もし、宝物殿の一部が別の場所に転移していたら? 作:水城大地
ウルベルトから、彼の現状を聞かされたパンドラズ・アクターは、今後の行動に幾つか修正を入れる事を決めていた。
当初の予定のままだと、ウルベルトを本来の姿に戻すのはかなり難しいからだ。
彼の本体を目覚めさせるのに必要な命は、全部で十万。
それを、様々な理由で弱体化している二人で集めるのは、かなり至難の技だと言えるだろう。
わ
実際に、パンドラズ・アクターが今使える魔法の中に、召喚系のものは少ない。
一応、魔術を優先したウルベルトの構成から、パンドラズ・アクターが継承して使用出来る魔法の中で、今回の一件に対して使えそうなもので一番効果が大きいのは、第十位階の【
と言うよりも、その魔法を使用しても問題ない環境を作り出すのは、この国ではかなり難かった。
何せ、隣の国はスレイン法国である。
せっかく、パンドラズ・アクターが手間を掛けて召喚しても、彼らが気付いて討伐隊を出されては困るのだ。
もちろん、この場合の彼らの討伐対象は、悪魔だけではなく召喚した自分達にも当て嵌まるだろう。
むしろ、こちらにその手立てがあり、コントロール出来るのならば、捕らえて支配下に置きたくなるはずだ。
ビーストマン相手になら、これを仕掛けて本国側を潰した方が何倍も楽だからだ。
そして、その召喚した者が人間なら、自国に重要ポストを与えられるだろうが……人間以外だと話が変わる。
こちらが異形だと知られたら、何をされるかわからない位に危険な国なのだから。
その点から考えても、もう少しスレイン法国から離れなくては、ウルベルトの本体を目覚めさせるのに必要な命を集めるための魔法を使用するのは、難しかった。
少なくても、スレイン法国から離れた場所……地図で見る限り【カッツェ平野】辺りまで移動してからでないと、悪魔の召喚は危険過ぎるだろう。
それに、少しだけ噂を集めた感じでは、今挙げた【カッツェ平野】は、常に霧が立ち込めアンデッドが犇めく場所だと言うので、多少の無茶が利くと判断してのだ。
もちろん、モモンガやナザリックの面々と合流してから、改めてその手段を考えると言う方法もあるだろう。
だが、その時点でモモンガが建てていた指針によっては、それを邪魔する事になってしまう可能性もあって。
パンドラズ・アクターとしては、出来ればそれは避けたかった。
ギルド長であり、様々な責任を負っている可能性は高いからだ。
このパンドラズ・アクターの意見には、ウルベルトも賛成してくれている。
本人的にも、余りモモンガの負担になるのは、本意ではないらしい。
ウルベルト的には、理由はどうあれ最終日に会いに行くことも叶わず、こんな面倒事を抱えた状態では、会わせる顔が無い心境なのだろう。
そう考えてしまう、ウルベルトの気持ちはよく判った。
パンドラズ・アクターも同じ状況なら、モモンガに迷惑を掛けるよりも、自分で何とかする方を選ぶからだ。
まぁ、それが難しいと判断したからこそ、こうして自分と合流するのを選んだのだろうが。
《それを素直に選んでいただけて、本当に良かった。
もし、ウルベルト様が無理を押して自分一人で動くことを選択されていたとしたら……多分、こうしてお互いに顔を会わせるのは、かなり先の話になっていたでしょうね。
今のウルベルト様では、かなり行動の制限が有るようですから。
それに……無事にこうしてお会いするのも、難しかった可能性すらあり得ますし。》
自分の手のひらに乗る程度の、今の小さなゴーレムの姿では、モンスター相手に生き延びる事は出来ても、スレイン法国関係者が相手では、かなり厳しい筈だ。
一応、ウルベルトのレベルは百のままだが、実際に戦闘になった時に発揮できる実力は精々レベル六十まで。
なぜ、そのレベルだと判断したかと言えば、この小さなゴーレムボディに問題があるからだった。
パンドラズ・アクターが、このゴーレムを作った時はまだ未完成の頃。
あくまでも、能力テストの試作品と言うことで、細かな性能までは指定されなった。
