリーズ編の後編になります。



衝撃と絶望と、そして……アインズの慟哭 後編

 

何度見ても、空白になったプレートの表示は変わる事が無い。

正直、ここに来て確認すればこの状況になる可能性を察していたにも拘らず、アインズには到底受け入れがたい状況だった。

目の前に指示された、信じたくない現実を目の当たりにしたアインズは、発狂しそうなほどの喪失感が抑えられないままに頭を掻き毟り、身悶える。

それと同時に、湧き上がる痛烈な怒りをぶつけるかのように、今度こそ迷う事無く振り上げた拳を側にあったテーブルへと振り下ろしていた。

それこそ、一切の加減をする事無く振り下ろされた強烈な衝撃に、その机が壊れて砕けるさまを視界に収めつつ、それでもアインズの気は収まる様子は見せない。

何度も何度も、繰り返し鎮静化が掛かっているのにも拘らず、だ。

 

いっそ……このままここで狂ってしまうかもしれない。

 

そう、アインズが本気で思った瞬間である。

今まで空白だった管理者名の部分に、再び【パンドラズ・アクター】の名前が浮き上がる様に復活したのは。

 

アインズは、それがパンドラズ・アクターの所持していた蘇生アイテムがその効果が発生した結果だと、瞬時に悟る。

あの、大量のダメージを負いながら、それでも特攻に近い状態で戦闘を続けていた理由も、蘇生アイテムを使用する事を前提に置いていたものだと。

理由が判りはしても、アインズにはパンドラズ・アクターがその行動を選択した事には、全く納得がいかなかった。

 

何故、パンドラズ・アクターがそんな真似をしなくてはいけない?

 

どう考えても、この世界でそんな事をパンドラズ・アクターに強要出来る者など、アインズには思い浮かばなかった。

いや……頭の端を、一つの可能性が掠めはしたものの、速攻でそれを否定して破棄したのだ。

どうしても、考えたくなかったのだ。

 

ギルドの仲間が、パンドラズ・アクターを使い捨ての盾の様に自分勝手に使っているという、可能性を。

 

その可能性を否定してしまえば、何故パンドラズ・アクターがここまでして戦闘に向かうのか、アインズにはその理由が判らなかった。

もし、万が一にも洗脳されているのだとすれば、今の死亡でそれは解除される筈。

それなのに、現在進行形で戦闘時に感じた緊張感は緩んでいない。

つまり、それは洗脳で戦闘を強要されているのとは、話が違うと言う事になる。

 

では、なぜパンドラズ・アクターが自分の意志で、死亡覚悟の戦闘をしているのか?

 

現時点では、先程までに感じていたような僅かな痛みを感じない事と、緊張感は感じる者のそれ程危険な雰囲気の物ではない点から考えて、戦闘が小休止している事が予想される。

正直、あまり考えたくない状況ではあるが、そういう戦闘になる相手をアインズは【ユグドラシル時代】に嫌と言う程知っていた。

 

それは、一言で言い表すなら【ボス攻略】である。

 

自分たちがナザリックごと転移してきたように、もし宝物殿が転移したエリアにボスモンスターがいるダンジョンしているのだとしたら。

いや……もっと怖い事を考えると、パンドラズ・アクターが転移した場所がダンジョンの一角で、脱出するために戦闘が必要な状況なのだとしたら……

 

そう考えれば、すべて辻褄が合ってしまう事に気付いたアインズは、本気で焦りを感じていた。

 

確かに、パンドラズ・アクターは仲間たちの能力を八割使える万能型だ。

多分、このナザリックの僕の中でここまで何でもこなせる万能型はいないだろうし、彼一人が居れば階層守護者全員の代役をこなせる実力があるだろう。

これに関しては、そうあれと設定したのがアインズ自身なのだから、まず疑いようがない。

 

問題は、どれだけ能力が優れていたとしても、単独でボス攻略をするのはほぼ無理ゲーだと言う点だろうか。

 

