もし、宝物殿の一部が別の場所に転移していたら?   作:水城大地

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守護者たちと対面してみたんだが

王座の間から、第六階層の闘技場に指輪の力で転移したモモンガは、大きく息を吐くと軽く首を振った。

 

宝物殿の中で目撃した、あの衝撃的な光景が目に焼き付いて離れず、モモンガの中で大きな喪失感を産み出しているのを振り切る為だ。

もちろん、それ位では消えたりはしない。

だが、これから対峙する守護者達の事を考えるなら、余りあからさまにそんな素振りを見せるのは良くないだろう。

 

それ位の事は、今のモモンガにも理解出来ていた。

 

「……今は、先に済ませる事の方が多いからな。

とにかく、守護者が集まる前に攻撃魔法を試しておかなくちゃ……」

 

小さく呟きながら、闘技場の通路を格子戸がある方に向けて、少し急ぎ足で進んでいたのだが……

こちらの動きに会わせ、持ち上がった格子戸の外に出た所で、思わず固まった。

なぜなら、既に守護者達が全員揃って、モモンガを待ち構えていたからだ。

まだ、こちらが指定した時間になっていないのだが、彼等は可能な限り早く集まって来たらしい。

宝物殿と王座の間での確認作業で、予想以上に時間を使ってしまった為に、こちらの予定が狂う形になってしまったようだ。

しかし、こうなってしまっては仕方がないと腹を括ると、守護者達が待つに闘技場中央に降り立った。

 

「……どうやら、待たせてしまったようだな……」

 

出来るだけ冷静に声を掛ければ、それによってモモンガに気付いた守護者達が、一斉に自分に対して顔を向け道を開けるように左右に整列していく。

それに片手を上げて応えると、彼らが作ってくれた道を進んで全員の正面に立った。

こうして、彼らの前に立っても敵意は感じないし、敵関知も反応しない。

むしろ、寄せらるのは強い尊敬の念だった。

 

「モモンガ様、そのような言葉は我らには不要でございます。

御方のお呼びとあらば、即座に参りますのが我ら僕でございます故。」

 

モモンガから一番近い位置にいた、デミウルゴスがそう言い切れば、同意するように頷く守護者の面々。

彼らを見る限り、どうやらモモンガに対して敬う姿勢はアルベドやセバスたちと変わらないらしい。

それを、鷹揚な態度見えるような素振りでやり過ごすと、アルベドが口を開いた。

 

「では、皆、至高の御方に忠誠の儀を。」

 

彼女の言葉を合図に、素早く横並びに整列していく守護者達。

そうして、それぞれまるで決められていたかのように綺麗に並び終えると、第一、第二、第三階層守護者であるシャルティアから順に名乗りを上げていく。

全ての階層守護者が名乗りを終え、締めにアルベドが名乗りを上げた所で一息置き。

最後に忠誠を誓う言葉を述べて締め括るのを聞きながら、モモンガは注意深く様子を窺っていた。

 

今までの様子から、彼らの言葉に嘘はないだろう。

それ位の事は、流石にモモンガにも理解出来た。

正直、これほど真っ直ぐに好意を含んだ忠誠を向けられると、どう対応していいのか一瞬分からなくなる。

しかし、だ。

彼らに対して、支配者としてここで上手く捌き切れなければ、これからの自分の目的すら叶わなくなるだろう。

それだけは、絶対に避けたかった。

 

「面を上げよ」

 

全員、一糸乱れの無い動きで顔を上げる。

統一性の取れた行動を見て、モモンガは感嘆の念を抱きながらもそれは口には出さず、別の言葉を口にした。

 

「……まず、良く集まってくれた、感謝しよう。」

 

出来る限り内容を選ぶため、普段よりも短い言葉でそう告げれば、即座にアルベドの言葉が入る。

 

「そんな、感謝なぞお止めください。

我ら、モモンガ様に忠誠のみならず、この身を捧げた者たちなれば、至極当然の事でございます。」

 