だから……パンドラズ・アクターは、作り上げたウルベルトの姿のゴーレムの能力値を、完全に彼に似せる事はしなかったのだ。
その結果、外見の完成度はそれなりだが、能力値は微妙にバランスが悪くなったのである。
それでも、本人の希望に沿う形で決めた部分もあった。
可能な限り、【攻撃系の
だから、攻撃の威力はそのまま残しているが、HPが四割でMPは六割となり……その縛りは、割と解り難くその実力を削る結果となっていた。
しかも、本来の器から今のゴーレムに、複雑な術式が絡み合い強引に入り込んでいる都合上、MPの消費率が五割増しに増えていて。
その予定外の消費率の加算が、地味にウルベルトの魔法が使える回数を削るので、手数はあれど実際にどこまで使えるかと問われたら、微妙だった。
この状態で、ウルベルトが集団相手に戦闘になった場合、壁役無しでは高速詠唱で高位魔法を使うしか、戦い方の選択肢が無い。
しかも、だ。
実際にその方法を取ったとしても、数回でMP切れで戦闘不能になる可能性が高いのである。
実に、大きなハンデが課せられた結果、本来のレベルよりもかなり低く力を見なければならないのが、今のウルベルトの実力なのである。
ウルベルト本人からすれば、
パンドラズ・アクターのように、最初からそれを覚悟の上で選んだわけではないのだから、その気持ちは特に強い筈だ。
それでも……ウルベルトの口から語られた、この状況になるまでの話の内容を思えば、こんな形でも生きてくれているだけましだと本当に思う。
生きてさえ居てくれれば、モモンガとの再会を共に果たす事も出来るのだから。
「それで、今後の事なのですが……まずは、ウルベルト様の戦力強化をするべきだと、私は愚考致します。
今のウルベルト様のままでは、ご自分で満足に動く事も難しいかと。
それならば、今の私に出来る形での手立てを、全て試させていただきたく。
もっとも……今の私では、本来の力を十全に使える訳ではございませんので……出来ることにも限りはございますが。」
スッと、胸元に手を当ててそう告げると、ウルベルトは微妙な顔をした。
バリバリと、頭の後ろを掻きながら溜め息を吐くと、こちらの顔を真っ直ぐに見る。
その仕種に、何かウルベルトの不興を買ってしまったのかと、パンドラズ・アクターは不安になった。
それでなくても、ウルベルトが今の姿になった原因の一つに、自分が関わっている事を、本気で申し訳なく思っていたのだ。
もし、ウルベルトの不興を買っていたのだとしたら……今すぐ【
モモンガの親友であり、自分に様々な知識を与えてくれたウルベルトの不興を買って、このままでなどいられない。
代価としてレベルを支払い、能力変更による強制変更でまず溜め込んだ【
それが済んだら、更に代価にレベルを払って能力変更して、ナザリックへ彼とアイテムを強制転送すればいいのだ。
もちろん、ウルベルトを元に戻すなら、十万の命の代わりなのだから相当のレベルを払う事になるだろう。
場所も解らないナザリックへの、ウルベルトと今手持ちのアイテムを全て送り届けるなら、これもまたかなりのレベルが必要な筈だ。
能力変更を二回すれば、そこで支払うレベルはもう絶対に戻らない。
それが必須条件だからこそ、かなり無茶な願いすら叶えられるのである。
パンドラズ・アクターが、自分一人の時にその選択をしなかったのは、万全の状態でモモンガの元に戻るためだった。
だが、ウルベルトとこうして合流し、彼をナザリックに戻すためなら、例え自分が万全の状態で無くなったとしても、許される気がするのだ。
そう……最悪、代価を支払い過ぎて消滅してしまったとしても。
覚悟を決めて、その事を進言する為に、パンドラズ・アクターが口を開こうとした途端、コツンッと何か固いもので頭を叩かれた。
ハッとなって視線を上げれば、いつの間にか
また、ウルベルトの不興を買ってしまったと、心の中でしょんぼりとしたパンドラズ・アクターに、ウルベルトは手にした杖を振り回しながら口を開いた。
「こら、パンドラ。
お前、さっきからなにか勘違いして、不穏なことを考えてないだろうな?