もし、種族特性を最大限に利用した万能性を上手く活用するのなら、単独ではなく仲間の協力を得てその可変性を生かさないと、ボス相手では決め手が足りないだろう。

そもそも、パンドラズ・アクターは宝物殿の主で管理を任せていたけれど、その二重の影(ドッペルゲンガー)としての能力を最大限に生かせる武器を与えてあったかと言えば、アインズ自身にも疑問が残る状態なのだ。

ある意味、アインズ自身の油断から来たものではあるのだが……ぞっとするような状況を察して、アインズは更に恐慌状態に陥り掛けていた。

 

*******

 

アインズが予想したのは、ある意味では正しくある意味では大きく外れていた。

まぁ、この時点でねんどろいどゴーレムサイズとは言え、ウルベルトがパンドラズ・アクターと合流している事を知らないのだから、当然の話だろう。

そして、この状況がどうしても避けられないと言う点もあっていた。

これはウルベルト自身も気付いていないのだが、彼らがいる場所は間違いなくダンジョンの最奥のボスの間でもあったのだから。

更に付け加えるなら、現在がボス戦の最中だと言う事もあってはいたが、二段階変化の最中だと言う事までは理解していなかった。

 

*******

 

アインズは、焦りながらも今は戦闘が小休止状態である理由を、必死に考えていた。

先程、頭の中に浮かんだ【ボスとの戦闘】の合間と言うのもあり得るだろうが、中ボスからラスボスへの連戦と言う可能性も存在しない訳じゃない。

と言うのか、どちらかと言うとそちらの方がアインズとしては安堵出来る状況だった。

中ボスを倒したものの、ダメージが深すぎて一旦死亡した状態になり、復活してラスボスに備えている状態だと言うなら、自分である程度の戦闘状況をコントロールで出来る可能性も高いからだ。

 

だが……最初の仮定通り【ボスとの戦闘】の合間だとしたら……最悪な状況だと、そう言わざるを得ないだろう。

 

何故なら、普通のボスではこんな形での小休止が入る事はまずない。

それが入る様なボスは、フォルムチェンジがある最強クラスのボスだと仮定して間違いないからだ。

このタイプのボスは、軒並み普通よりも数段強くて【ワールドエネミー】より若干弱い程度のケースが多く、【運営狂ってる!】と攻略するたびに仲間と叫んだ覚えがあるほどである。

 

アインズにとって、フォルムチェンジがあるボスでも特に印象深いのは、中ボスでありながらラスボスよりも強くフォルムチェンジを備えていた、【アンデルセン童話のダンジョン】の【憂氷と凍結の女帝フリーズ】だろうか?

 

何故、アインズが彼女の事をそこまで印象深いと言うかと言えば、そのドロップが魔法詠唱者(マジックキャスター)にとって素晴らしく美味しい内容の癖に、ドロップ率が恐ろしく低いと言う質の悪さを誇っていたからだ。

このアイテムが、【ワールドディザスター】を取得していたウルベルトに必要だったために、それこそ連戦に次ぐ連戦をした相手だからこそ、嫌と言う程アインズはそのボスの事を覚えていたのである。

 

《……あの時は、本気で苦労したんだよなぁ。

それこそ、何度【これだから糞運営は!!】って、みんなで叫んだっけ。

結局、三か月間で毎日三チームずつ戦闘を繰り返した挙句、延べ三百回も戦闘してドロップしたのが最終日に参加した三チームの内二チームから連続二個だったんだよな。

その、あまりのドロップ確率の偏り方に、最終日にも【だから糞運営って言うんだよ!!】って、全員で叫んだのを思い出したよ、うん。》

 

フッと、アインズの中にある仲間との懐かしい記憶がその琴線に触れて浮かび上がった事で、精神が落ち着きかけたのだが……すぐに、それを突き崩すように痛烈なまでの緊張感が伝わってきた。

どうやら、再び戦闘が始まったらしい。

先程よりも、ダメージを受けている感覚は少なくなっているので、もしかしたらパンドラズ・アクターも少しずつ戦闘に慣れてきたのかもしれないと、アインズは少しだけ込み上げる恐怖を抑え込むように考える。

