もし、宝物殿の一部が別の場所に転移していたら? 作:水城大地
モモンガがその場から去った後、残されていた守護者たちはその場に伏したままだった。
怒れるモモンガから放たれる、恐ろしいまでのオーラに押し潰されそうになるのを、必死に耐えていたためだ。
その重圧が消えても、誰も動くものはいない。
特に、その失言から威圧を強く受けていたデミウルゴスは、全く動く気配はなかった。
自分の失言によって、モモンガの怒りを買い、あわや自分たちへの信頼を失いかけたからだ。
ひどく恐縮しているデミウルゴスに、他の守護者たちは同情めいた気持ちを抱いていたが、それを口にするものはいない。
この一件は、とてもデリケートな内容を含んでいるからだ。
誰もが口を閉ざしたまま、漸く緊張を緩めながらその場で立ち上がると、その沈黙に耐えられなかったのか、第六階層守護者マーレがキュッと手を握りながら口を開いた。
「あ、あの、さっきのモモンガ様…凄く怖かったね、おねえちゃん。」
「……ほんと、すごく怖かった。
あたし、あのまま押し潰されるかと思ったよ、うん。
前に、ぶくぶく茶釜様といるモモンガ様を見た時より、凄く怖かったと思うもん。」
マーレの言葉尻に乗るように、姉であり同じく第六階層守護者のアウラが、フルフルと身体を震わせながら同意する。
アウラの主張に、誰もが同じ思いを抱いていた。
自分たちが知るモモンガは、もっと穏和な性格だった記憶があっただけに、あの怒りに圧倒されてしまったと言っていいかもしれない。
最初は、とても上機嫌で自分たちが捧げた【忠誠の儀】を受け入れてくれていただけに、余計にそう感じた。
「……アレガ、支配者トシテノオ顔ヲオ見セニナッタ、モモンガ様ノ姿ダトイウ事ナノダロウ。
元々、我々ノ忠義ニ応エ、ソレヲ見セラレルオツモリダッタガ、ソノ前ニデミウルゴスノ一件ガ起キタトイウトコロダロウナ。
ソシテ、デミウルゴスノ発言ニ纏ワル一件ハ、不幸ナ行キ違イダッタ。
ダカラコソ、モモンガ様ハ全テ御許シクダサッタ。
ヤハリ、モモンガ様ハ偉大ナ方ダ。」
それまで黙っていたコキュートスが、静かに頷きながら自分の意見を言えば、それに同意するのは当事者であるデミウルゴスだ。
「確かに、コキュートスの言う通りですね。
知らぬ事とはいえ、あれは私も不用意な発言でした。
まさか、あれ程までにモモンガ様のお怒りを買う事になるとは、思ってもいませんでしたからね。
それにしても……アルベド、貴女はある程度の事情は知っていたでしょうに、なぜ事前に話して下さらなかったのですか?
もしくは、あの場で私が発言する前に、彼についてあなたが知っている事を教えてくだされば良かったのです。
そうすれば、私とてあの様な事を言い出したりはしなかったのですがね。」
自分の失態を反省しつつ、普段なら率先して会話を繰り広げそうな筈なのに、ひたすら沈黙を保つ守護者統括であるアルベドへ、素直な苦情を口にする。
あの時、モモンガの発言後に追加情報を付け加える事が出来たのは、間違いなく守護者統括としてその存在を把握していただろうアルベドだけだ。
普段の彼女なら、モモンガの言葉の補足として、件の宝物殿領域守護者がモモンガの手によって産み出されたものであり、モモンガからの信頼が篤い事を、双方の誤解を招かないために付け加えていた筈である。
しかし、彼女はそれをしなかった。
その結果として、デミウルゴスはその存在について何も知らぬまま質問し、モモンガからの怒りを買ったのだ。
流石に、デミウルゴスでも情報を全く持たない相手に対して、この異常事態が起きている状況下では、疑わずには居られないのだから、むしろこれは当然の流れだろう。
故に、デミウルゴスから唯一情報を持ちながら、秘匿した形になったアルベドに、苦情が零れるのも当然の話だった。
それに対し、アルベドは目を伏せたまま静かに首を振る。
「……そうね、デミウルゴス。
あなたの言う通り、モモンガ様の宝物殿領域守護者に関する説明不足については、私が補足すべきだったわ。
でも……私はこの件に対して半信半疑なのよ。
宝物殿領域守護者が、本当に信用がおける相手なのか、と。
考えても見て?
このナザリックに異変が起きた直後に、宝物殿の一部が突然消えたのよ?