言っておくが、俺が溜め息を吐いたのは、お前が原因じゃないんだぞ!
むしろ、今更ながら情けない事に気付いて、自分で自分に呆れただけだから。
勘違いした挙げ句、変に暴走した思考で行動したら、それこそ怒るぞ、パンドラ。」
ツンッと、杖でパンドラズ・アクターではなくサーティの外装だから存在している鼻を突っつくと、コホンッと軽く咳払いをした。
どうやら、話す内容を切り替えるために、わざと咳払いしたのだろう。
その様子は、どこか気恥ずかしそうだと、パンドラズ・アクターは感じた。
「……ったく。
俺はな、こうして自分の意思で動いているお前に会えた事を、本気で喜んでいるんだからな。
そうだ、一つ言ってなかった事を思い出した。
良く、一人で宝物殿の宝を守る為に、ここまで頑張ったな、パンドラ。
お陰で、ナザリックの財を確実に守れている。
だからな、俺から言うことがあるなら、それは【ありがとう】だと思う。
本当は、再会してすぐに言うべきだったんだろうが、他に優先事項が多すぎて忘れてたな。
一人だけで、あれだけのものを抱えて旅をするなんて、精神が休まる暇もなかっただろう?
本当に……今までよく頑張ったな、パンドラズ・アクター。」
杖をしまうと、小さな掌を伸ばしてパンドラズ・アクターの額に触れると、優しく慈しむ様に撫でる。
それは、また完成前に感じた手の暖かさと同じで……
ホロホロと、気付けば涙がパンドラズ・アクターの瞳からこぼれ落ちていた。
ただ、嬉しくて堪らなかった。
己の創造主のモモンガではないが、親友であるウルベルトから【今まで頑張った】と認められ、本当に嬉しくて堪らなかったのだ。
今まで、モモンガとウルベルトしか、まともにパンドラズ・アクターを気にかけてくれる人は、ほぼいなかった。
もちろん、戯れに現れては知識を落として行く人ならば、幾らでもいたが、それも短い期間で顔を見なくなって。
だから、そのうちの一人から認められ労いの言葉をかけられたことが嬉しくて……涙が溢れ止まらなくなってしまったのである。
そんな風に、ホロホロと泣き出したパンドラズ・アクターの頭を、ウルベルトは小さな手で優しく撫でる。
小さな手が触れる場所は、とても少ない。
それでも、頭を撫でる手が触れた場所から温かさが広がって、ますます涙が止まらなくなって。
結局、パンドラズ・アクターが泣き止むまでに、かなりの時間が掛かったのだ。
泣き止み、冷静さを取り戻したパンドラズ・アクターは、とても恐縮してしまったのだが、ウルベルトは気にした様子はない。
むしろ、どこかホッとした様子も見える。
その様子に、自分の行動が彼を怒らせた訳でも、不興を買った訳でも無いことに安堵しつつ、それならばなぜウルベルトが溜め息をついていたのか、パンドラズ・アクターはその理由を知りたくなった。
まずは、ウルベルトと話しやすい状況を作るべきだろう。
いつまでも、
彼のMPを考えれば、負担が大きすぎたからだ。
幾つか候補があったが、一番ウルベルトに抵抗が感じない方法とを考え、
同じく、作った書斎の机と椅子の上に乗せ、その下にビロードを敷いた台座を作り出して高さを調整する。
そうして、対面で話しやすい状況を作り出すと、そこにウルベルトを招いた。
サイズこそ小さいが、意匠と質感には拘って作ったそれは、ウルベルトに相応しいものだと、パンドラズ・アクターは自負している。
その拘りが、ウルベルトにも伝わったのだろうか?