それと同時に、千里眼(クレアボヤンス)を発動させ、必死にこの緊張感と繋がる場所を探すのだが……どうしても、見付ける事が出来なかった。

 

*******

 

これは、現在パンドラズ・アクターとウルベルトが行っているのが、ダンジョンの中の最奥のボス部屋での戦闘と言う最悪な状況下であり、そのダンジョンのボスであるフリーズの張る結界が強固過ぎてアインズの千里眼(クレアボヤンス)を弾いていたからなのだが……そんな事などアインズは当然知らない。

そんな状況下でも、アインズとパンドラズ・アクターの間にある細い糸のような精神的な繋がりは機能していたのだから。

 

*******

 

アインズが、必死に千里眼(クレアボヤンス)でパンドラズ・アクターを探している間にも、戦闘は激しさを増しているようだった。

パンドラズ・アクターが、その身に受けるダメージこそ回数は減っているものの、感じ取った痛みは少しばかり強くなっている感じがするのだ。

これは、確実に敵の能力が上がっている証拠だろう。

 

この時、アインズは一つの勘違いをしていた。

 

今回の戦闘が始まってから、僅かばかりとはいえアインズの感じとるパンドラズ・アクターのダメージは、どちらかと言うと切り傷系の物ばかりだった事から、ボスの属性を風だと勘違いしていたのである。

この勘違いをして居たことが、パンドラズ・アクターの捜索に後々影響を与えることになるのだが……それを、今のアインズが気付く事はない。

ただ、一つだけ彼に理解出来たことがあるとすれば、この事だった。

 

【この変化は良くない】

 

漠然とではあるが、そう感じたアインズが不安を募らせていると、それを更に増長するように、痛みに変化が起きたのだ。

それこそ、指先から身体中の至るところが徐々に砕けるかのような、嫌な感覚が断続的に続き。

そして、再び今のアインズにとって、感じたくない恐怖が訪れた。

 

ブツンッッ

 

先程感じた、繋がっていた筈のパンドラズ・アクターとの糸が切断された、嫌な感覚。

バッと視線を上げてネームプレートを見れば、またパンドラズ・アクターの名前はそこから消えていた。

どう考えても、パンドラズ・アクターの二度目の死亡確定である。

 

それを見た瞬間、アインズの中にあった恐怖と怒りは振り切っていた。

 

「糞がっ!

糞っ、糞っ!!

誰が、二度も、俺が、俺が仲間と作った、最高傑作(パンドラズ・アクター)を!!」

 

沈静化が掛かるよりも先に、突き上げるような強い怒りが込み上げてきた。

怒りのままに声を上げる度に、腕を振り回しながら足元にある物を踏み潰していく。

そうして、理性を振り切っていたアインズは、そのまま怒りをその場にある物にぶつける事で発散して……次に来た強い沈静化で一気に冷静になっていた。

 

怒りのままに動いたアインズの周囲は、完全に破壊されたテーブルや椅子の破片が飛び散り、見るも無惨な姿を晒している。

 

怒りに理性を飛ばしてから、沈静化で冷静に戻るまでのほんの僅かの間に、暴れたアインズが破壊した後なのだろう。

その、破壊衝動にアインズが身を任せている間に、壊したのはテーブル一つと椅子が一脚。

どちらも、アインズがパンドラズ・アクターの為に選んで揃えたものだった。

思い返してみれば、こことパンドラズ・アクターの自室は、他の場所よりも丁寧に掃除されてその場にある調度品は全て磨き上げられていた記憶がある。

 

それを、怒りに任せて破壊して事に気付いたアインズは、思わず胸が痛くなっていた。

 

「……失敗した、な……

流石に、これらを私が壊した事をパンドラが知ったら、確実に嘆きそうな気がする。

見た目こそ、それほど派手ではないが……これらはそれなりの素材を使ってあまのひとつさんと私が作った、それなりの逸品だったのを忘れていたからな。

……はぁ、これは確実に泣かれるな。

流石にここまで壊したら、どう見ても復元不可能だろうし。」

 