その返答に対して、他の守護者たちが口を挟まないことから、同意していると考えて良いのだろう。

モモンガが、次に何を言うべきか言葉に迷っていると、それを察するかのようにアルベドが「どの様な命令でも、見遂行いたします。至高の方々の名に恥じない働きを誓います」と宣言し、その後に続くように守護者全員が唱和する。

 

それを聞いて、モモンガは嘗てのアインズ・ウール・ゴウンの黄金期を思い出していた。

仲間達の残したNPC達の忠義の篤さと共に。

こんな、真っすぐに自分を慕ってくれる彼らの事を、疑っていたこと自体が馬鹿馬鹿しくなる。

 

だから、素直に感嘆の声を上げていた。

 

「素晴らしい……実に素晴らしいぞ、お前達!

お前達ならば、私の目的を理解し、失態することなく事を運べると、今、この瞬間に確信した!」

 

両手を広げるといった、誰の目から見ても大仰な仕種で断言すると、モモンガは守護者全員の顔を見渡した。

自分の言葉に、本当に嬉しさを滲ませた瞳を向けてくれる守護者たち。

【これなら大丈夫だろう】と判断したモモンガは、今まで自分の中に押さえていた願いを迷うことなく口にした。

 

「私はな、お前達に伝えなければならない事がある。

先程、ナザリック全体を大きな震動が襲ったのは、皆気付いているな?

あれは、このナザリック地下大墳墓の宝物殿の一部が突如抉り取られたからのようだ。

もちろん、その原因は現時点では一切不明であり、その場にいた領域守護者共々、そこに納められていたナザリック最大の秘宝の数々も失われた状態となっている。

我が願いは、ただ一つ。

現在、行方不明となっている宝物殿領域守護者の身柄の保護と、失われた秘宝の数々の奪還だ。

その捜索を、お前達に任せたいと思うのだが、何か意見はあるか?」

 

滔々と、低く通る声で告げるモモンガに対し、質問の声を上げたのはデミウルゴスだ。

 

「……モモンガ様。

恐れながら、申し上げます。

私は、宝物殿に守護者が存在する事すら存じ上げませんでした。

ここに居る者の殆どが、私と同じでしょう。

なので、その人となりがどの様な者なのかも解りません。

ですので、こうしてお尋ねするのですが……

もしや……宝物殿領域守護者自身が、宝物殿内から何等かの手を使い、秘宝の数々ごと宝物殿の一部を持ち去ったと言うことはこざいませんか?

ナザリックの者が、モモンガ様を裏切るとは思えませんが……エクレアの様な者もおりますので……」

 

今まででは、到底あり得ない事態の連続に、デミウルゴスは頭に浮かんだ疑念を口に出してモモンガに問う。

その言葉を聞き、存在すら知らなかった相手に対しての疑念を持ったのか、守護者達はあり得そうだと言う気配を見せていた。

あくまでも、デミウルゴスとしては可能性の一つとして挙げただけなのだろう。

 

だが、その言葉は今のモモンガにとって、言ってはならない一言だった。

 

それまで、どちらかと言えば機嫌良く話していた筈のモモンガの気配が、一気に目に見えない死のオーラに満ちたものへと変化したからだ。

どう考えても、今のデミウルゴスの言葉によって、モモンガの機嫌を損ねたのは間違いない事を、守護者達は嫌でも悟る。

 

「……アレが、宝物殿領域守護者が、私の事を裏切る事だけは、絶対にない。

なぜなら、アレは私がこの手で産み出したたった一人の僕だからだ。

もし、アレが私を裏切ったのたとしたら……お前達が捧げてくれた忠誠すら、私は信じられなくなるだろう。

それ位、お前達僕にとって創造主とは大切な存在なのだろう?