何度か、そのデザインを確認するように見ては、軽く頷きながら手で触れて更に確認し、ドカッと座って満足そうに笑う。
その様子を見ただけで、ウルベルトがそれを気に入ってくれたのが良く判った。
ウルベルトが気に入るものを作れた事に喜びつつ、パンドラズ・アクターは更に彼の為に用意する必要がある物を思い立つ。
そこで、一先ずそれを用意する為にこの場から退出するべく、ウルベルトに声を掛けた。
「すいません、ウルベルト様。
本来ならば、先にお茶と茶菓子を用意すべきでしたのに……
まだまだここから話は長くなりますし、今からでもご用意させていただきますね。
すぐに戻りますので、暫くそちらでお待ちいただけますか。」
それだけ言い残すと、パンドラズ・アクターはウルベルトに向けて軽く頭を下げ、部屋を出るとキッチンへと向かった。
己の創造主であるモモンガとは違い、ウルベルトは飲食可能なのだから、目を覚ました時点でお茶を用意するべきだったと、パンドラズ・アクターは己の不手際を反省する。
幾ら、自分の本職が執事やメイドでは無いとはいえ、【至高の四十一人】の一人であるウルベルトに、何も持て成しを用意せずにいた自分が、情けなかった。
だからといって、ここで落ち込んでいて待たせるくらいなら、手早く済ませるべきだろう。
テキパキとお茶の準備をしながら、パンドラズ・アクターは簡単に出来る茶菓子を頭に浮かべた。
手早く出来るのが、まず第一条件だろう。
本来の姿のウルベルトが相手なら、クリームとフルーツをふんだんに使ったクレープを出すのが、多分一番早い。
しかし、今の姿では食べ難いだろう。
何となく、出せば喜んで貰える気はするのだが……
《お優しい方ですし、お出ししたら食べていただけるとは思いますが……流石に、その身をクリームまみれにする訳には参りませんからね。》
どう考えても、食べている途中でクリームと格闘して、どこかをクリーム塗れになりそうな気がするのだ。
しかも、食べ終わった頃にそれに気付き、自分の姿に慌てる姿すら浮かんで。
そうなる事が予想付いているのに、それを出すのは失礼に当たるだろう。
端から見て、その姿がどんなに愛らしく見えたとしても。
何か無いかと、素早くこのグリーン・シークレット・ハウスに備え付けの調理道具を見渡し、中に電子レンジを見付けると、パンドラズ・アクターは手抜きである事を理解しつつ、早く出せる事を優先した。
電子レンジが使えるならば、短時間でケーキが作れるからだ。
本来なら、【至高の御方】に出すには相応しくない事など、百も承知だ。
その事を重々承知しつつ、それでもその菓子を出すのを決めたのは、これ以上ウルベルトを待たせない為である。
それでも、掛けるべき手間はちゃんと掛けて、丁寧に作り上げたケーキは、フォンダンショコラだ。
これならば、最初から小さく切り分けて提供出来るし、アイスクリームなども添えて見栄えも良く出来る。
飲み物は、紅茶と珈琲のどちらも出せるように保温ポットに準備を済ませたところで、パンドラズ・アクターはウルベルトが待つ部屋へと急いだ。
**********
「お待たせしてしまって、申し訳ありません。
お茶と茶菓子をご用意させていただきました。
ウルベルト様が、紅茶と珈琲のどちらがお好みなのか存じ上げませんでしたので、どちらも飲めるようにご用意いたしましたが、どちらをお出ししましょうか?
茶菓子は、フォンダンショコラをご用意しましたので、どちらでも構わないのでしたら、それに合わせて選ばれるのも宜しいかと。
それと、一つお詫びを。
時間がありませんでしたので、茶菓子の用意に少々手抜きをいたしました。
本来ならば、ウルベルト様にお出しするには価しないものなのですが……時間も無ければ専用の料理人も居りませんし、私の手製の品でお許しいただけませんか?」
紅茶と珈琲のサーブ用ポットやカップ、出来立て熱々のフォンダンショコラを載せた皿など、お茶と茶菓子をウルベルトに提供する為に用意した品々を載せた、ワゴンカートを押しながら部屋に入ると、ウルベルトは待ちきれないといった様子でこちらを見て、笑みを浮かべている。
カップは、小振りのミルクピッチャーを参考にして、それと同じ位のサイズで作り出した物だし、皿は味見などに使う小皿で丁度良い感じの物があったので、今回はそれをそのまま使わせて貰った。
少し、深めの皿に熱々トロトロのフォンダンショコラを盛り、備え付けの冷蔵庫の中に入っていたバニラアイスを、ケーキの半分の量で添える。
そうすると、まだ熱いショコラにバニラアイスが溶かされ、お互いに混ざりあってさらに美味しくなるからだ。
先に、フォンダンショコラを盛り付けた皿を出したところで、ウルベルトにどちらを選んだのか尋ねるために顔を見ると、ニッと笑いながら紅茶を指した。
「それだけ濃厚なショコラの香りに合わせるなら、紅茶の方が良いだろう?