自分が思わず壊してしまった、テーブルや椅子を視界の中に納めつつ、小さく溜め息を漏らす。

フッと視線をあげれば、その先には再びパンドラズ・アクターの名前が復活したネームプレートがあった。

二つ目の蘇生アイテム効果で、無事に復活できたらしい。

それを自分の目で確認してた事で、アインズは少しだけ安堵するものの、まだ安心出来る状況ではない事を理解していた。

 

未だに、パンドラズ・アクターの精神は緊張で高まっていたのだから。

 

ボス戦特有の、大きな間を開けた後の二度目の戦闘に入って十分経たないうちに、パンドラズ・アクターの二度目の死亡を経験したアインズは、この後どれだけパンドラズ・アクターが死亡するのか、それを考えさせられるだけで恐怖を感じるしか出来ない。

二度の死亡だけで、これだけ自分は取り乱してしまったのだ。

 

もし、復活出来ない程に……そう、手持ちの蘇生アイテムを全て使い切ってしまう程に死んでしまったら……金貨を使いこのナザリックで蘇生が出来るのだろうか?

 

そんな事すら、現時点では全く判らない状況でのこの死亡の繰り返しは、アインズにとって恐怖以外の何物でもない。

アインズの記憶の中で、パンドラズ・アクターの手元にあった蘇生アイテムは、全部で五つ。

ただし、そのうちの一つは装備して即蘇生する系統のアイテムではなく、もう一つはアインズが自分でパンドラズ・アクターの装備である軍服の中にこっそりと組み込み、それと判らない様に潜ませたものだ。

 

だとすれば、自力で復活出来るのは合計四回だろう。

 

《いや……軍服の中に組み込んだ蘇生アイテムは、パンドラ自身が知らないから、それをアイツが蘇生可能回数として計算に組み込むとは思えない。

何せ、ナザリックでもトップクラスの頭脳の持ち主として設定しているから、そういう甘い見積もりはしない筈だ。

だとしたら……あともう一回死亡したら、本当にパンドラには後が無い事になる。

そこで、潔く撤退してくれればいいが……脱出するために戦っているなら、多分引かないだろう。

ここから先が、本当に俺にとってもパンドラにとっても正念場、だな。

あぁもう、誰の装備を使っても構わないから、ちゃんと使って全力で戦ってくれ!!》

 

ギリギリと、存在しない筈の胃が痛むのを感じつつ、そうアインズは心の中で叫ぶ。

本気で、宝物殿の霊廟にあった仲間の装備を使う事で、パンドラズ・アクターが自分の身を守れるなら、少しくらい使用しても構わないと思う位には、十分アインズの心は追い詰められていた。

無意識のうちに、グッとアインズが自分の拳を握り締めた瞬間である。

 

アインズの中に、今までずっと感じていた戦闘時の緊張感とは全く別の、まるで誇らしげに胸を張るかのような、そんな強い高揚感がこみ上げてきたのは。

 

それは、今の自分を誇るような、己の心を奮い立たせるような、そんな精神の高揚。

それと同時に、わくわくとした楽しげな高揚感と、何か嬉そうな期待を込めたような、そんな柔らかく暖かな気持ちを強く抱いているのが、アインズの中に伝わってきたのだ。

まるで、何かに宣言するようなパンドラズ・アクターが抱いた強い思いが伝わった瞬間、アインズはあれだけ抑えられなかった強烈な不安が、和らいでいくのが解った。

 

《……あぁ、そうだよな。

例え、パンドラが一人で戦っているとしても、それを離れている俺の方が心配し過ぎてこんな風に暴走してたら、駄目だよな。

それこそ、お互いに繋がっていて精神状態が伝わるのだと仮定したら、俺が怖がったり不安がったりすればする程、パンドラ側にもそれが伝わってしまうだろう。

もしかしたら、それが原因で戦闘しているパンドラの判断に揺らぎが出たりしたら、それこそ後悔するだけでは済まない話だ。

それなら、俺はパンドラを信じてアイツが頑張れるように祈る方が、余程あいつの為だろう。

むしろ、それしか出来ない事に苛立って暴れた俺の方が、よっぽど子供じゃないか。

アイツは……パンドラズ・アクターは、こんなに何かを誇らしげに思いながら、気持ちを奮い立たせて戦っていると言うのに、俺の方が不安や恐怖に負けてたら恥ずかしいよ、うん。》