それとも、これは私の思い違いだったか?」

 

怒りに駆られ、周囲を圧倒するほどの死のオーラを放ちながら、それても静かに問うモモンガに対して、デミウルゴスはもちろん全ての守護者が慌てて頭を下げる。

間違いなく、自分の質問がモモンガの逆鱗だった事を察したデミウルゴスなどは、全身から血の気が引く思いだろう。

それでも、自分の失言で他の守護者達にまで迷惑を掛ける事は出来なかった。

 

「も、申し訳ございません、モモンガ様。

モモンガ様のおっしゃる通り、私達僕にとって、己の創造主は何よりも変え難いもの。

何があっても、裏切るなどあり得ません!

知らぬ事とは言え、この失言の咎は全て私の不徳の致すところ。

他の者達には、何とぞ寛大な御慈悲を賜りますよう、心よりお願い申し上げます。

そして、この失態の払拭の機会をいただけるのであれば、これに勝る喜びはございません。」

 

己の失言を恥じ、他の守護者まで巻き込まないように詫びるデミウルゴスの言葉に、モモンガは怒りを収めると鷹揚に頷いて受け入れた。

 

「……ならば、デミウルゴス。

お前に、アルベドと協議の上、ナザリックの防衛網の再構築が済み次第、隠密能力に秀でた僕達を使いパンドラズ・アクターと宝物殿の探索の総責任者の任に就くことを命じよう。

己の失言を、行動によって灌ぐがいい。

もうすぐ、周辺の探査に出掛けているセバスが、ここへ報告の為に来る予定だ。

他の者達は、セバスから周囲の状況を聞き次第、追って指示を出す。

その前に、聞こう。

今回の異常事態に対し、各階層で何かを前兆のようなもののこころあたりがある者はいるか?」

 

モモンガの問いに、誰もが心当たりがないと答える中、小走りにこちらに向かってくるセバスの姿が見えた。

 

 

*******

 

 

セバスの報告が終わった後、それぞれ守護者への指示を出したモモンガは、最後に彼らから自分への評価を聞いて内心身悶えながらも、何とかそれを悟らせずに私室のある第九階層に異動した。

正直、あまりの高評価に戦々恐々の気分を味わったのだが……彼等はどう見ても本気だったので、下手に突っ込む事も出来なかったのだ。

 

≪……まぁ、いい。

彼らに失望されないよう、失態は出来ないが……それさえ気を付ければ、パンドラズ・アクターの捜索を十分任せられそうだからな……

いや、待て。

相手は、ナザリックの僕の中で最高の頭脳を持つデミウルゴスと同等の頭の良さと設定した、あのパンドラズ・アクターだぞ?

アレが自分の意志で動くなら、絶対何らかの偽装はしてくる筈だ。≫

 

無事、目的を果たせたと安堵の息を吐き、これからの事を思案し始めたモモンガは、まず、捜す相手であるパンドラズ・アクターの頭の良さを思い出し。

次に、自分がパンドラズ・アクターにどの様な設定をしたのか思い出していく。

それこそ、自分にとって黒歴史とも言うべき痛々しい設定の数々を。

 

「……と言うか、あれ……待てよ。

そもそも、アレがあの設定のまま動き回る?

……うわー、ちょっと待て、アレが?

それを、デミウルゴスに捜査を命じて発見させる?

うわー、マジで、うわー!?

……あー……沈静化した。

はぁ……もう、デミウルゴスにはみんなの前で命令してしまったし、今更それを考えても仕方がないか。

むしろ、命じた直後に撤回する方が、彼らの不信を招きそうな気もするし。」

 

思い出して、口にすればする程、次第に血の気が引くような気がした。

あくまで骨なので、実際は何の変化も無いのだが。

だが、実際に沈静化が掛かるほどのダメージを受けたのは間違いない。

 

≪……とにかく、今はあらゆる情報収集が優先事項だしな。

彼らに集めさせた情報を元に俺が精査して、そこから先は自分で探しに行くけばいいか。≫

 