デミウルゴス、あなたの言う通り何らかの反意を持った行動だと、疑うのは当然の話だわ。
だから、あえて私はなにも言わなかったの。
まさかモモンガ様が、あそこまでお怒りになるとは思わなかったから。
それに……確かに、私は与えられている守護者統括と言う役目の都合上、その存在について知っていたわ。
それでも、知らされている事は極僅かなものなの。
その名前と種族、普段の外観とそのレベル、後は創造者が誰なのか程度しか知らないし、直接会った事もないわ。
彼の受け持つ場所を考えれば、それも仕方がない話なのでしょうけど。」
どう言葉を紡げばいいのか、本当に困りきった様子でデミウルゴスに答えるアルベド。
その言葉には、嘘はみられなかった。
立場上、デミウルゴスのフォローをせずに黙っていた事に対して、それなりに罪悪感があるのか、それとも情報共有の必要性を感じたのか、アルベドはさらに言葉を紡ぐ。
「……モモンガ様のあの様子では、宝物殿領域守護者に関しての詳しいお話をお伺いするのは、暫く無理でしょうね。
だから、今の段階では私の知っている話をしておくわ。
捜索するにも、ある程度の情報がなければ絞り込みすら出来ないもの。
宝物殿領域守護者の名前は、パンドラズ・アクター。
先程、モモンガ様が口にしていらっしゃったけど、もう一度きちんと言っておくわね。
レベルは総合計百で、領域守護者ながら私達と同格に当たるわ。
種族は
最後の言葉には、どこか言明し難い雰囲気を漂わせていたが、それに対して突っ込むものは居ない。
下手に突っ込む方が、後で面倒になると思ったからだ。
それに、アルベドの気持ちも何となく解らなくもない。
最後まで残ってくれた、慈悲深いモモンガの手で生まれたと言う時点で、羨ましくて仕方がないからだ。
それよりも、デミウルゴスには気になる点が幾つもあった。
「アルベド、今、貴女は宝物殿領域守護者であるパンドラズ・アクターは、
だとしたら……捜すのはかなり困難を極めるかもしれません。」
眉を潜めながら、困ったように呟くデミウルゴスに、他の守護者たちがどう言うことかと首を傾げる。
それに対し、アルベドは納得したように頷いた。
デミウルゴスの言いたい事を、直ぐ様察したからだ。
「……そうね、全くその可能性がないと言わないわ。
誇り高き、ナザリックに名を連ねる者としては、あまり相応しい行動とは思えないけど。」
二人だけで納得し合っている様子に、焦れたようにアウラが声を上げた。
「ちょっと、二人だけで話を進めないでよ。
ちゃんと私達にも解るように、一から説明してくれないと、訳が解らないじゃない。」
二人に詰め寄るようにアウラが問えば、後ろでコキュートスやマーレも同意するように頷く。
それを見て、済まなそうな顔を見せたのはデミウルゴスだ。
横で、忘れていたと顔に手を当てるアルベド。
「あぁ、すまない。
私達だけで納得して、進めていい話ではなかったね。
なぜ、パンドラズ・アクターが
彼の種族、【
そのスキルこそが、我々の捜索を困難にさせる原因になるのだよ。」
そこで言葉を切ると、ゆっくり視線を巡らせる。
今の自分の言葉の意味を、アルベド以外に気付いたものが居るか確認するためだ。
どうやら、これだけでは解らないらしい。
なので、彼らの思考を促すように言葉を続けた。
「良く、考えてみたまえ。
今、彼が置かれている状況下は非常に難しいと言っていいかもしれない。
少なくとも、味方は皆無の状態で守護すべき数多の秘宝を抱え、単身でナザリックの外に居る訳だからね。
そんな状態で、自身と秘宝の安全を確保しようとしたら……君達は、彼がどういう行動をとると思うかい?」
デミウルゴスの順を追った言葉による示唆に、その場にいた者たちは静かに考え。
次の瞬間、その答えが頭に浮かんだ。
「……マ、マサカ……パンドラズ・アクターガ、己ノ外装ヲコノ世界デ一番多イ種族ニ変化サセルダロウト、ソウ言イタイノカ、デミウルゴス。」
思わず、コキュートスが漏らした言葉に、正解と言わんばかりに頷くデミウルゴス。
「その通りですよ、コキュートス。
間違いなく、秘宝と己の身を守る為に必要だと判断を下して、パンドラズ・アクターは本来の姿を別のものへと変えるでしょう。
私でも、彼と同じ立場におかれたとしたら、可能な限り身を隠し安全を確保しつつ、ナザリックへの帰還方法を探すでしょうからね。
ですから、ただでさえ手掛かりが少ないと言うのに、更に彼を捜すのは困難になると予想出来るのです。」
コキュートスの言葉で不足している部分を、丁寧に補足していくデミウルゴス。
それを聞けば、アルベドと、二人で話を進めていた内容もある程度は見えてきた。
つまり、彼らはパンドラズ・アクターが己の姿だけだなく様々な偽装によって、その正体を見破れなくするのではないかと、その可能性の高さを示唆し合っていたのだ。
なるほど、改めて言われればあり得る話である。
「……その件でありんすけど……
状況は、デミウルゴス達が想定しているよりも、もっと大変かもしれないでありんすよ?」
今まで、沈黙を保ちその場に蹲っていたシャルティアが、口元に手を当てたままそう口を開く。
ほんのり頬が赤く染まっている事に、その場にいた全員が気付いていたが、それよりも気になる発言をしていたので、一先ずスルーして気になった事を確認するべく問い掛けた。
「どういう事ですか、シャルティア。
あなたは、なにかパンドラズ・アクターに関して知っていると言うのですか?」
【何か知っているなら、包み隠さす教えてくれ】と、言外に含めてデミウルゴスが問えば、それに対してシャルティアは蹲ったままこちらへ向き直り、素直に頷く。
そして、何度か思い出すように頷いた後に口を開いた。
「私も、直接会った事がある訳ではありんせんし、名前を聞いた訳でもありんせん。
ですが……かつてペロロンチーノ様が私の部屋で、同じく至高の御方のお一人であり、ご友人であられるウルベルト様と、こんなお話をしていたのを聞いた事がありんすえ。
確か……そう。
【そう言えば、モモンガさ……んところのNPCですけど、外装は全部で四十五の予定なんですよね、ウルベルトさ……ん。】
【えぇ、そうです。
せっかくなので、その外装の一つに装備をプレゼントしようと思いまして。
丁度良いので、デミウルゴスに用意した予備の装備のデザイン違いのものを、現在準備中なんですよ、ペロロンチーノさ……ん。】
【そうなんですか?