 

そう思った途端に、アインズの中の不安がまた少しだけ和らぐ。

もちろん、パンドラ側から伝わる戦闘中と思われる緊張感や様々な高揚感といった感覚は、未だに強く感じているので、向こうの様子は変わらないのだろう。

変わったのは、アインズの中で今まで育ち暴走していた、恐怖と不安の感情だった。

 

確かに、今のアインズにパンドラズ・アクターが実際どうなっているのか、それは判らない。

 

だが、だからと言って不安に煽られ恐怖に怯えて、それを怒りに変換して暴れたりして良い物じゃないのだ。

むしろ、創造主である自分が信じてやらなくて、誰がパンドラズ・アクターの事を信じてやれると言うのだろう。

パンドラズ・アクターが、特に精神面で強く感じている時にその一部しかアインズに伝わらないと言う、中途半端な状況だからと言って、それに自分は一々反応し過ぎたのだと、漸くアインズはそう思う事が出来たのだ。

それと同時に、強く願う。

 

どうか……パンドラズ・アクターがこれ以上死ぬ事無く、無事に戦闘を終えられるように。

 

アインズの心境が変わっても、依然と状況は変わらなかった。

先程までに比べれば、パンドラズ・アクターがダメージを負う回数は減ったものの、全くない訳じゃない。

むしろ、一つ一つの痛みはほんの少し強くなった事から、その身に受ける攻撃が強くなった事が伝わってくる。

それでも、今までの様に不安がって常に沈静化が掛かる状態から、アインズは漸く脱出していた。

パンドラズ・アクターの事を、心配していない訳じゃない。

ただ、アインズは信じているのだ。

 

自分の作り上げた、最高傑作のパンドラズ・アクターなら、絶対に最後まで戦い抜いて勝利する事を。

 

だから、今までの様に不安がり恐怖に怯える心を落ち着けてみれば、戦闘中に感じている緊張感以外にも色々と感じる者が強くなってきたのだ。

何か一つ、例に挙げるとすれば……わくわくとした感情が、パッとまるで弾ける様に更に強く込み上げる瞬間が、何度もあった。

これは、何かを仕掛けてそれが成功した事による高揚感だろう。

普段から、パンドラズ・アクターはあの顔の造形故に、その時に感じた感情を声や身振りで示す事が多い位、感情が豊かなのだろうと、こちらの世界に来て直接会っていないのも関わらず、そうアインズは思わずにはいられない。

それ位、今のパンドラから伝わってくる感情の波は豊かなものだからだ。

 

戦闘中だから、強い緊張感はずっと変わる事が無いが、それ以上にどこか自分の行動を誇らしげに楽しんでいるような感情と、それと変わらない位に感じる責任感と言うのもあって。

 

「……もしかしたら、アイツから伝わってくるのは、最初からこんな感じだったのかもしれないな……

ただ、全くパンドラの状況が判らないまま鋭すぎる緊張感を感じた事で、俺が勝手に不安と恐怖に飲み込まれ過ぎただけで。」

 

そう、小さく呟いた瞬間だった。

 

言い様の無いような、そんな強烈な焦燥感と共に背中を中心に強い衝撃が走り……次の瞬間、誇らしさと口では言い表せない様な安堵感が伝わったかと思うと……

 

ブツンッッ

 

三度目の、パンドラズ・アクターと繋がっていた糸の切断を感じていた。

それと同時に、再びネームプレートからパンドラズ・アクターの名前が消え落ちる。

己が感じた幾つもの感覚と、目の前の状況にアインズはどうしてもその場に立っていられなくなりながら、何とか耐えようと側にある壁に縋り付くと、その視線をネームプレートに向けた。

だが、何度見てもそれは変わる事が無く空白のままで。

 

状況が変わらない事を認識した事で、アインズはその場に思わず崩れ落ちていた。

 