出来そうな対応策を練りつつ、何とか気を持ち直したモモンガは、自室へと向かってゆっくりと廊下を先に進んでいく。

扉の前に控えるメイド達に、「暫く考え事をするのでこの部屋付きのメイド全てを人払いするように」と指示を出すと、彼女達が扉を開けてくれるのを待つ事にした。

下手に断り、メイド達に泣かれてそれを宥める事になるのは、出来るだけ避けたかったからだ。

彼女達が見送る中、モモンガは、自室の扉を潜り扉が閉じるのを待つ。

そのまま歩みを進め、ソファに辿り着くと、身を投げ出すようにぐったりと座り込む。

この世界に転移してから、宝物殿の一件が重ねて発生し、その上で守護者達との対面と言う事態が続いたので、精神的に疲れたのだ。

尤も、今の自分はアンデッドであるが故に、実際に疲労を感じることはないのだが。

そして、改めて現状を顧みる。

 

≪とにかく、何でもいいから情報が欲しい。

このナザリックを守るためにも、パンドラズ・アクターと宝物殿を捜すためにも。

今の段階じゃ、本当に一体何が起きてこうなったのか、何も分かってないからな。

まぁ……こっちの世界に移動した事は、別に構わないんだ。

俺自身には、今のところ何の不都合もない……訳じゃないが、あちらより悪くなるとは思えないし。

どういう状況であろうと、最終的に、アレが……パンドラズ・アクターと宝物殿の中身全部が、俺の手元に戻って来さえすれば良い訳だからな。≫

 

先程、守護者の真っ直ぐな忠義を受け、冷静さを取り戻していた筈のモモンガだが、パンドラズ・アクターや宝物殿の事を考え始めると、先程とは違い次第に狂気の色が滲み出す。

この変化は、人目に触れる可能性が有るか無いかの差なのだろうか?

それとも、単純に手元にパンドラズ・アクターが居ない事への思いが零れたからだろうか。

 

「……あぁ、でも、アレに誰かくだらない相手の手垢が付いていたら、どうしてくれようか……

あれで、少し大袈裟な言動さえ除けば、文句なしのいい男になれる筈だし。

そもそも、偽装でそれなりにハンサムな人の姿になれば、アレだって有りになるかもしれないよな。

アイツだって、この世界に一人だけ放り出されているのなら、誰かに縋りたくなるかもしれないし。

そんなアイツに、集る存在が居ると思うだけで、そいつらをミナゴロシにしたくなる。

アレは、このオレがみんなと共に作った、大切なオレの【宝】なんだ。

俺と、ギルドのみんなと、ナザリックの者以外、勝手に見ず知らずの奴が触れて良い訳がないだろう?

……あぁ、パンドラズ・アクターをこの手に取り戻したら、先ずは余計な傷がついてないか、頭の先から爪先まで一つ残らず確認しなきゃダメだな。

確認作業に、NPC作成ツールのモニターが使えれば、見えない場所の漏れもなくていいんだけどな。

あぁ、宝物殿が元に戻れば、アイツの部屋に製作時に調整で使ってて余った、その手の課金アイテムが幾つか残ってたっけ……

なら、ここを離れていたんだし、パンドラのフルメンテナンスは当然だよな……」

 

こぼれ落ちる言葉は、次第に狂気に満ちてくるが、モモンガ以外この場には居ないため、止めるものはない。

モモンガ自身、自分の言葉が狂気に満ちていることに、この時はまだ気付いていなかった。

 




最後の方のモモンガ様の発言に関しては、あくまでもパンドラズ・アクターをみんなで作った【宝物】と認識しての発言です。
この話のモモンガ様は、パンドラズ・アクターに対して、物に対するのにかなり近い感情での執着を抱いています。

あくまでも、【みんなとの思い出の結晶】である存在への執着です。

まだ、精神的に安定しきっていない転移直後に、宝物殿の一部欠落と言う形で失った結果、ギルメンが居なくなった事と重ねてしまい、一気に【俺の宝物】という執着に変わりました。
こちらの世界に来ている事だけは、漠然とわかっていますからね。
なので、最後のセリフも本人的には、【汚れていたら大変だから、傷がないか確認しよう】程度しか思ってません。


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