それなら、俺も何か装備を用意しようかな。
別に、かわいい女の子用の装備とかでも大丈夫ですよね。
聞いた話じゃ、スキルを使えば性別問わずで変化出来るみたいですし。】
【まぁ、あまりやり過ぎの装備じゃなければ、モモンガさ……んも受け取ってくれると思いますよ。】
と、言うものでありんした。
この話を聞けば、デミウルゴスやアルベドなら私の言いたい事が判るでありんしょう?」
思い出した会話を、敬称の部分で何度も様と言いそうになりながらつっかえつつ、再現して聞かせるシャルティア。
これだけの会話を、よく彼女が覚えていたものだと、その場にいた誰もが感心しつつ、至高の方々の会話なら当然かと思う。
それを聞いて、デミウルゴスは何か考える素振りを見せていた。
彼女が披露した会話は、とても貴重なものであると同時に、重要な意味を持っていたからだ。
「とても貴重かつ、重要な話をありがとうございました、シャルティア。
そうですね、性別すら解らなくなったと言う意味では、捜査の難易度は上がりましたが、それでも闇雲に探すよりもヒントになりそうな事が一つ、判明しました。
彼は、私の予備の装備のデザイン違いを持っている可能性が有るのですね?
ならば、その事を後でモモンガ様に確認させていただく事に致します。
デザイン違いと言う場合、同じ素材を使っている可能性がありますからね。」
いい話を聞いたと、赤熱神殿の私室にある自分の予備の装備を確認しようと考えつつ、他の面々に視線を向けた。
今のシャルティアのように、直接名前を挙げていなくても、パンドラズ・アクターを思わせる会話を、【至高の方々】がしていた可能性はある。
それを、彼らのなかに聞いていた者が居ないか、確認しているのだ。
現時点で、出来るだけ情報を得ておきたいデミウルゴスとしては、当然の行動だった。
しかし、シャルティア以外の面々はなにも知らないらしく、首を横に振っている。
「ゴメン、デミウルゴス。
私は何も知らないかな。
シャルティアみたいな会話も、聞いたことはないと思う。
マーレ、あなたもだよね?」
「う、うん、僕もパンドラズ・アクターさんの名前は、ここで初めて聞いたと思うし、モモンガ様のNPCのお話も聞いたことはないと思うよ。
ごめんなさい、デミウルゴスさん。」
済まなそうに、双子の二人から声を掛けられ、デミウルゴスは軽く肩を竦めた。
「……そう、気にしなくても大丈夫ですよ、二人とも。
私だって、全くその存在を知りませんでした。
むしろ、彼の事を漠然とでも御方々のお話から知っていたシャルティアの方が、ある意味では幸運だと言えるのですから。
その様子では、コキュートスも何も聞かせれてはいないのですね?」
明確な答えを口にせず、悩む素振りを見せるコキュートスに対して声をかければ、やはり思い当たらなかったのか静かに頷く。
アルベドに対しては、先程の説明の中に追加されなかった時点で、特に聞く必要はないだろう。
全員から話を聞き、少しでもヒントを得られた事に感謝しつつ、デミウルゴスは全員に対して軽く頭を下げた。
「……それでは、私はモモンガ様にお伺いする事がありますなら、これでこの場は失礼しましょう。
今現在、モモンガ様が何処に居るかは不明ですが、伝言でお時間をいただけるかお伺いした上で、いらっしゃる場所をお尋ねすれば良いことですからね。」
それだけ言い残し、その場を去っていくデミウルゴスを、誰も止めたりはしなかった。
モモンガ様ご立ち去った後、彼らはこんな感じでした。
全体的に、モモンガ様の怒りで萎縮してます。
さらに、アルベドが原作よりも静かです。
この作品の彼女は、原作の様に王座の間で触れられたりしてませんから。
そして、シャルティアには、割りと重要な役割を受け持って貰いました。