もしかしたら、こうなるかもしれないと予想していたとしても、実際にこの現状を突き付けられてしまったら、冷静さを保っていられる訳がない。

つい先程まで治まっていた、強烈な不安と恐怖がこみ上げた瞬間、一気に鎮静化して冷静な状況に引き戻されたアインズの頭を、フッと一つの疑問が過る。

 

あの、パンドラズ・アクターが抱いた【誇らしさと口では言い表せない様な安堵感】は、一体なんだったのだろうか、と。

 

少なくても、あんな風にパンドラズ・アクターが感じると言う状況があり得るとすれば、その前に感じた焦燥感も交えて考えればたた一つ。

何かが危険に晒され、パンドラズ・アクターが文字通りその身を挺して守ろうとした結果、無事に守り抜く事が出来たと言う事だ。

だが、そんな風に自らの命を差し出してまで、パンドラズ・アクターが何を守ろうとしたと言うのだろうか?

 

「……宝物殿にあった、世界級(ワールド)アイテム?

いや……パンドラにとって、宝物殿に収められていた品々は大切なものだが、それに対しての対策は既にきっちり取っていると思っていいだろう。

むしろ、それらの品々に関しては、本人が納得いくまで考えた上で、完璧な手段で持ち運びを敢行している筈。

だとすれば、パンドラがそんな行動をするのはただ一つ。

俺や、ギルドの仲間に関わる事。

そんな、まさか……だが、それ以外には、思い付かない……」

 

理路整然と、冷静に考えたアインズが出した答えは、パンドラズ・アクターの側に仲間がいる可能性だった。

しかし、それだと仲間がパンドラズ・アクターを戦闘時に、都合良く盾として使っている事になる。

そんな事は、とても信じたくなかった。

本気でそう思ったからこそ、アインズは必死になりながらパンドラズ・アクターが蘇生してくるタイミングに合わせて、千里眼(クレアボヤンス)を展開するために意識を傾け。

 

ポウッと、胸に温かな繋がりを示す糸が繋がったと感じた瞬間、アインズは迷わず発動させていた。

 

千里眼(クレアボヤンス)!」

 

その声に合わせて、千里眼(クレアボヤンス)の呪文が発動したかと思うと、ユラユラと空間を揺らめかせる。

まるで、何かを探すかのような揺らぎを割と長い時間を掛けて見せた後、あれだけ反応しなかった視界が歪ながらゆらりと開け、アインズには全く見覚えのない場所が映し出されていた。

そこに映し出された映像は、黒髪の少年とおぼしきボロボロな後ろ姿。

彼が、ゆっくりとした足取りで向かう先には、分厚い氷に閉ざされた奥に揺らぐ様に、はっきりしない影が見える。

それとほぼ同時に、強烈に胸に込み上げる懐かしさ。

 

そう思った瞬間、プツリッと千里眼(クレアボヤンス)は途切れてしまったが、アインズにはそれだけで十分だった。

 

「……そうか、そうか……あぁ、そうだったのか!!」

 

あの少年こそ、今のパンドラズ・アクターが使用している人間の姿の外装なのだろう。

それ以外に、パンドラズ・アクターを対象にして発動させた千里眼(クレアボヤンス)に、映し出された理由が思い浮かばない。

更に、あの氷の奥に揺らいで見えた黒い影。

分厚い氷の中に閉ざされていたから、姿こそはっきりと見えなかったが……アインズには、そこに仲間がいた事が確信出来ていた。

そして、何故あれだけパンドラズ・アクターが必死になって、単独では戦うのが難しい相手に何度も死に戻りしながら、それでも必死になって挑んでいたのか、も。

あれ程の無茶を、全部わかっていながらパンドラズ・アクターが強引に押し通した理由なんて、本当に簡単な事だった。

 

全部、あの氷に閉ざされたギルドの仲間を……アインズにとって誰よりも大切な【アインズ・ウール・ゴウン】の仲間を助け出そうと、それだけを考えて行動していたのだ。

 