香りの感じだと、甘いフレーバーティーって感じじゃ無さそうだし。」
その言葉に、パンドラズ・アクターはにっこり笑い返しながら頷いた。
ウルベルトの指摘の通り、パンドラズ・アクターが用意したのはダージリンの中でも最高級のフィナー・ティピー・ゴールデン・フラワリー・オレンジ・ペコーのセカンド・フラッシュである。
これなら、フォンダンショコラの味に負けることなく、それでいて仄かな自然の甘味がする、素晴らしいお茶なのだ。
せめて、お茶だけでも最高のものを考えたからこそ、パンドラズ・アクターはこれを用意したのである。
「では、ミルクになさいますか?
それともストレートで?
レモンもございますが、私のお薦めはストレートが宜しいかと。
ご用意した茶菓子に飲み物を合わせるなら、ストレートの口当たりが一番合うと思われますので。」
ポットを片手に提案してみれば、ウルベルトは少し悩んだ素振りを見せ、皿とカップを何度か見た後、何にするか決めたようだった。
こちらを見ると、笑顔でカップを指す。
「……そうだな、まずはパンドラのお薦めのストレートー貰おうか。
沢山用意してくれたみたいだし、お茶も茶菓子もお代わりすれば、色々と楽しめるだろう?」
その言葉に、ウルベルトに対して恭しく頭を下げると、パンドラズ・アクターは丁寧に小さなカップに紅茶を注いだ。
溢さない様に気を配りつつ、カップをウルベルトの待つテーブルに置くと、最後にケーキを食べるためのスプーンとフォークを用意する。
ウルベルトの手のサイズを考慮して、持ち手は細く握り易くしておきながら、先の部分は口に合わせて少し大きく食べ易くした特別製だ。
これなら、今の姿のウルベルトでも扱い易いだろう。
それを、ウルベルトサイズで作ったお手拭きと共に、小さな皿に並べてテーブルに置くと、再度ウルベルトに頭を下げてから自分の席に着いた。
「それでは、お召し上がり下さいませ、ウルベルト様。」
笑顔で勧めれば、待ち兼ねたようにお手拭きで手を拭い、カップを手に取った。
まずは、紅茶を飲んで喉を潤すらしい。
一口飲んで、ほぅっと満足げに一息漏らすと、コクコクと頷きながらもう一口飲む。
次に、フォークを片手に取ると、丁寧に一口分にケーキを切り分けて、アイスを絡めながらパクりと頬張った。
途端に目を見開き……次の瞬間、蕩けるような笑みが溢れた。
それこそ、ウルベルト本人は自覚なくても、パッと背後に花が散る幻想が見えるほどで。
その様子に、喜んで貰えた事を悟ると、パンドラズ・アクターはニコニコと笑みを溢しながら、自分の分のフォンダンショコラを取り分けた。
電子レンジを使い、ある程度手抜きで作った割りに、切り分ければトロトロとしたチョコレートが溢れる出る。
自分も、紅茶を選んでカップに注ぐと、まずは一口飲む。
ダージリンの中でも、セカンドフラッシュ特有のコクと【マスカットフレーバー】と呼ばれる天然のほんのりとした甘さが口の中に広がって、思わずほぅっと息が漏れた。
次に手にしたスプーンで、スッとケーキに差し込むとするりと一口掬い上げる。
アイスも一緒に掬って口に運ぶと、トロリとしたチョコレートとアイスが絡み、温かい中に冷たさが混じっていて、ホロホロと口の中で蕩けていくのが堪らなく美味しかった。
予想より、上出来な出来栄えに安堵しつつフォンダンショコラを口にしていると、正面でカチャリと音を立てて皿にフォークが置かれた事に気付く。
スッと視線を向ければ、取り分けた分を全て食べ終えたウルベルトが、まだ物足りなげな様子で皿を見詰めていて。
この手抜きでも、気に入っていただけた事に喜びつつ、パンドラズ・アクターは素早く立ち上がると、ウルベルトに向けて笑顔で笑いかけた。
「どうやら、お気に召していただけたようですね。
もし宜しければ、先程ご自身がおっしゃったように、お代わりされてはいかがですか?