それが判った瞬間、アインズの中に込み上げてきたのは、ただパンドラズ・アクターの事を誇らしく思う気持ちだけだった。

たった一人で、本当は苦しかっただろう。

もしかしたら……あの場で氷漬けにされていた仲間の意識と、交流する事が出来てアドバイスは貰えたかもしれない。

または、何らかの助勢は得られた可能性も、全くない訳じゃないが、それだって不十分だっただろう。

多分……殆ど実際にまともに動けたのはパンドラズ・アクターだけだった筈だ。

 

それでも……こうして、成し遂げて氷の中から助け出そうと言う姿だけが、一瞬でも見れた事を思うだけで、アインズの胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じていた。

 

「……ふふふ……そうか、アイツは自分の意志で死ぬのを覚悟してまで、【アインズ・ウール・ゴウン】の仲間を助け出そうと、文字通り死力を尽くしてくれたんだな……」

 

そう呟くと、グッと足に力を入れてその場に立ち上がった。

本音を言えば、もう少しこの場に留まって色々な事を考えたい所だが……急いでデミウルゴスに伝えるべき情報が増えたのだから、そちらを優先するべきだろう。

先程、千里眼(クレアボヤンス)で映し出されたパンドラズ・アクターの装備は、自分が与えた最上級のものではなく、能力テストの際に自分で幾つか作り出した遺産級(レガシー)程度の品だった。

幾つも理由は考えられるが、何らかの状況で装備が不可能になっている可能性もなくはない。

それにもう一つ、重要な情報がある。

 

パンドラズ・アクターの同行者に、ギルメンが加わった可能性があると言う点だ。

 

もちろん、あくまでも現時点では可能性としか言い切れない状況だが、それでも伝えておいた方がデミウルゴスもそれを考慮して探すだろう。

何故、【可能性としか言えない】のかと言えば、それは彼らが所持しているアイテムやスキル、使用可能な魔法の都合によるものだった。

人の姿になる事が出来なければ、この世界で人の街に入り込むのは、正直とても難しいのだ。

パンドラズ・アクターなら、こちらの事を探しながら旅をしているだろうと言う想定の下、アインズはデミウルゴスに捜索させていた。

 

これからも、それは基本的に変わらないが……これからは同行するギルメンが居る分、行動が変わってくるかもしれない。

 

そう思うからこそ、早くデミウルゴスに自分が掴んだ情報を話しつつ、相談をしたいと思ったのだ。

他にも、アインズには気になる事が幾つもあった。

氷に閉ざされた形で、パンドラズ・アクターに救出されていた仲間の事だ。

どうして、あんな風に仲間が氷に閉ざされた姿でいたのかは、アインズには判らない。

可能性として考えられるのは、自分達よりも早い時代に転移してきていて、罠に嵌められてあんな状態にされていたと言う点だ。

この辺りの事も含めて、早急に【プレイヤー】関連の情報の詳細を調べさせる必要があるだろう。

 

もしかしたら、【魔神】に纏わる伝承か何かの中に、ひっそりと紛れている可能性がある。

 

「……もし、それが判れば……その場所を特定して、パンドラたちを探す手掛かりになるからな。

これに関しては、デミウルゴスときっちり詰めて話す必要があるだろう。

あぁ……それにしても、一体誰がこっちに来ているんだろうな?

それも全部、探し出して再会出来れば分かる話だし、今は確実にこちらの世界に仲間がいる事が判っただけで、良かったと思う事にするか。

とにかく、先ずはパンドラと仲間の身柄の安全な確保が最優先だな、うん。」

 

姿が確認出来なかった仲間と、必死になって仲間を助け出してくれたパンドラズ・アクターに思いを馳せながら、アインズは宝物殿を後にしたのだった。

 




と、言う訳で後編になります。
漸く、一区切り出来る部分まで書けました。
そして、これでアインズ様もギルメンが来ている事を知りました。
ただ、誰かまではこの時点では知りませんが、これでアルベドの暗躍は出来ない布石の一つになります。
アインズ様が、アルベドたちよりも先に、パンドラとギルメン情報を察知しましたからね。

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