まだまだ沢山ございますし、トッピングもバニラアイスから生クリームに変えられますが……先程と同じ様にアイスでお食べになられますか?」
「どうなさいますか?」と、首を傾げながら問えば、ウルベルトはどちらにしようか迷ったらしい。
すぐに返事をせず、残りの紅茶を飲み干しカップを置いてから、口を開いた。
「せっかくだし、生クリームをトッピングしたのも食べてみたいな。
今のバニラアイスのだって、凄く旨かった。
パンドラに言わせると、このフォンダンショコラは手抜きみたいだが、これ事態も凄く旨い。
だから、トッピングが、変わったらどんな感じになるのか、凄く楽しみだ。」
上機嫌で皿を指し示しつつ、ニコニコと出したフォンダンショコラを誉めちぎるウルベルトに、パンドラズ・アクターは恐縮してしまった。
ここまで誉められてしまうと、かえって申し訳なくなってしまう。
それても、喜んでいるウルベルトに水を差すのは申し訳なくて、お代わりのフォンダンショコラに少し多目の生クリームを盛り付けてテーブルに載せた。
空になったカップを手に取ると、次の紅茶を用意し始め……先程の言葉を思い出して手を止める。
「今度は、何をお出ししましょうか?
先程はストレートでしたが、今度はミルクになさいますか?
それとも、いっそ珈琲になさいますか?」
飲み物を変えても良いように、カップはまだ二つほど用意してあるので、珈琲を希望されてもすぐに対応出来る。
そう思ったからこそ、パンドラズ・アクターは提案したのだが、ウルベルトは苦笑を浮かべただけだった。
「あー、そうだな……今度はミルクティーにしてくれ。
後、そのお代わりを用意し終わったら、そろそろ話を始めようか。
のんびりとお茶を楽しむのは、またいつでも出来るだろうし。
それに……今度は、お前が作った飯も食ってみたい。」
出された皿を取りつつ、ウルベルトはそう切り出した。
いつまでも、お茶を楽しんでいる場合ではないのは、パンドラズ・アクターも理解しているので、素直に頷くと紅茶とミルクの量を加減しつつを同時にカップに注いで、少しミルクたっぷりのミルクティーに仕上げる。
正式なミルクティーの淹れ方としては、作法がなっていないと言われそうだが、今のお姿のウルベルト自身にミルクを淹れて貰うのは少々難しいだろうし、この方が混ぜる手間も少ないので、パンドラズ・アクター自身は好んでいる方法だ。
完成したミルクティーをテーブルに置くと、改めてウルベルトと向かい合う。
お互いに一旦手にしていた物を置き、落ち着いた所でウルベルトが口を開いた。
「それじゃ、現在抱えている問題を幾つか打開する方法を考えようか。
とは言え、パンドラのレベルダウンその物は、
やるなら俺の方だが……その前に、幾つか実際の能力値の確認が必要だろうな。
あくまで、今の俺に判っているのは、大体の威力でしかないし。
それで……対策として、パンドラならどうする?
俺としては、アイテムを使って修正するしかないだろと思ってるんたが……」
そこで言葉を切ると、ウルベルトはこちらの様子を窺いながらフォークでフォンダンショコラを口に運んでいる。
その言葉に耳を傾けながら、パンドラズ・アクターは自分なりにウルベルトの強化方法を考えてみた。
確かに、今のウルベルトの実際の能力値は正確なものが欲しい。
幾つか、手持ちのアイテムの中に、魔法補正やMP消費率の低下効果を持つものはあるが、それを単純に使用するよりも、きちんとウルベルト様に調整した方が、様々な点で効率が良くなるだろう。
更に付け加えるなら、ウルベルトの種族特性等も加味して修正をすれば、より効果は上がる筈だ。
その代わり、現在ウルベルトが身に付けている装備は全て見直して、最低でも
何せ、ウルベルトにとって最強装備は、【
簡単に取り出せないように、モモンガに再会しない限り封印解除出来ない為、ウルベルトに返せないのがとても辛い。
あの装備があれば、もう少し追加で装飾品を選び、それに幾つかの手を加えるだけで、ウルベルトの自由度は確実に上がっただろう。
宝物殿領域守護者として、その事が明確に解るだけに、パンドラズ・アクターとしては忸怩たる思いだった。
だとしても、それはあくまで無いものねだりでしかない。
それが判っているから、そのことは口に出さず最初に考えた事を説明する事にした。
多分、先程から自分の事を気遣ってくれるウルベルトなら、こちらの言いたい事などお見通しなのだろう。
だとしても、聞かれた事に対して返答をしないでいるなど、僕として失礼に当たる以上、きちんと答える義務があった。
「そうですね………私の手持ちのアイテムの中に、HPを上昇させるものとMP消費率を下げる効果のものが、幾つかございます。
ウルベルト様の種族属性などを踏まえ、アイテム調整をしていくのが、一番確実な方法になるかと思われます。
アイテムに使われている素材の属性に依っては、属性による補正強化の効率に変化が出る場合もありますし。
手持ちの使える資材から、補強パーツを作る必要もあるでしょう。
それらの作業を進めるには、ある程度の時間が必要だとして……このままこの地である程度根気をいれてこの国に留まるか、それとも先を急ぎウルベルト様の本体がある場所へ移動して、そこからナザリックを探す為の手段を考えるか。
どちらを選んだとしても、一度ウルベルト様の本体は回収するべきでしょう。
どのような形になっているのか、この目で確認しないといけないですからね。
それと、私としてはきちんと御身の保護もしておきたい。
例え誰であろうと、ウルベルト様に危害を加えようとするものは許せませんから。」
懸念事項を全て挙げれば、ウルベルトはスッと目を細める。
見る限り、不快そうな様子は見えないのだが……
こちらの回答に、何も言われないのがとても不安だった。
もし、ウルベルト様に不快な回答だったのなら、どう挽回すれば良いのか、判らないからだ。
ウルベルトから、何を言われるのか判らずにこちらが緊張する中、ウルベルトが口を開いた。
「……あー、そうだな。
一先ず、パンドラの手持ちの中に、ある物の中で一番良い性能のを使うとして、だ。
調整は、移動しながらの方が良いだろう。
この辺り一帯は、俺やお前にとって危険な国が近いんだろう?
なら、あまりその近隣に留まるのは、不安要素を残す事になるから避けるべきだな。
それなら、一旦、
どれだけ時間が掛かるか判らないし、同じ場所に戻ると描けた時間の分だけ移動していない事の不審さが目立つ事になる。
それは、現状では避けるべきだろう。
正直、面倒だが……余計な詮索を招くくらいなら、その程度の手間は掛けても良いけどな。」
笑いながら告げられた言葉に、パンドラズ・アクターはホッと胸を撫で下ろした。
幾つか修正はあったが、自分が提案した内容はほぼ受け入れられたと言えるだろう。
つまりそれは、ウルベルト自身の考えに、パンドラズ・アクターがある程度までは添えたと言う事でもある。
今後の事を考えるなら、出来るだけお互いに意志疎通は必須案件であり、話し合いが無事に進むことは良いことだと思うのだ。
些細なことでも、すれ違ったままでは大きな誤差になり兼ねないのだから。
《……多分、ウルベルト様はこちらの意図を理解して、ある程度までは尊重して下さったのでしょう。
昔から、お優しい方でしたから。
それに……どれも理に叶っています。
今の我々に必要なのは、ウルベルト様の本体の安全確保と、今のゴーレムボディの強化策ですからね。
私に関しては、
そう再度認識しつつ、パンドラズ・アクターはアイテムボックスから、手持ちの中でもウルベルトの強化に使える装飾品系アイテムを幾つか取り出した。
それを一つずつ並べながら、丁寧に説明していく。
「ウルベルト様が、アイテムにどこまでお詳しいのか、私は存じ上げませんので……一応説明させていただきます。
こちらの腕輪は【
これを使えば、低下しているHPとMPの双方を上昇させられますので、今のウルベルト様には効果的かと。
そして、こちらの指輪が【
ただし……今のままでは、使う魔法の種類によって五%しか削れない場合もありますので、そこは要修正かと。
双方共に
美しい意匠の腕輪と指輪は、ウルベルトにも見覚えがある品だったらしい。
どこか懐かしげに、目を細めて指輪と腕輪を見詰めている。
これは、モモンガが所持していた課金アイテムで、今の
この時は、課金ガチャで同じものを複数当てたので、
「あぁ、これなら大丈夫だろうな。
モモンガさんが使っていたから、効果とかも解ってるし。
しっかし、まぁ……よく手元に残していたな?
さっきの話から考えると、お前なら封印に回してそうなレベルのアイテムみたいなんだが………」
くるくると指先で角度を確認しながら、ウルベルトから掛けられた言葉に、パンドラズ・アクターは小さく首を竦めた。
確かに……普通に考えれば、本来なら
しかし、だ。
この二つの効果を考えると、パンドラズ・アクターとしては封印するのはかなり惜しかったのである。
それに……この二つのアイテムは、まだ一組手元にあった。
だから、一組は万が一の時に使用するものとして、手元に残しておいてのだ。
その結果、こうしてウルベルトの補助装備として役立つ事になったのだが。
「実は、もう一組手元にございまして。
そちらを保管用に回す事で、こちらは実用品として手元に残す事が出来たのです。
一先ず、場所を移動いたしましょう。
ウルベルト様のお話では、本体がある場所は人はおろか異形種すら殆ど存在しない、雑魚モンスターの住み処なのでしょう?
そこなら、多少魔法を使用しても問題ないと思われますので、そちらに移動されてから、現在のウルベルトの状況確認をさせていただきたく思います。実際にこの目で粗の威力確認した訳ではございませんから。
そこで、様々な能力を威力確認した上で、それに合わせて調整する必要がありますし。
次いでですので、本体の封印をしている氷のようなものの上に、強固な多重展開した結界を展開した上で、試し打ちの魔法で周囲を掘削しても良いでしょう。」
にこやかに笑いながら提案すれば、ウルベルトも頷いて同意しつつ手にしていたアイテムを身に付けると、残っていたフォンダンショコラを食べ始める。
パンドラズ・アクターの皿にも、まだ半分ほど残っているので、ウルベルトに倣ってスプーンを手に取った。
既に覚めてはしまっているが、多少味が落ちても僅かに味わいが変わるだけで、そこそこの味は維持している。
それに、ウルベルトがまだ満足げに食べているのに、自分が残すのはおかしいだろう。
そう……冷めて素材に使用した米粉のもっちり感が増したそれは、溶けたアイスを吸い込んでもちもちのトロトロとしていて、また別の意味で美味しくなっていた。
これは、これでパンドラズ・アクター的には好きな味わいである。
そんな感想を抱きつつ、パンドラズ・アクターは自分の分を食べ進めていく。
本来なら、ウルベルトの前にある冷めたものを下げて、温め直したフォンダンショコラと、紅茶の新しいものを用意すべきなのだが、先程ウルベルトとあった時に、その目線が不要だと告げていた為、あえて用意を止めたのだ。
それほど掛からず、お互いの皿が空になったので、パンドラズ・アクターは一先ず全てを下げることにした。
片付けは後回しにて問題ないが、このまま部屋の中に放置は出来ない。
なので、一先ずまだ大皿に残っているフォンダンショコラを、保存ボックスにしまう必要があるのだ。
てきぱきと、キッチンでの最低下の片付けを済ませ、急いでウルベルトの元に戻れば、待っていたかのようにパンドラズ・アクターの肩へ
慌てて片手を添えて支えつつ、可能な限り足早に外へ移動すると、グリーン・シークレット・ハウスを元に戻してアイテムボックスに収納した。
「それでは参りましょうか、ウルベルト様。」
その言葉に、ウルベルトが
それを座標に、パンドラズ・アクターが
久しぶりの更新になります。
まずは、パンドラ視点でのウルベルトさんとの一幕。